6.「奴隷が言うこと聞くか確認」は狂人の発想
Q.美少女モンスターと和○したいのですが、なんで捕食エンドか強○の2択しかないんですか?
A.人間が牛や豚に欲情するのはかなりの特殊性癖であるのと同じで、美少女モンスターにとって人間は牛や豚みたいなものだからです
――【アヘ声】公式Q&Aより抜粋
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《表》
実のところ、こんな序盤でモンスターをパーティに入れられるとは思っていなかったので驚いている。
モンスターと人間は相容れない存在だ。基本的にモンスターは人間のことを「餌」としか思っていない。ゴブリンや触手系モンスターみたいに、人間を強○して○ませるタイプのモンスターですら、人間のことを「オ○ホ」とか「○み袋」くらいにしか思ってなかったりする。
なので、【アヘ声】でモンスターを使役する方法は2種類しかない。
1つは【召喚士】というクラスが習得するスキル【契約】でモンスターを捕獲し、【召喚】で呼び出して戦わせる方法。この場合、モンスターはダンジョン探索中にしか呼び出すことができず、経験値も入らないため、パーティメンバーとして育成することはできない。
そしてもう1つの方法は、【契約】で捕獲したモンスターを、とある施設を使って人間の味方として【再誕】させることだ(施設を使った時になんか怪しげな効果音が鳴るので、ファンの間では【洗脳】とか呼ばれていた)。
2つ目の方法であればモンスターをパーティメンバーとして使えるようになるんだが、この施設を使えるようになるのはエンディング後なんだよな。というのも、この施設はDLCによる追加要素だったからだ。
そういう理由もあり、まさかモンスターが普通に奴隷として売られてるなんて思いもしなかった。「ほとんどモンスター」というのは、言い方は悪いんだけど「苗床エンドから生まれたモンスター」とかそういうのを考えてたんだし……。そういうのならギリ人間として奴隷市場で売ってるかなって……。
「でもまあ、結果オーライだな。これからよろしく」
「……」
うーん……これ、ちゃんと意思疎通できてんのか? 首につけられている【隷属の首輪】の効果で命令にはちゃんと従うらしいんだが……。
ちょっと試してみるか。まずは裏切り防止と、人に危害を加えないように色々と禁止しておこう。
「俺に害を為すの禁止。正当防衛以外で人間に害を為すのも禁止」
「……」
【隷属の首輪】が光ったので命令は有効になってるはずだが……本人に反応がないから分からん。うーん、内容がフワッとしすぎか? もうちょっと具体的にしてみるか。
えーっと、バッドエンドでノーム畑の肥やしにされる時のシチュエーションはどんな感じだったっけな。
「他のノームと共謀するの禁止。人間の顔に粘土を貼り付けて窒息させるの禁止。人間を泥で拘束するの禁止。人間を生き埋めにするために能力を使うの禁止。というか人間を腐敗させたり肥料にしたりするの禁止」
「……」
とりあえず思いついたことは全部禁止しておいたが……本当に効果があるのだろうか? 分からん。かと言って首輪の効果を確かめるために酷い命令を出すのもなあ……。
……いや、でも相手はモンスターだ。肝心な時に裏切られたら困る。場合によっては命に関わるんだから、ここは心を鬼にして確かめるしかない。
「今から確認のために君をぶった斬るから、その場から動かないでくれ」
「……」
そう言いながら剣を抜くが、動く気配はない。無反応のままだ。まあただの脅しで本気でやるつもりはないと思われている可能性も考えて、俺は本気で剣を振り下ろした。
「【絶刀】」
俺のHP3割と引き換えに、ノームのすぐ隣の地面が爆ぜた。勿論、わざと外した。いや、いくらなんでもさすがに本気で当てるつもりはないぞ。ちゃんと命令が有効なのか確認が出来ればいいんだからな。
「……」
「念のためだ。【絶刀】」
反応がなかったので、確認のためにもう1発。反対側の地面も爆ぜるが、ノームに動きはない。
