29.【迷宮狂走曲】は狂人の集団
《表》
「さて、ここが下層か」
下層の攻略に必要なスキルを準備し終え、モニカたちのレベルも十分に上がったと判断した俺たちは、ようやくボス部屋を突破して31階層へと降り立った。
いちおう31階層へと続く扉に触れてショートカット自体は作成してあったんだが、今まで使ったことはなかった。わざと毎日30階層まで徒歩で移動することで、道中の敵を倒してモニカたちのレベリングをしてたからだ。
【門番】を倒しても熟練度は手に入るが経験値は貰えないため、クラスレベルを上げることはできても、本人のレベルアップはできないからな。
まあそういった諸々の準備はすでに終わった。今日からは待ちに待った下層の攻略を始めるとしようじゃないか!
「や~、ここが下層ですか。まさか1度は冒険者を辞めた私が、こんな短期間でここまで到達できるとは思ってもみませんでした。人生何が起きるか分かりませんね……本当に……」
いつも通りHPを3割まで減らしたモニカがしみじみと呟いている。なにやら一瞬遠い目をしていたような気もするが、まあいつも元気なモニカに限ってそんなことはないだろうと思い直し、俺は周囲の様子を窺った。
辺りの風景はまたしても一転し、目の前には大海原が広がっている。ただ、開けた場所であっても空が分厚い雲のようなものに覆われているため、今までの階層と同じく太陽が見えず薄暗い。
ダンジョン下層は3つのエリアに分かれており、31~40階層が「海岸エリア」、41~50階層が「海中エリア」、51~60階層が「海底洞窟エリア」となっている。
で、この海岸エリアはたくさんの小島や浮島からなり、基本的には浅瀬を渡ったり木を倒して橋の代わりにしながら進んでいくことになる。
現在、俺たちはこのエリアで最も小さな島に立っていて、背後には中層へと繋がる扉だけがポツンと存在している。扉を開ければ中には樹海が広がっているため、まるで「どこ○もドア」みたいだ。相変わらずダンジョンの仕組みはいまいちよく分からん。魔術的な何かが働いているのだろうか?
まあそれはともかく。この階層からは「DEFが高くて物理攻撃が効きにくい敵」とか、逆に「MDFが高くて魔術攻撃が効きにくい敵」など、様々なモンスターが入り乱れるようになる。
なので、パーティメンバーをこれまで以上に特定の分野に特化させ、それぞれが有利に戦える敵と戦うことで攻略を進めていくのが【アヘ声】での定石だった。
そのため、下層では魔術による攻撃に特化したモニカと、【即死】で数だけは多い雑魚を蹴散らせるレムス、あとは俺から離れたがらないルカを固定メンバーとし、
罠解除担当&デバフ特化のアーロン
一撃の火力に特化した物理アタッカーのカルロス
手数で勝負する物理アタッカーのフランクリン
バフ特化かつMP自動回復持ちのチャーリー
を適宜入れ換えながら攻略していくことになるだろう。
ルカに関しては例外的に「装備品とスキルを付け替えることで何でもできる」ようになっている。現在は「罠解除担当&HIT特化アタッカー」だな。
というのも、どうやらルカは一部のモンスターを「養分」にした際、特定のステータスをわずかながら上昇させることが可能らしく、今や器用万能になりつつあるからだ。
とはいえ、これは【アヘ声】にはなかった仕様だ。まだまだ検証が不十分なうえ、今のところステータスを上昇させられると判明しているモンスターが非常に少ないので、大幅な戦力増強には至っていない。だが使いこなすことができれば最強への道が大きく短縮できるかもしれないので、いずれは完全解明したいもんだ。
で、俺に関しては、出現モンスターに応じて装備を付け替えることで被害を減らしながら戦う。物理攻撃が得意な敵が出てきたらDEFが高い装備、魔術攻撃が得意な敵が出てきたらMDFが高い装備、といった具合だな。
