100万円均一の店
些細な出会いで、人生が転がり出す。前世と現世の因果関係は?本当の愛とは?
その店はまるで人を避ける様にひっそりとした場所にあった。
極普通の民家のドアに『100万円均一の店』と書かれた小さなプレートが貼られているだけだった。
女性はまるで自分の家に帰ってきたかの様にドアを開けた。
「いらっしゃいませ。」女性店員が軽く会釈しながら言うと、ボタンを押しブザーを鳴らした。
すると、奥から小太りの男が現れてクッションの敷き詰められた場所の前に静かに立った。
店員は男が位置に着いたのを確認しスイッチを入れると2ヶ所にスポットが当たった。左側には純白のウェディングドレスを着たマネキンが、右側にはバッグや靴までコーディネートされたマネキンが立ったいた。
マネキンを見た途端女性の目の色が変わり、右側のマネキンの前まで行き何かに取り憑かれたかの様にまじまじと見詰めた。
店員「あちらが試着室になります。」と示すと女性は黙って試着室へと向かった。店員はマネキンの服を脱がせて試着室へと運んだ。
女性が着替えて出てくると、
店員「マネキンが身に付けている物、全て併せて税込み100万円になります。」
女性は黙って自分のハンドバッグ
から100万円の札束を出して、店員に渡した。
店員「契約成立です。」
その声を聞いた途端女性の顔付きが変わり、男の方を向くと、
「この浮気者!何又掛けたら気が済むの!」等と罵声を浴びせながら近付き、男の前に立つと、
「黙って消えるな!翔のバカヤロー!!」
と、言って右手を振り上げてビンタした。
男は後ろにぶっ飛んだ。
女性は何事も無かったかの様に出口に向かって歩きだした。
ドアを出た所で店員が
「ありがとうございました。」
と、頭を下げて着てきた服が入った紙袋を渡すと、女性は素に戻りニコリと笑みを浮かべ
「ありがとう!」と紙袋を受け取りて去って行った。
店員が戻ると、男は床の上に座り込んでいた。
店員「大吉さん、大丈夫?」
大吉「飛ばされる衝撃は慣れないですね、でも雛歩さんのアイデアのクッションのお陰で大分助かってます。こずえさんはどうでした?」
雛歩「こずえさん…!?あぁ、こずえさんは翔への未練が消えたみたいね。今の女性、笑顔で帰って行ったから…。それにしても翔って男は何人の女性を傷つけたのかしら…?」
大吉「・・・次の服持ってきます。」
雛歩「うん。」
手を差し出して大吉を引っ張り起こした。
雛歩「また、少し痩せたわね。」
丸山大吉は幼い頃から太っていた。決して大食いではない。いや、むしろ少食の方だった。
身長も高く、その大きな身体とは裏腹に引っ込み思案で目立たない存在であった。
読書が好きで、独り教室の片隅や図書室で本を読むのを好んだ。
ある日、いつもの様に高校の図書室で本を読んでいる時、物語に出てくる料理が、‘ふっ’と頭の中に浮かんだ。食べた事も見た事すら無い料理である。
大吉がその料理をSNSで調べてみると、頭の中に出てきた料理と同じ物が出てきた。
それから本に料理が出てくると頭に度々浮かんだ。
大吉はそれをノートに描くのが楽しみになった。
やがて、描く事だけでは開き足らず、その料理を調べて作る様になった。
しばらくすると、料理だけではなく、本に出てくる女性も浮かんでくる様になる。正確には女性というより、女性の服装が浮かんでくるのだ。
そして、その服もノートに描く様になった。
高校三年生に成った時、クラスメートの千歳かえでに恋をした。告白どころか、話す事すら出来ない、こっそり見るだけの初恋だった。
身体が大きく、いつも一番後ろの席だった大吉は、かえでの後ろ姿を眺め、時折見える横顔を見ているだけで幸せな気分に成れた。
ある日大吉は担任に呼び出される。
担任「丸山君あなただけよ。進路希望出してないの。ほら、他の生徒はみんな提出してるのよ。」と、机の上に置かれたプリンを軽く叩いた。
大吉「す、すいません…。実は…本が好きで…、図書館…図書館で働きたいのですが、どうしたらいいのか、分からなくて…。」
「先生に相談してくれたら良かったのに。図書館司書ね。国家資格が必要よ。大学に行くのが一番いいかな。」
「大学ですか?」
「そうね。確か大学、短大か、専門学校卒業の条件が有ったはずよ。ちょっと待っててね。」
と言って立ち上がると調べに行った。
大吉はその隙に机の上の千歳かえでのプリンを探し盗み見た。
『①○○デザイナー専門学校
②○○服飾専門学校
③△△デザイン専門学校』
と書かれていた。
かえでさんはデザイナーに成りたいんだ…。
担任が戻って来るまでに素早くプリントを元に戻した。
担任が帰ってきて
「通信大学もあるみたいね。大学には…。」
「分かりました。もう少し考えてみます。すいません。」
「ご両親共相談して、良く考えて決めるのよ。」
大吉は担任との話を遮り足早にその場を離れた。
大吉はかえでと同じ専門学校に行くと決めた。かえでの近くで二年間過ごすために…。ノートに描いた服を作ってみたいからと自分に言い訳をして…。
専門学校の学生は、みんなデザイナー目指すだけあってお洒落な服を着ていた。そんな中、身体が大きく地味な服装の大吉は逆に目立っていた。
独りポツンとしていた大吉に一人の学生が近付いて来て、
「俺、滝沢純よろしく。」と右手を差し出した。
大吉「よ、よろしく。」とその手を握ると、滝沢は左手を添えて、両手で握手した。
滝沢「で、君は?」
大吉は慌てて「あっ!丸山、丸山大吉です。」
「丸山大吉…丸大か…ハハハッ…ゴメン、ゴメン気を悪くしないで、身体に合った名前だなと思って…悪気は無いんだ。ゴメン。で、丸大君は何処の高校だったの?」
「僕は○○高校です。」
「○○高って確か、かえでちゃんと一緒じゃなかったかな?」かえでの方を見て「かえでちゃん○○高だったよね?」
かえで「うん。そうよ。」
「じゃ、丸大君知ってる?」
「丸大?…あぁ丸山君ね。えぇ、高三の時のクラスメートよ。」
「でも二人全然話さないね…。」再び大吉を見て「あっ!実は二人付き合ってて別れたとか?」
大吉は首を横に振った。
「告って振られたから気まずいとか?」
大吉は今度は大きく首を横に振った。
かえで「何にも無いわよ。そう言えばクラスは一緒だったけど、話した事無かったんじゃないかな?」
「えっ!?マジ?クラスメートだったのに話した事無いの?」
滝沢は驚いた様に言った。
そして、机の上のノートを見付けると「これ何?」と素早く手に取りノートを開いた。
大吉は「あっ!」と言ったまま何も出来ずに固まった。
「これ、スゲーじゃん!」驚きの声を上げると、その声に反応してかえで達数人が寄ってきた。
かえで「丸山君にこんな才能があったのね。それにしても凄い量のデッサンね。」
滝沢「丸大君はそれだけ服が‘好き’って事さ!」
大吉「・・・。」大吉は、はにかむしか無かった。
それから、大吉は『丸大』と呼ばれ、みんなに話し掛けられる様になり、かえでとも少し話せる様になった。
その頃から本を読まなくとも、女性の服装が浮かんでくる事がある様になり、それもノートに描きだした。
講義が休講になり、時間が出来た安藤雛歩は、いつも2駅乗る電車に乗らずに、4年間眺めた風景を歩いてみることにした。見ているだけとは違い実際に歩くと、新しい発見が有ったり、知らない店との出会いもあった。
歩き疲れた頃、たこ焼き屋の前にベンチを見付けた。お腹も減っていたので、ここで休む事にした。
数人居た、たこ焼き屋の列の後ろに並んだ。
メニューを見ると、
『たこ焼き6個‥300円
12個‥500円
味‥ソース
しょうゆ
ポン酢
塩
マヨネーズ‥無料
ネギ‥50円』
雛歩は12個でポン酢味でネギトッピングを食べようと思ったが、一万円札と小銭が500円しか無いのを思い出し、ネギは諦める事にした。
前に並んでいた、カップルが
男性「何味にする?」
女性「やっぱりソースマヨかな。」
男性「俺はシンプルに塩がいいかな。ネギ乗せもしたいな。でも2種類だと別々に入れて貰わないと駄目だね。」
と小声で相談していた。
カップルの順番が来た。
男性「ソースマヨと塩をネギトッピングで…。」
女性が男性に「ソースマヨにもネギ乗るんじゃない?私ネギ駄目なのに…。」
男性、店員に「あっ!すいません。ソースマヨの方には…。」
店員「はい。一つに入れたから500円ね。ネギは塩だけだからサービス。」
男性「あ、ありがとう。」
女性は男性に「二人の会話聞こえてたのかな?」
男性「そうだね。」
雛歩「12個ポン酢で。」
店員「ネギはサービス、500円ね。」と、間髪入れずに出てきた。
雛歩「は、はい。ありがとう。」
雛歩はこの店員、人の心が読めるのかしら?と思った。
店員を見ていると、客が注文する前に舟に入れ味を付け出していた。
何で分かるのだろう?不思議に思った。
雛歩は食べ終わると、たこ焼き屋のゴミ箱にゴミを捨てて、
「ご馳走さま。美味しかったです。ここ何時までですか?」と聞くと、
店員は下を向いたまま無愛想に
「7時。」と答えた。
雛歩は再びウィンドウショッピングを始めたが、店員の不思議な行動が気になって仕方なかった。
大柄で無愛想なあの店員にどんな秘密があるのだろうか?
