32.「トンデモない国ニッポン」はRPGのお約束
《表》
途中でパーティメンバーを入れ替え、俺、ルカ、カルロス、チャーリー、モニカ、レムスでダンジョン下層を奥へと進んでいくと、それまで探索していた島の端に出た。ここが35階層に該当する場所の入口となる。
海を挟んだ向こう側には、今まで見てきたものの中で最も巨大な島が見えるが、しかし島の輪郭に沿ってをぐるりと囲むように建造された石垣によって中の様子はわからない。
「……なんだありゃ?」
そして、目の前には島へ入るための門へと続く巨大な橋があった。その橋は木造で、丹塗りによる朱色が青い海との見事なコントラストとなって映えている。
というか、ぶっちゃけ「和風の赤い橋」だった。……うん、まあ、やはり初見だと意味が分からないな。
「止まれぃ!!!」
「ピィ!?」
突然、ビリビリと空気を震わせるような声が響き渡り、モニカが可愛らしい悲鳴をあげる。声の出処は、いつの間にか橋の前に立っていた人影だった。
そいつは金剛力士像に似た偉丈夫であり、しかし金剛力士像とは決定的に違うところが1つある。
頭がカブトムシだ。
「ここをどこだと心得るッ! これより先は、武士の治める【雄々津国】ッ! 面妖な者どもよッ! 即刻立ち去れぃッ!!!」
「いやテメェの方が面妖だろ!?」
カブトムシ頭がそう吠え立てる。いちいち阿形像のポーズと吽形像のポーズを交互に取りながら話すのが実にシュールだ。あまりにもあんまりな奴が出てきたことで、思わずカルロスがツッコミを入れる。
「面妖……『頭』が『モンスター』なだけに?」
「うるせぇ! うまいこと言ったつもりかチャーリー!」
「筋肉モリモリな見た目に、虫の要素……もしかして、カルロスさんたちのご親族ですか!?」
「俺らの【羽】は装備品だろうが! こんなワケの分からん奴と一緒にすんな!」
「……どちらかというと、主の親族?(意味が分からない生き物って点ではそうだと思う)」
「ええい、貴様らなにをゴチャゴチャとッ! さっさと去ねぃッ!」
カルロスたちが漫才をしていたらカブトムシ頭に追い返されてしまった。全員が「意味分からん」と宇宙を背負った猫のような表情をしている。まあ気持ちは分かる。俺も通った道だからな。
ダンジョン35〜39階層は【雄々津国】なる謎の小国となっていて、それぞれの階層が東西南北中央に割り当てられている。
石垣の中には江戸時代のような街並みが広がっており、中には着物やら甲冑やらを着こなす人々が住んでいる……のだが。この住人たち、なぜか頭部だけが虫になっている異形の人種で、そんなのがいきなりドアップで登場したため多くの【アヘ声】プレイヤーたちの度肝を抜いた。
彼らは【武士 (ムシ)】を名乗っていること以外には最後まで一切の説明がなく、なんかそれが当然のように話が進むので、シュールさに拍車をかける。まあ、あれだ。RPGによく出てくる「トンデモ国家ニッポン」というやつだな。
とはいえ、そこは【アヘ声】クオリティ。ここで発生するサブイベントの結末も、主人公の行動次第では陰鬱なものになってしまう。こんなシュールギャグ全開の場所であってもそれは変わらない。
……つってもまあ、住人の見た目が見た目だし、言動もやたらとコミカルなので、いまいちシリアスになりきれないんだけども。プレイヤーからは【アヘ声】における数少ない癒やしとして清涼剤扱いだったし。
「なんだったんだ、いったい……?」
「襲ってこなかったし、言葉も通じるからモンスターではないと思うけど……」
「というか言葉が通じるんですね……」
まあゲーム内では言葉が通じることについて言及されないけど、よく考えると「ダンジョン内に独自の文化を持つ人種がいる」「それなのに外の人間と言語が同じ」とか闇が深いよな。プレイヤーの間でも「モンスターどもによってダンジョンへと拉致された人間の末裔」「異形なのはモンスターとの交雑が進んだ結果」って説が有力だったし。
「で、どうすんの大将。先に進むにはここを通るしかないんでしょ?」
「ここに来るまでのマップは全部埋めちゃいましたけど、他に道はなかったですもんね」
「……まさかとは思うが、押し通る気じゃないだろうな?」
「……なに? あいつも殺す?(ここも滅ぼすのか。まぁいつものことだね)」
「お前ら俺をなんだと思ってるんだ」
いくら見た目が異形だからって、さすがにモンスターみたいな害獣以外は問答無用で殺したりしないって。てか、俺だって人殺しなんかごめんだぞ。
その点、この世界は楽でいいよな! HPを0にしてしまえば殺さなくても無力化できるわけだし!