本来なら下層は【湿布】にした壁役1人で進むのではなく、【バトライド】にした壁役2人で進むのが正しい。そうすれば、遭遇した敵に応じて片方を前衛に出し、もう片方を後衛に下げることにより、わざわざ装備を付け替えることなく簡単に被害を減らせるからな。
が、皆に「誰か1人、サブの壁役をやってくれないか」と頼んだところ、「大将と同じことやれって言われても無理」とか「大将の真似なんてできる気がしない」とか言われて断られてしまった。
うーん、ステップ踏みながら味方を庇うだけの簡単な仕事なんだけどなあ。まあ別に無理強いするつもりはないから構わないんだけどさ。
その代わりと言ってはなんだが、最近高性能な【拡張魔術鞄】を買った。こいつは念じるだけで装備の付け替えが一瞬でできるという優れものだ。これがまた特撮ヒーローみたいで楽しくてな。ポーズ決めながら鎧を身に纏うとすっげえテンション上がる。まあ人前でポーズ決めたりはしないけど、実は心の中では毎回「変身!」とか叫んでみたり……。
こういうのは【アヘ声】には存在してなかったんだが、【アヘ声】では戦闘中に装備品を付け替えることができるので、もしかすると原作主人公はこの【鞄】を標準装備してたのかもしれないな。
「……ふぅん。これが海?(ノームにとっては処刑場扱いだったけど、こうして見るとただの大きな水溜まりだね)」
「ひと昔前ならきっと『海だ~!』ってなってましたけど、今はいまいちテンション上がりませんね……自分の水着姿を想像すると、ちょっと……」
「オレは嬢ちゃんくらいの体型が健康的でいいと思うんだけどなぁ。そんなに気になるってんなら一緒に筋トレとかどうだい?」
「スプーンとフォークより重いものは持てないので遠慮しときますね」
「……兄に似て嘘つき。(この前、ずっしり重たいワンホールケーキを買ってきて狐男に怒られてたクセに)」
今日のパーティメンバーは俺、モニカ、レムス、ルカ、フランクリンだ。会話が成立するメンバーが2人だけ(※ルカは俺としか会話ができない)なんだが、それでも以前より賑やかになった気がする。フランクリンも口数が増えたし。
やはりモニカみたいな明るい子がパーティにいるとメンバー全員の雰囲気が明るくなるな。
「……っと、さっそくモンスターどものお出ましか」
初回なのでまずは軽く周囲を探索しようということで、すぐ近くの島へ移動した俺たちだったが、その行く手を複数の影が遮った。
「皆、それぞれの役割は分かってるな? よし、それじゃあ手筈通り行くぜ!」
「……分かってる。(準備万端、いつでもいけるよ)」
「オレの力を見せる時が来たようだな!」
「や~、私にお任せあれ! ですよ~!」
俺の号令と共に真っ先にレムスが飛び出して行き、【即死耐性】のない雑魚モンスターの首を問答無用ではね飛ばしてその数を減らした。まずはこれで敵の数に圧殺される危険性をなくす。
「おっと、やらせねえよ!」
レムスが戻ってきた直後に俺が前に出て、生き残った厄介なモンスターどもの攻撃を全て受け止め、時間を稼ぐ。
「…………」
「…………」
「…………」
その間に残りのメンバーは【超集中】を行う。
【集中】とは、強力なアクティブスキルを使うための準備みたいなものだ。他のゲームとかでも「次のターンの攻撃力を2倍にする」みたいなのがあるだろう? それと似たようなものだ。
そして【超集中】はその上位版みたいなもので、「ダメージを受けるまで【集中】状態を維持する」という効果がある。つまり、俺が全ての攻撃を引き受ける限り、1度でも【集中】を発動すれば以降はずっと強力なスキルを使い放題ということだ!
「…………!!!」
「――――ッ!」
「~~~!!!」
そして次の瞬間、カッ! っと目を見開いた3人が次々と大技を決めていく!
ルカは【スナイプ】でAVDが高いモンスターどもの脳天を次々と撃ち抜いていき、
フランクリンは【ラッシュ】で魔術が効きにくいモンスターどもに拳の嵐を浴びせて粉々にしていき、
モニカは【ブーストスペル】で物理が効きにくいモンスターどもに巨大な火の玉を投げつけて跡形もなく消し炭にしていった!