そこで、引き返し閉店後店員に聞いてみる事にした。
時計を気にしながら時間を潰した。7時前にたこ焼き屋の見える位置に行き、こっそり隠れて見ていた。店員は閉店準備をしだしていたが、後はシャッターを下ろせば閉店ぐらいになったのに、なかなか閉店せず7時を10分以上過ぎた時、突然たこ焼きを少しだけ焼き出した。
焼き上がるとソースとマヨネーズを塗り持ち帰り用のビニール袋に入れた。すると、それを待っていたかの様に自転車に乗った少年が現れて、たこ焼きを買った。
雛歩は少年を呼び止め話掛けた。
「君はいつもここでたこ焼きを買うの?」
「ううん。今日2回目、この間お店で食べて美味しかったから、次近くに来た時は、買って帰ろうって思ってたんだ。」
「今日来るってお店の人に言ってたの?」
「ううん。たまたまだよ。」
「そうなの。ありがとう。」
雛歩は店を閉めて歩いている店員に話し掛けた。
「おじさん!ねえ、おじさん!」
大吉はバイトが終わった帰り道後ろから不意に声を掛けられた。
「おじさん!ねえ、おじさん!」
振り返ると今日来たお客さんであった。
「おじさんはどうして、客の注文前に何が食べたいか分かるの?」
「えっ!?」
「注文前に味付けしてたでしょ。」
「いえ、そんな事無いですよ。有ったとしても、たまたまカンが当たっただけです。」
「ずっと注文前でしたよ。」
「・・・長い間たこ焼き屋してるとお客さんの顔見れば何が食べたいか分かる時があるんです。」
「最後少年が来るのも分かってましたよね?」
「あ、あれは、・・・自分で食べようと思って焼いていたのをたまたま来たお客さんに回しただけです。もう、いいですか?」
と言って近くにあった喫茶店に逃げる様に飛び込んだ。
ウエートレスに
「ホットコーヒー。」
と注文して、奥の席に座った。あの女性が消えていてくれる事を願って…。
その時、また不意に服装が頭に浮かび、大吉はノートを取り出し描き始めた。
コーヒーが運ばれて来た時、
「ミルクティーお願いします。」
と、そのウエートレスに言って、大吉の前に雛歩が座った。
大吉は慌ててノートを閉じた。
「本当は、おじさんは超能力者なんでしょ。」
「ぼ、僕は超能力者でもおじさんでもありません。まだ21歳です。」
「と、年下…それは、ごめんなさい。」
テーブルのノートを見付けると、
「それ、‘予言の書’なんじゃないの?ちょっと見せてね。」
と、素早くノートを奪い見出した。
大吉「あっ!」阻止する暇も無かった。
「す、凄い。これ凄いね。」
中田彩花は仕事の会食前にコーヒーを飲んでリラックスしていた。
横のテーブルに男性が着くと、それを追って女性が座った。聞こえてきた二人の会話からすると、男性は超能力者で予言書を持っていて、それを女性に奪い取られ、見られたようである。
『超能力者の予言書』と言う言葉に彩花は異様に興味が楚々られた。
雛歩の「す、凄い。これ、凄いね。」
と言う言葉に辛抱出来なくなり、思わず、
「私にも予言書見せて!」
と、雛歩に言ってしまった。
雛歩は驚いて、
「いいですよ。予言書じゃ無いですけど…。」と、言って彩花にノートを渡した。
興味津々にノートを見た彩花だったが、それは期待していたモノとは違い女性服が描かれたデッサンだった。
彩花「あなたデザイナーだったの?」
大吉「・・・はい。」
大吉は専門学校卒業後洋服とは無縁だったが、思わず‘はい。’と言ってしまった。デザイナーと言うことでこの場を切り抜けられるようにも思えたから…。
最初はがっかりした彩花だったが、やがて感心してページをめくりだした。そしてあるページで手が止まり、目が輝いた。
彩花「これ、この服何処で売ってるの?」
大吉「えっ!?どの服も僕の考えた物なので、売ってないです。」
「これよ、これ。近い物も知らない?」
彩花は興奮しながら、立ち上がりそのページを指差し、大吉の前にノートを置いた。
「はい。分かりません。僕のオリジナルなので…。」
「そう…。じゃぁこの服、あなた作れない?」
「えっ!?…作れないことはないですけど…。」
「じゃぁ作って!この服。50…いや100万円だすゎ。」
雛歩「ひゃっ、100万円!?」
大吉「・・・。」
彩花は腕時計を見て、
「もう行かなきゃ。これ、私の名刺。出来たら電話頂戴。お願い、約束よ。」と、名刺を置いて、大吉のテーブルの伝票と自分の伝票を持って帰って行った。
『代表取締役
中田 彩花 』
大吉は考え込んでいた。
雛歩「あの女性社長さんなんだ。だったら、100万円も
本当かもよ。作ってみたら…。滅茶苦茶欲しそうだったし…。」
大吉「100万円は冗談だと思いますが、僕の服をそれ程望んでいる事は確かですからね。作ってみます。」
雛歩「じゃ、頑張って作りますか。」
大吉「えっ!?」
「乗り掛かった船。私も協力するゎ。」
「・・・。」
雛歩は大吉とあの後、連絡先を交換したもののこちらからは、何か電話し辛く、何回かたこ焼き屋を覗いたが大吉は居なかった。
1ヶ月が過ぎた頃大吉から電話が鳴った。
大吉「もしもし、覚えてますか?あの~たこ焼き屋の…喫茶店で社長から服を依頼された…。」
雛歩「勿論よ。丸山大吉おにいさんでしょ!」
「ハハハッ。はい。」
「ところで服は出来たの?」
「はい。それで、安藤さんにお願いがありまして…。明日の夕方付き合ってもらえませんか?」
「明日!?別にいいけど…。何?」
「実は明日、中田社長の会社に服を届ける事になりまして…。」
「一人じゃ心細いから付いて来いと。」
「はい。」
「雛歩おねえさんに任せなさい。」
大吉の話によると、学生時代の友人に生地屋を紹介してもらい、生地選びや試行錯誤しての服の制作で1ヶ月懸かりきりだったそうだ。
