28.「推しの間に挟まる」は異物の混入
《表》
いったん店に帰ってチャーリーに「外食するから夕飯はいらない」と伝えた後、俺はルカと共にとある酒場に来ていた。
この酒場は大衆食堂も兼ねており、ギルドの近くにあるため多くの冒険者が行きつけの店としている。かく言う俺も宿屋暮らしをしていた時はよくお世話になっていたもんだ。
最近はチャーリーの飯が美味いから利用しなくなったが、食にうるさい日本人だった俺でもそこそこ満足できるくらいには、ここの店主はいい仕事をしていると思う。
「なんだよーセンパイ! 【マカ麺】なんか頼んじゃって、そんなんじゃ腹は膨れませんよ?」
ここの店主はいい仕事をしていると思う(現実逃避)。
……うん、まあ、なぜか分からんが、憲兵に自首しようと思っていたら、気づけば推しと一緒に飯を食うことになっていたんだよな。さっぱり状況が分からん。
彼らにストーカーしてしまったことについて謝罪しようと思っても、
「君たちに謝らなければならないことがある」
「謝らないでください。きっと(姉さんが亡くなったのは)どうしようもなかったんだと思います」
などといったやり取りを経て、あっさり許されてしまう始末。ちょっと性格がよすぎないかこの子たち??? さすがは俺の推しなんだよなあ。
「ほらセンパイ! 遠慮なんかいりませんって! あ、俺【白煮】大盛りで!」
「お前が遠慮しなさすぎるだけだ、馬鹿者」
「う、うるさいなぁ……。ホラ、アレだよアレ! 俺たちがガッツリしたもの頼めば、センパイだって遠慮しなくて済むだろ?」
「なに取って付けたようなこと言ってるのよ。どうせアンタが食べたいだけなんでしょ?」
「へへっ、バレたか」
オアッ(尊死)。
なんだこの仲良し3人組。お互いに扱いがぞんざいだったり、わりと口が悪かったりするのに、険悪な雰囲気が一切ない。むしろ遠慮なんかしなくていいほど仲が良いんだろうという感じがひしひしと伝わってくる。まさしく「気の置けない友人」のお手本みたいな関係だ。
えっ、いや、彼らの間に俺が挟まるのはダメだろ。こんな完成された関係に異物混入とか、彼らのファンとして許されざる大罪では???
「……そういうのいいから。(早くしてよね、主が注文してくれないとボクが食べられないじゃないか)」
はっ、いかんいかん。また3人から変な奴だと思われてしまうところだった。俺の不審者ムーブを快く許してくれた(※気づいてないだけである)どころか、律儀に助けたことに対してお礼までしてくれるような、そんないい子たちの前でこれ以上の無様を晒す訳にはいかない。
今はルカのやさぐれたような態度が非常にありがたく感じる。彼らには聞こえないモンスターの言語で、トリップしかけてもこっそりと現実に引き戻してくれる。俺だけだったらまともに彼らと会話できる気がしないぞ。
「えっと……じゃあ、俺も君と同じものにしてもいい……ですか?」
「だから敬語はいらないって言ってるじゃないですか。私たちの方が後輩なんですから。名前だって呼び捨てでいいんですよ?」
「……そうか……今は俺が先輩、なのか……」
なんだろうなあ……不思議な気分だ。まさか【先輩】から「先輩」と呼ばれる日がくるなんて、夢にも思ってなかった。でもまあ、こういうのも悪くないかもな。推しのいろんな姿を見られるなんて、ファン冥利に尽きるというものだ。
「(やはりこの御仁にも思うところがあるのだろう。かつて『先輩と呼ぶ立場』だったのが、今は『先輩と呼ばれる立場』になったのだから)」
「(しかも『センパイ』って呼んでた人の妹から『センパイ』って呼ばれてるんだもんな。なおさら感慨深いもんがあるんだろうなぁ)」
「(私だって奇縁だと思うもの。センパイも不思議な気持ちでしょうね)」
よし。そういうことなら、これからはファンとしてだけじゃなく、冒険者の先輩として彼らに接するとしよう。【先輩】も【アヘ声】で「先輩は後輩を助けるものだ」って言ってたしな!
