47.「路地裏の惨状」は当然の帰結
《表》
ある日の朝、目が覚めて窓の外を見ると、ちらちらと雪が降っているのが見えた。そういえば、ダンジョン下層に到達したあたりから、夜寝る時に肌寒くなり始めたんだったか、と思い返す。
そうか、もう冬なのか。1日の大半をダンジョンで過ごしてるせいで、季節感が狂ってたみたいだ。あと、いつも抱き枕にしてるルカの身体がひんやりしてるので、肌寒いのはそのせいかな、とも思ってたり……。
ともかく。俺がこの世界にやってきてから、いつの間にか1年以上経ってたってことだな。それはつまり、【アヘ声】の原作開始まであと2年くらいだ、ということでもある。
できれば、原作が始まる前にダンジョンを完全制覇しておきたい。なにせ【アヘ声】の主人公は『喋らない主人公』、つまり主人公=プレイヤーの分身なので、プレイヤーの選択次第で主人公の性格は如何様にも変わってしまう。なので、プレイヤーの意思が介在しないこの世界では、『【アヘ声】主人公にあたる人物』がどんな奴なのかさっぱり分からないんだよな……。
これがもし【善行値】がマイナスに振り切ってるような極悪人だったら目も当てられない。なにせ、ルート次第ではダンジョンを私物化して世界征服に乗り出したりするからな。俺にとって『主人公にあたる人物』は不確定要素の塊みたいなものなので、できれば彼が【ミニアスケイジ】にやって来るまでにケリをつけておきたい。
「やー、最近えらく物騒みたいだな」
そんなことを考えながら、いまだ夢の中にいるルカを起こさないよう部屋を出て、食堂へ朝食を取りに行く。すると、自分の席で新聞を読んでいたアーロンが、挨拶もそこそこにそんなことを言ってきた。
「なんですか、暗中の遭遇戦みたいに……」
同じく自分の席で朝食ができるのを今か今かと待っていたモニカが訝しげな目を向けれは、アーロンは俺たちにも見えるよう新聞をテーブルの上に広げ、とある記事を指さした。
「……『【犯罪者ギルド】の悪夢再び』だって?」
その記事を見た瞬間、俺は思わず顰めっ面になってしまったのを自覚した。
【犯罪者ギルド】というのは、読んで字のごとく犯罪者どもが手を組んで出来あがった組織だ。【ミニアスケイジ】最大の犯罪組織であり、【アヘ声】のメインストーリーで度々主人公の前に現れては、ダンジョン攻略の邪魔をしてくる害悪集団でもある。
主人公はストーリー序盤から何度も妨害を受けるうちに、全ルート共通で【犯罪者ギルド】を叩き潰すことを決意するんだが……【ミニアスケイジ】の警察組織や【冒険者ギルド】と協力して捜査を進めるもなかなかその足取りを掴むことができず、組織の全容が明らかになるのはストーリー終盤だった。
その理由は、【犯罪者ギルド】の本拠地がダンジョンの中にあったからだ。ダンジョンへの入口は【冒険者ギルド】地下のメインゲートだけじゃないって話を前にも思い出したことがあったが、実は奴らはサブゲートとでも言うべき小規模なゲートを手中に収めてたんだよな……。
当然ながらサブゲートの場所は巧妙に隠されていたし、実際に犯罪を行うのは末端の構成員だったり、ダミーの本拠地がいくつもあったりと、とにかくしぶとくてしつこいゴキブリみたいな組織が【犯罪者ギルド】だった。
奴らは放っておいても害にしかならないし、なにより奴らの本拠地がダンジョン内にあるということはマップが存在するということなので、ダンジョン制覇のためにもいずれ奴らを叩き潰すつもりではいた。サブゲートの場所は原作知識で把握してるし、奴らの本拠地に乗り込むだけなら今からでも可能なんだが……。
「奴らを潰すには、戦力が足りないな……」
奴らはダンジョン内に本拠地を置いてるだけあって、保有戦力はなかなかのものだった。具体的には、【アヘ声】のメインストーリーでは【冒険者ギルド】を巻き込んで戦争を仕掛け、大勢の冒険者と共に総攻撃を仕掛けたことでなんとか壊滅させられたほどだ。
