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京都には冥府に繋がる井戸がある。
その井戸があるのは、六道珍皇寺という寺の一角。
平安時代、とある役人が夜ごと冥府に通うため、その寺の井戸を使っていたそうな。
それはただの言い伝えか、それとも。
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広い、簡単には向こうの壁まで見えないほどに広い、古代中国の宮殿のような場所。
その部屋はビルの何階分に当たるかわからないと言うほど高さがあり、天井は格子状に木が組まれ朱色で塗られた上に金で装飾が描かれている。
そんな部屋の真ん中には真っ白な死に装束を着た若い男が一人、心細そうに立っていた。
男の先には、大きな朱色の机、周囲には色が二段になった生地がかけられ、机の上には硯、筆、巻物のようなものが置いてある。
豪華で大きな椅子には古代中国で地位の高い者が着ていそうな黄色い衣をまとい、頭には『王』と書かれた冠、黒く長い立派な口ひげ、真っ赤な肌に左手には笏を持った大男が見開いたつり目で目の前の男を凝視していた。
「本当に、何も殺生をしていないと?」
「は、はい・・・・・・」
重く、大きな声が部屋に響き渡り、死に装束の男はか細く返事をする。
大男が笏をつい、と動かせば、机の近くにいた鎧をまとった鬼達が大きな鏡を大男に見えるように向けた。
この鏡は『浄玻梨の鏡』と言って、亡者の生前の罪が全て映し出される恐ろしいシロモノだ。
その鏡を大男がのぞけば、今は亡者となった男が母親を殴りつけたり、公園の子供に罵声を浴びせたり嫌がらせをするなどの所業が数々と映し出され、それを見た亡者は怯えながら俯いた。
「ほう」
大男の一言で亡者は恐怖からぺたりとその場に座り込んでしまい、近くにいた獄卒と呼ばれる鬼の顔に人の身体を持つ者達が、乱暴に亡者を立たせても亡者は全て諦めたようにがくりと俯いたままだ。
「お待ちください」
横にある大きな御簾の中から聞こえた私の声に亡者は驚いてこちらを向いた。
私には前にある御簾など無いように彼がはっきりと見えているけれど、彼に私の姿は御簾に隠れて一切見えず、声も変えられているため男か女か年齢すらもわからないらしい。
「この者は、そんな自分では親や誰かをを殺しかねないと悩み、自死を選びました。
その死もなるべく迷惑を掛けぬよう配慮した上で。
どうぞ、その事もご配慮頂ければ」
亡者はあんな映像を見せられ既に諦めていたところを見知らぬ者にそんな言葉をかけられるとは思わなかったのか、頬には涙が流れている。
「親より子が先に死ぬのは罪だ」
大男の平坦で冷たい声が響く。
子は、親より先に亡くなった、それだけに罪に問われ、賽の河原というところに行かされる。
母親に産みの苦しみを与えたこと、生まれた後に育てる苦労をさせたこと、その恩に報いること無く先に死んだことが理由らしい。
どう考えても納得できる理由では無いけれど。
「存じ上げております。何卒」
私がそう返すと、大男はふむ、と考え込んで、
「考慮はしよう」
その言葉を聞いた亡者は泣きながら、ありがとうございますという言葉を繰り返し、獄卒に抱えられ部屋を出て行った。
大きな扉が閉まり、周囲の者達が巻物を確認したり鏡を元の位置に片付けたりしている。