36.「ニッポンの食へのこだわり」は異常なほどの熱量
《表》
八雲に案内されてたどり着いた先は、この国のちょうど中心に建っている城、【雄々津之城】だ。
見た目はまさしく「戦国時代の城郭」って感じの建物……と言いたいところだが、日本の城郭にしては狭く感じるというか、1つの城と庭を塀と堀で囲っているだけというシンプルな作りだな。
あまりこういうのには詳しくないが、日本の城は敷地内が広大かつ入り組んでいたり、建物が複数あったりといった風に、籠城戦を想定して複雑な作りになってるようなイメージがある。
とはいえ、城自体は巨大であり、近くで見上げるとかなりの高さだ。外観も非常に美しく、頂上には立派な櫓を備えている。こういうのを天守閣というのだろうか?
「とっても立派なお城だね」
チャーリーが感嘆したように息を吐きながらそう呟く。カルロスもモニカも今だけは余計なことを忘れたかのように城に見惚れ、ルカですらどこか感心したような様子で城を見ている。
「ふふ……ありがとうございます。我が国の文化を褒めていただけると、ワタクシも嬉しいですわ」
もっとも、八雲を見て即座にスン……と真顔に戻ったのは言うまでもない。いや、うん、まあ、かつては俺も前世で【アヘ声】をプレイした時に通った道なので、その気持ちはよーく分かるんだがな……。
「……はぁ。次はどんな奴が出てくるんだか……」
「覚悟だけはしておいた方がよさそうだね……」
で、俺たちは大広間に案内され、この国の王がやってくるのを待つことになった。俺は「ようやくこの国で最もキャラが濃い奴とご対面か」とワクワクしていたが、カルロスたちはなんかもうすでに諦めたような表情になっている。
「……ふふ」
「や、や〜……あはは……」
ふとモニカを見ると、たまたま広間の上座に座っていた八雲と目が合ったらしく、八雲がモニカに向かって小さく手を振っていた。それに対してモニカは曖昧な笑顔で手を振り返している。うん、分かるよ。八雲はお淑やかというか、まさしく大和撫子って感じだよな……頭部以外は。
「……ちっ。とうとう来やがったか」
やがて、ドスンドスンという足音(+わずかな揺れ)が部屋に近づいてきた。そしてスパーン! と勢いよく襖が開け放たれ、そいつが姿を現した。
「遠からん者は音に聞けぃ! 近からん者は目にも見よ! ワレこそが【雄々津国】大将軍! 箆呉須・雄々津守・武人である!!!」
そいつは巨大な2本の角を生やしたカブトムシ頭であり、背中には黄金に輝く羽根を背負っている。肉体はカルロスたち以上に筋肉達磨であり、全身からスーパーサ○ヤ人みたいなオーラが吹き出しているかのように錯覚するほどの威圧感があった。
「キサマらが我が娘を助けたという勇士か! うむ、大儀であった! 褒めてつかわす!」
「うげぇ……想像以上に濃くて胃もたれしそうだ……」
大将軍が腕を組んで仁王立ちすると、大将軍の背後で謎の爆発が起きた。いや、実際は起きてないのだが、ついそんな光景を幻視するほどの勢いが大将軍にはあった。
「さて、キサマらへの礼として、現在進行形で宴の用意をさせておるわけだが……その前に、キサマらには問わねばならんことがある!」
「ぴぃ……!?」
ここで、大将軍からの威圧感がさらに高まった。無風なのに大将軍の袴がバサバサとはためき、モニカがローブのフードを押さえて縮こまる。
「その出で立ち、キサマらは異国の者なのであろう! ならばこの国を治める者として、キサマらには問わねばなるまい!!!」
「……ちっ。見た目はアレだが、腐っても一国の王か。流されるままにここまで来ちまったが、こうなることは想定して然るべきだった……!」
まるで重力が倍になったかのように空気が重く俺たちにのしかかり、部屋の中が一触即発の雰囲気で満たされる。
そして緊張が最大まで高まった時、ついに大将軍がその台詞を口にした。
「キサマら、宗教上の理由とかで食べられない物はあるか!?!?!?」
「なんで今それを聞いた!?!?!?」
武器に手を掛けて立ち上がりかけたカルロスが、つんのめってズサァと畳の上に倒れ伏した。うむ、惚れ惚れするくらい見事なリアクションだ。マジでカルロスを連れてきて良かったぜ!
