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44.「深海に巨大モンスター」は創作物のお約束

《表》


新たな階層へ向かうということでパーティを編成し直し、現在のメンバーは俺、ルカ、アーロン、カルロス、フランクリン、レムスだ。


ショートカットを使ってダンジョン40階層へワープし、俺たちは島の最北端にポツンと存在する41階層へと続く扉をくぐった。そうして次の階層へと降り立った直後、俺たちは海中に投げ出されてしまう。


「…………!?」


突然の出来事に目を白黒させ、フランクリンが両手足をバタバタと動かして水中をもがき、40階層へと戻っていってしまった。


「ちょっ、おまっ、オレを殺す気か!? オレぁ泳げねぇんだよ!」


「やー、あらかじめ『41階層に下りたらちょっと驚くだろうけど、特に問題はないから心配すんな』って説明しただろ?」


「こんなもん想像できるか! もうちょい具体的に言えや!」


「(このクソ野郎、絶対確信犯だろ)」


仕方なく全員でフランクリンを追うと、彼は浜辺に突っ伏してゼェゼェと息を荒らげながらアーロンに文句を言った。うーん……アーロンに41階層からの攻略について皆に説明をお願いしてあったんだが、どうやらフランクリンには上手く伝わってなかったらしい。


仕方がないのでギルドにトンボ返りし、改めてこの先の階層の特徴について説明をすることにした。


「前にもチラッと言ったかもしれないけど、ダンジョン41~50階層は『海中エリア』だ」


【アヘ声】において、この先のエリアは文字通り海の中にあり、魔術がいっさい使えないのが最大の特徴だった。


もちろんダンジョン内に存在する海がただの海であるはずもなく、なぜか呼吸が可能だし海底に足をつければ陸上と同じように動くことが可能って設定だったんだが……声を出そうとすると途端にゴボゴボと溺れたように空気を吐き出すばかりで、声が出せないって描写になってたんだよな。


それはつまり、このエリアでは魔術による攻撃・回復・補助が不可能であり、そのせいで攻略難易度が一気に跳ね上がるということでもある。のちのアップデートで『ギャラリー全開放ボタン』が追加されたおかげでゲームをクリアしなくてもエロシーンが全て観られるようになったこともあり、ここでゲームクリアを諦めたプレイヤーも少なくなかったみたいだ。


そういった攻略難易度の高さはこの世界でも同様らしい。しかもゲームであればコマンド1つで仲間に指示が出せたのが、この現実となった世界ではそれも不可能になっており、難易度がさらに上がっている。


「【英雄】の2つ名で呼ばれてる現代最強の冒険者が率いるパーティでも未だに突破できてないって言えば、どんだけ難易度が高いか分かるだろ? もちろん俺がもといたパーティも速攻で攻略を諦めたぜ」


「うへぇ、マジかよ……」


「俺が聞いた話じゃ、今までこの先を突破できた冒険者はたった1人だけって話だぜ(んで、その冒険者ってのが……)」


アーロンがチラリと俺に視線を向けてきた。ふむ、さすがにアーロンも未知のエリアに行くのは少し不安なんだろうか? まあその気持ちは分かる。かく言う俺もこのエリアでは何度も全滅したという苦い思い出があるので、不安がないと言えば嘘になるからな。


「安心してくれ。俺たちなら突破は不可能じゃない」


「……そうか。(つまり大将は突破方法を知ってる、と。そしてその方法を大将に教えることが可能だったのは1人だけだ。やっぱ大将が【死力の剣】の弟子ってのはホントなんだな)」


「ホントだな!? ホントに大丈夫なんだな!?」


「ああ、大丈夫だ」


「心配しなくても、大将ならなんとかすんだろ(もっとも、どうせまたろくでもない方法でなんとかするんだろうが)」


最終的にアーロンたちは俺を信じてついてきてくれることになった。


俺には原作知識があるから十分突破可能だろうと思えるが、アーロンたちは原作知識のことを知らない。なので俺の発言は根拠のない自信を滾らせてるようにしか見えないだろうに、それでもなお信じてくれるとは……。


