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風がふいて~短編集~風が吹いて始まる4つの物語  ★第3話「夜店の鳥売り」

作者: 秋月 レイ

                                

 風が吹いて、一枚の紙ビラが私の足元に飛ばされて来ました。


 台風一過の、目が醒めるような青空には雲一つ無く、焼け付くような日差しが容赦なく降り注ぐ、夏の暑い日の午後でした。


 汗ばんだ裸足の足首に、それが抱きつく様にしつこくからみつくので、私は何気なくそれを手に取って見たのでした。


――本日、午後7時より、N坂通りにて 夜店あります ――


 N坂通りと言えば、となりの小学校の付近だから、ここからそう遠くはないけれども、近所という程でもない。


 でも。

 夏休みもそろそろ終わりで、宿題を全部早々と済ませてしまっていた私は、このところ少々暇を持て余していたこともあり、行ってみようと決心しました。


 その日、夕飯を急いでかき込んだ後、夜店に行くとだけ言い残して、ピンクのビニールのつっかけに素足を突っ込んで、あたふたと出ていこうとする私を、母の何か言う声が追いかけましたが、いつものことながらほとんど耳には入りませんでした。


 本当は、仲のいいゆみちゃんと一緒に行くつもりだったのですが、彼女がまだ工作の宿題を仕上げておらず、今夜お父さんと一緒に熱帯魚のモビールを作るのだと言っていたのを、私は彼女の家の前まで来て思い出しました。


 友達と一緒でなければ、近いとは言っても夜の子供の一人歩きを、母が許す筈がないとは知っていたのですが、私はそこできびすを返すと、一人で夜店へ行くことにしました。


 せっかく抜け出して来たのに、すぐに家へ帰る必要もありません。

 それに何と言っても、この夏最後かもしれない夜店は、子供心に耐え難い魅力でした。


 7時前、とは言っても夏の日差しはまだ明るく、頭上には薄すぼけた青い空が広がり、白くぼんやりしたけだるいような気配が、辺りをゆっくりと徘徊していました。


 私がN坂通りに着いた時には、もう夜店は始まっていました。

 緩やかな坂沿いに、赤や青、黄色ののぼりがはためき、いろんなお店が立ち並んでいます。

 私は嬉々としてその中へと進んで行きました。

 人の影はまだまばらでした。きっとまだ明るいからでしょう。

 

 まず最初に、私は屋台でアイスクリームを買って食べることにしました。

 道中少し走ったので、喉が渇いていたからです。

 値段が書かれていなかったので、一番最初にポケットで手に触れた硬貨を数枚差し出すと、屋台のおじいさんはにっこり笑って、その内の一枚を取り、カップに入れた白いバニラアイスを2つくれました。


 変だな。今日は5百円玉は持ってなかった筈だから、あれが百円以上の硬貨の筈はないけど、今時一個50円は安い――それとも、私が今日一番の客で、これはサービスなのだろうか――

 少々戸惑って、ふと傍らを見ると、片手の人差し指をよだれでべたべたの口へ突っ込んだ小さな男の子が、もう片方の手で私のスカートをつかみ、もの欲しそうな顔で私の手の中のアイスクリームを見つめていました。


(きっと、もう一つはこの子の為のものだろう)


 と、私は勝手に解釈して、一つをその子に渡すと、おじいさんにありがとうと言って急いでその場を離れました。

 薄汚い感じのその子に、いつまでも付きまとわれたくないと思ったのです。


 次に覗いたのは、こけし屋でした。

 べつに「こけし屋」と書いてあったわけではありませんが、置いてあるのはこけしに関するものばかりだったのです。

 はじめ、整然と並べられた商品は、箸、爪楊枝、まごの手などといった日常品が主なように見えました。

 何気なく手を伸ばしてそれらの一つを取ってみると、こけしの顔が彫り付けてあります。

 更に他のものも見てみると、どれもやはり必ず、どこかがこけしの形になっているのです。

 何だか気味悪くなって私は手を引っ込めましたが、私のそばにいるおばあさんはいとも懐かしげに、嬉しそうにそれらを手にとって眺めていました。


 ふと気づくと、周りにいるのは皆おばあさんばかりの様でした。

 私は場違いな所にいる気がして、そこから離れました。

 私はしばらくその辺りをぶらぶらしていましたが、あるものが目について、そちらへふらふらと引き付けられるように歩いて行きました。


 ヒヨコです。父や母が、子供の頃の夜店では、赤や青の色の着いたヒヨコを売っているのは珍しくなかったそうですが、近頃ではまず見かけません。


 私はそれまで一度も、夜店でヒヨコを売っているのを見たことがありませんでした。

(一度だけ、”パンダクイナ”という怪しげなネーミングで、うずらの雛とおぼしき小さな弱々しいヒヨコを売っているのは見たことがありますが)