服が仕上がった後、彩花から全然催促が無かった事に気付き、‘知らない、あれは冗談だ’とか‘絵と全然違うから要らない’と言われそうで躊躇していた。
しかし、よく考えてみれば、彩花はこちらの連絡先を知らないし、本当に待っているかもしれない。それに、せっかく作った服なので見てもらいたいと思い。思いきって電話してみると、待ち望んでいた様で、直ぐに会社に届けて欲しいとの事だった。
まだ、不安が有った大吉は、全ての状況を知る雛歩に同行を頼んだようだ。
次の日、二人は名刺の住所を頼りに会社を探していた。
雛歩「これじゃない?」
大きなビルの前に社名が書い石碑の様な看板を見付けた。
大吉「本当だ。名刺の社名と一緒だ。」
「私、雑居ビルの一室かワンフロワーぐらいだと思ってた。」
大吉も横で頷いた。
二人はビルを見上げた。
雛歩「ビビってないで、行くわよ。」雛歩は大吉の背中を叩き促した。
二人は少し緊張して、受付に行くと、すんなりと最上階の応接室に案内された。
間もなく彩花が現れて、
「出来た?」目を輝かせて聞いた。
大吉「はい。これです。着てもらえますか?サイズは手直ししますんで。」
「ありがとう。」
と、服を受け取り部屋を後にした。
雛歩「大丈夫そうね。100万円も…。」
「流石にそれは…。僕の服で、喜んでもらえるだけで嬉しいです。」
彩花は上機嫌で鼻歌混じりで出てきた。
彩花「どう?」
雛歩「き、綺麗。とても…。」彩花が輝いて見えた。
大吉「サイズはどうですか?キツイとかユルい所とかはありませんか?」
彩花「大丈夫。オーダーメイド仕立てみたいにピッタリよ。」
大吉「良かった。」
彩花「大吉さん。」
と、大吉を呼んだ。
彩花「これ、約束の…。」
と言って100万円の札束を出して渡そうとした。
大吉「いや、流石にそれは貰い過ぎです。着て喜んでもらえるだけでも嬉しいです。」
「駄目よ。私の我が儘でこんなに素敵な服を作ってもらったんだから…。」
と、半ば強引に大吉に100万円を渡した。
彩花「契約成立ね。」
そう言うと、突然彩花の表情が変わった。
彩花「翔どういうつもり?急に消えたりして!」
大吉「さ、咲さん!?」
雛歩「翔?咲さん?」
彩花「あの女性には敵わないのは分かってた。でも私を愛してくれていると…。なのにどうして…?翔、翔聞いてる?答えてよ、翔。」
叫ぶような大きな声に、慌てて秘書の近藤が駆けつけてきた。
近藤「社長!どうされました?」
彩花の目から涙がこぼれた。
彩花「翔のバカッ!」
右手を振り上げるとビンタした。
大吉はぶっ飛び近藤に当たると二人は床に倒れた。
彩花は何事も無かったかの様に再び鼻歌を唄いだした。
三人はしばらく茫然として、彩花を見ていた。
近藤「社長!一体この翔という男は何をしでかしたのですか?」
彩花は近藤の方を見て「あれ?近藤さん、いつの間に来たの?何故二人して床に座ってるの?翔?翔って誰よ?その人は大吉さんよ。」
近藤「・・・?」
雛歩「彩花さん、翔って誰?咲さんって人は?」
彩花「さっきから出てくる翔って誰なのか、私も聞きたいゎ。咲さんも…。」
雛歩「どうして大吉さんを翔って言って殴ったの?」
彩花「私が殴った?大吉さんを…?」
近藤「社長、社長がこの大吉という青年を‘翔’と呼んで殴ったんです。涙を流しながら…。」
彩花「えっ!?私が…泣いて殴った…!?」
雛歩「彩花さん鏡で見てみて。」
彩花は手鏡を出して、自分を見た。
「えっ!?どうして涙が…?」
雛歩「大吉さん、咲さんて誰なの?」
大吉「彩花さんが『契約成立』って言って変わった瞬間、‘咲さん’って頭に浮かんだんです。この女性は咲さんだって…。」
雛歩「どういゆうこと?」
大吉は立ち上がり、歩いて彩花の所に行くと、「彩花さん、僕にビンタしてみてください。」
彩花「えっ!?どうして?」
大吉「確かめたいことがあるんです。お願いします。」
彩花「分かったゎ。」
バシッ!
大吉「痛ッ!」
彩花「ごめんなさい。大丈夫?」
大吉「大丈夫です。でも何か分かりました。最初痛く無かったんです。衝撃は有りましたけど…。」
雛歩「どういうこと?」
大吉「僕の推測ですけど、彩花さんが、前世の‘咲さん’に変身して、僕の前世の‘翔さん’をビンタしたんです。だから、僕はビンタされた感覚が無くて、痛みも無かったんです。」
雛歩「じゃどうして飛ばされたの?」
大吉「ビンタぐらいで大の男二人が倒れたりしません。何か…気功で飛ばされたとか空気砲で撃たれた様な衝撃で飛ばされたんです。」
近藤「確かに私達男二人を倒す程の勢いでしたね。でもそれで、咲さんも翔さんも成仏したのでゎ?社長が綺麗に成った様に、大吉さんにも何か変化はありませんか?」
彩花「嫌だ、私は元から綺麗よ。」と、冗談ぽく照れくさそうに笑った。
雛歩「確かに彩花さんは、益々綺麗に成ったって言うか、何かスッキリして、輝いて見えるゎ。大吉さんは少し痩せたんじゃないかな?」
彩花「そう言えば、少し小さく成った様な…!?」
大吉「咲さんはビンタした事で成仏したと思います。でも、翔さんは多分まだ…身体は少し軽く成った気はしますけど…。服の絵が残ってますから…。」
雛歩「あのノートのデッサン滅茶苦茶有ったんじゃない?あれ全部だったら…。」
大吉「いえ、流石にノートの服全部ではないです。たまに頭に服が浮かんでくる事があったんです。多分下りてきた服だけかと…。彩花さんの服もそういう服だったので…。」
彩花「それは何着ぐらいあるの?」
大吉「正確には分かりません。」
彩花「ノートを見れば分かるの?」
「はい。分かると思います。」
彩花「じゃぁ、こうしましょう。翔に怨みを持つ女性達を成仏させましょう。そして翔も成仏させて大吉さんの呪いも解きましょう!
