1
「あいつの親、人殺しらしいよ」
彼女に対する最初の印象は殺人犯の娘だった。
けど、違った。彼女自身が「殺人犯」だった。
彼女と深く関わらずとも、すぐに分かった。彼女――波崎美代が自らそう言った。
残虐な殺人犯でも、僕は波崎美代を愛していた。
高校二年生の夏。僕のクラスに一人の少女が転校してきた。
こんな田舎に誰かが引っ越してくること自体が珍しかった。だからか、僕らの学校で彼女は話題になっていた。
都会からやって来た少女。目はぱっちりとした目ではなく、細長く、けれど、決して小さくない目。
始めて彼女を見た時、綺麗な目だ、と思った。
鼻はシュッと高く、薄い唇。整った顔だった。色白くて華奢なイメージ。そのせいか、どこか近寄りがたい雰囲気があった。
その転校生が波崎美代だった。
「宮野湊くん?」
それが彼女と初めて会話した最初の一言だった。
まさか波崎から話しかけられるとは思っていなかったから、僕はあの時、言葉に詰まっていた。
何よりも驚いたのは、僕の名前を知っていたということだ。
今思えば、僕ら以外誰もいなかったあの放課後の教室は、僕たちに会話をさせるためにつくられたような空間だった。
忘れ物を取りに戻ったら波崎がまだ教室にいただけのこと。それなのに、僕は異常なぐらいなぜか緊張していた。
事前に彼女のことを「人殺しの娘」だと聞いていたからか、彼女のミステリアスなところに魅了されていたのかは分からない。
ただ、僕の心臓は爆発しそうなぐらい鼓動が速くなっていた。
彼女の噂は一瞬で広まり、転校してきて二日目で誰も彼女と口を利かなくなった。先生までもが波崎と関わるのを嫌がっているように見えた。
田舎町で変な噂が立つと終わりがない。……人の噂も七十五日というが、ここでは一度流れた噂は一生つきまとう。
「はい、宮野です」
僕は暫くしてから、そう言った。
波崎は僕の返答の何が面白かったのか分からないが、小さな笑みを浮かべた。
こんな風に笑うんだ、と彼女に釘付けになった。波崎が笑った顔を僕は初めて見た。
「私は波崎美代」
「知ってます」
「なんで敬語?」
彼女はまた笑みを浮かべた。
もっと周りに誰も寄せ付けないような冷たい人だと思っていた。彼女のその意外な反応はますます僕の心を惹きつけた。
「クラスメイトなんだし、タメで話してよ」
彼女の言葉に「分かった」と小さく頷いた。
それが僕と波崎の出会いだった。