37.「殺してでも奪い取る」は危険人物の発想
《表》
「それでは皆様、本当にありがとうございました。また【雄々津之城】にいらしてくださいね」
「あ、あはは……その、機会があればまた顔を出しますね……」
「皆様でしたら、いつでも歓迎いたしますわ」
「ぴぇっ……(『皆様』と言いつつ、どうしてず〜っと私のことを凝視してるんでしょうか……)」
「ワタクシの手鏡をお持ちください。これを衛兵に見せれば、この国にも、この城にも、いつでも入ることができるようになるでしょう」
「あ、ありがとうございま〜す……(どうして大将さんじゃなく私に渡すんですか……どうして渡すときにさりげなく手を握ってくるんですかぁ〜……)」
八雲に見送られながら城門を離れ、俺たちは【雄々津国】の中央部からご隠居の店がある南部へと戻ることにした。その道中、俺は今回のサブストーリーにどう関わっていくかを考えていた。
まず、【アヘ声】でこのサブストーリーがどういうシナリオだったか記憶を整理してみるとする。といってもまあ、シナリオの大筋はそう複雑じゃない。完全に勧善懲悪モノ時代劇のソレだからな。ようするに「正義側のご隠居勢力が、悪側の大将軍勢力を懲らしめようとする」ってシナリオだ。
ただし、その結末は原作主人公の行動によって4つに分岐する。
1つ目は、ご隠居勢力に加わって大将軍を討つ、通称【世直しエンド】。ご隠居勢力に敗北した大将軍は斬首となり、八雲がご隠居の後援を受けて新たな将軍となってこの国を治めていくという結末だ。なお、仲が良かった父親を亡くした八雲は盛大に曇る。ベストではないがベターな終わり方、いわゆるグッドエンドというやつだな。
2つ目は、大将軍勢力に加担してご隠居を返り討ちにする、通称【悪代官エンド】。ご隠居勢力は晒し首になり、邪魔者がいなくなったことで大将軍が完全に国を私物化することになるが、やっぱり八雲は盛大に曇る。最終的に八雲は大将軍の目の前で自刃し、それによって大将軍は正気に戻り、以降は民のための政治をすることを誓う。ビターエンドというやつだ。
3つ目は、ご隠居勢力からも大将軍勢力からも雇われて金を毟り取ったあげく、最終的にこの国の全てを主人公が奪う、通称【国盗りエンド】。もちろん八雲は曇る。というか主人公以外は全員曇って自刃する。言うまでもなくバッドエンドだ。
そして4つ目は、八雲やご隠居勢力の協力を得て、今回のサブストーリーの「真の黒幕」を突き止め、八雲の説得によって正義に目覚めた大将軍と共に黒幕を袋叩きにする、通称【食いしん坊大将軍エンド】だ。黒幕が滅びて国は救われ、誰も死なずに済んだことで八雲も曇らず笑顔になる、完璧なハッピーエンドだな。
……うん、まあ、普通に考えると【食いしん坊大将軍エンド】1択なんだよな。ハッピーエンドになる方法を知っているにもかかわらず、あえてそれ以外のエンドを選ぶというのは……さすがに後味が悪すぎる。
じゃあ何を迷うことがあるのかというと……このサブストーリーで得られるレアアイテムというのは、全て「遺品」なんだよな。
つまり死ぬキャラが多いエンド=得られるレアアイテムが多いエンドということになるため、このサブストーリーではバッドエンドに近いほど得られる物が多くなり、ハッピーエンドに近いほど得られるアイテムが少なくなる。
しかも【食いしん坊大将軍エンド】に至っては、黒幕を追うということで敵の強さが跳ね上がって難易度も爆上がりするうえ、誰も死なないので得られるレアアイテムが何もないとかいうクソ仕様なんだよなあ……。
まあ、さすがにレアアイテムを手に入れるためだけに誰かを見殺しにするほど俺は腐ってないつもりなので、結局【食いしん坊大将軍エンド】を目指すことになるんだろうけど……かといって滅私奉公を良しとするほどの善人でもないので、危険を冒して国を救うのであれば、それ相応の見返りは欲しいところだ。
つーかアイテムコンプ諦めたくないからどうにかしてレアアイテムが欲しい。
「……で? これからどうすんだよ大将」
「そうだな……この国に自由に出入りできるようになったわけだし、今日のところは帰還しよう。で、足下を見てくる商人とか、今後のことについてとか、アーロンに相談してみるか」
そんなことを考えていると、カルロスに声を掛けられたので俺はいったん思考を打ち切ってカルロスの質問にそう答える。するとカルロスは少しだけ不可解そうな表情を見せた。
「帰還するのは賛成だが……アーロンに相談するよりも、パーティメンバーを俺とアーロンで交代して奴に直接交渉させればいいだけなんじゃねえのか?」
「いや、だってカルロスの反応が面白――げふんげふん。なんでもない、気にするな」
「おいコラいま何つった???」
「この国の探索メンバーはカルロスが適任だ。そう判断したまでだよ」
「それはどういう意味での『適任』なのか聞かせてもらおうじゃねぇか」
「さーて、そうと決まればさっさと帰るかあ!!!」
俺は【脱出結晶】を使ってカルロスからの追及を誤魔化し、店に帰還した。
「やー、権力者と癒着してるようなのと適正価格で取引をするのは無理だな。他の店を当たった方がいい」
