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「・・・・・・私は今高校生で、大学生になってからだとしても、そんな人の人生に左右出来るような大きな事に携われるような立派な人間になれているとは思いません。
それは亡者の皆様に失礼なのでは無いでしょうか」
これは本音だった。
死んだ後、訳わからない小娘が自分の人生を、死後を左右する。
私だったら嫌だ。
だが閻魔大王と篁さんは顔を見合わせ、私に優しく笑みを向けた。
「この井戸を通ってここに来た時点で、その資格があるのじゃ。
誰も完璧などを求めてはおらぬ。
この私ですら間違いを犯す。だから他にも王がいるのであり、間違いがあれば仏が審判に文句を言いに来る。
その一つに小夜子がいる、それだけのことじゃ」
「私は可能性のある人々を何度もあの井戸に招きましたが、誰もここにたどり着くことは出来なかった。
以前使えていた現世の者は事情により退きましたが、それから数十年探して回り、やっと小夜子殿に出会えたのです」
「もしかして井戸から突き落としたのは」
「押したのは私ではありませんが、私が獄卒に命令して行ってるいわば試験です」
「頼んでも無いのにあんな酷い事して、ウェルカム言われても説得力無いですね」
こいつがやはり黒幕か。
私がじろりと睨んでも篁さんは涼しい顔だ。
「ようは、私が応じない限り地獄から出さないと」
「いえ、そのようなことは。
しかし前向きに考えるとここで言って頂ければ、早めに帰られるとは思います」
結局はイエス以外許さないって事じゃ無いのー!
私は拳を握りながら考える。
しばらくして、前に置いてある適当な飲み物を一気飲みし、ぷはーと息を吐いて前にいる二人を交互に真っ直ぐと見た。
「私はこんなやり方に納得していませんし、自分が亡くなった人の為に役立てるとは思えません」
二人は何も言わず私を見ている。
「他の人に決まる可能性だってあるでしょうし、もしも私が京都に来たとして、それでもそちらの気持ちが変わらないなら再度尋ねてください。
こんな不信感ばかり抱かせる方法では無く、正々堂々と」
私は二人の顔を交互に見ながら言い切った。
そんな二人は再度顔を見合わせ、何故か笑った。
「うむ。小夜子の言うことはもっともじゃ。
我らも急いてしまったがための非礼、許して欲しい」
「小夜子殿のその言葉を聞き、私はやはり貴方なのだと確信しました。
この京都に貴方は必ず来る。
その際は再度貴方を口説きに参ります。ご覚悟を」
二人はそう言って笑うと、私の視界は突然光りに包まれ気が付けばあの井戸が遠くにのぞき見られるようになっている木の戸の前に立っていた。
その戸を開けようとしても開かない。
さっき井戸の目の前まで行ったはずがしたのに。
「小夜子!どこ行ってたのよ!探したよ」
「・・・・・・あのさ、私どれくらいの時間離れてた?」
後ろから現れた友人達に振り向いて聞くと、
「うーん、数分?
気が付いたのが遅れたけど、そんなに広くない場所だし見つけたのはすぐだったよ?」
「数分・・・・・・」
「どうしたの?」
「いや、大丈夫。
それとこの扉、さっき開いてた?」
「いや開いてないよ。
あの井戸はこの扉から覗けるようになってるけど通常こうやって非公開だって。
特別拝観って時は側に行けるみたいだけど」
他の友達が近くに書かれた張り紙を見ながら私に教えてくれた。
「小夜子?」
未だにぼーっとしている私に友達が声をかける。
「心配掛けてごめんね。次のとこ、行こうか」
さっきは井戸の前まで行けたはずで、おそらく数時間はいた気がする、あの地獄に。
私は夢を見ていたのだろうか。
何とも奇妙な感覚を感じながら、その場を後にした。
あの時のことは夢だった、そう思いたかったのにしばらくしておかしな事が起き出した。
三年の秋、唐突に父親の京都転勤が決まり、時期が時期ゆえ京都の大学に通うことを前提に試験を受けることになったのだが、今度は父親の会社が吸収合併されてしまい京都転勤が年明けに消えた。
既に京都の大学に願書も出し京都で過ごすことに腹をくくっていたが、家族が来ないのなら向こうで一人暮らしになる。
一人暮らしの費用なんて準備段階から馬鹿にならないし、第二募集を始めた地元の短大に進むかと考えていたら、今度は父方の遠縁で京都在住のおじさんが突然現れ、マンション経営をしていて一部屋安く貸すと言う。それも既に家電や家具付きで。
あぁ、逃げられない。
どうしても私一人だけ京都に行くという流れが出来上がり、私は結局それに抗うことは出来ないまま京都の第一希望の大学に合格、見事京都に一人で引っ越すことになった。
と同時に速攻現れた、小野篁さんの熱烈な再度の勧誘もあり、月に数回地獄の閻魔庁にバイトに通うことに結局はなってしまったのだ。
私の望む素敵な男性と縁を結ぶ為という、ある種悪魔との契約のような誘い文句を受けて。
「ようやっておるぞ、小夜子は」
「ありがとうございます。でもまだ三回目で何もなってないですよ」
思い出話しを閻魔ちゃんとしながら、いたわりの言葉を私に掛けてくれるが、まだたかが三回目、初回から言葉を挟んだもののそれが良いのか悪いのかすら判断が出来ていない。
「度胸が据わっておる。まだ子供というに」
確かに閻魔ちゃんからすれば私など赤ん坊にも満たないのかもしれないけど、よくぞそんな子供にさせるものだ、こんな大役を。
「そういえば前の人はどんな人だったんですか?」
閻魔ちゃんは既に三つ目の切り分けたロールケーキを頬張りつつ、ふごふごと話すので、苦笑いしながら冷茶を注いであげると、流すように飲み込んだ。
「よぅ、篁と喧嘩しておったな」
「女性ですか?」
「男じゃ。霊力の強い男でな。ただ身体が少々弱かったゆえ、ある程度で辞めてしもうた。
しっかりと自分の意見を押し通すものじゃから、我が強い者同士、よう言い争っておったが別に互いを嫌ってはおらんかった。
まぁ最後は篁が『今度は貴方のような性格の悪い男では無く、可愛い女の子にします!』と捨て台詞を吐きおって、まるで恋愛ドラマでも見てたようで面白かったぞ」
どっから突っ込むべきだろうか。
地獄でも地上のテレビを見るのか、前の男性の年齢はとか、いや、次は可愛い女の子ってなんなの。
「縁は繋がるとどんどんと枝葉が伸びるもの。
まだ小夜子は新芽。
ゆっくり伸びれば良いのじゃ」
「はい」
小学生くらいにしか見えない少女であっても、醸し出すものも言葉も重みも違う。
この人はやはり閻魔大王なのだと心と身体が納得する。
そして地獄という場所は、私にとってまだまだ未知の世界だ。