 もともと動物好きな私は、それこそ目を輝かせてそばへ駆け寄ったのでした。

 ヒヨコはぼろぼろになった大きなダンボールの中に所狭しとひしめき合っていました。

 けれど、私が不思議に思ったのは、そのヒヨコ達の大きさがまちまちなことでした。

 中には、そろそろトサカが生えかけ、白っぽい風切羽根も揃い始めたものまで混じっていました。


(どこかで売れ残ったヒヨコを売っているんだろうか)


 私はそんな風にも考えてみました。

 その店は、他のように、単なる屋台ではありませんでした。

 大きな柱が何本も立てられていて、周囲や天井は分厚いテント用のシートで覆われていました。

 そこに、鳥ばかりが入ったカゴが、トタン板の上に段をなして並べられていたのです。

 かなり大きな店でした。


 私は幼稚園の頃、とても良く懐いた白い小鳥を飼っていたのですが、ある日目を離した隙に猫に食べられてしまったことがあります。

 その時は死ぬ程わんわん泣いたものです。


 今でも、私は動物の中でとりわけ鳥が好きでした。

 その私の前に、赤や黄色、黒や白、青、ピンク。色とりどりの模様の、これまで見たこともない種の美しい小鳥がたくさん並べられていたのです。


 私は何とも言いようがない程嬉しくなって、その店の奥へと入って行きました。

 青い羽根に、白の細長い斑の付いた鳥がいます。茶色い頭に、黄色のいがいがの様に見える羽根が付いた、派手な、しかし哀れっぽい表情の鳥がいます。


 店の中は薄暗く、大きな裸電球が二つ三つ、鳥カゴの上にぶら下げられて、店の中をぼうっと照らし出していました。

 店の一番奥には、50才ぐらいの陰気な感じの怖そうなおじさんが、しわくちゃになった新聞を手にして椅子に座っていました。

 店には私の他にも、4、5人の子供がいて、店の鳥の品定めをしたり、自分が飼っているペットの話をしたりしていました。


 一人の野球帽をかぶった大柄な男の子が店のおじさんに、

「おじさんとこは鳥しか置いてないのかい? おれは鳥より魚の方が好きだな。熱帯魚なんかは置いてないのかい?」


 と、尋ねました。

 すると、おじさんは新聞の向こうから、鋭い目をギロリと光らせて、


「わしは魚なんぞ大嫌いだ……鳥はもっと嫌いだがな」

 と言って、にやり、と笑ったのです。私はそれを見て何だかぞっとしたのでした。


 男の子は、

「変なの、じゃあ何でこんな店やってんだ」

 と言って、出ていこうとしました。やはり少し怖かったのでしょう。

 すると、店のおじさんはその子を呼び止めて、こう言ったのです。

「魚は嫌いだがな……置いてないとは言ってない。この奥に、実はとって置きのきれいな魚がいるんだが……どうだぼうず、見てみないか?」

 男の子は、それを聞くとすぐに戻ってきて、ぜひ見たい、と言いました。


 すると他の子も、

「見たい見たい」

 と言って、おじさんの後についてぞろぞろ奥へ入っていきました。


 私も、とっておきの魚と聞いて、怖いのを忘れて一緒についていこうとしました。


 その時です。誰かが私のスカートを引っ張りました。

 私が驚いて振り返ると、それはさっき私がアイスクリームをあげた、小さな男の子でした。


 私はまたこの子か、と思うと腹が立って、

「ちょっと何よあんた、しつこいわね!」

 とどなって、スカートを荒々しく引き戻しました。

 すると男の子は、寂しそうに笑ってこう言ったのです。

「おねえちゃん、あそこへ入っちゃだめだよ……」


 と。

 私は、(そんなこと私の勝手じゃないの、何でこの子はこんなこと言うんだろう)と、内心あきれてしまったのですが、その子の笑い方があんまり寂しそうで、胸に訴えるものがあったので、つい辛く当たったことを後悔し、出来るだけ優しい笑顔を浮かべて振り向きました。


「ねえ、良かったらおねえちゃんと一緒に……」

 しかし、そこには男の子はいませんでした。


 私は急いで店を出て、回りを見回しましたが、その薄汚れた大きなシャツに、大きなゲタをはいた男の子の姿はどこにも見えませんでした。


 私はあきらめて、また店の中に戻ろうとしました。


 その時、一羽の鳥が目に入ったのです。

 白い羽根に、赤いくちばし。

 それがくりくりとしたつぶらな黒い瞳を私に向けて、首を傾けて見ているのです。瞬きをする、その小さな灰色のまぶたに、心持ちだけ生えたかわいいまつげ。

 それをしぱしぱとまたたかせて、止まり木の上をちょんちょんと飛び移って、私を振り返る仕草。

 その鳥は昔私が飼っていた鳥にそっくりだったのです。

 私は夢中でその鳥に見入っていました。

 左胸に黒い斑点がある以外は、見れば見るほどそっくりでした。

 私の目は、思わず知らす、値段を探します。――150円。


 私は、目を疑いました。

 一桁間違っているのじゃないかとさえ思いました。

 しかし、そこには間違いなく150円と書かれていました。

 私はどうしてもその鳥が欲しくなりました。

 しかし、あの鳥が死んで以来、家には鳥カゴがありません。鳥カゴも無いのに鳥を買って帰ったら、母が何というか目に見えていたので、私はたたらを踏みました。

 