その為に、大吉さんは下りてきた服を作りなさい。雛歩さんはそのサポートを、近藤さんは大吉さんの店を準備しなさい。」
雛歩「でも、それじゃ普通の関係ない女性が服を買ってしまうかも。」
近藤「いっそ、普通の女性が買わない様な値段設定にしたらどうでしょう。多少高くともその女性達なら買うかと…。」
彩花「そうね…微妙な値段だと、関係ない女性も買ってしまわないとも限らないしね。思いっきり高くしましょう。」
彩花が近藤に、
「そうだ!確か使って無い小さな倉庫があったわね。」
近藤「はい。△△町にございます。」
彩花「あそこなら人通りも余り無いし丁度いいゎ。店の中は完全防音で女性が叫んでも回りに聞こえない様にして、お客も1人ずつしか来ないでしょうから、マネキンを1体置いて…。」
大吉「マネキンは2体にしてください。」
彩花「じゃ2体にして…。」
雛歩「大吉さんが、怪我しないようにクッションも。」
彩花「そう、大量のクッションも用意してね。」
近藤「承知しました。」
大吉「色々準備したいので少し時間を頂けますか?」
近藤「大丈夫です。店の改装に多少の時間が掛かりますから…。」
数ヶ月後彩花から電話をもらい、雛歩は店に向かった。
聞いた住所を探したが店らしき建物は無かった。住所を聞き間違えたのかと思い電話してみると、
彩花「その住所で合っているわよ。」
雛歩「でも、お店らしい建物も看板も無くて…。」
彩花「ごめんなさい。オーブン前だから、看板まだ付けてなくて…。そこで、ちょっと待っててね。」
雛歩が待っていると、すぐ近くの民家のドアが開き、中から彩花が出てきた。
彩花「ここよ。」
雛歩が呼ばれた民家の前に行って、まじまじと眺めてみたが、普通の民家にしか、見えなかった。
彩花「大丈夫よ。オーブンする日には、看板付けるから…。ま、取り敢えず入ってみて。」
彩花に促されるまま中に入ってみた。
中は薄暗く、入り口近くに司会者の前に置かれている様な机が有った。他はクッションが沢山置かれた場所と、少し離れた所に、2体のマネキンが置かれているだけだった。
彩花は机の前に立つと雛歩を手招きした。
彩花「お客さんが来たら、先ずはこのボタンを押すと中の作業場のブザーが鳴るから、中で服を作ってる大吉さんを呼んで、そこのクッションの前に立たせてね。次はこのスイッチをON。」
と言って、スイッチを付けると、奥のマネキンにスポットが当たった。
彩花「これで服がハッキリ見えるからお客さんは食い付くはず、あとはマネキンの横にある試着室に誘導して、雛歩さんが、マネキンの服を脱がせて渡す。着替えて出てきたら、100万円もらって…。」
雛歩「えっ!?100万円。100万円ですか?」
「ええそうよ。マネキンが身に付けている物一式で税込み100万円。」
「服だけで、100万円って高過ぎませんか?」
「服だけじゃなく、バッグや靴も込み、一式で100万円よ。」
「バッグに靴?それにしても…。」
「大吉さんが、服によってどうして合わせたい、バッグや靴があるみたいで、それを作る為に勉強しに、行ってるゎ。最も靴作りは諦めて専門家にオーダーしたようだけど…。それに100万円でも翔を怨む前世の女性は納得して買ってくれるから大丈夫。問題無いわよ。」
彩花は自信満々である。
彩花は続けた。
「雛歩さんは100万円受け取ったら、『契約成立!』って言って頂戴。そう言えば女性が翔を罵倒して殴りに行くから、その間に、試着室にある着てきた服を袋に入れて前世から元に戻った女性に袋を渡してお見送りしたら、全て完了よ。」
雛歩「了解。ところで、今日大吉さんは?」
「服を作るのが忙しいらしいわよ。流れは雛歩さんに説明しといてくれって、後2、3日で今、作ってる服が出来るらしいから、それが出来上がったらオープンしようと思うの。雛歩さんはそれで大丈夫?」
「はい。大丈夫です。」
5日が過ぎ一週間が過ぎたが何の連絡も無かった。
10日以上過ぎたある日の夜、彩花から、明日オープンするからとの連絡が来た。
雛歩は約束の時間より30分近く前に店に着いたが三人はもう店に居た。
彩花「早かったわね。みんな揃ったし、乾杯しましょう。近藤さん!」
近藤はシャンパンを開けた。
彩花「それでわ、翔に怨みを持つ前世が成仏して女性達が綺麗に成ります様に。そして、翔が居なくなり、大吉さんの呪いが解けます様に。お店の成功を祈って、かんぱ~い!」
一同「乾杯!」
彩花「みんないい?看板付けてオープンするわよ。」
彩花が入り口に向かうと三人は従った。
みんながドアの前に揃った所で、近藤は持っていた紙袋からプレートをだして彩花に渡した。
彩花はそれをドアの窪みに嵌め込んだ。
彩花「『100万円均一の店』オープンです。」
近藤が拍手すると、二人もそれに、習った。
彩花「じゃ後は二人に任せるわね。」
そう言うと、近藤と帰って行った。
中に入ると、雛歩は机の所に行き、スイッチを入れた。
雛歩「これがブザーで、これがスポットね。」
スポットを点灯さすと、既に服を着た2体のマネキンが浮かび上がった。
雛歩は近付き左側の純白のウェディングドレスを着たマネキンをまじまじと眺めた。
雛歩「綺麗…。」思わず声が漏れた。
大吉「気に入りましたか?」
「それりゃあ、ウェディングドレスは女の子の憧れだもの。女性ならみんな一度は着てみたいものよ。」
「そうですか。みんな…。」
「でも、どうしてウェディングドレスなの?」
「それは…それはですね…初めて…専門学校時代に初めて作った服で、その時、評判良くて、それで、卒業出来たようなものなので、思い入れの服と言うか、そのドレス見ると勇気が湧いてきて元気がでるんです。」
「ふ~ん。御守りみたいなものなのかな?」
「そんなものです。」
右側のマネキンは、ギャル使用の服を着ていた。
雛歩はそれを見て、この服が本当に100万円で売れるのか?それに、この服だと多分買うのは、若い女性だろう!?そんな若い女性が100万円も払えるのだろうか?そもそも看板て、ドアにあんな小さなプレートを嵌め込んだだけで本当に女性は来るのだろうか?不安だった。
大吉が服作りで大分疲れている様だったので、
雛歩「店番は私がするから、大吉さんは奥で少し横になっていて。」
「でも…。」
「大丈夫よ。女性は直ぐには来ないだろうし、来た時はブザー鳴らすから。」
「すいません。では、お言葉に甘えて…。お願いします。」
と、奥の部屋に消えた。
雛歩はひとり座って、マネキンをボーッと眺めていた。
どれぐらいの時間が立ってからだろうか、雛歩は彩花にドアの看板を照らすスポットを点灯ように言われていたのを思い出した。
慌ててドアの横にあるスイッチを入れた。
そして机の横の定位置に戻ると、まるで、それを待っていたかの如くドアが開き女性が入って来た。
雛歩「い、いらっしゃいませ。」
少し焦ってボタンを連打して、ブザーを鳴らした。
寝惚け眼の大吉が巨体を揺らし、クッションの前に立つと、雛歩はスポットのスイッチを入れた。
高校生の時は委員長をしていた、絵に描いた優等生風の大人しそうな黒髪のその女性は、まるで着そうに無いギャル服を食い入る様に見詰めた。
雛歩「あちらが試着室です。着てみますか?」
