33.「街中で大量破壊魔術をブッパ」は危険人物の発想
《表》
「わ〜! ……わ〜……」
モニカは初めて見る和風の街並みに目を輝かせ――直後、街を行き交う異形の人々を見て死んだ魚のような目になった。いや、うん、まあ、そりゃそうなるわな。虫が好きな人以外はだいたいそういう反応になるだろうし。
「……さっさと行くか」
「……そうだね」
「……ノーコメント」
カルロスに促され、俺はマップを開いた。うむ、今までの階層の中で1番マップが埋まってないな。ほとんど真っ白だ。アーロンから聞いた話によれば、ここを突破した冒険者パーティは片手で数えられるくらいしかいないらしい。
その冒険者たちも、ご隠居からの依頼を達成したらさっさと次の階層に行ってしまったみたいだ。いってみれば、サブクエストを全て無視してメインストーリーだけ最短で進めた感じだろうか。
あとはまあ、いくらダンジョン内とはいえ、勝手に国の地図を作るのは色々とマズいっていうのも白紙の理由なんだろう。地図はいくらでも悪用できてしまうからな。
「マップが埋まってる箇所は……多少道に迷ったような形跡とかはあるが、ほぼ一筆書き状態だな」
「ならマップ沿いに進むか。そうすればそのうちご隠居の家に着くだろ」
……そう言うと、なぜか全員から珍獣でも見るかのような目を向けられてしまった。
「……どうしたの大将。変な物でも食べた?」
「……『マップを全部埋める』って言い出すかと思ってた。(だっていつもそうしてるし)」
失礼な。さすがに俺だって自重が必要な時はちゃんと自重するって。
「マップを埋めるのは、ちゃんと国の上層部に許可を取ってからだ」
「……ああ、うん。ごめん大将。聞いたオレが悪かったよ」
そんなやり取りをしつつ、街中を進んでいく。さりげなく周囲の様子を伺ってみると、意外なことに俺たちは大して住民たちからの注目を集めていないようだ。中には奇異の目を向けてくる住民もいるにはいるが、すぐに興味を失ったように視線をそらした。
「(な、なんじゃ、あの被り物は……! か、傾奇者じゃあ……!)」
「(あの羽の美しい文様、それに家宝らしき甲冑……どこぞの旧家の出であろうに)」
「(そのようなお方が傾奇者になろうとは……これも世がいけないのか……)」
「(目を合わせてはいかん! 機嫌を損ねて首をはねられても知らんぞ!)」
【アヘ声】と違って変に絡まれたりしないのは、他の冒険者という存在のお陰だろう。すでにここを通過した冒険者がいるという前例があることで、(この国の住民から見て)異国の人間に対する興味が薄れているのかもしれない。
「(……あー、たぶん愚連隊か何かと勘違いされてんなこりゃ)」
「(異種族が歩いてることに関しては何とも思われてないっぽいですね。まさか同族と思われてます? 【妖精の羽】のせいでしょうか?)」
「(それにしてはオレたちは見向きもされないけど……大将の鎧がここの国の人たちが装備してる鎧と似てるってのもあるのかな?)」
「(みーんな主を見て即座に目をそらすから、ボクに視線がこなくて楽でいい。キメラみたいな見た目もたまには役に立つじゃないか)」
うーん、でも誰も絡んでこないってのも変な気分だな。【アヘ声】だと、この国ではモンスターの代わりにそこそこの頻度で【ツジギリ】とか【ヤクザモノ】みたいな敵とエンカウントするんだが。
こいつらは倒すと稀に【ワキザシ】や【シラサヤ】といった和風の武器をドロップする。ダンジョンRPGでは日本刀が強力な武器として設定されてることが多いが、それは【アヘ声】も同じだ。なのでぜひとも刀をドロップするまで戦いたいんだが……。
でもまあ、犯罪者っぽい名前の敵とはいえ、さすがにモンスターじゃない敵をボコボコにするわけにはいかないよな。ここで騒ぎを起こしたらご隠居に警戒されて次の階層に行けなくなるかもしれないし。最悪、過剰防衛で衛兵に捕まって座敷牢にブチ込まれるかもしれん。
まあ、【アヘ声】と違ってこの世界では普通に店とか営業してるからな。他人から奪わずとも普通に鍛冶屋とか探して刀を買えばいいだろう。この国の貨幣は持ってないが、それに関してはご隠居と交渉して給金をもらうとか、質屋を探してアイテムを売り払うとかすればいい。
「えーっと……もしかしてアレか?」
「あっさり到着しましたね……なんか拍子抜けです」
「結構なことじゃねぇか。むしろ今までの道のりが険し過ぎたんだよ」
「大将といると退屈だけはしないからね」
色々と今後の予定を考えているうちに、俺たちは平屋の大きな店に到着した。入口には「雄々津之縮緬問屋」と書かれた暖簾がかけられている。このへんは【アヘ声】で見たのと同じだな。アレがご隠居の自宅で間違いないだろう。
「………なぁ、本当に行かなきゃダメか?」
「ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛! よくぞ参られたッ!」
「うわ気づかれた。見なかったことにして帰りてぇ……」
まあ店の屋根の上に自己主張の激しい変態がいるから間違えようがないんだけども。
「ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛! とおうっ!」
