46.「街の外」は新たな冒険の可能性
《表》
「よし、ここまでの図鑑埋めは順調だな」
【海中エリア】の攻略を始めてから最初の休日。俺は自室の机で行っていた【モンスター図鑑】の編集作業をいったん終えると、ゴキリと固まった肩を解して食堂へと向かった。
「やー、大将。そっちも今から昼飯かい?」
「おう、そんなとこ」
片手を挙げて挨拶してきたアーロンに軽く手を振って挨拶を返し、自分の席に着く。すると、俺の手元にある【図鑑】を見てアーロンが怪訝そうな顔をした。
「そりゃ【モンスター図鑑】じゃね? おいおい、ギルドの本は貸出禁止だろ? まさか勝手に持ってきたのか?」
「いや、ちゃんとギルドの許可は取ってある……っていうか、むしろギルドから話を持ちかけられてな」
というのも、ここ最近は俺がダンジョン下層から帰還する度に膨大な情報提供をするもんだから、一気にギルド職員の負担が増してしまったみたいなんだよな。
【アヘ声】では敵と戦うだけで勝手に【図鑑】に情報が登録されていたが、この現実世界ではそうもいかない。情報の精査に始まり、【図鑑】の編集作業、情報更新に伴う各種手続き、および冒険者への告知などなど……いくつもの手順を踏んでようやく【図鑑】が更新される。
で、どうやら今までこんな頻繁に【図鑑】が更新されることなんてなかったらしく、『情報提供には感謝いたしますが、現行の制度では処理が追いつきません。申し訳ございません……』と言われてしまったんだよ。
「そういうわけで、ギルドの方から『【図鑑】の編集作業を請け負ってみませんか』って持ちかけられてな」
「マジか。ギルドもずいぶん思い切ったことを……たしか、過去に冒険者が問題起こしたせいで【図鑑】の編集には慎重になったんだろ?」
「そうみたいだな。だから今の俺は、いちおうギルドの臨時職員ってことになってるぞ。これがあれば面倒な手続きをスッ飛ばせるらしい」
「(ギルド幹部のバッジと同じ色じゃねーか。大将、アンタいったいどこへ向かってるんだ???)」
ほら、とギルドの臨時職員であることを示すバッジを見せると、アーロンは『おぉう……』と外国人みたいな声を出して天を仰いだ。
まあ、俺も最初【図鑑】を好きに編集していいと言われた時は驚いたよ。なにせ、俺が悪意を以て【図鑑】を書き換えれば、冒険者に壊滅的な被害をもたらすことだって可能になってしまう。長年冒険者をやってて経験則で戦える人たちはともかく、新人冒険者なんかは全滅させられるだろう。【図鑑】編集の権限とか、一個人が持ってていいものじゃないと思う。
それでもなおギルドが俺に【図鑑】編集を委託してくれたってことは、俺も上位の冒険者として結構信用してもらえてるってことなんだろうか?
まあ、実際は俺が悪意を以て書き換えたところで犯人は明白なので、すぐに指名手配できるからってのもあるんだろうが。それでも、少しでも俺のことを信用してもらえてるなら、その期待には応えたいとは思う。
悪意を以て書き換えれば容易く他者を破滅させられるということは、逆に言えば俺が正しい情報を提供すれば多くの人たちの命を救えるかもしれないってことだ。やり甲斐のある仕事だろう。
なにより、マジックアイテムでもある【図鑑】の編集作業が、前世でやってた【アヘ声】攻略W○Kiの編集作業にちょっとだけ似てたので、わりと楽しいからな!!!