俺たちだけで壊滅させようとしても、入口を突破しようとしてる間に【犯罪者ギルド】のボスを逃がしてしまうのが関の山だ。そうなれば俺の原作知識は通用しなくなり、ボスを捕らえるのが絶望的になってしまう。
なので、まずは【冒険者ギルド】を動かせるだけの確かな情報を集めないといけないだろう。最近は俺も一人前の冒険者として認められてきているような感じはするが、大勢の冒険者を動かせるだけの信頼は稼げてないだろうしな。
「大将、【犯罪者ギルド】とコトを構えるつもりなのか?」
「当たり前だ。あんな奴らを野放しにできるか」
……ええい、【アヘ声】のメインストーリーを思い出したら腹が立ってきた。奴らには、さんざん辛酸を舐めさせられたからな。
その中でも、特に『一時的にクラスおよびスキルが何もない状態にさせられたあげく、新しくスキルをセットするのも封じられた状態で犯罪者の巣窟に放り込まれる』とかいうクソ展開はマジで最悪だった。パーティメンバーの育成状態や装備品によってはここで詰みかねない。
もちろん、事前に『セーブデータを分けておけ』的なアナウンスは流れるんだが、ここでうっかりそのまま進めてしまったプレイヤーは最悪ゲームを最初からやり直すハメになる。かく言う俺も油断してそのまま進めてしまい、危うくそれまでのプレイ時間を無駄にするところだったからな。
まあ、そういうストーリー展開だからこそ、後から【犯罪者ギルド】のボスをブン殴った時にカタルシスを得られると言えばそれまでなんだが……実際に俺がそんな経験をしたいかというとNOとしか言えん。
「(大将さん、何だか怒ってるみたいですね……)」
「(まっ、【死力の剣】は【犯罪者ギルド】と敵対してたってことでも有名だしな。大将にとっても因縁の敵なんだろうさ)」
「ん? 何か言ったか?」
「「やー、なにも?」」
……よく分からんが、何でもないらしい。
それにしても……【犯罪者ギルド】はずっと昔から暗躍し続けていた組織とはいえ、原作開始前に明確に『活動が活発になった』なんて描写はあっただろうか?
「最近、俺たちがダンジョン下層に到達してから【ミニアスケイジ】全体の経済がますます活発になってきただろ? 新聞の記事によれば、それに便乗して奴らも行動を開始したんじゃね? ってことらしいぜ」
あー……ということは、俺のせいでもあるのか。いやまあ、俺はただダンジョンを攻略してただけだし、本当に悪いのは【犯罪者ギルド】なので、責められる謂れはないんだが……原作にない被害が出ているかもしれないって聞いてしまうと、少なくともいい気分はしないな。
「最悪の場合は覚悟を決めるか……」
「……いちおう聞いとくが、何するつもりだ?」
「【魔術爆弾『ボンバーガール』】の核融合爆発で拠点ごと奴らを消し飛ばす」
「やー、聞かなきゃ良かったぜ……」
そりゃあ俺だって大量殺人犯になんてなりたくない。なりたくはないけど……俺は【犯罪者ギルド】によってもたらされる悲劇の数々を知ってしまってるからな……。
【アヘ声】において、【犯罪者ギルド】によって引き起こされた悲劇は、メインストーリーで描写されるものに留まらない。奴らの爪跡は【ミニアスケイジ】の至る所で確認できた。
例えば奴隷市場には、【犯罪者ギルド】によって父親の命を奪われ、母親の尊厳を奪われ、最後には自身の何もかもを奪われて奴隷に落とされた子供のNPCが配置されてたりする。そして、【犯罪者ギルド】の被害者の中でもコレが比較的マシな部類だったと言えば、なんとなくその酷さが分かるだろう。
それを知っているからこそ、俺が手を汚すことを躊躇えば、その皺寄せが全て無辜の人々に及ぶのだと嫌でも分かってしまう。だから本当にどうしようもなくなった時は、手段を選ばず奴らを殲滅することも視野に入れなければならない。
「もちろんそれは本当に最後の手段だ。手段を選べるうちは、きちんと真っ当な手段を選ぶさ」
だって、1度でもそういう手段を取ってしまうと、日本に帰った後で苦労しそうなんだよな……。ただでさえ今の状態でも暴力に慣れてしまってるのに、これ以上はなんかヤバい気がする。
