41.「原作知識の盲信」は転生者の欠点
《裏》
ハルベルトという冒険者の異名について、最近では【迷宮走者】という異名が広まりつつあるものの、この男のことを【黒き狂人】と呼ぶ冒険者はまだまだ多い。ぶっちゃけこの男の所業を考えると【狂人】呼ばわりも仕方がないことである。
このように、人間から見た【狂人】は賛否両論であるわけなのだが。では、モンスターから見た【狂人】はどういった存在であるのか。
前提として、【狂人】がフェアリーどもを滅ぼしたという話は、ダンジョン上層から下層のモンスターにまで広まっている。
基本的にモンスターは冒険者のように別の層へと移動することはできないのだが、かつて上層のモンスターがルカに対して「またゴーレムの試運転のために我らを殺すのか!」と言っていたり、中層のノームが罪を犯した同族に対して「火刑にした後で下層の海に遺灰を巻く」という行為を極刑として採用していたりといったことから分かるように、一部のモンスターは隣の層へと繋がる抜け道を知っている。そのため、中層で起きたフェアリー虐殺事件は、そういったモンスターを介して下層と上層に広まっているのだ。
そのうえで、【狂人】の言動と見た目がモンスターにとってどのようなものなのか考えてみると……まず、言動については言うまでもなくド畜生である。【狂人】と遭遇したモンスターは例の高笑いやら意味不明な説明口調やらとともに襲撃され、死ぬまで追いかけられて経験値に変えられてしまう。命乞いをしても【狂人】にはモンスターの言語が分からないので無意味だ。
また、【狂人】の見た目であるが、「新種のゴーレム」やら「キメラ」やら散々な言われようであり、もはや人間ではなくモンスター扱いである。しかもこの男はフェアリーの羽、つまり「自らの手で殺したモンスターの死骸」を装飾品として身につけている。
これらのモンスターから見た【狂人】の特徴を、人間にも分かりやすく例えるのであれば、「言語が通じず、哄笑や雄叫びを上げながら共食いのために襲いかかってくる、殺して食った人間の頭蓋骨で作ったネックレスで着飾る文化を持った異民族」である。そんな存在を人は何と呼ぶか。
そう、「蛮族」である。
……では、そんな「蛮族」がある日 突然徒党を組んで自宅に押し掛けてきて、自分のことを何やら物凄い目つきで睨んできたらどう思うだろうか?
『初めまして、旅の方。あたくし、安徳院でございます。以後、お見知りおきを……』
「「「「…………」」」」
『おや、どうなさいましたか皆様? そのように熱い視線を向けられては、あたくし照れてしまうのですが……(ほ、ほげえええええ!? 蛮族が攻めてきよったあああああ!? 食い殺されるううううう!?)』
あの日、【アントクイーン】は表面上は余裕があるように取り繕いつつも、内心では死を覚悟した。【狂人】が何を考えているかは分からなかったものの、【狂人】が引き連れていた仲間のギラギラした眼(※【アントクイーン】目線)を見れば分かる。
『や、奴らめ……もしや、妾一族を捕まえて食料にする気なのかえ!? 嫌じゃ! 化物の餌になどなりとうない!!!』
【狂人】たちが帰った後、【アントクイーン】はそれはもう狼狽えた。奴らが今回やってきた理由は「狩場の下見」であり、明日には大量の蛮族を引き連れて自分の巣に攻め入ってくるのではないか。そんな嫌な想像をしてしまったのだ。
もちろんこれは【アントクイーン】の勘違い……とは言い切れないのが悲しいところである。「食べるため」ではなく「レアアイテムを手に入れるため」という違いはあれど、最終的に【狂人】が【アントクイーン】を一族郎党皆殺しにしようとしていることに変わりはないからだ。
『よりによってこのタイミングで……否、このタイミングだからこそ仕掛けてきたのかえ!?』
また、【アントクイーン】にとってこのタイミングで自分たちの巣穴を攻められるのは非常に都合が悪かった。
【アントクイーン】のモチーフとなったサムライアリだが、実は自力で巣を作ることがない。サムライアリの女王は他の蟻の巣に単騎突撃をかました後、女王蟻を食い殺して他の蟻の巣を乗っ取るのである。
それは【アントクイーン】も同様だ。【安徳院】を名乗っているこの個体、実は代替わりによって誕生した新たな【クイーン】であり、【雄々津国】を自らの巣と定めて侵略しにやってきたのだ。
もっとも、「単騎突撃で巣を乗っ取る」というところまでサムライアリと同じではなく、侵略の際には「働き蟻」を生み出してその力を借りる。
そうして【アントクイーン】はこの国の住民を洗脳して奴隷を増やし、ゆくゆくは大将軍をも手中に納めるつもりだった。彼は「大将軍」を名乗るだけあってこの国で最強の武士であり、真正面から挑んでも勝てはするだろうが【アントクイーン】もただでは済まず、酷い傷を負ってその後の繁殖に支障が出る可能性があるため、気づかれない程度にゆっくりと洗脳していくのが理想である。
……の、だが。
実は【アントクイーン】の代替わりが起こったのはたった数ヶ月前のことであり、【雄々津国】の侵略は初期段階、まだ足場を固めている最中である。
【アヘ声】のストーリーが始まって原作主人公が新米冒険者となる頃には侵略も最終段階を迎え、【狂人】が言うような強大な戦力が整っているのだろうが……今の【アントクイーン】が所持する戦力は、なんと巫女に扮して境内を掃除している「働き蟻」が数匹のみという有様であった。