まあ力加減を間違えると勢いあまって重症を負わせてしまうだろうから、そもそも人間と戦うこと自体を避けるべきだけども。
「……主、誰か近づいてくる。数は3。敵意はない」
そんなことを考えていると、ルカが何者かの接近を感知した。おそらく「目当ての人物」だろうと思い、警戒は解かずに武器だけは下ろしておくように言う。
やがて、俺たちの前に奇妙な老人(?)が現れた。
「もし、そこの方々。そんなところでいかがなされた? なにか困りごとかな?」
そいつは一言でいうなら「枯れ木のような手足が生えた蛹」だった。杖をつく手はプルプル震えており、何度も腰(に該当する部分)をトントンと叩いている……が、その足取りはしっかりしており、只者ではない雰囲気を醸し出している。
「ご隠居様! 何度も申し上げますが、我々を置いて先に進むのは控えていただきたいでござる!」
「ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛! 御身の安全を確保するのが我らの役目ゆえ! なにとぞご理解いただきたく!」
「ほっほっほ。いつもすまんのう、透さん、隠さんや」
「ご隠居様」と呼ばれた老人(?)の両脇を固めるのは、「コノハムシ人間」と「セミ人間」だ。
コノハムシ人間の方は忍者のような真っ黒の装束を身にまとっており、なぜか全身が半透明で向こう側が透けて見えている。
セミ人間の方はふんどし一丁で仁王立ちしており、首に巻いた赤いマフラーが無風なのになぜかバサバサとはためいていた。
「なんだこの『個性の暴力団』は……」
カルロスが顔をしかめて眉間を揉んでいる。うむ、ナイスリアクション。わざわざ35〜39階層の攻略メンバーにカルロスを入れたかいがあったというものだぜ!
「これはご丁寧にどうも。私たちは旅の者でして、ダンジョンの奥を目指しているのですが……」
「門番に通せんぼを食らって立ち往生しておられた、と。なるほどのう」
「ご隠居様! もしや、この者どもを入国させようなどとお考えなのでは!?」
「ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛! いけませんぞ! このような怪しい者どもを招き入れようなどと!」
「(うるせぇ)」
「(うるさいです)」
「(うるさいなぁ)」
「(兄貴からセミはエビの味がするって聞いたけど本当かなぁ)」
セミ人間あらため、隠さんが喋る度にカルロスたちが微妙そうな顔をする。うん、まあ、気持は分かる。言っちゃ悪いが、この人うるさいよな。【アヘ声】でも、システムウィンドウに表示されるこの人の台詞は文字の大きさがデカかったし。
「ほっほっほ。よいではないか、よいではないか。これも世のため人のため……それに、今は味方が多いに越したことはないからのう」
そう言うやいなや、ご隠居はカブトムシ頭のもとへ歩み寄り、何やら会話を始めた。
「……あ、あなた様はッ!? ……い、いえ、しかしッ! ……ううむ、そういうことでしたら……承知いたしましたッ! しばしの間、この橋を誰も通らなかったことにいたしますッ!」
ご隠居が何を言っているのかはここからでは聞こえないが、カブトムシ頭の声はデカくて聞こえるので、話の流れは分かる。どうやら俺たちが橋を渡るのを黙認してくれるらしい。
「橋守には話をつけておきましたぞ」
「それはありがたいのですが……本当によろしいのですか?」
「なぁに、このくらいはお安い御用ですじゃ。その代わり、あなた方にお頼みしたいことがありましてな。ここで立ち話もなんじゃから、南区にあるワシの家を訪ねてくだされ」
そう言うと、ご隠居は2人を伴ってさっさと橋を渡って行ってしまった。
「……なんというか、マイペースな方たちでしたね」
「というか、オレたちが頼みを無視して先に進むとか思わなかったのかな」
まあ、あれも一種の駆け引きなんだよな。ご隠居は【アヘ声】だと好々爺でありながら老獪な人物だった。善意で人助けをしつつも裏ではちゃっかり利益を回収してたり、行き当たりばったりに見えて実はきちんとリスク管理してたりするからな。
「そのあたりのことは考えてるみたいだぞ。あのカブトムシ頭が黙認するのは『入国』だけだからな」
「入国したら最後、あの爺さんの『頼み』を聞くまで帰れなくなる、ってか? 出国をダシに脅されたら言うこと聞くしかないとか、完全に罠じゃねーか……」
「まあ最悪【脱出結晶】で逃げればいいんだが、俺たちの目的は『入国すること』じゃなくて『この国の向こう側にあるダンジョン40階層へ行くこと』だからな。どのみちご隠居の依頼を達成するしかないってわけだ」
ちなみに、ご隠居たちが俺たちを置いてさっさと橋を渡ってしまったのは、たぶん【アヘ声】の時と同じ理由……万が一に備えていつでも俺たちを指名手配できるよう根回しを行うためなんだろうな。自分で案内せず「南区にある自宅に来い」なんてフワッとした指示を出したのも、その時間稼ぎのためだろう。
あと、俺たちがご隠居の家を探す過程でどのような行動を取るのか、素行調査も兼ねているはずだ。ルカが持つ【狩人】の索敵スキルには引っかからないが、【アヘ声】において透さんは本気を出せばマジで凶悪なステルス能力を発揮していたので、この世界の彼もどこかから俺たちの監視をしていると考えた方がいい。
「……で、それを承知のうえで大将はこの橋を渡るつもりなのか?」
「もちろん!」
「……ハァ。まぁ、ここまで来たらそれしかないか」
全員が渋々といった様子で同意するのを確認すると、俺は意気揚々と橋を渡り始めるのだった。