「そういうことなら、ここの支払いは俺に任せろ! じゃんじゃん頼んでいいぞ!」
「うぇっ!? いやいや、どういうことですか!? 俺たちが出しますって!」
「なに言ってんだ! 先輩なのに後輩に飯を奢らせる奴があるかよ!」
「いや、だからお礼なんですってば!」
「礼なんていいんだよ、どんどん俺に頼ってくれ! 『その方が先輩冥利に尽きる』ってもんだ!」
「(……やはりこうなったか……)」
「(姉さんも生前は似たようなこと言ってなかなかお礼をさせてくれなかったし……)」
「(もう、1度言い出したら聞かないんだから……。そんなところまで姉さんに似なくてもいいのに……)」
てか、金には困ってないんだよな。いや、ある意味で困ってるというか……ぶっちゃけ使い道がなくて貯まる一方なんだが、個人に富が集中するのは大変よろしくない。
【ミニアスケイジ】の経済に悪影響が出るかもしれないし、周囲から余計な顰蹙を買う可能性だってあるし、なにより治安が悪いから悪人どもから目を付けられかねないからな。うーん、【アヘ声】だと常に金欠だったんだがなあ……。
というのも、ダンジョンRPGには「お金を経験値に変える施設」というのが存在するパターンが結構あって、それは【アヘ声】も同様だった。役所で【出資する】を選んで【ミニアスケイジ】に金を落とせば、その分だけ経験値がもらえてレベルが上がるようになってたんだよな。
だから【アヘ声】では消費アイテムの購入といった必要経費を除き、出費を極限まで減らすのが定石だった。俺も【アヘ声】をプレイしていた時は、宿屋は利用せず無料で利用可能な馬小屋で寝泊まりしたり、武器の強化とかも自分でやったりしたもんだ。
そうして確保した金は全て【出資】に回して、経験値に変えてパーティを強化する訳なんだが……当然ながら、この世界では金を使っただけで強くなれるなどという都合のいい現象が起きるはずもなく。
そのくせモンスターから手に入る戦利品は【アヘ声】と同じなので、換金アイテムとか素材とかを売り払っているうちに金は貯まる一方だった。
かといって豪遊する気にもならない。【ミニアスケイジ】の娯楽はエロ方面に偏り過ぎなんだよ。「どこぞのレビュアーズの世界かよ」ってくらい娼館の種類が豊富だし、本屋には官能小説が堂々と陳列されてるし、劇場も半ばストリップショー(※男女平等なので男も脱ぐ)じみている。
エロゲ世界ゆえか、それともこの都市が特殊なのかは分からないが、エロ方面以外の娯楽に乏しいんだよな。ここまで偏ってるとうんざりしてきて逆に興味が失せる。そんなものよりダンジョンに潜ってた方が楽しい。
なので金をギルドの貸し金庫に適当に放り込んでいたら、いつの間にか俺はちょっとした金持ちになっていた。だからアーロンに【H&S商会】の資金として運用を任せてみたら、これがまた当たりを引いてかなりの利益を叩き出してしまった。
そのせいで、パーティメンバー全員で山分けしようとしても、引きつった顔で「給料だけで十分だから残りはパーティ全体の共有財産として管理してくれ」と断られる始末だ。ルカに至っては興味すら示さない。
老後の備えとして貯金しとけばいいのに、と思ったのだが……世界が滅亡の危機を迎えているからか、それとも冒険者といういつ死ぬか分からない職業柄か、そういう考えは一般的じゃないらしい。
そういう訳なので、引き続きアーロンに共有財産の管理を任せてはいるんだが、それでも俺の懐には結構な額のポケットマネーが残っている。
現代日本にいた頃は大金ゲットして遊んで暮らしたい、なんて思ったこともあったけど、使い道がないこの世界の札束なんて俺にとっては紙切れ同然だ。
