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「この者達が、やいのやいのとすまぬな」
「あ、いえ・・・・・・」
急に謝られ毒気を抜かれたように答えたが、後ろにいる大人達を見ると女の子を見て酷く怯えている。
あれ?閻魔大王って名乗ったような気がしたけど、閻魔大王って確かこう、でかくて怖いおじさんだったのでは。
「そうじゃ。現世の者達が思う閻魔大王というのは小夜子の思う者であろう。
だがあれも言ってみれば想像図。
地獄という場所柄、迫力というものが時には必要ゆえ、あぁなっているようなだけじゃ。
元々を辿ると色々バージョンもあるしの」
ある意味とても聞きやすいけど、そもそも言っていることがわからない。
「亡者がせっかく閻魔庁に来たのに想像と違ってはがっかりさせるであろう?
だから仕事ではあの姿をしておるが、大抵好きに姿は変えられるのじゃ。
そもそも閻魔大王は地蔵菩薩でもあるのを知っておるか?」
「・・・・・・すみません、帰っても良いでしょうか」
少女がにこにこと話しているが、もう内容がさっぱりだし何より皆が心配していないか気になって仕方が無い。
ここに来てだいぶ時間も経っているし、捜索願なんて出されていたら大変だ。
「おお!客人に茶の一つも無いとは!急ぎ用意せよ!!」
女の子の声に、確かに喉は渇いているけどそうじゃない、そうじゃないんですという言葉が出せない。
すぐに私の椅子の横に四角いテーブルが置かれ、冷たいものから温かいものまで数種類の飲み物に、焼き菓子らしきものまで用意され、周囲の笑顔の圧力により、私は再度椅子に座ってそれを口にせざるを得なくなった。
「少しは落ち着きましたか?」
「はぁ」
笑顔の篁さんが、閻魔大王と名乗る女の子の横から声をかけた。
何故かいつの間にか私の前に二客椅子があり、目の前に少女、隣に篁さんが座り、その後ろに大人達がわさわさと立っている。
「この話し、お引き受けしては頂けませんか?」
「無理です。私にそんなたいそうな事はできません。
それに東京の大学に進みたいんです。家もそんなに裕福じゃ無いですし」
今の大学の学費は馬鹿にならない。
受験料も高いから受けるのは最小限にしたいし、ランクも安全なとこと、少しレベルの良いとこも受けたいが、そうだとしても出来るだけ学費の安いところが良い。
実家にいればその分生活費も浮く。
バイトだってやりやすいし、それが堅実的だ。一人暮らしに憧れはするけれども。
私の言葉に、閻魔大王と篁さんは顔を見合わせる。
そしてまたひそひそ話を始め、しばらくすると、にこり、と篁さんが私に笑いかけた。もう嫌な予感しか無い。
「わかりました。小夜子殿からの返事は保留と言うことで」
「私、断ってますよね?はっきりと!」
何をどうすれば都合の良いように解釈出来るんだろうか。
「例えば、小夜子殿が叶えたい願い、というのはありませんか?」
篁さんが唐突に笑顔で聞いてきたけれど、これはいわゆるまずい流れだ。
私は目が据わりながら篁さんを見ていると、閻魔大王が声をかけた。
「彼氏はおるのか?」
「いませんが・・・・・・」
無邪気に思える質問に思わず素直に返事をしてしまった。
「どんな男が好みじゃ?どういう男と婚姻したいとかあるじゃろう?」
「な、なんです、急に」
私が警戒すると、閻魔大王はキラキラした目で私を見る。
「ただの興味じゃ。
今時の女子高生はどういう男を好むのか、いや小夜子はどういう男と添い遂げたいのじゃろうと思ってな。いわゆる女子の好きな恋バナじゃよ。
少なくとも篁は今見た目だけ良くしておるが中身がアレゆえ好みでは無さそうじゃな。この偏屈では無理も無かろう。
おっと、篁以外は部屋を出るが良い、恋バナの邪魔じゃぞ」
閻魔大王の言葉に他の者達はすごすごと部屋を出て行き、私の前にお茶が乗ったテーブルが移動され、それを囲むように目の前に閻魔大王、横には篁さんがいる。
恋バナになんで男性がいるんだ、その人こそ退出して欲しい。
「のうのう、教えてはくれぬか?」
前のめりで閻魔大王に聞かれ、私は渋々その無邪気さに負けた。
「そうですねぇ、色々あるんですけど」
うーんと考えていると閻魔大王は楽しみで仕方が無いという顔だ。
「頭が良くて、イケメンで、背が高くて、お金をしっかり持っていて、私を大切にしてくれて、浮気しない人、かなぁ」
ほうほうと閻魔大王はうなずき、篁さんは貼り付けたような笑顔だが、そんなやついるか、というような言葉が顔に書いてある。
「あくまで理想です。
そんなのを全て満たす凄い人がいたとしても、私の結婚相手になるなんて思っていませんよ」
ため息をついて言えば、閻魔大王は腕を組み、ううむ、と悩み出した。
可愛らしく首を右に左に傾け難しそうな顔をしていたが、しばらくして隣の篁さんに指でちょいちょいと合図すれば、篁さんは扇を広げ閻魔大王との会話をこちらに聞こえないようにこそこそ話し出した。
嫌な予感しかしていない、ここに来てからずっと。
そして二人が私の方を向き、笑顔を見せた。
あぁ、なんかきっと私は無理なのだろう、何かはわからないが。
「その理想、この仕事を受けることとなれば叶うぞ?」
「・・・・・・閻魔大王ともあろうお方が嘘はいけません」
冷めた目で私が言い切っても、閻魔大王は笑顔を崩さない。
「嘘では無い。だがここで働かねばその縁は繋がらぬ」
明るい声で話す閻魔大王を篁さんは見て、正面の私に顔を向けた。
「閻魔大王がお話ししていることは本当です。
閻魔大王はいくつか小夜子殿がどのパターンでこの後を過ごすかでいくつかのお相手を確認したそうなのですが、ここで働くことでその理想を叶える殿方と縁を結び、見事ゴールイン、幸せな結婚生活が待っているとのことです」
「胡散臭すぎます」
宗教だ。いやここは地獄だから宗教まっただ中か。
そもそも閻魔大王にそんな先の人生を見通せる力があるのかなんて聞いたことが無い。
「ここでの仕事は月に数回で良いのです。あくまでバイトと思って頂ければ。
大学生活が優先ですのでそれに配慮した無理の無いスケジュールを組みますし、夜の仕事となるため自宅または好きな場所から移動できるような配慮と送迎付き、夜仕事をしても身体に支障が出ないようにもします。
大学は京都で貴方の好みそうな大学と必ず縁が結ばれますし、むしろ京都の地が小夜子殿には合っているのです。
ここで亡者と向かい合うことはきっと多くの経験を積み、より深い人間として成長も出来るでしょう
そしてこの地で出逢う理想の男性とラブラブになれる、最高だと思うのですが」
篁さんの言葉に私は頭を抱えた。
ラブラブなどという時代を感じさせる言葉が非常にうさんくさい。
だけど提示される内容は、あまりに魅惑的なものばかり。
なるほど、これが宗教勧誘の恐ろしさか。
私は流されないよう必死に真に受けては駄目だと抗おうとするのに、心の中で芽生えだしてしまった。
京都に来て閻魔庁のバイトをすれば、知らない世界に触れられ、そして私の理想を全て叶えた素敵な人に出会える。
それが魅力的じゃ無いなんて、どうすれば思えるだろうか。