女性が黙って頷いた。
雛歩「服をお持ちしますから、試着室へどうぞ。」
と、促すと、女性は素直に従った。
服を着て出てくると、女性は感じが変わり、とても素敵だった。
‘凄い’雛歩は素直にそう感じた。
雛歩「良くお似合いです。服とこのカバンまで一式で、税込み100万円に成ります。」
驚くことに女性は頷くと、あっさりと100万円を払った。
雛歩「あ、ありがとうございます。契約成立です。」
その言葉を聞くと大人しそうな女性は豹変して、大吉に、大吉の前世の翔に近付いて行った。
「翔、いい加減にしなさいよ。私を誰だと思ってるの?他に何人女が居たのよ。」等と、罵り続け、大吉の前に立つと、
「この大バカヤロウー!」
と、言って少し屈むと、下から拳を振り上げた。
大吉は後ろにぶっ飛んだ。
試着室の女性の服をたたみながら様子を見ていた雛歩はビックリして大吉に駆け寄ろうとしたが、大吉はOKサインを出して女性に着てきた服を渡す様に促した。
雛歩は急いで服を入れた袋を出口の所で女性に渡すと、冷静を装い
「ありがとうございました。」と、ひきつった笑顔で見送った。
女性は何事も無かったように満足げに「ありがとう。」と、上機嫌で帰って行った。
雛歩は慌てて大吉に駆け寄り、
「大吉さん大丈夫?」
「まさか、グーパンチが来るとは…。でも、当たってないから痛くはないです。」
「当たって無いのは分かっていてもビックリするゎ。」
「早香さんは成仏したかな?」
「早香?あぁ、さっきの女性の前世ね。上機嫌で帰ったから大丈夫よ。一つ聞いていい?」
「何ですか?」
「契約成立した後、前世の女性の何が見えてるの?」
「楽しそうに笑ってる笑顔が見えて、名前が分かるんです。」
「笑顔なんだ…。」
それから、一週間~10日間に1人来る位のペースで女性は来店した。
女性が居ない間、大吉は寝る間も惜しんで服作りに励んだ。
彩花は公私共に忙しく、電話で雛歩から近況を聞くか近藤に差し入れを頼む事ぐらいしか出来なかった。
彩花がようやく店を訪れたのは、数ヶ月経っていた。
雛歩「いらっしゃ…あっ!彩花さん。いらっしゃい。」
彩花「どんな感じ?」
「昨日服が売れてから、大吉さん徹夜で服を作ってたみたいで…。まだ寝てます。」
「どんな服?見てみたいゎ。」
雛歩がスポットを点けると二人は右側のマネキンの側に行った。
彩花「凄いドレスとピンヒールね。」
マネキンは真っ赤なドレスを着て、足元には真っ赤なピンヒールが置いてあった。
彩花「まるでモンローがモンローウォークした時に映画で着ていたドレスみたい。」
雛歩「『ナイアガラ』ね。モンローはピンクでしたけど、確かに…。」
彩花「そうそう『ナイアガラ』。」
雛歩「モンローウォーク見ていた、女性が『あんなドレスは何年も計画しないと着れない。』なんて言うんですよね。このドレス買いに来る女性もそうなんですかね?」
「モンローみたいな金髪の外国人だったりして…。」
「どうでしょう?今までは結構、服とは違ったイメージの女性が買っていったから…。大人しそうな女性がギャル服とか、その逆とか…。」
「えっ!?そうなの?」
「はい。最初は大丈夫?って思っていても、いざ服を着ると、妙に似合うんです。皆さん素敵なんです。」
彩花「本能的に分かるのかな?前世で似合ってた服を翔が教えてるとか…。」
「そうかもね。見た目が綺麗になって、内面も輝いている様に感じる。」
「お陰であれから、私もモテ期が来たゎ。」
「あれ?彩花さん、それまでモテなかったんですか?」
「違うわよ。私の場合、モテ期がモテモテ期になったのよ。」
と、笑った。
雛歩「そうだ、大切な事伝え忘れてた。この服が最後だそうです。この服が売れたら女性達も翔さんも成仏するみたい。」
「えっ!?まだこの服があるじゃない。」と、左側のマネキンのウェディングドレスを指差した。
「それは、違うみたいよ。専門学生の時に作った服らしいから。」
「でも、確かこの服を作るのに手間取ってオープン遅れたのよ。」
「昔作った服だから手直ししてたんじゃないかな?」
「そうなんだ。私は、てっきり翔が成仏した後に、大吉さんのお姫様が現れて、これを着るのかと勝手に想像してたわ。」
時計を見て、「そろそろ行くね。」
「デート?」
「モテモテ期だから、忙しいのよ。ハハハッ!」
彩花が帰ると、雛歩は赤いドレスの女性が成仏した後、この店の生活も終わるなと、考えていた。
それは、翔に未練ある女性達と翔も成仏する、大吉もその呪縛から解かれる良いことなのに、何か寂しかった。それを求めて始めたはずなのに…。
しばらくすると、大吉が起きてきた。
雛歩「よく眠れた?」
大吉「はい。ぐっすり。」
「彩花さんが来てたわよ。」
「そうですか。」
「彩花さんモテモテ期で相変わらず忙しそうよ。」
「モテモテ期?」
「ええ、普段からモテ期だから、更にモテる今はモテモテ期らしいわよ。」
「彩花さんらしいですね。ハハハッ。ところで明日休みにしませんか?」
「赤いドレスの女性は、まだ数日現れなさそうだから大丈夫だと思うけど…。でも、どうして?」
「明日付き合ってもらえませんか?」
「えっ!?」
「急に痩せたんで、着る服が無くて、僕、今までサイズで服選んでたんで、何を基準に選んでいいのか?センスも無いですし…。」
「そういうことなら、雛歩さんに任せなさい。でも、あんな素敵な服作るのにセンス無いんだ。」
「自分の服は下りて来ないんで…。」
「ハハハッ。彩花さんには、私から休むって連絡しとくわ。近藤さんが差し入れに来ても悪いしね。」
次の日、二人は大吉の服を買いに出掛けた。雛歩が選ぶ服は、今まで大吉が着た事が無いお洒落な服だった。
大吉「今日はありがとうございます。お礼に僕が雛歩さんに服をプレゼントしますよ。何か着たい服はありませんか?」
「着たい服か…。」
雛歩は着てみたい服は、ずっと店で見ている、あのウェディングドレスが直ぐに頭に浮かんだが、それは、違うなと思い。
「服は無いけど、コーヒーカップが欲しいかな。」
「コーヒーカップですか?雛歩さんは、紅茶が好きだから、ティーカップの方が良いかと思いますよ。」
「コーヒーカップとティーカップって違うの?」
「コーヒーは冷め難い様に筒状に、紅茶は冷め安い様にお椀の様な形に成ってるんです。」
雛歩は大吉とお揃いで欲しかったので、コーヒー好きの大吉に合わせ、「コーヒーカップが欲しいかな。私熱い紅茶が好きだから…。」と、言った。猫舌がバレない事を祈って。
カップを探していると、有名なネコとネズミのキャラクターのマグカップがあった。
大吉「こんなマグカップもあるんですね。子供の時よく見ました。」
雛歩「大吉さんは、どっちのキャラが好き?」
「どっちも好きですけど、どちらかと言えばネコの方ですかね。」
「これにする。」
「ネコ?ネズミ?」
「私もどっちも好きだから、両方。」
「分かりました。」
カップを買って、歩いていると、本屋を見つけ、
大吉「ちょっと本屋さんに寄ってもいいですか?」
と、本屋に入って行った。
大吉は久しぶりの本屋で真剣に本を選んでいた。
雛歩「楽しそうね。」
「はい。本は高校まで、僕の唯一の友達でしたから、今でも大好きです。」