かといって悪人どもに渡す気はないので、本当にどうしよう……と思っていたところに現れたのが、推しである。これも何かの縁だ。今後は彼らの成長を阻害しない程度に貢ぎまくるとしよう。その方が何倍も有意義だと俺は思う。
「それにな、こういうのは順番なんだよ。俺に恩義を感じてくれたなら、俺に何かを返すのではなく……いつか君たちが先輩になった時に、君たちの後輩によくしてやってくれ」
とはいえ、そんな俺の懐事情を口外するつもりはない。俺に他意はないとはいえ、事情を知らない他人からしてみれば「お前より金持ってるからお前に奢ってもらう気はない」ってことだからな。どんだけ嫌な奴なんだよって話だ。
「そうやって『人間の意志は受け継がれていくもの』なんだからな。まあ、これは俺が【先輩】と仰いでいた人の受け売りなんだけどさ」
なので、ここは1つ【先輩】の教えを説きつつ、目の前で実践してみせることにした。そうすれば彼らは何も言えなくなるだろう。普段からアリシアに口酸っぱく言われてることだろうからな。
「……ああ、もう、分かりましたよ……。(姉さんの教えを言われちまったら、俺にはどうしようもないぜ……)」
「……そうだな。(確定的、か。やはり、この御仁は……)」
「……分かりました。ここはご馳走になります。(でも、いつか絶対、ぜ~~~ったいに恩返しさせてもらうんだから!)」
よしよし。狙い通りだ。俺は追加で飲み物やら小皿やらを注文すると、ワイワイと騒ぎ始めた彼らの姿を合法的に眺めたのだった。
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《裏》
「……おやすみ、主」
「ああ、お休み」
その夜、ルカがいつものように主のベッドに潜り込むと、男は苦笑いでそれを受け入れた。
レオンたちといる間は主に鬱陶しがられないよう空気に徹していたルカであったが、そのような状況になってしまったことに対して存外に腹を立てておらず、むしろ機嫌がいいくらいだった。
というのも、男が推しに囲まれてなお、定期的にルカに構ったり世話を焼いたりしていたからだ。
この男、ある種の「職業病」とでも言うべきか、庇いやすい位置取りをするために定期的に仲間の立ち位置を確認する癖がついているのだ。そのため無意識のうちに仲間の方へと視線がいくので、結果的に仲間がいつもと違う様子だったりすると真っ先に気づけるのである。
そして気づくことさえできれば、リーダーの責務として仲間のためにあれこれ配慮しようとするのがハルベルトという男である。そのため、ルカにしてみれば今回の件で「主はどんな時でもボクのことを見ていてくれる」と確信できたので、むしろご満悦なのであった。
また、端から見れば男が「同じ髪色をした少女の世話を甲斐甲斐しく焼いている」ように見えたため、世間話の一環としてごく自然にレオンから
「仲がいいんですね。妹さんですか?」
という問いかけがあり、それに対して男が
「(何とも形容しがたい複雑な関係だけど、強いて言うなら1番近いのは)家族かな」
と答えたことも、ルカの機嫌をさらによくした。ルカは「家族」という概念を理解はしていないが、それが何であるかは知識として知っている。
ノーム畑の記憶には、「夫婦や親子といった関係性を持つ冒険者が、自らを犠牲にして相手を助けた」といった事例がいくつもあったのだ。自分が主からそういう風に思われていると知ったことで、ルカはかつてないほど上機嫌になったのである。
「……ふふ」
男が眠りに落ちたのを確認すると、ルカはモソモソとベッドの中を移動し、まるで抱き枕のようにすっぽりと男の胸の中に納まって満足気に目を閉じた。
別にこれは男に甘えている訳でもなければ、イチャついている訳でもない。これがノーム本来の休眠方法に最も近いからそうしているだけである。