うん、その信頼には応えないとな。


「必ず突破してみせるさ。必ずな」


「やー、気合十分なようで何よりだぜ(大将にとっちゃ、ここの突破はある意味『師匠超え』の第一歩ってところか。そりゃー気合も入るワケだ)」


「お前が気を抜きすぎなんだろ。ちったぁやる気出せ」


「大丈夫大丈夫、俺はヤる時はヤる男だぜー?」


「………そうは見えない。(狐男は普段の行いが悪いし)」


決意を新たに、俺たちは再び41階層へと舞い戻った。

海中へと身を投じると俺たちの体はゆっくりと沈んでいき、やがて大きな岩場に着地した。


うん、やはり【アヘ声】原作の描写通り、地面に足をつけてる間は地上と同じように動けるみたいだな。試しに軽くステップを踏んでみたが、問題なさそうだ。


「(動作確認のためにとっさに出た動きがソレ(踊り)かよ……どうかしてるぜ……)」


「(もっとこう、武器の素振りとかさぁ……他にあるだろ……)」


ただし、ちょっとした跳躍くらいなら問題ないが、本気で垂直跳びをしたり、泳いで浮上しようとすると途端に水中での動作しかできなくなるな。これでは敵の攻撃を回避することもままならない。戦闘は可能な限り岩場でやるべきだろう。


「……さっさと行こう。(元ノームのボクにとって、ここは処刑場だからね。気味が悪いよ)」


聞こえてきたルカの声に、とっさに返事をしようとするも、口から泡を吐き出すだけに終わってしまった。そういえば、ルカは思念波で会話してるんだったか。


どうやら最初から口を使わずに会話しているルカの声は水中でも聞こえるらしい。これは嬉しい誤算だな。罠の探知や索敵を担当するルカから、それらの詳細な情報を聞き出せるのは、明確なアドバンテージだろう。


「(よし、行くか)」


俺はハンドサイン(※ルカが小人の姿だった頃、意思疎通に用いていたものの流用)で『ついてきてくれ』という合図を出すと、いよいよこの階層の攻略を開始した。


とりあえず周囲を見渡してみたが、黒ずんだ海はやや視界が悪く、遠くの方までは見通すことができない。より正確に言うと、遠くの方に何かあるのは分かるんだか、『なんか黒い影があるな』くらいにしか認識できないんだよな。【アヘ声】をプレイしてた時も思ったが、なんだか幽霊船とか出てきそうな陰鬱な雰囲気の海だ。


足元の岩場には骨なんだか珊瑚の死骸なんだかよく分からないものが散乱しているだけで、もちろん観光地にいそうなカラフルな珊瑚とか熱帯魚の群れなんてものは存在しない。むしろ白黒の世界に来てしまったのかと錯覚しそうになるくらいで、視覚的な楽しみが皆無だ。強いて言うなら朽ち果てた海底遺跡の残骸っぽいのがあるくらいか。


まあそれはともかく、マップを確認してみれば……案の定、酷いことになってるな。マップの埋まっている部分がゴムの木みたいなグネグネした形を描いてやがる。おそらく先輩冒険者たちが最短距離で進もうとしたらこうなったんだろう。あとは中央付近に円形状にマップが埋まってる部分があるが、たぶんここで反復横跳び(レベリングかトレハン)でもしてたんだろうな。


とりあえず、現在俺たちが立っている岩場を歩き回って周辺のマップを埋めてしまうところから始めるとするか。


「…………主、なんか来る。(ええ……何これ?)」


「(ギャーーーッ!? た、大将! 大将ーーー! デケェ影が近づいてくるぅぅぅぅぅ!?)」


と、しばらく周辺を歩いていた時だ。ルカから敵が来たという報告と、フランクリンがジタバタと溺れたように暴れてる音が聞こえてきたため、何事かと思って振り返ってみれば――


「(うおっ、でっっっっっか!?)」


遠くの方から黒い影が近づいてきたかと思うと、その影がどんどん大きくなっていく。やがて黒い影は高さ5mくらいにまで膨れ上がると、俺たちの目の前で停止し、ギョロリと巨大な瞳で俺たちを睨みつけた。


こ、この鮫の身体にティラノサウルスの頭をくっつけたような姿は……【シーレックス】か!?


ウッッッソだろお前!? 【アヘ声】で見たときはただのHPが多いだけの雑魚モンスターとしか思わなかったが、いざ実物を見るとスッッッゲエ怖いんだが!?


