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門をくぐり前の道に出て、先生は右に進む。
私を一応気にしているのか、割とゆっくり歩いてくれているようだ。
ぼんやりしていたらぼす、と先生の腕にぶつかり、先生が呆れ気味に私を見下ろす。
「ここ」
指を指して階段を上がり入っていく先生のあとに私は付いていく。
見上げると黒い瓦屋根に古民家のようだが、入り口に提灯が飾られ『SAGAN』と書かれてある。
その下の台にはランチメニューなどがディスプレイされてあり、テラス席と入れば外の京都らしい建物の雰囲気とは違うコンクリート打ちっぱなしの広々とした店内で、既にテーブルはいくつか埋まっていて若い子達が食事しながら談笑している。
奥のゆったりした席に座ると、一気に力が抜けた。
何故かわからないほどに私は疲れていた。
間違いなく目の前にいる先生の醸し出す何かに気圧されるというか、何か自分の中をのぞき見られているような感じを全身で浴びていたせいだとは思う。
「どうだ?飯は食えそうか?」
キンキンに冷えたお水を飲みながら目の前の人を見れば、まとっている空気感が違う。
さっきまで探るような、試されるようなものを感じていたけれど、今の先生はいつも通り、普通だ。
これも仕事の時とそれ以外の時が違うような差なのだろうか。
頷いてランチのおばんざいセットを二人分頼み、私は食事が来ても俯きがちなまま先生を見ることが出来ず黙っていた。
「あまり進んでないな」
ふいの言葉に顔を上げると、先生が私の食事を指さしてあまり食事が進んでいないことを指摘していることがわかった。
「さっきのせいか?」
さっきのせい。
先生は曖昧な言い方でむしろそれが私にぼろを出させようとしているのではと警戒してしまう。
ずっと警戒したり、何を考えているのかわからなくて疲れていることが嫌になってきた。
「先生はさっきから私を観察しているようですけど、何か意味があるんですか?」
真っ直ぐに先生を見て言った。
またあんな事をされるのは嫌だし、疑心暗鬼になってバイトに差し支えそうなのも嫌だった。
先生は私をじっと見た後、口元を軽く緩める。
「出雲はやはり敏感なんだな」
また話題を逸らされたようで、私は思いきり不愉快だという表情を前面に出した。
「俺にはいわゆる霊的に強いオーラとやらがあるようで、敏感な人には時折きつく感じるらしい」
急なオカルトな話しが出てきて私は余計に訳がわからないという顔をしていたのだろう、先生が軽く笑う。
「頭がおかしいと思っても別に構わない。
祖父がかなり霊力の強い人で、どうも俺はそれを引き継いだようだ」
「いわゆる霊が見える、とかそういうのですか?」
「それだけじゃ無いんだけどな」
まさかの冷徹魔王が霊力パワーまで持ってて、ほんと何かを駆逐しそうに思える。
「私は霊感とか無いですよ、幽霊だってみたことないです」
「言っておくが、霊感があるのと幽霊が見えるはイコールじゃ無いからな。
どうも俺は寺とかそういう場所に行くと余計にそういう力が増幅されるらしく、おそらくそういうのに敏感な出雲がまともに影響されて身体が辛くなったんだろう。
祖父に聞かされてきたが自分にそういう能力が備わっているとは正直信じてなかったから、出雲の様子を見てもしかして敏感に俺のを感じるのかと気になって少々追い込んでみた。
結果、かなり疲れさせたようで悪かったな」
悪かったと言いながら、実験したモルモットに謝罪するレベルの軽さにしか聞こえない。
ようは地獄のバイトを気づかれたのでは無く、私が霊的に敏感か確かめたと言うことなの?!それも完全に面白がったんじゃ無いの?!
無性に腹が立つ。腹が立つんだけど、異様に疲れて言い返す気力も無い。
「よほどだったな、後で甘いもの奢ってやるから」
「いらないです」
「俺が食べたいんだよ」
私の気遣いじゃ無くそれが本音か。
私はぐったりしたまま、もそもそとランチを食べた。
「家まで送る」
食事代は先生が支払ってくれ、まぁ正直今回は先生が全て払って当然だと思うけれど、お店を出ると先生が言った。
「良いです。一人で帰ります」
「あっちだったな」
おい、聞け。
先生は店を出て進み出す。それも逆方向に。
「道がわからないなら先に進まないでください」
「こっちじゃなかったか?」
「私のマンションなんてそもそも知らないでしょう?」
「いや、履歴書の住所見て地図確認したぞ」
「先生、方向音痴ですよね」
「別にそれで死にはしない」
いえ、死にますよ、と返す気力も無く、私は自宅に向かって歩き出すと先生が付いて来るので諦めた。
そこから数分、学校の近くにあるマンションというかアパートような建物の入り口に着くと私は先生にお辞儀をした。
「送っていただきありがとうございました。では」
一刻も早く帰って寝たい。それしか頭にはない。
「なぁ出雲」
振り返ると先生がいつもの鋭く目つきの悪い目なのだが、さっきまでのとはまた何か違う感じの目を私に向けている。
「一人でおかしな事を背負い込んだりするなよ」
鋭い目とは考えられない少し温かなものを向けられ、思わず驚いて目を背けられない。
やはり先生は何か気づいているんじゃ無いだろうか。
そうとしか考えられなくて焦りそうな気持ちを隠す。
「何も無いですよ。先生も道を間違えず帰って下さいね」
私が笑顔で言うと、先生はただ私を見下ろしていたが軽くため息をついて、じゃぁと言うと帰っていった。
私は1DKの部屋にふらふらと入るとベッドにそのまま倒れ込む。異様に疲れた。
まだ昼過ぎだというのに、もの凄く長い時間動いていた気がする、
『今度閻魔ちゃんか篁さんに報告しておく必要あるよね』
そう思いながら、身体が重くてベッドに溶けていくような気分のまま眠ってしまった。