隠さんは腕を組んで直立不動の姿勢のまま屋根から飛び降りると、バタバタと派手な音を立てて背中の羽を動かしながら落下。変な軌道を描いて滑空したかと思えば、壁に激突して背中から墜落し、仰向けのままピクリとも動かなくなった。
「「「「…………」」」」
再びカルロスたちが宇宙を背負った猫のような表情で頭に疑問符を浮かべまくった。うーん、【アヘ声】プレイ中にテキストメッセージで今の状況が描写された時も思わず2度見したが、実際にこの目で見るとインパクトがありすぎるなコレ。
ちなみに、隠さんが飛び降りた瞬間にチラッと店の入口を確認したが、扉が独りでに開いて即座に閉まるのが見えた。おそらく、ステルス能力全開で透明人間と化した透さんが中に入ったんだろう。今ごろ家の中で俺たちを監視した結果をご隠居に伝えているはずだ。
隠さんの奇行はそのアシストというわけだ。そら目の前でこんな奇行をされたら嫌でも視線が釘付けになるわな。アホにしか見えないけど、隠さんもまた透さんと同じく優秀な忍者ってわけだ。
「……あ、あの……大丈夫ですか……?」
「ミ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!」
「ぴぃっ!?!?!?」
「心配御無用ッ! この通り元気爆発であるがゆえッ!」
「蝉爆弾なだけに?」
「だから上手いこと言ったつもりかよ」
「……本当に爆発すればいいのに。(うるさいし)」
……アホにしか見えないけど、優秀な忍者なんだよな。たぶん。アホにしか見えないけど。
「……しかし貴様ら、何度見ても面妖な格好よなッ! いったいどこの田舎から出てきた芋武士なのやらッ!」
「テメェにだけは言われたくねぇよ」
「むう、やはり信用ならんッ! 拙者が見極めてくれるッ! さあ武器を取れぃッ!」
む、こんなイベントは【アヘ声】にはなかったと思うが……。まあここに来るまで特に何事もなく、ただひたすら歩いてここまて来ただけだもんな。【アヘ声】だとランダムエンカウント以外にもNPCとの会話とかがあったんだが、それすらなかったし。それで素行調査が不十分だと判断したのか。
「私にはあなたと戦う理由がありません」
「ハッ! 臆したかッ! 貴様のような腑抜けがよく今まで生きてこられたものよッ!」
「(腑抜けどころか瀕死状態でも高笑いしてるような人なんですけどね……)」
だって、戦っても何もドロップしないし。【アヘ声】でもサブイベントの進め方次第では彼と戦う展開になるが、その場合はご隠居と透さんの3人組で襲いかかってくる。そしてアイテムのドロップはご隠居にまとめて設定されてるので、隠さん・透さん単体と戦っても旨味が全然ない。
おまけにふんどし一丁の忍者というビジュアルに違わずAVDがクッソ高いうえに、【ウツセミ】(一定確率であらゆる攻撃を回避)だの【セミファイナル】(戦闘不能になった際、1度だけHP1で復活)だの【ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛!】(攻撃のターゲットを自身に集中させる)だの、鬱陶しい固有スキルを持った害悪壁役なので、マジで戦うだけ無駄なんだよなあ……。
「というか、こんな街中で戦ったら周りを巻き込みますよ?」
「ふん、なにを言うかと思えばッ! 無用な心配よッ! すでに人払いは済ませておるわッ!」
「いえ、あなたと戦うとなると【サンダーストーム】をブッパすることになりますので、下手するとここら一帯が更地になります」
「えっ」
そりゃあそうだろう。AVDが高い相手には範囲攻撃ブッパが基本だし。今の俺たちには隠さんに対する有効打が【サンダーストーム】くらいしかないので仕方ない。おまけに隠さんは固有スキルのせいでしぶといから戦闘が長引くので、【サンダーストーム】を何度も使う必要がある。ゲームと違ってこの世界でそんなことしたら、降り注ぐ大量の雷によって街が大惨事だ。いろんな意味で不毛な戦いになる。
「ふ、ふんッ! ハッタリだッ! そもそも、そのような術はそう何度も使えるものではあるまいッ!」
「チャーリーがオートMP回復&MP譲渡スキル持ちなので半永久機関です。あと、私たちは全員であなたの攻撃を防いだり妨害したりすることに専念しますので、魔術発動を阻止しようとしても無駄ですよ。なんなら(全身を雷属性耐性ありの防具で固めて)私もろとも【サンダーストーム】でなぎ払うことも辞さないです」
「…………」
チャーリーに頼んで実際に隠さんへとMPを譲渡してみせると、隠さんは黙りこんでしまった。
「……あい分かったッ! 拙者の負けだッ! 疑ってすまぬッ!(街そのものを『人質』とするとは……本気であっても、大言壮語であっても、発想が狂っておる。いかんな、拙者では見極められん)」
「(あぁ、たぶん理解するのを諦めたなこりゃ)」
「(大将の言ってることってだいたい本気なんだよね……)」
「部屋へ案内するッ! ついて参れッ!(ご隠居様に丸投げしよ)」
どうやら説得は成功したらしい。不毛な戦いを避けられたうえ、これで俺たちが「それなりの実力者」「無関係の人を巻き込むことをよしとしない」というプラスの印象も与えられたことだろう! まさに一石二鳥だぜ!