そりゃあそうだろう。高さだけでも5m、全長ともなれば30mは超えてそうな巨大モンスターとか、実際に対峙したら怖いに決まってる。思わず蛇に睨まれた蛙状態になってしまっても仕方ないだろう。


「(うおおおおお!?!?!?)」


そうして頭の中が真っ白になっているうちに、気づけば【シーレックス】の巨大な顎が大きく開いて俺の目の前まで迫っており――


「(……………あれ、大したことなくね?)」


最初こそ上半身を丸呑みにされ、腹に巨大な牙が押し付けられている感触によって完全にパニックに陥ったものの……いつまで経っても俺の上半身が噛みちぎられることはなく、それどころか牙が食い込みすらしていない。せいぜい噛みつかれた瞬間に腹にビンタ食らった程度の衝撃がきたくらいで、HPも全然減ってないみたいだ。


まあそりゃあそうか。このエリアを突破するために、今まで俺はしっかりと準備(トレハン)してきたんだし。


【アヘ声】の戦闘ルールとして、炎、地、雷、水、光、闇の6つの属性が存在している。


で、俺たちが今いる場所は海中エリアというだけあって、出現モンスターのほぼ全ての攻撃に水属性が付与されており、使ってくる魔術も水属性のもののみだ。さらに、ここのモンスターは雷属性の耐性がマイナス、つまり弱点になっている奴らが大半を占める。


それはつまり、このエリアを攻略する際には水属性に耐性を持つ防具を揃え、かつ雷属性の武器を振り回せば、かなり有利に進むことができるってことだ。


「(よいしょっと)」


“!?!?!?”


俺が【雄々津国】で手に入れた武器の1つ、雷属性の刀である【ライキリ】で【シーレックス】の口内を一突きすると、奴はまるで熱々のおでんで口内を火傷したようなリアクションで俺を吐き出した。それを見た瞬間、俺の中の恐怖がどんどん冷めていく。


「(クソがよ、脅かしやがって! やっぱりHPが高いだけの雑魚モンスターじゃねえか! オラオラかかってこんかーい!)」


【シーレックス】の攻撃を俺に集中させるために屈伸煽り(※オンライン対戦ゲームなどで、無意味にしゃがみ動作を繰り返して対戦相手を煽る行為。もちろんマナー違反なので人間相手にやってはいけません)をしてやれば、奴は執拗に俺に噛みついてくる。


「(だが無意味だ)」


あえて回避せずに攻撃を受け続けたが、カスダメしか食らわない。なにせ今の俺は、


【渚の盾】(※サーフボード)

【ドルフィンキャップ】(※イルカの被り物)

【渚の上衣】(※肌と同色のラッシュガード)

【渚の下衣】(※海パン)

【海神のマント】(※トライデントが描かれたマント)

【カッパグローブ】(※河童の手を模した手袋)

【カッパシューズ】(※河童の足を模した靴)


と、ほぼ全身を水属性耐性ありの防具で固めてるんだからな!


「(ただの不審者じゃねーか!!!)」


「(まさかモンスターもこんな変態に攻撃を防がれるとは思ってもみなかっただろうな……)」


「(やー、いきなりデカいモンスターが出てきてビビったが、大将を見てたら冷静になったわ)」


「…………心配して損した。(ま、主は殺しても死にそうにないし)」


クソモンスターの攻撃を避けながら『総攻撃』のハンドサインを出すと、皆も武器を構えて戦闘に入ってくれた。その後の戦闘に特筆すべき点はない。皆にも雷属性の武器を配備してるからな。俺がタゲ取ってる間に囲んで袋叩きにして終わりだ。


このエリアは難易度が高いとは言ったが、それはあくまで何の準備もせずにいつも通りに攻略しようとした場合の話だ。敵が水属性でほぼ統一されてることにさえ気づいてしまえば、攻略難易度は大幅に下がる。慣れたプレイヤーにとっては、むしろ敵の属性が偏ってる場所なんてのは絶好の稼ぎ場でしかない。


うん、マップを埋めた後は、【アヘ声】でやってたのと同じように、ここでしばらくレベリングするのもいいかもしれないな。


「(おとといきやがれ!)」


HPを全損して全身が泡となって消えていくクソモンスターに中指をおっ立てると、俺は【癒やしの杖】という下級回復魔術(ヒール)と同じ効果があるアイテムでカスダメを回復した。


実のところ、このエリアではあくまで『魔術が使えない』だけであって、魔術と同じ効果のあるアイテムは問題なく使用可能だ。勘違いされがちだが、侵入した瞬間にあらゆる魔術の効果そのものを打ち消してしまう【イレースゾーン】とは別物なんだよな。


「(よーし、今日も元気に進軍だ!)」


俺はクソモンスターがドロップした値打ちの低い換金アイテム(ゴミ)を無視すると、拳を突き上げて気合を入れたのだった。

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― 新着の感想 ―
死力の剣さん=先輩のお姉さんなのかな?
[一言] >【英雄】の2つ名で呼ばれてる現代最強の冒険者が率いるパーティでも未だに突破できてないって言えば、どんだけ難易度が高いか分かるだろ? >モンスターがドロップした値打ちの低い換金アイテムを無視…
[気になる点] 誰の弟子なんだ! [一言] やはり変質者
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