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バイト先は京都六道閻魔庁  作者: 桜居かのん
第二章 愛と欲望の衆合地獄
17/52

7




*********




「良い天気だな」



「はぁ」



朝の10時。

寺の入り口で私が待っていると一分遅れで先生がやってきた。


土曜だがもうこの時間ではそれなりに観光客が来ていて、ここが目当てなのか私が待っている間にも多くの人が中に入っていたが、先生は背が高いせいか来るのが遠目からでもわかった。

ジーンズに落ち着いた緑の長袖シャツ。シャツの襟にはお洒落なボタンがついているしなんかジーンズも高そうな気がする。



「あのー、なんでここに?」



結局LINEは放置されたのでやっと聞くと、



「おそらく出雲が来たいと思っているだろうと思ってな」



何故か意味深にも取れる笑みをされ、ビクッとしそうなのを我慢しながら、さっさと中に進み出したそのあとを私は急いで追う。


その後ろ姿を見て驚いた。


わぁ、足が長い!お尻が小さい!先生なにげにスタイル良いな!性格最悪だけど!


何となくお洒落する気も起きずこちらは安物のカットソーにジーンズだが、自分の着こなしのダサさが胸をえぐる。



門をくぐると先生は右側に進み、そこには大きなアクリルで遮られた場所があって奥に二体何かが祀られている。

考えてみたら修学旅行で来たときはここのお寺をまともに見ずに立ち去ったんだった。



「小野篁って知ってるか?」



「はい。百人一首の人ですよね」



その返事に何か思わせぶりな態度を先生が取り、私はなんとなく試されている気がしてならない。


こんな女子大生が小野篁本人に勧誘され、地獄の閻魔庁でバイトしているだなんて誰も思わないから大丈夫なはずなのに。



「右手の像が小野篁、左側が閻魔大王だ。この閻魔大王は小野篁が作ったと言われている


小野篁は平安初期の人物で文武両道に優れていたと言われているが破天荒な性格だったらしく、遣唐副使にも任じられたが断ったことで帝の怒りに触れ隠岐に流された。その時に読んだと言われたのが百人一首に載っているやつだ」



へぇ、と先生の話す内容を聞きながらアクリル板に顔を近づけて中の小野篁、閻魔大王の像を見るが、少なくともいつも会う篁さんの面影は一つも感じない。

今の雰囲気に合うように私と会うときは変えているのだろうか。


そこから少し進むと白い地に朱色で縁取られた小さな蔵のような建物があり先生がその前で止まる。

そこには『迎鐘』と書かれてあるのだがこちらからは壁に囲まれ中の鐘は見えない。



「鳴らしていくか?」



「鳴らす?」



「その目の前に白い結び目が壁から出てるだろ?

それを引っ張って鳴らすんだ」



「もしかしてお寺にある鐘が一般の人でも鳴らせるんですか?」



「あぁ。で、やるか?」



私は頷いて、わくわくと結び目に手を掛けた。白い縄は結構太くてそれを手前に引っ張るのだがずるずる出てくるだけで不安になり横にいる先生を見ると、腕を組み面白そうに私の様子を眺めている。



「これ、もっと引っ張るものですか?」



「遠慮せずにやれ」



完全に面白がってる先生にむっとしながら思い切りひっぱるとやっと何かひっかかり、手を離せばずるずると穴に紐がひっぱられ、カーン、という高い音が響いてびくりとその建物を見た。


くっくっと笑う人を睨むと、先生は楽しそうに私を見て、



「この鐘はな、『今昔物語集』に出てくるほど有名な鐘なんだ」



そんなに有名な鐘、なんか酷い扱いした気がするけど大丈夫だろうか。



「これはこの寺の開基である弘法大師の師が造らせた物だったんだが、唐国に渡る時、この鐘を三年地面に埋めておくよう寺僧に命じて旅立ったんだが、寺僧は待ちきれずに一年半で掘り起こして鐘をついてしまった。


その鐘の音が遠く唐国まで届いて、『三年埋めておけば、人が鳴らすこともせずに自然に鳴ったものを』ととても残念がったという逸話があるんだ。


そんな唐国まで届くほどの鐘なんだから、冥府まで届くだろうと『迎鐘』として言い伝えられるようになったそうだ」



すらすら話す先生に驚いて顔を見ると、特に興味も無さそうに鐘のあるお堂を見ていて私の視線に気が付いてこちらを見る。



「詳しいですね」



「それなり知識があるからな」



鼻で笑われ、むかつくもののそういえば先生の出身大学を聞いていなかった。

うちの大学で教えていると言うことはうちの大学卒業だろうか。


聞こうとしたら中に行くか、という声に私は質問を止め頷き、本堂横には特別拝観の為にドアが開けられていて、そこにいるスタッフさんに先生がお金を出している。

自分も次に支払おうとしたら、パンフレットを先生から渡された。



「子供に支払いなんてさせるわけないだろ?」



にや、と笑って言われ私はどうやり返そうか悩むが、結局ありがとうございますと礼を言うことにした。


たかが数百円、されど数百円。

一人暮らしの学生にはありがたい。



中を通ると、本堂に優しげな表情の仏像が置かれている。

薬師三尊像と書かれていて、私は手を合わせるとすぐに次へ進む先生の後を追う。


次の部屋には大きな地獄絵図や曼荼羅が部屋一杯に置かれ、私は驚いた。

これを丸めて布教用に使ったなどと説明書きがあり、私は興味深くて詳しく見たいのに先生はちらっとみるだけで庭の方を眺めている。



「先生、あまり興味が無いんですか?」



「無いな」



こんな場所へ誘うのだからそういう事かと思っていたのに。



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