ノームとは土の中に潜って休眠する生き物だ。休眠の質は土に左右され、「養分」がたっぷり含まれている土であるほど肉体的にも精神的にも回復するのだが……最も回復するのはノーム畑で休眠した時だ。そしてノーム畑の養分とは人間のことを指す。つまりはそういうことである。
とはいえ、ルカは男から「養分」を吸うつもりはない。吸ったが最期、首と胴が泣き別れることになるだろうとルカは確信している。
そもそも「養分」が必要になるのは肉体的な損傷を修復する時だけであり、それも最近は魔術による回復や食事によって代用しているのだから、吸う必要もない。
が、それでも精神疲労だけはどうしようもなかったのだ。ノームにとっては「養分」たっぷりの土こそが最高級の寝具であり、人間のようにベッドで眠ったところで固い地面に寝転がっているようなものだ。寝ても逆にストレスが溜まる一方である。
しかし、人間の姿になったことで、ルカは今までのように鉢植えの中で休眠することが不可能になった。室外で土の中に潜ることも考えたが、そうするともし主がどこかへ行ってしまった時に気づくことができない。
かといって室内に巨大な鉢植えを設置すると主に迷惑がかかる。水をやろうものなら床が泥だらけになったり、部屋が湿気てカビだらけになったり、虫が発生したりする可能性があるのだ。鉢植え以上の大きさとなると、想像以上に管理の手間が掛かるのである。
主がどこかに行ってしまわないかという不安で眠れなかったというのもあるにはあるが、実のところルカが眠れない本当の原因はこれであった。
人間の姿になったことで思わぬ弊害が出たルカは、最初は何とか我慢していたものの、そのうち精神疲労が限界に近づいてきたため、断腸の思いでノームの姿に戻ることすら考えたほどだった。
普段のルカであれば他にもっといい方法が浮かんだかもしれないが、精神疲労で思うように頭が働かなかったのだ。
「……うーん……抱き枕……?」
それを一気に解決したのが、男の添い寝であった。男が寝ぼけてルカを抱き締めた瞬間、ルカは安心しきった様子で寝息を立て始めた。今やルカは、ノーム畑で休眠していた時のような――いや、それ以上の安らぎを得たのだ。
なにせ、今やルカにとってノーム畑は絶対的な存在ではない。男とルカの手によって呆気なく滅びてしまうような、そんな情けない餌に過ぎないのである。
それに比べて、【狂人】のなんたる安心感か。ルカはこの男のHPが0になる光景が全く想像できない。それどころか、HPが0になっても世界の法則を無視して元気に高笑いしている姿がありありと目に浮かぶくらいだ。
“私を怒らせたわね! 覚悟なさい! 私が持つ最大の攻撃で骨まで溶かしてあげるわ!”
「ぬうん! 【食いしばり】ィ!!!」
“イヤアアアアアア!? ば、化物ォォォォォ!?”
事実、中層の【門番】から即死級の攻撃を食らっても小揺るぎもしなかったような「ぶっちぎりでイカれた奴」である。
この世界の生物は相手のHPを大まかに把握できるので(※より正確に知るためには専用のスキルが必要)、【狂人】のHPが減っていることは分かるのだが、本人がピンピンしているせいで逆に攻撃してる側の方が「実は攻撃が効いてないのでは?」と焦り始める始末だ。
実際は内心「痛ってえええええ!?」と悶えており、戦闘中はアドレナリンがドバドバ出ているお陰で表に出ていないだけである。……他の冒険者であれば泣いて許しを請ったり悶絶したりするような、そんな自慢の攻撃を「痛い」で済まされた【背約の狩人】にとっては、どのみち悪夢でしかなかったのだが。
「……一緒……いつまでも……」
とにかく、「自身が思い描く、最も安心できる場所」を手に入れたルカは、精神が安定すると同時に、どんどん独りで生きていく術を失くしていくのだった……。