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その後はまた大変だった。
病院の費用は先生が持ってくれ、診断書を持って警察署に。
色々と事情を聞かれたが、先生が基本側にいて進めてくれたので私は非常に助かった。
「加害者から示談の申し入れがありますが」
小さな応接室に通され、警察官の一人が私と側にいた先生の顔を見て言った。
「示談ね。随分速い動きだな、慣れてるんだろう。
示談は二人ともから?20歳過ぎていたって申し入れしてきたのはどうせ親からでしょう?」
「えぇ、加害者の片方の親が教員だそうで。すぐに弁護士を連れて示談をしたいと言ってきました」
先生の質問に警察官が答える。
「もう一人の親は?」
「連絡が取れません。
どちらも大学生四年ですが、学校に通報しないで欲しいと泣きついてきてまして」
「被害者に対しては?」
「金で済むのなら、とだけ」
私をチラリと見て警察官は先生に言ったのだが、私の額に何かぴきっと走った。
ほお、気になるのは自分の学校のことだけで私やあの女の子達の事なんか視界に入ってないな、あのクソ男共。
「ちょっと彼女と話しがしたいので、席を外してもらえますか」
「えぇ。終わったら声をかけて下さい」
警察官は出て行き、先生が警察官の座っていた私の対面に座った。
「さて、今後について現実的な話しをしよう」
冷めたような目と声で告げられ、思わずビクッとした。怖い。
「君に怪我を負わせ、どうも他でも迷惑行為を繰り返していたところをみれば起訴できる可能性は高いだろうが、たいした刑にはならない。
初犯だし下手すると罰金で済む可能性もある。
それなら今のうちに示談して、取れるだけ金を取っておいた方が良い。
まだ病院に通う必要もあるし、利き手を痛めたからそれなりに不便もあるだろう。
向こうも金で済むならと応じやすい」
「それだと彼らだけ得するような気がして嫌な気分がするんですが、刑が決まってからお金を取る事って出来ませんか?」
「無理だ。
示談をしているから不起訴になるってのが多いからこそこの時期の示談に意味がある。
それが刑が確定してしまえば、示談は彼らにとって何の意味もなさないし、そんな連中は被害者に裁判で金を渡したいとか言っても実現することは無い。
金に関する示談をしたいなら起訴される前だ」
「起訴って、検察官が裁判所に裁判やりましょうってお願いするのようなのでしたか?すみません送検ってのもあったのとよくわからなくて」
単語は知っているが、詳しい手続きなどわからない。
鼻でこんな質問は笑われるかと思ったかが、先生は笑わない。
「起訴とは、検察官が被疑事実、ここでいう傷害罪について裁判所に審理を求めることを言う。
送検というのは警察が検察に被疑者に疑いがあると送ることだな。だから送検という言葉になっている。
不起訴になると裁判所には持ち込まず検察の時点で終了。加害者は何の前科もつかずに済む。
ちなみに法律用語や正しい使い方を今の説明ではしていない。
法学部生なのだから、これからはもう少し法律用語になれることも努力するように」
「はい」
最後はお説教になってしまった。
怪我をして、加害者の酷い対応もそのままで最後説教までされてなんて切ない。
結局先生が無料で私の代理人になってくれ、全てお任せすることにした。
正直言えば用語も手続きもよく理解できず、どうすればいいのかなんてわからなかった。
きっと今回私と示談しても彼らはまた同じ事を繰り返しそうだ。
その場合、地獄ではどこに行くのだろう。
地獄にはかなり沢山の種類があるのだと聞いたが。
まぁここで済んでも死んだら彼らには地獄が待っている。
その時閻魔ちゃんの隣に私はいないのだろうが、しっかりあの二人には地獄を味わって貰おう、そう思うと手の痛みと胸に巣くうモヤモヤしたものが少し楽になった気がした。
後日、先生に面接に来るよう言われた土曜日の昼過ぎ、私は先生の言われた法律事務所へバイトの面接を受けるために向かっていた。
履歴書はあのままで良いなんて言われたが、さすがにファストフード店向けの心意気の書かれた物ではまずいだろうと書き直して持ってきているし、リクルートスーツなんて持ってないので落ち着いた白のブラウスに紺のスカート。
髪の毛は肩くらいなので今回は黒のゴムで一つに後ろで縛って、いかにも就活生という装いだ。
「えぇっと『麩屋町通法律事務所』、このビル、かな?」
自宅マンションからバスで京都市役所近くで降り、地図を片手に北へ行く。
このエリアは御所南と呼ばれ、地元の友人によるとそれはお高い地域らしい。
だが歩いていてもビルばかりで、裁判所が近いせいなのかビルには法律事務所の看板が多い。
目的地は麩屋町通に面してて、京都地方裁判所と京都市役所の間くらいと調べてから来たはいいが、似たような建物が多い中で何とか目当てのビルを見つけた。
茶色いタイルの少し古さを感じる奥に細長いビルで、一階がそのままビルのロビー、その入り口横には入っているテナントの一覧が貼ってあって、ワンフロアに一テナントしかないようだ。
その最上階である六階に『麩屋町通法律事務所』という看板を見つけ、私は時計を見て予定時間六分前であることを確認しエレベーターに乗り込んだ。
ドアが開くと人が数名しか立てないような場所、その前に磨りガラスのドアがあって、その横に不釣り合いなほど立派な木の看板に事務所名が書かれている。
私は緊張しながらドア横のインターホンを押した。
「・・・・・・はい」
「私、13時に面接の予約をしている、出雲と申します」
「あぁ、どうぞ」
素っ気ない声がして、磨りガラスのドアに人影が映る。
ドアが開いて、髪はあまり整えていないし、少し胸元のボタンを開けた白いワイシャツ姿の先生が出てきた。
「こっち」
「はい」
相変わらずの無愛想、というか冷たそうな顔。
魔王様のとこに流れで面接に受けに来たけれど、ここに来たのはなんとなく流れでそうなった気がして、本当に良かったのか今になって疑問に思えてきた。
入ってすぐ左に別の部屋のドアがあり、そこは広い長方形のテーブルに六人分の椅子が差三個ずつ片面に並んでいる。
横には大きな窓があって通りに面しているせいか、外からの明るい日の光が落ち着いた色の家具で揃えられた応接室に広がっている。