「せっかくHP0にすれば無抵抗状態にできるんだから、殺らなくて済むならそれに越したことはないからな!」
「(それはそれで鬼畜の所業だと思います)」
ともかく、現状ではできることが何もないので、パーティメンバー全員と相談して意思統一しておくとしよう。でないと、いざって時に対応が遅れてしまう可能性があるし。【犯罪者ギルド】を相手にそれは致命的な隙になってしまう。奴らを見かけたら即座に全員で袋叩きにできるようにしておかないとな。
「まあ、奴らをどうやって壊滅させるかは追々考えるとして。今日も楽しくダンジョン攻略といくか!」
そうこうしているうちにチャーリーが朝食を運んできてくれたので、俺たちは【犯罪者ギルド】についての話し合いをしながら朝食をとったのだった。
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《裏》
その日、レオンは珍しく独りで街を歩いていた。
いつもカイルとアリシアの三人で行動しているレオンであるが、その日はどうしても手分けしてやらなければならない用事があったため、二人とは別行動を取っていたのだ。
そうして独りで用事を済ませた帰り道――ふと、レオンは前方の露店でちょっとした騒ぎが起きているのを発見した。
「どうかしたんですか?」
【正道】を征く冒険者であり、かつ【善行値】もブッチぎりで高い数値を叩き出しているレオンは、どこぞの【狂人】と違って真っ当な善人である。なので、レオンは当然の如く騒ぎの仲裁に入った。
聞けば、客である女性が病気がちな娘のために栄養価が高い果物を買いに来たらしいのだが、所持金が僅かに足りず、なんとか値下げしてくれないかと交渉していたのだという。
対して店主は『一度でもそういうのを許してしまえば、悪人どもに付け入られる隙を与えてしまう』の一点張りで、迷惑そうに女性を追い返そうとしていた。
他を当たれと突き放す店主に対し、女性としてはすでに他の店には断られた後であり、ここが最後の店ということで退くに退けない状態らしい。それでちょっとした騒ぎになっていたようだ。
「なら、俺が立て替えますよ」
そうなれば、レオンがこう言い出すのは必然であった。彼は悪人どもに付け入られる隙を与えてしまうことなど恐れないし、むしろ『望むところだ』とさえ思っている。レオンは【英雄】に倣って普段から悪人どもの捕縛に奔走しているため、悪人どもの目が自分に向けば、そいつらの尻尾を掴みやすくなるからだ。なにより、悪人どもの目がレオンに向けば、それだけ無辜の人々の被害が減る。やらない理由がなかった。
問題があるとすれば、レオンの仲間も巻き込んでしまう危険性があることだが……レオンは仲間も自分と同じ気持ちだし、同じ状況下なら同じ行動を取るはずだと確信している。
『まっ、カイルは最終的には同意してくれるだろうけど、最初は小言が飛んでくるだろうな……』などと内心で苦笑しつつ、レオンは女性と共に支払いを済ませて店を出た。
そうしてレオンは『何かお礼がしたいから家に来て欲しい』と言う女性に遠慮しつつも、女性の熱意に負けて家についていくことを了承した。
……了承してしまった。
レオンは単純そうに見えて――否、単純だからこそなのか、いわゆる『野生の勘』的なものによって他者からの悪意には非常に敏感であり、しかも嘘を『なんとなく』で見抜くなどという芸当を平気な顔してやってのけるため、騙されやすいどころかむしろ仲間の中で最も危機回避能力が高い。
レオンには女性に一切の悪意がないことがなんとなく分かっていたし、病気がちな娘がいるのも嘘ではないと感じていた。女性から感じたのは、自身に対する申し訳ないという感情のみである。
そのため、レオンは女性が人気のない路地裏に入った時も違和感は覚えたものの女性を疑うことはしなかった。女性の『この近辺に住んでいる』という言葉に嘘はなかったからだ。