数分後には、もはやドロップ品と宝箱以外にモンスターどもがここにいたという痕跡は残っていなかった。
我々の完全勝利である。
「……え~……ナニコレ……。下層のモンスターたちが下級の魔術で蒸発したんですけど……。自分でやっといてなんですが、火力高すぎません???」
「オーバーキルすればドロップ品がよくなるんだぜ!」
「えっ!? そうだったんですか!?」
「そ、そう言われてみれば、いつもよりドロップ品がいいような……?」
「……ただの宗教でしょ。(まさか、そんなことのためにスキルを覚えさせたなんて言うつもり?)」
心なしかルカが俺を見る目が冷たい気がする。い、いや、これに関してはちゃんと他にも意味があるんだって。
【アヘ声】だと戦闘が終了すると【超集中】状態が解除されるので、戦闘ごとに毎回いちいち「【超集中】→次のターンでスキルを選択」といった手順を踏む必要があり、何度も戦闘を繰り返しているうちに操作が面倒くさくなってきてしまうので、雑魚戦ではいまいち使い勝手がよくなかった。
だが、この世界だと自分で解除するまでずっと【超集中】状態でいられるんだよ。その代わり長時間維持していると極度の疲労に陥ってしまうが、適度に休憩を挟むなどのケアを怠らない限りはずっと大技を使い放題だ。これを利用しない手はないだろ?
「……それはオーバーキルする理由の説明になってない」
「………………」
「……もういい。(どうせボクが何を言っても無駄なんでしょ)」
「い、いや! 体感的にはホントにドロップ率が上がってるんだって!」
なにやらやさぐれた会社員のような雰囲気を出している(ような気がする)ルカに対して弁明しつつ、俺は周囲のマップを埋める作業に移ったのだった。
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《裏》
当たり前の話であるが、この世界には【狂人】たちの他にも冒険者が存在している。それはつまり、同じ階層に複数の冒険者パーティがいるというのも決して珍しい状況ではないということである。
彼らの中には、経験値が美味しいモンスターが無限湧きするような場所を「縄張り」と称して独占する悪人冒険者たちがいたり、それを注意する善人の冒険者たちと揉め事が起きたり、他の冒険者たちと「縄張り争い」が起きたりと、そういう冒険者間の問題がこの世界にはそれなりの頻度で発生していたりする。
するのだが……【狂人】たちがそういった場面に出くわしたことはほとんどない。なんなら他の冒険者の姿を見ることすら稀だ。【狂人】はダンジョン攻略に夢中なのでそういうことには無頓着だが、アーロン以外の人間はダンジョンに潜る度に不思議そうにしていたりする。
「ひ、ひぃぃぃ……!」
「バ、バカ野郎……! 声を出すんじゃねーよ……! 気づかれたらどうする……!」
理由は簡単。他の冒険者たちは【狂人】の高笑いが聞こえてきた瞬間に物陰に隠れてやり過ごすからである。
なお、これは稀にダンジョンを徘徊している凶悪なモンスターの対処法と同じである模様。
「ハハハハハ! その程度の攻撃で、この完璧な装備品の組み合わせを突破できると思うなよ!!!」
「…………」
「…………」
「…………」
“…………”
「なんだあいつら……目がイッてやがる……!」
「やべぇよ……! ぶっちぎりでイカれてやがる……!」
そりゃあそうだろう。どれだけ攻撃を食らっても高笑いするばかりでビクともしない奴を先頭に、後ろから目にハイライトがない奴ら(※【超集中】状態)と、見たこともない奇妙なゴーレムが無言で虐殺を繰り広げているとかいう、そんな見るからにヤバい集団には誰だって関わりたくないのだ。
そんなのが近づいてきたら、誰だって「縄張り」なぞ放り出して逃げるに決まっている。彼らが通りすぎた痕はペンペン草1つ残らないと言われているので、できることなら「縄張り」を守りたいとは思うものの、いくら【善行値】が低い悪人といえど、ペンペン草と間違えられて狩られてしまいたくはないのである。自分たちのマナーの悪さを自覚しているだけに尚更だ。
「あ、あれが【迷宮狂走曲】だってのか……!」
「噂に違わぬイカレっぷりだぜ……!」
そういう訳なので、【狂人】どもが凶悪なモンスター扱いされるのも残当なのである。
最近では、「【狂人】一味」全体を指して【迷宮狂走曲】なる謎の異名が広まりつつある始末。アーロン以外はそんな呼ばれ方をしているなどと露知らず日々を過ごしているが……そのことを知れば、特にカルロスあたりは胃に穴が空きかねないので、きっと知らない方が幸せなのだろう。
そんな感じで、「【狂人】一味」はトラブルとは無縁な冒険者生活を送っている。美味しそうに朝飯を食べるアーロン以外、彼らはいつも通りに笑顔の絶えない冒険を繰り広げていたのだった……。