というのも、【アントクイーン】はこの国の治安を悪化させて住民の不安を煽り、より洗脳しやすくするための一手として、外から連れてきたレアモンスターをこの国のいたるところに配置して暴れさせていたのだが、気づいたらその全てと連絡が取れなくなっていたのである。図らずも【狂人】は【アントクイーン】のほぼ全戦力を壊滅させていたのだ。
他にも「凄腕の殺し屋兄弟」という噂を聞いて洗脳した奴隷が2人いるのだが、大将軍と戦う際の切り札として娘を攫ってくるように命令したものの、いまだに目的を果たせていない無能っぷり(※八雲がすごいだけ)であったため、【アントクイーン】は早々に見切りをつけていた。
あとは身の回りの世話をさせるために洗脳した一般市民もいるにはいるが、しょせんは一般市民なので戦力には数えられない。よって、実質的に【アントクイーン】が持つ戦力は「働き蟻」数名だけである。
そんな状況で【狂人】を相手取るのは無理だと【アントクイーン】は判断した。なにせ【アントクイーン】と【フェアリークイーン】はステータス傾向や所持スキルは違えどレベル的にはほぼ同格であり、その【フェアリークイーン】を花園ごと叩き潰したのが【狂人】である。牙城どころかまだ罠すらも用意できていないのに、【アントクイーン】が【狂人】を迎え撃つなど不可能だろう。
『えっ、というかあの蛮族、【フェアリークイーン】を花園ごと滅ぼしてしもうたんじゃろ? ヤバいってレベルではないのじゃが???』
実際は【フェアリークイーン】が本気を出す前に原作知識によって徹底的にメタを張って一切何もさせずに倒した、というのが正解なのだが、その事実を知る生き残りのフェアリーがほとんどいないせいで、【アントクイーン】はそこまでの情報を得ていない。
『聞いた話によれば、奴は地の果てまで追いかけて殺しにかかってくるという。どこにも逃げ場はないのならば、どうにか撃退するしかない……!』
結果、なんかもう【狂人】のことが蛮族どころか地球で言うところのプ○デター的なクリーチャーのように思えてきた【アントクイーン】は、どうやってプレ○ター的なクリーチャーを追い払えばいいのだろうかとあれこれ考えた結果――
『一か八か、大将軍を食ろうて一気にこの国を奪うしかない……! そのうえでこの国の全住民を奴に嗾けるのじゃ!』
焦りによって視野狭窄に陥ってしまい、非常に短絡的な解決方法に縋ってしまったのだった……。
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《表》
40階層を攻略した翌日、【アントクイーン】の調査を再開しようと思って【雄々津国】へやってきたら、なんか城が燃えてた。
「ええ……なんじゃこりゃ……」
こんな展開、俺は知らんぞ。たった一晩でいったい何が起きたってんだ?
「おぉ、ハルベルト殿! 丁度良いところに!」
とりあえず城を目指して走っていると、俺たちは同じく城を目指していたであろうご隠居たちと出会った。
道すがら彼らから聞いた話によると、本日未明に吉良兄弟を引き連れた【アントクイーン】が城を強襲したらしい。ご隠居たちは城へ先んじて隠さんを派遣すると、パニックになった一般市民たちを鎮めるために奔走し、先ほどようやく騒ぎが落ち着いたので城へと向かっていたようだ。
「城の皆さんは無事でしょうか……こんなことになるなら、あの時【アントクイーン】を討伐していれば……」
モニカの沈んだ声に、思わず舌打ちしそうになる。たしかにモニカの言う通りだ。こんなことになるなら、さっさと【アントクイーン】の顔面へと【シールドアサルト】を叩き込んでおけばよかったかもしれない。
「いいや、昨日の時点では【安徳院】がこのようなことを仕出かす輩であるとは夢にも思わなんだ。お主らを責めるのは酷というものじゃろう」
「……いいえ。白状しましょう。私は【アントクイーン】が危険なモンスターであると知っておりました。そのことを独断でご隠居に秘匿していたのは、私の落ち度です」
「であれば、ワシも白状するとしよう。実はワシらはお主らを信用しきれておらんかった。お主から【安徳院】がモンスターの類いであると報告されても、おそらく信じることはなかったじゃろう」
それはそうかもしれないが、俺には原作知識がある。もっとやりようがあったんじゃないだろうかと思う。
「よしんば拙者らがハルベルト殿を全面的に信じたとして、さすがに何の調査もせずにいきなり【安徳院】を討伐せよ、とはならぬさ。きっとこうなることは避けられなかったのだ。だからあまり抱え込むな」
透さんはそう言ってくれたが、俺が「原作通りに行動すれば、ある程度は原作通りに話が進むだろう」と慢心していたのも事実。
今は原作開始前なのだから原作通りに話が進む保証なんてなかったし、そもそもいくらゲームと非常に似通っていたからといって、この世界は現実なんだからゲームと完全に同じであるはずがない。そのことについて軽く考えすぎていたのは明確に俺の落ち度だ。
「そも、異国の民であるお主らを巻き込んだのはワシじゃ。お主が気に病む必要はどこにもない。なぁに、ワシら【雄々津国】の武士は皆、文武両道の猛者揃い。そう簡単にくたばりはせぬよ」
そう言ってご隠居がバシンと背中を叩いてくれたことで、気持ちが少しだけ軽くなった俺は、せめてこれ以上の被害を出さないように走るスピードを上げたのだった。