「あっ!この話、映画で観たよ。この作家の話、よく映画化されてるのよ。」
「映画好きなんですか?」
「よく観るよ。昔の女優が好きなの。バーグマンとかモンローとか…。」
「すいません。分かりません。」
「‘イングリット・バーグマン’って『カサブランカ』って映画に出てた女優さんで最初の登場シーンでアップになった時、女の私でも、‘ハッ!’とする程綺麗なの。『誰が為に鐘は鳴る』って映画では『会う前から貴方が好きだった。』とかキスする時、『鼻は邪魔にならないの?』なんて聞くの。‘キュン’としちゃう。」
大吉「『誰が為に鐘は鳴る』はアーネスト・ヘミングウェイですよね。読みましたよ。流石にモンローの顔は知ってますよ。映画は見た事ありませんけど…。」
「『お熱いのがお好き』とか『紳士は金髪がお好き』とか『七年目の浮気』とかが、有名だけど、モンロー映画のお薦めは絶対『バス停留所』よ。普段は能天気に振る舞うけど、時折素に返り見せる寂しげな表情がキュートなの。『惚れてまうやろー!』って叫びたくなるぐらい。」と、笑った。
「本当に映画好きなんですね。」
「映画に出てくる綺麗な女優さんが好きなのかな?だから、今も前世の未練から解き放たれて、綺麗に成っていく女性達見てたら、少し嬉しいの。」
「・・・お腹減りましたね。何か食べに行きませんか?」
「賛成。」
二人は料理が出てくるの待っていると、
大吉「僕、子供の頃から太っていたけど、指だけは細かったんですよ。」
と、両手を見せた。
雛歩「本当だ。器用そうな手ね。あれ?指輪してるの?」
大吉の左手の小指の指輪を見つけた。
大吉「これは、指輪じゃないですよ。服を作る時に使うんです。裁縫で使う‘指ぬき’の様な物です。」
「へぇ~そうなんだ。知らなかった。」
「たまたま外して来るの忘れてたんですよ。指にフィットして、違和感ないんで…でも指輪とは全然違いますよ。」と、外して雛歩に渡した。
雛歩は左の小指に嵌めると、
「私には、少し大きいかな?。」
「薬指でも良いんで嵌めてみてください。」
「薬指でも良いの?」
と、薬指に嵌めた。
「うん。薬指なら、ピッタリね。嵌めてみると指輪とは違うわね。」
「そうでしょ。」
料理が運ばれて来た。
大吉「さぁ、食べましょう。いただきます。」
雛歩「いただきます。」
食事が終わると、
雛歩「まだ早いしどうする?」
大吉「ちょっと、行きたい所が有るんで…。」
「何処?付き合うよ。」
「古本屋です。何軒も梯子するし、時間かかるんで、ひとりで大丈夫です。今日はありがとうございました。」
「そう。」
「じゃ明日。」
「じゃあね。」
大吉は消えて行った。
雛歩は、ひとり残されて途方に暮れた。
次の日から、大吉は作る服が無くなり、売り場に居るようになった。
雛歩「飲み物入れて来るね。コーヒーでいい?」
「はい。ありがとうございます。」
雛歩「ブラックでよかったわね。」と、ネコのマグカップを渡した。
大吉「あれ!?これ昨日の…。」
「ネコ派だったでしょ?」
「はい。僕はてっきり、店用と家用で2つ買ったのかと思ってました。」
「二人で使えば両方見られるし、離しちゃったら、追い掛けっこ出来ないじゃない。」
「ハハハッ。なるほど。」
雛歩「いつから服が下りて来る様になったの?」
「最初は高校の時、本読んでたら料理が浮かんで、それがなんだか不思議でノートに描く様になって、それから、本の中の女性の服装が…やがて、本読んでない時にも服が下りて来る様になったんです。」
「彼女に着て欲しくてノートに描いてたの?」
「ネクラで、本ばかり読んでるデブに恋愛は無理です。」
「好きな女性とか、服を着て欲しいってイメージした女性は居なかったの?」
「着て欲しかったかどうかは、分かりませんが…かえでさん…。三年生の時、同じクラスになった‘千歳かえで’さんに恋をしてました。」
「で、どうだったの?告白したの?」
「いえ。告白どころか、話した事すら無かったです。ただ、見ていただけです。高校の時は…。」
「高校の時は?卒業してから、お付き合いしたとか?」
「いえ。専門学校の時に、滝沢君のお陰でかえでさんと少し話せる様になったぐらいです。」
「滝沢さんって、生地屋さんの?」
「ええ、生地屋を紹介してくれた滝沢君もかえでさんも専門学校の同級生なんです。」
「かえでさんもデザイナーなの?」
「かえでさんがデザイナー学校に行くのを知って、僕が追いかけたんです。彼女と一緒に居たくて…。」
「じゃ、かえでさんが居なかったら、服は作って無かったの?」
「はい。多分図書館か本屋で働いていたかと…。」
「かえでさんは、大吉さんの気持ち…。」
「全然知らないと思います。雛歩さんは恋人は?」
「今は居ないゎ。付き合っても長続きしなくて、だいたいは、2、3ヵ月で振られるの。私にはデリカシーが無いらしいわよ。」
「話てて楽しいし、美人なのに…。」
「ありがとう。嘘でも嬉しいゎ。」
「映画の話とか、楽しいですよ。」
「初めて言われたゎ。古い映画ばかりで、ヲタクっぽくて、ウザいらしいゎ。ヲタクの何が悪いのよ。」
「僕は好きですけど…。」
それから、本の話や、映画の話、高校や、大学の話等、色々な話を途切れる事無く話した。
大吉は、今までの生きてきた人生より、この二人で過ごした数日間の方が人と話した時間が多い様に感じた。
雛歩は、この時間が一秒でも長く続く様に祈った。
雛歩の願いが通じたのか、今までマネキンに新しい服を着せてから、長くても10日程で現れていた女性は、2週間すぎても3週間過ぎても現れなかった。
そして、1ヶ月が過ぎようとした、ある日。
二人は何時ものように映画の話をしていた。
大吉「何かお薦め映画あります?」
雛歩「『MR.デスティニー』お薦めよ。」
大吉「どんな話ですか?」
「主人公が少年の時、野球をしてて、最終回一打サヨナラのチャンスで、何かが光って眩しくて三振するの。その後慰めてくれた女性と結婚してるんだけど、ある日仕事も首になったりで、バーのカウンターで愚痴ってるの、あの時、光ら無くて打てていたら…ってね。それを聞いたバーテンダーがじゃあ、そうしましょう。ってカクテル出してくれるの。そしたら、次の朝、あの日ホームランを打ってヒーローなって、マドンナだった女性と結婚して金持ちになってる自分がいるの。それで男は…。」
その時、ドアが開いて着物を着た女性が入って来た。
雛歩は慌てて立ち上がり、「いらっしゃいませ。」
大吉も立ち上がり、クッション前の定位置に着いた。
雛歩は焦ってブザーを鳴らし、大吉がもう位置に着いているのを見て、スポットを点けた。
髪をアップにした。上品なその女性は着物を着ている事もあるのか、ゆっくりと赤いドレスの前まで行くとじっくりと吟味し出した。
雛歩は何時ものように試着室を示すと、試着室に入って行った。
雛歩はドレスを渡し、ピンヒールを試着室の前に置いた。
女性は髪を下ろし、真っ赤なドレスに真っ赤なピンヒールを履いて出てきた。
雛歩は和風から見事に洋風に成りドレスを着こなした女性に圧倒されていた。
雛歩「そちらのドレスとヒール一式で、税込み100万円に成ります。」
女性は黙って100万円を雛歩に渡した。