「……そりゃよかったね。(まっ、イカれた奴だとしか思われてないと思うけど)」
……ルカが呆れたように首を横に振っている。いや、さすがに本気で【サンダーストーム】をブッパするつもりはないって。あくまで「隠さんが無理やり勝負を挑んでくるようならこちらも応戦せざるを得ない」ってだけの話だ。モンスターどもの巣窟を壊滅させるならともかく、人が住んでる街に被害を出そうだなんて本気で思っちゃいない。
それに、隠さんがそこまで好戦的な性格じゃないってのは原作知識で知ってたから、十中八九説得は成功すると思ってたしな。万が一説得に失敗しても隠さんには【セミファイナル】があるから殺さずにすむし、街が壊れてもそれは「襲われたら【サンダーストーム】で反撃するぞ」という警告を無視した隠さんの責任だ。まあそれでも復興の手伝いくらいはするが。
それはともかく。隠さんに案内されて店の中を進んでいくと、落ち着いた雰囲気の茶室に到着した。床の間だけに飾られた「人生楽あり苦もあり涙あり」と書かれた掛け軸が妙に印象に残る部屋だ。
「おぉ、お待ちしておりましたぞ旅の方々」
部屋の中央には蛹みたいな身体を傾けて器用に正座するご隠居と、その傍らで片膝をついて控える透さんがいた。隠さんがこちらに軽く会釈して透さん同様ご隠居の傍に控えたのを見て、俺たちも入室していく。
「大した持てなしもできずに申し訳ないのう」
「いえ、そんなことは。ありがたく頂戴いたします」
「(ふむ、親分らしき男は躊躇いなく茶に手をつけるか。警戒心がない愚か者なのか、それとも豪胆であるのか……)」
「(しょせんはここもダンジョンの中だ。ダンジョン産の食いもんは得体が知れねぇから口にしたくねぇな……)」
「(あ、お茶請けおいし〜!)」
「(オマンジュ? だっけ? オレでも作れるかなぁ?)」
「(栄養価は高くなさそうだね。モニカに押しつけよう)」
“…………”(※そもそも口がない)
「(一方で、子分の方は……うーむ、見事に反応がバラッバラじゃのう。こやつら、どういう集まりなんじゃっけ???)」
ご隠居に勧められるまま座布団の上に座ると、俺たちはちゃぶ台を挟んでご隠居と対面した。そして挨拶もそこそこに、さっそく本題に入ることとする。
「街に入り込んだモンスターの討伐、ですか」
「しかり。近頃、モンスターが人々を襲う事件が多発しておってな。ハルベルト殿にはそのうちの1件を解決していただきたいのじゃ」
ふむ、このへんは【アヘ声】のシナリオと同じっぽいな。ゲーム的な言い方をすれば「ユニークモンスターのうち、どれか1匹を倒せばクリア」ということになる。ちなみに、ここで倒さなかったユニークモンスターも後からサブクエストで出てくるので、どれを選んでも問題ない。
「目撃情報があった妖怪、および目撃された地点は拙者がまとめておいた。確認なされよ」
透さんから簡略化された街の地図とモンスターの資料を受け取って確認してみる。モンスターに関しては【アヘ声】に出てきたものと同じだが、【アヘ声】よりも数が多いな。おそらく原作開始前だからまだそこまで討伐できてないんだろう。
「でも、これなら1日もあれば殲滅できそうですね。そこで相談なのですが、全部ブチ殺してきますんで代わりに追加で給金をいただけませんか?」
「うむうむ、ではそのように――なんて???」
「いえ、実はアイテムを集めるのが趣味の1つでして……ただ、買い物しようにもこの国の貨幣を持っていないんですよ」
「は〜い! 大将さん! 私も買い食いとかしたいです!」
「じゃあオレも。レシピ本とか売ってないかなぁ」
「……じゃあボクも。(べつに欲しい物はないけど、もらえるものはもらっとくよ)」
「テメェらちょっとは自重しろや」
「……う、うーむ……仕方ないのう……(まぁ目的が分からんよりマシかのう。なにより、本当に1日で殲滅が可能なのであれば戦力としては申し分なく、それどころか逆に『奴ら』に雇われでもしたら厄介じゃ)」
その後、俺たちは詳細を詰めて正式な雇用契約を結ぶと、意気揚々とモンスター討伐に乗り出したのだった。