39.「怪しすぎて逆に怪しめない」はゲームでなくともよくあること(改訂版)
《表》
辿り着いた先は、寺なんだか神社なんだかよく分からない施設だった。周囲を囲う塀は寺っぽいのに入口に鳥居が建っていたり、境内に入ると右手に五重塔があるのに左手に神楽殿があったりと、なんだか見境がないって印象を受ける。
ゲーム画面で見た時は特に何も思わなかったが、実際にこの目で見ると違和感がある。いや、でも明治時代になる前は寺の中に神社があったりしたんだっけ?
……考えるだけ無駄か。この国はあくまで【雄々津国】であって日本じゃないからな。この国の寺はこれがスタンダードなんだろう。
『おや、参拝の方ですか?』
と、境内で掃除をしていた蟻頭の巫女さんがこちらに気づいて声をかけてきた。
「(あれ? この人、今まで会った人たちと比べると、どこか雰囲気が違うような……)」
モニカが首を傾げている。たぶんこの人(?)に違和感を覚えているんだろう。まあその理由はすぐに分かるから、あえてここでは説明しないことにする。
「ええ、そんなところです。見学料は必要ですか?」
『いいえ。【土礼寺】は救いを求める民衆のため、いつでも誰にでもその門戸を開いております』
「分かりました。ありがとうございます」
『これが我々の務めですからお気になさらないでください。あぁ、そうそう。もうすぐこの寺の主による説法が始まるのですが、よろしければ聴講していかれてはどうでしょうか?』
「おお、そうでしたか。ぜひとも参加させていただきたく」
で、俺たちは巫女さんに案内されて講堂にやってきたわけだが。
『初めまして、旅の方。あたくし、安徳院でございます。以後、お見知りおきを……』
「「「「…………」」」」
この寺の主を名乗る蟻頭の尼僧を見た瞬間、カルロスたちがチベットスナギツネのような表情になった。
『おや、どうなさいましたか皆様? そのように熱い視線を向けられては、あたくし照れてしまうのですが……』
「いや、なんでもねぇよアントクイーン」
「えっと、なんでもないよアントクイーンさん」
「はい、なんでもないですアントクイーンさん」
「…………。(えっ、なにコイツ。さっさと殺した方がいいんじゃないの?)」
『そうですか? 何もないならばよいのですが……。あと、あたくしの名は【安徳院】でございます』
【安徳院】を名乗る不審者は座っていてもなお2mはあるだろう巨体を誇っており、その全てを特大の法衣で覆い隠しているため、出来の悪い二人羽織……いや、五人羽織くらいはしてそうな見た目になっている。
しかも巨体すぎて全身を隠しきれておらず、法衣の隙間からはコロネみたいなでっぷりとした虫の腹がチラリと見えていた。この国の住民は頭部と羽以外がほとんど普通の人間と変わらないのに対し、【安徳院】は身体も虫になっているようだ。
……いや、うん、まあ、なんだ。ぶっちゃけコスプレしたモンスターにしか見えない。それも【フェアリークイーン】みたいに他の雑魚モンスターを従えてそうな、いわゆる「女王系モンスター」というやつだ。
『――このように、【ミホトケ様】の教えというものは――』
「「「「…………」」」」
そんな奴があまりにも堂々と仏(?)の教えなんて説くもんだから、怪しさが一周回って「こいつ実はただのミスリード要員で、今回のサブストーリーとは特に関係ないのでは?」と思ってしまいそうになること請け合いだ。
まあ、カルロスたちは【安徳院】が説法をしてる間ずっと某うさぎの名探偵が犯人のクマを睨みつけてる時の顔みたいな表情をしてたけども。
『あら、もうこんな時間……申し訳ありません。あたくし、つい話すのに夢中になってしまいました』
「いえ、とてもためになる話でした。本日はありがとうございました。また聴講しに参ります」
『ええ、またいつでもいらしてくださいね』
まだ初日なので様子見ということで、俺たちは話を聞くだけで帰ることにした。すると、境内を出てすぐにカルロスが口を開く。
「……で、結局なんだったんだアイツ」
「見たまんまなんじゃないか?」
「見ても分からなかったから聞いてんだよ」
案の定、カルロスも混乱しているようだった。気持ちはとてもよく分かる。俺も【アヘ声】をプレイしていた時に「もしかしてこいつはモンスターではなく、単にこういうキャラデザなだけなのでは?」と混乱したくらいだ。今までこの国で出会った人(?)たちの中で最も初見時のインパクトがあると思う。
「まあアントクイーン……じゃなかった、【安徳院】の正体が何であれ、現時点での奴はまだ『怪しげな宗教家』でしかない。寺を隠れ蓑にして何か企んでいるのかどうか、まずはそれを調べるのが俺たちの仕事だ」
「…………意外。(あのムシケラに【匂い袋】をブチ撒けて正体を暴くくらいのことはすると思ってた)」
「証拠もなしに殺っちまうとお尋ね者になっちまうからな」
「(あっ、最終的に殺るのは確定なんだね……)」
「(つーか、やっぱりモンスターなのかアレ)」
さらに、【安徳院】が何か企んでいると突き止めたら即刻首をはねる……ともいかない。その場合は大将軍と裏で繋がってるのかどうかの確認もしないといけないからな。やることが多くて大変だが、これもレアアイテムのためだ。
「あら? アナタ方は……」
「えっ? ヤクモ姫?」
と、そんなことを考えながら歩いていると、ご隠居の店へ戻る途中で八雲と出くわした。そういえばこの姫、頻繁に城を抜け出しては【雄々津国】の人々の暮らしを見て回ってるくらいには意外とお転婆なんだったか?
