27.「命懸けの死闘」はただの勘違い
《表》
「うーむ……」
「やー、どうしたんだ大将? 何か悩みでもあるのか? スキル構成についてとか、【門番】の倒し方とかの相談じゃなけりゃ、話くらいは聞くぜ?」
ある日、俺が休暇中に暇を持て余していた時のことだ。店の居住スペースにある談話室で考え事をしていると、店番をやっていたアーロンが昼休憩にやってきた。
「いや、大したことじゃないんだが……なんというか、想定よりもパーティ全体のレベリングが遅れてるな、と」
「(えっ……思ったよりまともな相談だな……)」
実を言うと、予定では今頃ダンジョン下層の攻略を開始していたはずなんだが……モニカとカルロスたち3人、レムスのレベルが思ったより上がっていないんだよな。
【アヘ声】における下層攻略の推奨レベルに達してはいるんだが、全滅してもボタン1つでコンティニューできるゲームと違い、この世界は現実だ。パーティ全員の安全を考えると、もう少し全員のレベルを上げておきたい。
「もともと毎日ダンジョンに潜ってレベリングするつもりで予定を組んでたからなあ」
「そりゃー仕方ないぜ。ルカ嬢は大将と一緒じゃないと休もうとしないんだろ?(てか、そもそもレベルってそんなポンポン上がるもんじゃねーんだがな……モンスターをワンパンってのはやっぱ色々とおかしいんだよなぁ)」
そうなんだよなあ……。ルカの奴、同じ建物内であれば別行動でも問題なくなったから、徐々に精神状態が改善してるのかと思ったんだが。
俺が外に出ようとした瞬間カッ飛んできて俺の背中にタックルかましてコアラみてえになるわ、別々のベッドで寝ると不眠不休で俺のこと見張り始めるから添い寝が必要になるわで、改善してんだか悪化してんだか分からねえんだよな……。
「やー、でもいい機会じゃないか。俺は以前から大将にも休暇が必要だと思ってたんだ。こう見えて(色々と)心配してたんだぜ?」
ううむ、どうやら俺はアーロンに心配させてしまっていたようだ。俺にとって冒険者生活は毎日趣味に没頭してるようなもんだが、現地人から見れば年中無休で働く社畜のように見えてるんだろう。そりゃあ「休め」と言われても仕方がない。
あと、パーティリーダーである俺が休まなければ、パーティメンバーも気兼ねなく休めないだろうってのもある。そういう意味でも俺は休暇を取るべきなのかもしれない。
「分かったよ。今後もこのペースでレベリングやダンジョン攻略をしていこう」
「それでいいと思うぜ。(大将のことを心配しているというのも嘘じゃないんだが、このままだといずれ『ダンジョンに拠点を作ってそこに移り住むぞ!』とか言い出したりするんじゃないかと不安なんだよな……)」
……うん、まあ、この世界の基準で言えば今のペースでも十分すぎるほど攻略速度は早いんだよな。原作開始まで残り2年を切ったとはいえ、焦る必要なんてどこにもない。
それでも攻略速度を上げようとしていたのは……自覚はなかったが、忙しさによって余計なことを考えないようにするためだったのかもしれない。
のんびりしていると、ふと思い出してしまうことがあるんだ。帰還することが絶望的な故郷。そこに残してきてしまったもの。そして……この世界の恐ろしさ。
1度でも立ち止まってしまったら、俺はもう2度と立ち上がれなくなってしまうんじゃないか。心の底では、そんな恐れを抱えているのが原因だったのかもしれない。
つっても、俺がダンジョン攻略をエンジョイしてるってのも嘘じゃないんだけどな! 強くなるのは楽しいし、レアアイテムをゲットした時なんかもう最高にハイテンションってやつだぜヒャッホウ!
「あ、やっべ。なんかレベリングしたくなってきた」
「言ってるそばからこれだから困るんだよなぁ……」
だって俺の現在レベルが39なんだよ! あともうちょっとでレベル40になるんだよ! なんとなく座りが悪くてキリがいいところまで上げたくなるじゃないか!