で、食堂でアーロンに相談したところ、バッサリ切り捨てられてしまった。
「うーん……他の店を探したけど、どこも潰れかけで品揃えが悪かったんだよな。なんとか悪徳商人と交渉できないか?」
「やー、そりゃ俺は多少口が回るけどな。スキルや魔術じゃねーんだから、『交渉!』って言えば自動的に相手の譲歩を引き出せるワケじゃないんだぜ? 交渉材料もなしに駆け引きをするってんなら、それはもう『恐喝』とかそういうのになるだろうぜ」
「じゃあ俺の持ってるアイテムを売る……のは不安だな。悪徳商人に売ったら何に使われるか分かったもんじゃないし」
「そうだな。まー、モニカの買い食いはともかく、どうせ大将が欲しいのは装備品なんだろ? 鍛冶師に直接依頼するのはどうだ?」
「それならすでに国1番の鍛冶師とかいう人(?)の所へ依頼しに行ってる。でも『ワシは気に入った奴からしか仕事を引き受けん。疾く去ね!』って断られてな……」
うーん、思い出したらムカついてきたぜ。なにも塩を撒かなくてもいいじゃないか。
「あー……(そりゃ、あのキメラみてーな鎧で依頼しに行ったらそうなるだろうな)」
「うーん、じゃあ次にご隠居から依頼を受けた時は、給料の代わりに武器・防具を貰えるよう頼んでみるか」
「もしくはそのご隠居とやらに口利きしてもらう、とかな。大将の見立てじゃ、そのご隠居とやらは高い身分の人間(?)なんだろ? なら、その鍛冶師もさすがに断れねーだろ」
まあ、見立てというか、ただの原作知識なんだけどな。
「それは現物支給と何が違うんだ?」
「大将のことだ、どうせ店売りの武器とかだけじゃなく、レアな武器とかも蒐集しようと思ってんだろ。それも一点物だ。そんなレアなアイテムを譲ってもらえる可能性は低いだろ?」
「なるほど、同じもん作ってもらえばいいのか」
……なんだろう、最近のアーロンは俺に対する解像度が高くないか?
それはともかく、同じものを作ってもらうってのは盲点だったな。【アヘ声】をプレイしてた頃の名残りで、ご隠居たちが所持しているアイテムは一点物なので譲ってくれと頼むか殺してでも奪い取るかしないと入手できないって先入観があった。
が、ご隠居たちが所持しているレアアイテムが一点物ってことは、ダンジョンの宝箱からはドロップしないアイテムってことであり、それはつまり【雄々津国】で作られたアイテムってことなんだろう。だったらそれらのアイテムを作った人(?)がいるはずなので、その人(?)に同じアイテムを作ってもらえるようご隠居に頼めばいいってわけだ。そしてそれはご隠居が持ってるレアアイテムに限った話じゃない。
よし、今後の方針は決まったな。やはり目指すは【食いしん坊大将軍エンド】だ。ただしただ働きはしない。原作キャラを助けまくって全方位に恩を売りまくり、対価として片っ端から彼らが持ってるレアアイテムを複製してもらう。これでいこう。
「相談に乗ってくれてありがとな、アーロン。お陰で方針が定まったぜ」
「あいよー、俺の意見が大将の助けになったんなら幸いだぜ(今回の探索が終わったら、カルロスとモニカから感想を聞くか。きっと爆笑ものだぜ)」
俺はアーロンに礼を言うと自室に戻り、明日に備えて今日はさっさと寝ることにした。
「……お休み、主」
「おう、お休みルカ」
部屋の明かりを消し、いつものようにルカを抱き枕にして目を閉じると、マイナスイオンとか出てそうな森の香りによってすぐに眠気が――
「――って、ちょっと待て。おかしいだろ」
「……なに?(ボクもう眠いんだけど)」
いつの間にかこれが当たり前になっていたからスルーしそうになったが、よく考えたらなんで俺はルカを抱き枕にして寝てるんだ???
ほとんど忘れかけてたが、こいつは見た目こそ美少女になったものの、中身は変わらず人間を腐敗させて養分にしてしまう恐ろしいモンスターなんだよな。俺、危機感を失いすぎでは???
「……いまさら?(よく分かんないけど、こうするとボクはよく眠れるし、主もそうでしょ? だったらべつにいいじゃん)」
「あっ、おい!」
俺がそんなことを思っていると知ってか知らずか、ルカは呆れたように首を横に振ると、そのまま目を閉じてさっさと眠ってしまった。こいつはこいつで野生を失いすぎでは???
「…………まあいいか」
相変わらずルカが何を考えてこんなことをしてるのか分からないが……アレか、「動物園暮らしが長すぎて猫みたいになってしまったライオン」的なやつか。
なんにせよ、添い寝したからといって害があるわけではない。最初は一種の【拘束攻撃】なのかと思ったこともあったが、今までルカと添い寝してHPやMPが減ったことは一度もないし、状態異常が付与されたこともない。
なら、このくらいは好きにさせておくか。というか、よく考えたら俺はもっとルカの要望を叶えるべきかもしれない。ルカにはいつも俺の無茶に付き合わせてるからな。一緒にダメージ床に突っ込んだり、一緒に水流によって強制的に移動させられる川に飛び込んだり、一緒に罠が作動して爆発した宝箱の破片を食らったり……。
「…………。うん、改めて言語化するとひっでえなこりゃ。明日からはもっとルカに配慮しよう」
俺はそう決意すると、そのまま目を閉じて眠りにつくのだった。