「契約成立です。」
その瞬間女性は、「翔、われ~、嘗めとんか?ええかげんにさらせよ。」と、ロングヘアーをなびかせて罵声を浴びせながら、大吉に近付いて行った。
そして、大吉の前に立つと、「アホ、ボケ、カスのこの腐れ外道が…。」と、罵りヒールを脱いでファイティングポーズを取ったかと思うと、「このドアホ~!」と叫びながら左のハイキックを放った。大吉は左側のクッションが無い所まで大きくぶっ飛んだ。
雛歩はハイキックに驚いていたが
女性が出口に向かうのを見て、慌てて着物と草履を紙袋に詰めて女性を追った。
出口で紙袋を渡すと、女性は何事も無かった様に、「おおきに。」
と言って、それを受け取り、コツコツとヒールの音を立てて帰って行った。
女性を見送ると、雛歩は慌てて倒れている大吉に駆け寄った。
雛歩「大吉さん大丈夫?怪我は無い?」
大吉「なんとか…。でも、もしあの回し蹴りが本当に当たってたら、大怪我でしたね。」
「無事で良かった。」
大吉「瑠美さん、ドレス姿素敵でしたね。」
「瑠美さん…!?ええ、着物も良かったけど、ドレス素敵だったわね。」
雛歩は少し寂しげだが、やり終えて少しホッとしていた。
雛歩「終わったわね。これで翔さんも…。」
大吉「・・・。」
その時‘コンコンコン’とノック音が聞こえてドアが開いた。
「あの~、すいません…。」
女性が様子を伺う様に顔を出した。
大吉「かえでさん!?」
かえで「えっ!?」
大吉「千歳かえでさんでしょ!?」
かえで「はい。そうですけど…。」
「丸山です。高校と専門学校で一緒だった、丸山大吉です。」
「えっ!?あの丸大君!?」
「はい。あの丸大です。」
「痩せて分からなかったわ。一体どうしたの?そんなに痩せて。」
「色々ありまして…。かえでさんこそ、どうしてこの店に?」
「私、今、アパレル販売員してるんだけど、常連客が素敵な服着てたのね。メーカー品でもないし、何処で買ったか聞いたの。そしたら、店名は忘れたけど、△△町だったって言うの。その服があまりにも素敵だったから、その店の他の服も見てみたいと思って探してたのよ。でも、全然見つからなくて、そしたら偶然、素敵な赤いドレスの女性が出てきたじゃない。で、思い切って、その女性に聞いたら、今ここで買ったって教えてくれたの。でもまさか丸大君の店だったなんて…。ここの服は全部丸大君がデザインしたの?」
大吉「はい。全部僕が作りました。」
かえで「服見せて欲しいんだけど…。」
雛歩は彩花が言っていた『大吉さんのお姫様が現れる。』という言葉を思い出していた。お姫様が来たんだ。
立ち上がり机に向かった。
大吉「ごめん。服は全部売り切れたんだ。」
かえで「そう、残念…。」
その時、雛歩がスポットのスイッチを入れた。
かえで「有るじゃない」
かえでは、ウェディングドレスの前に立つとまじまじと眺めた。
かえで「丸大君ウェディングドレスも作るんだ。」
雛歩は、かえでがこの服を知らないって事は、やはり最近作られたお姫様の為に下りてきた服なんだ…。と、悟った。
大吉さんが翔さんの呪縛から解き放たれて、専門学校まで追いかけた、初恋の女性かえでさんと結ばれる。喜ばしいはずなのに、涙が溢れた。
かえで「素敵なウェディングドレスね。試着していい?」
大吉「ごめん。ウェディングドレス売約済みなんだ。それに、ウチの服は買う女性に合わせて作ってるから、合わないと思うよ。」
「オーダーメイドなんだ。じゃ、仕方ないわね。次の服は何時出来るの?」
「さぁ?分からない。」
「じゃ、次の服出来たら連絡して…。」と言って、名刺の裏に自分の電話番号を書いて大吉に渡した。
かえで「そこが、私のお店だから、暇な時、寄ってね。」
大吉「もう、作らないかもしれないよ。」
かえでは雛歩に「お邪魔しました。」と言い出口に向かった。
雛歩は泣いていることを悟られるのが、怖くて顔が上げられず、声も出せず、たた深々とお辞儀をして、かえでを見送る事しか出来なかった。
かえでは出口で「絶対連絡してね。絶対よ!じゃまた…。」と言って去って行った。
かえでが出口を出ると同時に雛歩はトイレに駆け込んだ。
顔を洗って、深呼吸をして、鏡に写る自分を見て、両手で軽く頬を叩くと、「よし!」と笑顔を作ってトイレを出た。
雛歩「どうして着てもらわなかったの!?せっかくお姫様が来てくれたのに。」
大吉「お姫様…?かえでさんの事かな?」
「あの女性が、大吉さんが恋してる、専門学校まで追いかけた、かえでさんでしょ!?」
「うん。確かに好きだったかえでさんだよ。」
「かえでさんに着てもらう為に下りてきたウェディングドレスなのにどうしてなの?」
「確かにこの服は下りてきた服だけど…かえでさんに着てもらう為の服じゃないんだ。」
「どうしてかえでさんじゃないと分かるの?」
「この服は…このウェディングドレスは…雛歩さんのウェディングドレスなんだ。」
「えっ!?どうして私だと分かるの?今まで、契約成立まで分からなかったじゃない。」
「このドレス初めて見た時、着てみたいと、思わなかった?」
「それは…それは女性なら誰もがウェディングドレスに憧れるからで…玄にかえでさんも着たいって言ってたじゃない。」
「ちょっと待っててね。」
大吉は作業場からあのノートを持って来て、最後のページを見せた。
そこには、あのウェディングドレスを着た雛歩が描かれていた。
雛歩「どうして私?それに他の絵には‘顔’なんて描かれて無いのにどうして?それに、何時下りてきたの?以前見た時には無かったゎ。」
大吉「雛歩さんと初めて会った日に、僕が喫茶店に逃げ込んだの覚えてる?」
「ええ、でも、あの時は、この絵は無かったゎ。」
「あの時、雛歩さんが入って来た時、ノートに描いてたんだ。店に入って直ぐに下りてきて…。」
「そういえば私が大吉さんを喫茶店で見つけた時、ノートに描いていた様な気がする。」
「あの時は絵は、まだ描き始めで、あの後、家で完成させたら、この絵になったんだ。」
雛歩「どうして言ってくれなかったの?」
「服を着ている女性の顔が下りて来る事は、今まで無かったし、しかもウェディングドレス。これは少し違うなと…。実際の服を見たら、雛歩さんは気付くと思い、急いで作ったんだけど…。」
「でも私は反応しなかった。」
「うん。彩花さんは絵を見て気付き、他の女性達は、マネキンに着せただけなのに、この店にやって来る。なのに、雛歩さんは服を目の前にしても何も言わない…。これはきっと何かあると、思って黙ってたんだ。」
大吉は続けた。
「雛歩さんの前世と翔さんを助ける為に、このドレスを着てくれないか?」
雛歩は黙って頷いた。
雛歩がウェディングドレスに着替えて出てくると、
「私、何するか分からないから…。」と、大吉を定位置のクッションの前に誘導した。
雛歩「私100万円なんて大金持って無いわよ。」
大吉「多分大丈夫。」
「ちょっと待って。」
雛歩は深呼吸をして、心を落ち着かせた。
大吉「大丈夫?」
雛歩は大吉を見て頷いた。
大吉「『契約成立!』」
雛歩の目の前に、見たこと無い風景が広がった。
学生服を着たスリムな男がいた。大吉さん…違う、翔さんだ。私…前世の私はずっと見ている。好きなのかな?