いや、よく見ると「その場から動くな」という命令を守って爆風で吹き飛ばないように踏ん張っているようだ。ということはちゃんと命令を聞くんだな。
……ああ、もしかして。モンスターだから人間の言葉を喋れないし、ジェスチャーも知らなかっただけなんだろうか。
「これからは『肯定』の時は首を縦に、『否定』の時は首を横に振ってくれ。分かったか?」
そう言えば、ノームは勢いよく首を縦に振って肯定を返してくれた。やっぱりそういうことか。なんか悪いことしたな……。
「ごめんな。色々と至らないところの多い主だと思うけど、改めてよろしく頼むよ」
こうして、俺は本当の意味でノームをパーティに加えたのだった。
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《裏》
「じゃあおやすみ。明日もよろしくな」
奴隷市場で我が主と出会った時、最初は髪が黒いこと以外は他の人間と見分けがつかなかった。どうせこいつも他の人間と同じだろうと思っていたのだ。
ノームを植木鉢の土に突き刺してさっさと眠ってしまった男を見て、ノームは頭だけ外に突き出た状態でそう回顧する。
ノームは初め、さっさとこの男を騙して【隷属の首輪】を外させて反逆してやろうと思っていた。これさえ外してしまえば奴隷は自由の身だ。自由になりさえすれば、モンスターにとって人間などただの「餌」にすぎない。
なに、少し友好的なフリをしてやれば簡単に騙されるような頭の悪い種族だ。たまに騙されない個体もいるが、そいつらとて罠にはめてしまえばどうとでもなる。
そして自由になった暁には、餌の分際で今まで散々我を苦しめてきた人間どもに復讐を果たすのだ。あと少し遅ければ我は奴らから受けた拷問によって完全に気が狂っていた。その報いは受けさせなければならない。
ノームはそう思っていたのだが――
「他のノームと共謀するの禁止。人間の顔に粘土を貼り付けて窒息させるの禁止。人間を泥で拘束するの禁止。人間を生き埋めにするために能力を使うの禁止。というか人間を腐敗させたり肥料にしたりするの禁止」
思い出しただけでノームは背筋が凍る思いだった。なにせ、これからやろうとしていたことを全て言い当てられたのだから。
最初に出した「害を為すな」という命令だけでも十分だったというのに、わざわざそんな具体的な命令を出したあたり、完全にこちらの考えていることを見透かされていたに違いないのだ。そうノームは確信している。
「【絶刀】」
そしてその直後に振るわれた剣技。ノームはその剣技に見覚えがあった。
あれは確か、以前戦ったことのある人間が最期の時まで温存していた技ではなかったか? あの時は本当に肝が冷えた。なにせ、我々ノームが総力をあげて製作した傑作ゴーレムを、一刀のもとに斬り伏せてみせたのだから。
もっとも、その技はHPと引き換えに発動する技だったらしく、直後に人間は膝を屈したため、あえなく我らの糧となったが……。
「念のためだ。【絶刀】」
少なくとも、そんな気軽にポンポン放っていいような技でないことくらい、技の詳細を知らないノームにも分かる。
「…………」
そして……ずっとノームに向けられていた、底無し沼を想起させる暗黒の瞳。ようやく「生命の危機」という自分が置かれている状況を理解したノームは、この男には逆らうまいと心に決めた。
なお、男は考え事をしながらノームを見ていたので凝視する形になっただけで、ノームが思ってるような深い考えなどなかったし、むしろ考えが足りてないアホなので短絡的な行動ばかり取るのだが、それが偶然にも徹底的にノームの心を折りに行ったのだ。
……そして胸ポッケに突っ込まれてダンジョン入りしたノームは、さらなる恐怖を味わうこととなる。
「ハハハハハ! 経験値! 金! 宝箱!」
あの人間は裏でこいつのことを【黒き狂人】などと呼んでいたが――こいつが狂「人」だと? 冗談ではない! こんなのが人間であるものか!