いや、最初はHTMLだのなんだのと意味不明すぎて攻略Wi○iの編集に難儀してたんだが、慣れてくると意外と楽しいんだよなアレ。自分の手で整えたWebサイトのページを見ては、達成感で充実した気分になったもんだ。
そういうわけで、娯楽が少ないこの世界において、【図鑑】の編集作業は俺の数少ない趣味の一つになってたりする。
「(休日に部屋に閉じこもって何してるのかと思えば、仕事かよ……。ここまでくるとワーカホリックというよりも自己犠牲の類いなんじゃねーか?)」
「ほら、大将! ごはんできたから【図鑑】を閉じて! 食事の時は食べることに集中しないとダメだよ!」
と、楽しくてつい待ち時間も【図鑑】を弄ってると、キッチンから昼食を運んできてくれたチャーリーに怒られてしまった。うーん、相変わらずオカンっぷりが加速してるな。今じゃすっかりキッチンに立つチャーリーのエプロン姿にも慣れてしまった。
作ってもらった料理を味わって食べないのはさすがに失礼なので、【図鑑】を閉じて昼食をとる。その後は部屋に戻って再び編集作業だ。
「…………またやってる。(いったい何がそんなに楽しいんだか)」
と、昼過ぎになってからようやく目を覚ましたルカが俺の傍まで歩み寄ってきて、背後から俺の肩に顎を乗せてきた。
……悪いとは思ったが、なんとなく『作業を邪魔してくる猫』を想起してしまって少しだけ笑ってしまった。それを見たルカが不機嫌な声を出して背中を抓ってくるのがますますそれっぽい。いや、ルカをペットだと思ってるわけではないんだけどな。
「やってみると思ったより楽しいぞ」
感覚的には、アイテムを全て集めて種類別にソートした時の達成感に近い。もしくは、フィギュアや食玩、グッズなどをコンプして、部屋に納得いく配置で飾ることができた時の達成感か。たぶん、これらと攻略Wik○の編集の楽しさは根本的に同じものだと思う。
「…………理解できない。(それの何が楽しいの?)」
「いや、俺の見立てでは、ルカも素質あると思うんだがなあ」
ゴーレムとか好きだし。たまにものすごい早口で語り出すロボットオタクみたいになるじゃん。たぶんこの世界にゴーレムのフィギュアとかあったら、買い集めるんじゃないかなあとか思ってたりするんだけどな。
「……ふむ。ルカも趣味の1つくらいあった方が良いんじゃないか?」
ルカ本人が俺の部屋で生活してるので忘れそうになるが、いちおう彼女(?)の部屋自体は存在していて、そこでゴーレムの設計とか、レムスを始めとしたゴーレムたちの整備とかをしてることはあるんだが……。
うーん、なんというか……完全なる『趣味』って感じではなく、何割かは『仕事』でやってるような感じなんだよな。ゴーレム弄りは『ノームとしての習性』なんだろうか?
なので、ルカにはぜひとも他に趣味を持ってもらいたい。そうすれば、徐々にそっちへ興味が移っていき、たまに見せる『俺に対する執着心』みたいなものが薄れるかもしれないし。
中身はモンスターとはいえ、やっぱり見た目が美少女のルカと四六時中一緒だと、わりと心臓に悪い時があるからな……。以前、風呂に入ってる時にルカが突撃してきたこととかあったし……。
そうと決まれば、まずはルカと一緒に街へと繰り出し、何か興味を引かれるものがないか探すとしよう。
「という訳で、たまには出掛けようかと思うんだが」
「やー! そうかそうか! ようやく大将も外に興味が出てきたか!」
……で、それをアーロンに話すと、なぜか「引き籠もりの家族がようやく外に出る気になった」みたいな反応をされてしまった。失礼な、毎日のように家から出てダンジョンに潜ってるだろうが。
「(それは引き籠もり先が部屋からダンジョンに変わっただけなんだよなぁ……)」
「なんだ、急に黙り込んだりして。俺に言いたいことでもあるのか?」
「やー、なんでもない! なんでもないから気にしないでくれよ!」
まぁいいや。アーロンに話しかけたのは、なにも外出する旨を伝えるためだけじゃない。この街の面白そうな施設とかを教えてもらおうと思ったからだ。
アーロンはイケメンだしモテてるだろうから、女の子とデートしたりすることも多いだろう。なら、この街の娯楽施設には詳しいんじゃないかって思ったわけだな。
「そういうことなら、俺に任せな! ルカ嬢と朝までしっぽり楽しめるデートコースを――」
「違えよ」
……なんか勘違いされてたので速攻で訂正したら、なぜか『マジかこいつ』って顔をされてしまった。というか実際に言われた。いや、アーロンこそマジで言ってんのか? ルカのことは俺の妹ということにしてあるだろうが。
「やー、大将の故郷じゃどうだったか知らねーが、こっちじゃ『そういうこと』は珍しくもないぜ?」
「嘘だろ……???」
え、じゃあ、俺は以前ルカと一緒に宿屋に泊まった時に、店主から『妹を宿に連れ込む変態兄貴』とか思われてたかもしれないのか???