「何を言う! 恩人に対して半端な持て成しをするようでは、この国を治める者としての沽券に関わるであろうが!」
「そうじゃねぇだろ! いや、ある意味ではそうだけど! 少なくとも威圧感を出して聞くようなことじゃねぇんだよ!!!」
「当然であろう! 武士は食に対して妥協せん! ここで真剣にならずしていつ真剣になるというのだ!」
「将軍とか名乗ってんなら戦場で真剣になれや!」
ゼェゼェと肩で息をするカルロスを見て、大将軍はガハハと豪快に笑うばかりだ。
さて、放っておくとどこまでもボケに走りそうな大将軍ではあるが。【アヘ声】においては、サブストーリーの進め方次第で最後に主人公の前に立ちはだかるボスだったりする。
こう見えて大将軍は時代劇で言うところの「悪代官」ポジションであり、【アヘ声】では裏で悪徳商人から【山吹色のお菓子】を受け取って色々と便宜を図っていた。ちなみに、その悪徳商人というのが、さっき俺たちの足元を見てきた握土井だったりする。
「うむ! とにかく食べられないものは特にないのだな! ならば、さっそく飯にするか! 実はさっきから腹が減って死にそうでな!!!」
「もう勝手にしてくれ……」
ただし、この食い意地の張った性格は演技とかではなく完全に素だ。多くの【アヘ声】プレイヤーから「なんだやっぱりギャグキャラじゃないか!」と突っ込まれたのは言うまでもない。
「刮目せよ! これこそが【雄々津国】が誇る食文化! 【SUSHI】! 【SOBA】! 【TEMPURA】である!」
大将軍が妙なイントネーションかつ巻き舌でそう言うと、女中らしき人たちによって次々と料理が運ばれてきた。皿とお膳は和風なのに、なぜか箸ではなくフォークとスプーンが添えられてるのは、【アヘ声】と同じだな。
「本日は無礼講である! さぁ遠慮なく食え! ちなみにワレはもう食い始めてるからな!」
「もう、父上ったら……お客様の前ですわよ」
「よいではないか、よいではないか!」
大将軍が料理にフォークを突き刺して食い始めたのを見て、俺も目の前の料理を手に取った。
「…………」
うーん、美味しいっちゃ美味しいんだけど……なんというか、元・日本人からしてみると「コレジャナイ感」が半端ない。ご隠居の家でご馳走になった【オマンジュ】もそうだったが、全体的にこの国の料理はパチモンくさいんだよな。
まあ、これらの料理はあくまで【SUSHI】、【SOBA】、【TEMPURA】であって、寿司、蕎麦、天ぷらではないんだろう。久しぶりに故郷の料理が食えるかもと少しだけ期待していたので、ちょっとだけ残念だな。
「さてキサマら。食いながらでもいいからワレの話を――いや、やっぱダメだな。今は食うのに集中したい。食い終わってから話そう」
「どんだけ食い意地張ってんだよ……」
「カルロスさん、全然料理に手をつけてないみたいですけど、お腹減ってないんですか? 私がもらっていいですか!?」
「クソッタレ、こっちにも食い意地の張った奴がいやがった……」
「……さっきまでビビり散らかしてたクセにね。(料理が運ばれてきた途端にコレだよ)」
結局、大将軍の話が始まったのは、デザートとして運ばれてきた【ANMITSU】を食い終わった後だった。
「八雲姫の護衛、ですか」
「うむ。キサマらが退けた曲者は、その筋では名の通った殺し屋でな。そのような奴らから八雲を守り抜いたキサマらの腕を、ワレは高く買っておるのだ!」
大将軍の話とは、俺たちを八雲の護衛として雇いたいというものだった。これは【アヘ声】のサブストーリーと同じ展開であり、これを引き受けるかどうかでサブストーリーの結末が大きく変わるという重大な選択肢だ。
とはいえ、現実となったこの世界では、【アヘ声】と同じ選択肢を選んだからといって、【アヘ声】と同じ結末になるとは限らない。そもそも今は原作開始前なので、【アヘ声】をプレイしてた時と差異があってもおかしくないからな。
なにより、この世界ではゲームと全く違う行動を取ることも可能だ。ノーム畑を滅ぼした時とかはまさにそんな感じだったわけだし。なので、原作知識を利用しつつ、いつイレギュラーな事態が起きても対処できるようにしておく必要がありそうだ。
少し話が逸れた。今は大将軍の話を受けるかどうか、だな。「どういう選択肢を選べば最も多くのアイテムが手に入るか」を考えた場合、ここで大将軍に雇われつつ、ご隠居からも引き続き雇われるのが正解だ。
その場合、両方から貰えるものを全部貰った挙げ句、最後に両方を裏切って全てのアイテムを総取りするとかいう畜生ムーブをキメることになる。
もちろんそんなことをすれば【善行値】が一気に下がるし、サブストーリーの結末も非常に後味が悪いものになる。ゲームならともかく、現実でそんなことをするのはさすがに人としてどうかと思う。よってこの選択肢は却下だ。
「申し訳ございません。現在、我々はモンスターの討伐依頼を引き受けておりまして……」
とりあえず、今回はサブストーリーがハッピーエンドを迎えるために必要な選択肢を選んで様子を見ることにした。これなら後で「やっぱり雇ってくれ」と交渉できなくもないだろうしな。
「なんと、そうであったか……。ワレもモンスターのことは聞き及んでいる。本来であればこの国を治める者としてワレがやらねばならんことなのだが……今、ワレは他の件で手一杯でな」
「…………」
大将軍が「他の件」と言ったあたりで八雲が俯き、なにやら暗い雰囲気となった。ふむ、八雲の様子を見るに、この世界でも【アヘ声】のサブストーリーと同じように話が進んでるみたいだな。
なら、基本的にはハッピーエンドを目指しつつ、そのうえでできるだけ多くのアイテムが手に入るよう、ゲームではできなかったような行動を取る……というのを今回の行動指針とするか。
「ただでさえ事実上キサマらに尻拭いをさせているというのに、それを放り出してまで八雲の護衛となれ、などとはさすがに言えんな。あい分かった! 今回はキサマらを雇うのは諦めよう! が、気が変わったらいつでも来い! 歓迎するぞ!」
そう言いながら豪快に笑う大将軍に見送られ、俺たちは【雄々津之城】をあとにしたのだった。