校舎裏に二人…
翔「亜樹さん、俺と付き合ってください。」
亜樹「は、はい。」
私、前世、‘亜樹’って名前だったんだ。
えっ!?翔さんに告白された。
しかも‘OK’…私、亜樹さんは翔さんと付き合うんだ。
そらから、二人は色んな所で楽しそうにデートしていた。それは大人に成ってからも続いた。
そんな光景が走馬灯の様に見えた。雛歩は幸せを感じた。
翔の部屋なのだろう、翔は寝ていた。
翔「こんな日にごめん。特別な日なのに…。」
亜樹「誕生日なら、毎年来るから気にしないで、風邪治ったら盛大にお祝いしてもらうから…。」
「うん…。」
「栄養付けて、今日はゆっくり寝てて、何か作るわね。」
亜樹が冷蔵庫を開けた。
あら!?これ何かしら…。亜樹は冷蔵庫の奥に隠す様に置かれている小さな箱を見つけ開けた。
‘ゆ、指輪だ!’『特別な日』…そういう事だったのか。私の誕生日に…。亜樹は見なかった事にして、冷蔵庫を閉めた。
亜樹「何にも無いわね。何か買って来るゎ。」
「食欲ないから、いいよ。」
亜樹「私が居たら、寝にくいだろうから、帰るね。」
亜樹は折角の翔の計画を台無しにする様な事を言ってしまいそうで、知らない振りがバレて仕舞わない内に帰ることにした。
翔「送ってくよ。」
「大丈夫。風邪なんだから寝てないと…。」
「大丈夫だよ。もう熱も下がったし…。」
「無理しないで…。ちゃんと寝といてね。」
「ありがとう。誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
亜樹は帰り道、ショーウィンドウのウェディングドレスを嬉しそうに眺めている。そういえば、クリーニングに出したスーツが掛けてあったし、玄関には、ピカピカに磨かれた革靴も有った。
亜樹が愛に満たされているのが、伝わってくる。
その時、亜樹の後ろを女性が通りすぎ、亜樹も歩きだした。
あっ!彩花さん…じゃなくて前世の咲さんか…。亜樹さんと咲さんは知り合いじゃないんだ。
咲、亜樹の少し前をイヤホンを付けて音楽を聴きながら歩いている。交差点の信号が丁度、青に変わった。青信号を見て、咲は横断歩道を渡った。亜樹は左から来る信号無視の車に気付き、
亜樹「危ない!」
亜樹の声はイヤホンをしている、咲には届かない。
次の瞬間、亜樹は倒れていた。駆け寄って来る咲。
咲「大丈夫ですか?誰か、誰か救急車呼んでください!誰か、救急車~!」
その時、駆け寄る翔の姿が見えた。
翔「亜樹、亜樹~!」
気付くと、目の前には、大吉が居た。
雛歩「亜樹、亜樹さんは、どうなったの?」
大吉は女性の名前しか分からない、いつもと違い、前世の翔に成っていた。亜樹に高校で告白し、付き合って、デートを重ねた。
そして、風邪でお見舞いに来た亜樹が帰った後、充電したまま忘れて行った携帯電話をみつけて、追いかけた。
亜樹を見つけて呼び止めようとした時、交差点で亜樹は急に走りだして、前の咲を突き飛ばした。
‘えっ!?’っと、思った瞬間、左から信号無視の猛スピードの車に撥ね飛ばされた。
翔は慌てて駆け寄り、
「亜樹、亜樹~!」と、叫んだ。
気が付けば、雛歩に両肩を掴まれて揺さぶらされていた。
雛歩は、「…うさん、翔さん、亜樹さん、亜樹さんは、どうなったの?翔さん、亜樹さんは…。」と、泣き叫んでいた。
大吉の目から大粒の涙が流れた。
大吉「亡くなった…。即死だった。」
「何で?何でなの?」雛歩は泣き崩れた。
大吉「近藤さんの前世の人の居眠り運転だったんだ。咲さんを助けて、亜樹さんは死んだ。彩花さんと近藤さんが協力的だったのは、多分そのせいだろうね。」
大吉は続けた。
「落ち込んだ翔さんは、亜樹さんを忘れようと、言い寄る女性達と付き合ったみたいだ。断り切れなかったみたい。でも、どうしても亜樹さんの事が忘れられず、突然消えたり、わざと他の女性と居る所を見せたりと、悪どい別れ方をしたんだ。」
「亜樹さんが助けた咲さんは?咲さんは何故?」
「落ち込んでた翔さんを慰めようとしてるうちに、愛してしまったようだ。」
「翔さん酷い!勝手よ。」
「翔さんは確かに酷い事したと思う。だけど、翔さんは亜樹さんさえ成仏すれば、翔さんも成仏しただろうに、他の女性達にも成仏して欲しくて、僕に先に他の女性の服を作らせようとしたんだ、後悔してたと思う。だから、亜樹さんのウェディングドレスは最後に下りてきたんだ。そんなこと知らない僕が先に作ってしまったけど
…。亜樹さんもその事を察してたから、雛歩さんにわざと気付かせない様にしたんじゃないかな。」
雛歩は黙って聞いていた。
大吉は続けて、「雛歩さん、亜樹さんと翔さんを成仏させてくれないか。」
雛歩「でもどうやって?亜樹さんが翔さんを殴る理由は無いわ。」
「ちょっと待ってて。」
大吉は、作業場に消えると、白のタキシードに着替えて出てきた。
大吉は雛歩の前に跪くと、ポケットから箱を出して開けた。
雛歩「指輪!結婚指輪?」
大吉「亜樹さん、僕と…翔さんと…。」その時、突然声色が変わり、「亜樹、俺と結婚してください。」
亜樹「はい。よろしくお願いします。」
翔は亜樹に指輪を嵌めて、キスをした。
二人には、‘亜樹’と‘翔’が仲良く手を繋いで天に登って行くのが見えた。
雛歩「良かった…。」涙が流れた。
雛歩「最初大吉さんが、指輪出した時、あの指ぬきだと思っちゃった。指輪も下りさせてたのね。翔さん凄いね。サイズもピッタリだし…。」
大吉「・・・。」
雛歩は手に嵌めている指輪をまじまじと眺めた。
雛歩「綺麗…。この指輪、私が貰っていいのかな?」
大吉「大丈夫だよ。」
「でもこれ、翔さんが亜樹さんに送るはずだった指輪でしょ。代わりに嵌めるの何か悪い気がして…。」
「あの指ぬきの話嘘なんだ。雛歩さんの薬指のサイズ測る為に僕が作った。その指輪は、雛歩さんの為に買った物で…。」
「えっ??」
「僕が、僕が雛歩さんの為に買った指輪なんだ。」
「えっ!?大吉さんが、私に…。」
大吉「あっ!さっきの『MR.デスティニー』って映画の結末って、ホームラン打たなかった時の奥さんと結ばれるんじゃない?」
「えっ!?ええ、そうよ。でもどうして分かったの?」
「だって、人生やり直しても愛する女性は同じだと思ったんだ。僕は生まれる前から雛歩さんを愛してたから…。」
「ね、鼻が邪魔にならないか試してみない?」
二人は唇を合わせた。それは、大吉と雛歩の初めてのキスだった。
終わり
映画ヲタクの作者のヲタクぶりが分かります。出てきた映画が観てみたくなってもらえたら幸いです。