 でも、どうしても欲しかったのです。

 一度家へ帰って、母を連れて来ようかとさえ思いました。

 ふと気づくと、おじさんがいつのまにか戻って来ていました。

 子供達の姿は見えません。私はさっきの怖さも忘れて、その鳥が入っているカゴの値段をためしに聞いてみました。

「ああ、それはもう古いやつだからな……百円だ」


 私はびっくりして叫び出したくなりました。

 安い!

 これなら、私のおこずかいだけでこの白い鳥をカゴごと買って帰ることが出来ます。

 母も、鳥カゴ付きで買って帰ったものを、わざわざ戻してこいとまでは言わないでしょう。


 そう思った瞬間、私は

「この白い鳥を、カゴごと下さい!」


 と叫んでいたのでした。

 おじさんがその鳥カゴを手渡そうとした瞬間、私は幸福の絶頂でした。

 何しろ、ずっと心に思っていた白い小鳥を再び手に入れることが出来るのですから。


 しかし。私が両手を伸ばしてそのカゴを受け取ろうとすると。

 おじさんは、じろりと私を見下ろして信じられないことを言ったのです。

「誰が、この鳥を持って帰って良いと言った?」

 私は仰天してしまいました。

 「え……! 持って帰れないって、どういうこと?」

「家で買った鳥は、逃がすことになってるんだ」

「そんな……」  


 何という店でしょう。

 私は驚きのあまり、しばらく口がきけませんでした。

 すると、おじさんは取りつくろう様に気味の悪い笑顔を浮かべて、こう言いました。

「何だったら、持って帰れる鳥も、奥にいるんだがな……」

 店先よりも、奥の方がずっと良い鳥がいると、しきりに勧めるのです。


 でも、私はどうしてもこの鳥がよくて、言い張ってみました。

「お金、もっと出しますから。お願い、つれて帰っちゃだめ?」


 すると、おじさんは急に機嫌が悪くなって、こう言い放ちました。

「だめだと言ったらだめだ! こいつは売りもんじゃない! ……さあ、奥へ行って、別の鳥を選ぶんだ!」


 私は、その剣幕に恐怖を感じて一歩後ずさり、そのまま店から逃げ出そうとしました。

 しかし、その時もう一度、白い小鳥と目が合いました。


 小鳥は、こんな陰気な店の中では、ひどく不釣り合いな存在に見えました。

 目が、外へ出たい、と訴えていました。

 私は逃げようとする思いを必死に押さえて、こう言いました。


「――この子、逃がしてあげて――」

 小鳥がカゴに止まって一声鳴き、どこへともなく飛んで行くのを、しばらくの間ぼんやりと見送っていたのは覚えていますが、その後、どうやって家へたどり着いたかは、記憶にありません。


 そして。

 新学期が始まって。お腹を空かせて、ばたばたと家に帰ってきたある日。

 普段は気にも止めない夕方のテレビニュースで、私の目を釘付けにしたものがありました。


 それは、3ヶ月前から行方不明になっていたという、4才の男の子が見つかったというニュース。

 その子の顔がアップになったとき、私は思わず息を飲みました。

 その子の目には、確かに見覚えがあったのです。

 あの、私が逃がした白い小鳥――


 良く見ると、その子は白いオーバーオールを着ていて、左の胸にはメーカーの黒いワッペンがありました。

 行方不明になった時と、そのまま同じ服装だ、とのことでした。

 私は、思わず夕飯の支度をしていた母に飛びついて、あの子は私が助けたのよ、と言ってしまい、何を夢みたいなことを……と、叱られました。


 ああ、そうそう。言い忘れていましたが、あの日、そこで夜店はなかったそうなのです。


 誰に聞いても、知らないと言う答えが返ってくるばかりでした。

 

 N坂通りにはその後も何度か行きましたが、そこでそれ以降、夜店が開かれたこともありません。


 私の話を証拠立てるものは何もありませんでした。

 ただ、私の胸のポケットに入っていたあの紙ビラ一枚をのぞいては。


                  -完-

昔おばあちゃんが、

「暗くなるまで遊んでると、子とりが攫いに来るで」

と言っていたのを、母は、大きな小鳥が攫いに来るんだと思っていたそうです。


――大きかったら、小鳥じゃ無いじゃん――

と思って聞いておりました。

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