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京都河原町四条という所は、東京で言うと新宿と銀座が合わさっているようで、ブランドショップや大手デパートが通りに並ぶ。
それなのに少し奥に入れば昔ながらの商店街、河原町四条から京都市役所の方に伸びる道路近辺は渋谷という感じだろうか。
京都駅前よりもここに全てが集約されている。
バイトをするならこの地域が事欠かない。
私は大学生がよくバイトするというファストフード店の面接に行くためその通りを歩いていた。
ふと路地を見ると、制服姿の中学生くらいの女子二人に大学生くらいの男が二人。
わいわい男が騒いでいて、どうせカップルなんだろうと思って通り過ぎた。
「なぁなぁカラオケ行こうぜ」
「嫌だって言ってます!」
ドン!という音が聞こえ、私は進んでいた道を戻る。
先ほどの路地を覗くと男が路地裏にある壁を蹴って、女の子達が壁に追い詰められている状態だった。
「うっせぇガキだな、良いから来いよ!」
男が女の子の手を掴み、さっきまで声を出していた女の子は恐怖に動けないようだ。
私は周囲の誰もが見て見ぬふりしていることを苛立ちながら、スマホを出し110番をして警察の人と話しながら男達に近づく。
「はい、四条裏の通りです。大学生くらいの男が二人、女子中学生二人を恫喝しています」
私の声に男達が振り向く。
「今、警察と話してるから」
私の言葉に男達の表情が焦ったような顔になった後、一人が私の方に突進してきて私のスマホをたたき落とした。
「このブスが!!」
手、いや手首だろうか、痛みが走って思わず声が出そうになる。
私はその痛む手をもう一つの手で握り痛みに我慢しながらそのまま睨むと、男の顔がより怒りに満ちて私に再度殴りかかろうとした。
「何、やってるんだ」
ぴん、とした冷たく、低い声。
男が動きを止め、私の背後に視線を向ける。
「何だよ、お前!」
「この子、殴ったのはお前か?」
苛立って声を荒らげる男とは対照的に、冷たいその声に聞き覚えがある気がして私は振り向く。
そこにはうちの大学に非常勤講師として来ている、弁護士の一之森 禅先生が立っていた。
背が高く、少し癖のある黒い髪、広い肩幅で威厳を感じる雰囲気をまとう、目鼻立ちがしっかりとして鋭い目をしているイケメンだが、日頃から冷たい表情と声にくわえ、どんなに可愛い女子生徒が何を誘っても態度が素っ気ない上、内容によっては容赦なく相手を切り捨てる為、女子達は『冷徹魔王』と呼ばれている人だ。
そんな先生がなんでここに。
「通報があったのはここですか?!」
男達の後ろから制服姿の警官二人が来た。
私達と挟み打ちにあってしまい、男達はオロオロとし出している。
「あれ?先生じゃないですか」
若い警官の一人が声をかけた。
「どうやらそこの男達がうちの生徒に危害を加えたようで。
手を痛めているようですので病院に連れて行きます。
あぁ、逮捕容疑は暴行、脅迫は入れておいて下さい。
後で診断書持っていきますから」
「先生の生徒さん?」
男達を捕まえながら、警官は不思議そうに先生に聞き返した。
「大学で非常勤講師として授業を受け持ってるのですが、被害者はそこの学生です」
「そうでしたか。では、警察署の方でお待ちしてますね」
「行こう」
私は目の前で警官達に連れて行かれる男達とは正反対に先生が進み始め、あわあわとその大きな背の後ろを追いかける。
いつも学校には七三くらいに髪の毛を分けたスーツ姿でビシッとしているが、今日は髪もそのままなのか前髪が降りていて、カジュアルなジャケットにジーンズというラフな姿。
だから最初誰だかわからなかった。
「近くに知り合いの診療所があるから」
先生は振り向くこと無く話すので、急いで隣に行くと顔を見上げて、
「助けて頂きありがとうございました」
とお礼を言うと、ちらりとこちらを見ただけで前を向くとスタスタと歩いている。
うーん、この先生は苦手だ。
生徒とコミュニケーションを取る気が無いとしか思えない。
でも授業は凄くわかりやすい。
私は法学部に進学した。
京都でも歴史もあり名の知れているところだが、京大やそういうレベルとは違うもののそれなりに良い大学で司法試験を目指すためのロースクールもある。
そこで先生は実務を教えることになっているようなのだが、教養課程ということで他の学部の生徒も多く、そもそも生徒は一年生なので皆知識が無い。
めでたく憲法や民法という初歩の初歩を先生は教え始めたのだが、他の偉い先生達の何倍もわかりやすい。
ルックスも良い、授業もわかりやすいので生徒には大好評で、質問には丁寧に応じてくれるのだが、女子がお茶でもと誘っても冷たい態度で一切応じない。
そこがクールで格好いいと人気もあるようだが私はどうも苦手に思えて話したことなど無かったので、まさかまだ数回のそれも大人数が出席する大教室の授業で顔を把握されているとは思わなかった。