男の戦う姿を見てノームは情けない悲鳴をあげそうになるのを堪えるのに必死だった。
この世界においては、モンスターとは絶対的な捕食者であり、それ以外の存在は全て餌に過ぎない。中には人間の抵抗を受けて命を落とすモンスターもいるが、それでも種族全体を見ればモンスターと人間の差は歴然である。
モンスターこそが、あらゆる食物連鎖の頂点に位置する上位者であることは、純然たる事実なのだ。
――そのはずだった。
「【死中活】によってHP3割以下でステータス2倍! ……かーらーのー! 【打ち落とし】! TEC2倍により確定成功、攻撃力2倍によりダメージも大幅増加だ! 【食いしばり】のおかげでダメージを受けてもHPが1残るから、うっかり回避ミスっても死ぬ心配もない! ハハハハハ! スライム以外に対しても圧倒的ではないか我が軍は!」
その絶対的な捕食者であるはずのモンスターが、たった1人の男によって次々と餌になっていく。
その光景を見て、ノームは男が【狂人】などではなく、人間になりすましてモンスターを食い荒らす【化物】だと確信した。
「自分に【七星剣】! ……うーん、何度もやってると足の小指を角にぶつけた程度の痛みにも慣れてきたな。まあこの世界だとHPがある限りは足の小指を角にぶつけてもほとんど痛くないんだけどさ」
そもそも、パワーアップするために自分で自分のHPを一気に7割も消し飛ばすなど、そんな頭のおかしなことをする人間なんてどこにもいない。そんなことをすれば、ずっとHPに守られて生きてきたこの世界の人間には耐えられないほどの激痛が襲いかかるだろう。
そんなことは人間よりも痛みに耐性を持つモンスターだってやりたいとは思わないし、あまつさえ何ともなかったかのように振る舞ってしまえる精神を持つ存在など、もはや人間でもモンスターでもない。【化物】と呼ぶのが相応しいだろう。
「よーし! この調子で、目指せ『最強』!」
間違いない。こいつはいずれ「最強」という名の誰にも手がつけられない存在となる。
それを悟った瞬間、ノームは奴隷の身分から転落することを何よりも恐れるようになった。自身の自由を奪う忌々しい存在と思っていた首輪が、その実、これこそがノームをただの「餌」から「奴隷」へと昇格させるものであったのだ。
首輪が外れた瞬間、あの何の感情も宿していない眼差しが我を貫き、そして何の感慨もなく踏み潰されてしまうのだ! ああ、想像しただけでも恐ろしい!
……実際はなんだかんだでノームに対して愛着が湧き始めているので、ノームに裏切られたら男は普通にショックを受けるのだが、ノームの方はそう思っていないのだから仕方ない。
「さあ、宝箱を開けてくれ! ……こ、これは!? よっしゃあ! よくやった! これでまた俺たちは最強に近づいたぞ!」
幸いなことに、「この【化物】は我のことも【最強】とやらに育て上げるつもりらしい」とノームは理解していた。確かにノームにとってこの男は恐ろしい【化物】だが――ノームがこの男の奴隷であり続ければ、いずれノームはこの男以外の全ての恐怖から解放されるのだ。
無論、ノームは「この男から与えられた力」で「力を与えた本人」に反逆できるとは思っていない。しようとも思わない。どうせ即座に鎮圧できるような手段を用意しているに違いないのだから。
だからこそ、ノームはどんな命令でもこなす忠実な奴隷であり続ける。男も「死んでもやり遂げろ」とまでは言わないため、その点は安心だ。この男に見捨てられるくらいなら、何だって耐えてみせると覚悟を決めていた。
まあ今後は解除に失敗したら毒ガスが噴き出す宝箱とか、爆発してHPが1桁になる宝箱とか、生きたまま全身が石化してしまう宝箱とかを解除しろと言われるだろうが……それでも、生きてさえいれば男に治療してもらえるので安心だ。
あとはまあ、植木鉢は陶器鉢の方が個人的に好みだとか、できれば土に毎日水をやってほしいとか、そういう細かい不満もあるけれど。
それすらも飲み込んで、ノームは男に付き従うのだった……。