……だからこそ、こうなるのは必然だったのだろう。
「よぉ、待ってたぜ」
「なっ……!?」
そうして、女性に先導されて路地裏を進んでいたレオンは、前方の曲がり角から突然現れた『見るからに悪人じみたツラをした屈強な男たち』に行く手を阻まれたことで、ようやく自分が女性に騙されたことを悟った。
たしかにレオンにも迂闊なところはあったものの、この場合は女性が……否、女性を借金で縛りつけて犯罪の片棒を担がせた、【犯罪者ギルド】の悪辣さがレオンの危機回避能力を上回った、と言うべきだろう。
「くそ……!」
レオンは数的不利に焦りを覚えつつも、何とかしてこの場を切り抜けようと剣に手を掛け――
「えっ!? 誰なの!?!?!?」
「いやアンタの仲間じゃないのかよ!?!?!?」
――女性の口から飛び出た『最初に聞かされてた作戦と全然違うんだけど!?』というまさかの発言に思わず突っ込みを入れた。
「へっ、アンタのお仲間はあっちでノンキに寝こけてるぜ」
そう言われて曲がり角の向こう側を見れば、HPを半壊させられて半泣きになった男たちが簀巻きにされて転がっていた。レオンも女性も、わけがわからず混乱するばかりである。
「あれ? その子って【次代の英雄】の異名で呼ばれてる子じゃない? ほら、大将のお気に入りの」
そこで、レオンは自分の行く手を塞いでいた男たちに見覚えがあることにようやく気づいた。というか、カルロス、フランクリン、チャーリーだった。
そう、この3人は【狂人】に『【犯罪者ギルド】潰そうぜ!』と言われたため、こうして【犯罪者ギルド】を壊滅させるための作戦の一環として構成員を潰して回っていたのである。
焦りによって最初は気づかなかったものの、こうして冷静になってみれば三人からは悪意が全く感じられないどころか、チャーリーにはレオンを気遣う様子すらあったため、『ああ、この人たちは人相が悪いだけで実際はいい人たちなんだな……』と察したレオンは思わず脱力してしまった。
「そんでまあ、こいつらを叩きのめしたら『まだ仲間がいる』って言うもんだから、まとめて捕まえるためにそいつがノコノコ現れるのを待ってたんだよ」
「は、はあ……そうだったんですね……」
とはいえ、レオンとしては女性に騙されはしたものの、女性が終始自分に対して『申し訳なさ』を感じていたあたり、この女性も仕方なく犯罪の片棒を担がされてたんだろうな、と察している。
できれば捕縛する前に女性から事情を聞いてあげて欲しいな、と思い、レオンが女性の方に目を向ければ――女性は覚悟を決めた目で何事かを呟いていた。
「娘のためにも、ここで捕まるわけにはいかないのよ……!」
『マズい!』とレオンが思った時にはすでに遅く、女性はこの場から逃げ出そうと駆け出した後だった。彼はとっさに女性の後を追おうと振り向き――
「や あ 、 久 し ぶ り」
キ メ ラ み て ー な 奴 と 目 が 合 っ て し ま っ た 。
「「「お、おわあああーーーッ!?!?!?」」」
思わず絶叫してしまう女性とレオン。というか二人だけでなくその場にいた全員が絶叫した。
それはそうだろう。ここは視界が悪くて薄暗い路地裏である。そんな場所にいきなり般若の面を被った不審者が現れたら、それはもはやホラーである。普段このキメラみてーな奴を見慣れているであろうカルロスたちであっても、不意討ち気味の【狂人】の登場には絶叫不可避であった。
「おかしいな……何もしてないのに気絶したぞこの人。【プレッシャー】(※敵を気絶させるアクティブスキル)なんて使ってないはずなんだけどなあ」
「…………バカなの?(主はその装備が自分で思ってるよりもインパクトありすぎるビジュアルだってことをそろそろ自覚した方がいいと思う)」
的外れなことをボヤく【狂人】と、その後ろからヒョッコリ顔を出すや否や手慣れた様子で女性を簀巻きにしていくルカを見て、レオンの口から乾いた笑いが出たのだった……。