まあ言うまでもなくしょっちゅう攫われてる理由の大半はそれなんだが、城の人々が気づく前に自力で脱出して何食わぬ顔で帰還するから誰も咎める人がいないらしいんだよな……。
「まぁ、姫だなんて……八雲、とお呼びくださいまし。その代わり、ワタクシも『モニカ』とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ピェ……じゃ、じゃあヤクモさんで……」
(たぶん)ニコニコと笑いながらモニカと距離を詰める八雲だったが、そこでふと思い出したように真面目な声になった。
「おじいさまから聞き及んでおりますわ。父上を止めるお手伝いをしてくださっているのですよね」
「おじいさま、っていうと、ご隠居さんのことでしょうか? えっと……はい、なんか成り行きでそうすることになりました」
「本来であれば、これは我が国の問題……異国からいらっしゃったアナタ方を巻き込んでしまったことを謝罪いたしますわ。ですが、今のワタクシには頼れる方がほとんどおりません。ワタクシの味方はおじいさまと、そしてアナタ方だけなのです。無理を承知で申し上げます。父上のこと、どうかよろしくお願いいたします」
「あっ、そんな! 頭を上げてください! ちゃんとお礼はいただいてますし、私たちの好きでやってることですから!」
そんな感じでモニカと八雲はしばらくの間お互いにペコペコしていた。うーん、改めて思ったが、八雲だけでなくモニカも良い子だよな。これで腹ペコモンスターでなければモテモテだったろうに。でも少しくらい欠点があったほうが人間としては魅力的だとも言うしな。モニカはこれでいいんだろう。
「……ありがとうございます。決して無茶はなさらないでくださいね。もしワタクシにできることがあれば、何でもおっしゃってくださいまし」
最後にそう言うと、八雲は優雅に一礼して去っていった。
ちなみに【アヘ声】ではどこかのタイミングで八雲から「協力する」という言質を取るのも【食いしん坊大将軍エンド】に必要なフラグだったりするので、図らずもそれを達成したことになる。まあこの現実となった世界にはゲーム的なフラグなんか存在しないだろうし、言質なんて取らなくても八雲なら喜んで協力してくれるだろうけども。
ただ、初めて八雲と出会った時もこの時間帯・この近辺だったというのは覚えておくとしよう。いちおう俺たちは大将軍と敵対しているので【雄々津之城】に行くのは避けたいし、八雲に頼みごとをする必要が出てきたら、この時間帯にこの辺りを探せば見つかるかもしれない。
ゲームなら他のNPCを無視して八雲だけに話しかけることも可能だが、この世界ではそういうわけにもいかないからな。城に行ったらまずは城主に挨拶するのが筋というものだろうし。
「ところで、このあとはどうするの大将?」
「順当に聞き込み……といきたいところだが、俺たち(頭部が虫じゃないから)目立つからなあ」
「まぁ(大将は見た目キメラだから)そりゃそうだろうな」
というか、聞き込みしても何も情報が出ないのは原作知識で知ってるからな。何度か【安徳院】のところへ行かないと話が進まないので、今日やれることは何もない。
「つーわけで、ちょっとだけダンジョン攻略を進めるか!」
万が一【雄々津国】で何かヘマをやらかして指名手配とかされてしまった時のことを考えて、先にダンジョン40階層を攻略することでダンジョン入口から海中エリアへ飛べるようになるショートカットを作成しておきたい。
八雲からもらった手鏡があれば、【雄々津国】の反対側にある出口を通ることができるはずだ。
「へいへい、了解だ」
「サクッと攻略しちゃおうか!」
「なんだか久しぶりにまともなダンジョン攻略をする気がします……」
「…………そのままダンジョン攻略に戻るのはダメ?(ダメか。だよねー。うん、言ってみただけ)」
カルロスたちの同意を得ると、俺は意気揚々とダンジョン攻略に乗り出したのだった。