…………。
あの宿屋には二度と行かないようにしよう……。
「…………とにかく、俺とルカは『そういうの』じゃねえよ。普通に出掛けるだけだから、そのつもりでどこか遊びに行く場所を教えてくれると助かる」
「(同じ部屋で寝ておいてソレは説得力がないと思うんだがなー……)」
思わぬ事実を知って精神にダメージを負い、ちょっと外出する気が失せかけたが、なんとか持ち直してアーロンに尋ねる。
「じゃあ、街の外にある湖とかどうだ?」
「えっ、街の外に出られるのか?」
思わず聞き返したら『そりゃそうだろ』と言われてしまった。【アヘ声】では登場人物たちが誰一人として外に出ようとしないので、モニカみたいに冒険者を辞める以外の理由では街の外に出られないのかと勝手に思い込んでたが、べつにそんなことはなかったみたいだ。
「まっ、街の外に出るためには役所で手続きが必要になるが、遠出しないならすぐに終わるぜ」
あ、でも手続きは必要なんだな。まあ冒険者は一般人とは比べ物にならないくらいレベルもステータスも高いし、そんな強い力を持った人を無制限で野に放てばどうなるかなんて火を見るよりも明らかだしな。さすがに対策くらいするか。
「いらっしゃいませ。外出に関するお手続きですか? でしたら2番の窓口へお願い申し上げます」
というわけで、俺はルカを連れて役所にやってきた。ここに来るのは久しぶりだな。ルカが人間の姿になった後、彼女(?)の住民登録をしに来た時以来か。
あの時は大変だった。まあ、ダンジョンから帰還したことをギルドに報告した際、なぜダンジョンに入る前にはいなかったはずの人間がいるのかと聞かれ、とっさに「行方不明になっていた妹をダンジョン内で見つけた」と言ってしまった俺が悪いんだが。
この世界に来て初めて知ったんたんだが、どうやらダンジョン内で行方不明になった冒険者は、一定の期間が過ぎると死亡したものとみなされて戸籍が抹消されるらしい。
下手に戸籍を残しておくとそれを悪用しようとする奴らが後を絶たないらしく、戸籍抹消も必要な措置なんだとか。
なので、ダンジョン内で五体満足な人間が見つかった場合、アイテムと同じように発見者の『所有物』として扱われるらしい。それが嫌ならダンジョンへ不法侵入した犯罪者として重い罰を受けるとのこと。
まあダンジョンで行方不明になった冒険者が生きてる可能性なんて絶望的だし、生きてても『孕み袋』に人体改造されて二度と元には戻れないだろうからな。
少なくとも、冒険者ギルドが設立されてから今まで、ダンジョンで行方不明になった者が五体満足で生還した事例は両手で数えられるくらいしかないらしい。しかもその事例の過半数が、行方不明になった冒険者の遺産を奪おうとした『成り済まし』による騙りだったようだ。
そのため、役所やギルドは行方不明者の生還という『奇跡』のために法や規則を緩めるよりも、これ以上悪人どもをのさばらせないように締め付けることを選んだようだ。
そういう理由で、ルカが人間の姿になった時に、実は一悶着あったんだよな。とはいえ、ルカのことを人間と偽って戸籍登録するリスクよりも、ルカのことをモンスターとして扱い続けるリスクの方がかなり大きかったため、最終的にルカのことを人間として戸籍登録して現在に至る、と。まあそんな感じだな。
「――はい、それではこれで手続きは終了になります」
そんなことを考えている間に、手続きが終了して外出の許可が下りた。それから【ミニアスケイジ】の外で活動する際の規則について説明を受けたが……まあ、今回は【ミニアスケイジ】のすぐ近くにある湖へ行くだけなので、頭の片隅に置いておくとしよう。
「へえ、これが【ミニアスケイジ】の外の世界なのか……!」
街の外に出た瞬間、思わず感嘆の声が漏れた。
まず目に飛び込んでくるのは、見渡す限りの大草原。風に吹かれて緑が躍動し、まるで海のように波打っている。薄暗いダンジョン内とは違い、雲一つない青空からは暖かな日差しが降り注ぎ、草木を輝かせていた。
その中央には土の街道が引かれ、どこまでもどこまでも続いている。この道の先には俺の知らない世界がまだまだ広がってるのだと思うと、冒険心で胸が高鳴った。
なんてこった。ダンジョンだけじゃない。この世界には、まだまだ『冒険』で満ち溢れてるんだな!
「これが、『本物』の大自然! すごいなぁ! この景色を見てると、【ノーム畑】――いや、ダンジョン中層は なんてちっぽけな『世界』だったんだろうって思うよ!」
傍らのルカからも、はっきりと感動とワクワク感が伝わってくる。いつも無表情なルカだが、心なしか子供のように瞳を輝かせているように見えた。
「主、早く行こうよ! 狐男が言ってた湖はこの先にあるんでしょ? どんな所か楽しみだね!」
ピョコピョコと跳ねるように歩き出すルカを見て、自然と笑みが浮かぶ。そうか、ルカも俺と同じ気持ちか。もしかすると、俺たちは意外と似たもの同士なのかもしれないな。
「よし、じゃあ『冒険』に行くとするか!」
今まで、ダンジョン攻略後のことなんて考えもしなかった――いや、考えないようにしていたけれど。この時、初めて俺は将来のことについて不安ではなく希望を抱くことができた気がした。
今までは半分くらい『ダンジョンを攻略しないと世界ごと俺も破滅する』という義務感で冒険していたけど……ダンジョンを完全制覇した暁には、100%俺の趣味で外の世界を冒険して回るのも良いかもしれないな。
冒険の目的が『故郷への帰還方法を探すため』になるか、それとも『ただ世界を見て回るため』になるかは分からないけれど。きっとそれは楽しい冒険になるに違いない。
「主、早く早く!」
俺はルカの後を追いながら、まだ見ぬ景色に思いを馳せたのだった。