「やー、だからレベルってそんな簡単に上がるもんじゃねーからな???(てか、まだ下層に到達してない大将が俺より若干レベル高いってのがそもそもおかしーんだよ……俺、結構長いこと下層で活動してたはずなんだが……)」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから! レベル40になったらすぐ帰ってくるから! なんならフェアリーの花園跡地以外には行かないから!」
「そりゃ、あそこは罠ごと全部なくなっちまったから比較的安全にレベリングできるっちゃできるが、そういう問題じゃないんだぜ? ルカ嬢の休暇はどうすんだよ」
「……やっぱりダンジョン? いつ行くの? ボクも同行する。(ちょうど体を動かしたいと思ってたんだ。さすがに2連休は長すぎるよ)」
「うおっ!? ルカ嬢!?」
そんなことを言っていると、ルカが背後から音もなく現れたため、アーロンが顔をひきつらせた。ルカの見た目がノームだった頃から苦手意識があった(※たぶんトラウマによるもの)みたいだが、あの頃の面影が皆無となった今でもそれは変わらないらしい。
「ほら、ルカも行きたいって!」
「大丈夫か大将??? 手のひら返しすぎて手首が捻じ切れたりしてないか???」
「大丈夫大丈夫! 軽く運動する程度に留めるからさ! 休暇中といえど、適度な運動はむしろ体にいいんだぜ!」
さすがにいつもみたいに1日中ダンジョンに潜ったりはしない。本当に、軽く(※数時間ほど)ダンジョンでレベル上げするだけだから!
「やー、そんなランニングに行くみてーなノリでダンジョンに突撃かますのは大将くらいのもんだぜ……。(てか、ホントにルカ嬢の考えが読めてるんだろーな……? 俺にはいつも通りの無表情&無言にしか見えねーんだが)」
結局、ルカの無言の圧力に屈したアーロンと「絶対にすぐ帰ってくること」を約束しつつ、俺はダンジョンへと向かったのだった。
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《裏》
「――今だ! アリシア! カイン!」
「合わせろ、アリシア!」
「ええ、任せて!」
【騎士】の少年、【魔術士】の少年、【狩人】の少女改め、レオン、カイン、アリシアの3人は今日もダンジョン中層にてレベリングを行っていた。
彼らの間に余計な言葉は不要であり、言葉数は少なくとも意思の疎通に問題はない。幼い頃から共に暮らしてきたがゆえの抜群のチームワークをもってして、モンスターどもをなぎ倒していく。
「やったな! この調子でいこうぜ!」
「あまり調子に乗りすぎるんじゃないぞ、リーダー。こういう時こそ気を引き締めろ」
「そういうカインこそ、嬉しそうにしてるじゃない」
「……ふん。攻略が順調であること自体は歓迎すべきことだからな」
彼らはこの団結力と……そして、最近とある冒険者を参考にした戦術を採用することによって、3人という少人数パーティでありながらも中層まで到達することができたのである。
その戦術とは、レオンが敵からの攻撃を全て引き受け、カインが魔術による攻撃と補助、アリシアが罠の解除と武器による攻撃を担う、といった「スペシャリストによる完全なる役割分担」だ。
この「完全なる役割分担」という概念は、彼らにとって目から鱗であった。自分の身は自分で守るというのがこの世界の常識だからだ。冒険者パーティとは極論「ダンジョン下層であれば単独でもやっていけるような冒険者が徒党を組んでいるだけ」であり、オンラインゲームで例えるなら「ソロプレイヤーの集団」なのである。
「(……しかし、皮肉なものだな。【正道】を貫き通す【英雄】殿よりも、我が道を征く【外道】たるかの御仁の方が、より他人を信じる戦い方をしているとは)」
それはそうだろう。HPが0になれば尊厳を破壊し尽くされるダンジョンにおいて、自分の身を守る手段を手放し、あまつさえそれら全てを他人に委ねるなど、正気の沙汰ではない。
もちろん、役割分担という考え方自体はこの世界にも存在しているが、それでも防御を捨ててまで自分の役割に専念しようなどと考える冒険者は存在しないのである。
まあ冒険者の中にはパーティメンバー同士で恋仲になり、「恋人が助かるのであればなんだってする」と考える者もいるにはいるが、そういう冒険者であっても「恋人の命>自分の命>他人の命」である場合が大半である。
自分の身を犠牲にするよりもまずは「他のパーティメンバーを犠牲にしてでも恋人を助ける」などと考えるのが普通であり、パーティメンバー全員に対して自己犠牲の精神を発揮する冒険者は稀……というより、そういう冒険者はダンジョン上層でさっさと死んでいくのがこの世界の常であった。
「へへっ、これならカインが2度と『僕を囮にして逃げろ』なーんて言わなくて済むな!」
「まったく、あの時はホントに肝が冷えたんだからね?」
「ちっ、終わったことをグチグチと……。というか、お前たちも人のことを言えた義理か」
彼らがこの戦術を採用できたのも、3人が3人とも「もし絶体絶命の危機に陥ってしまった場合、他の2人が助かるなら自分はどうなっても構わない」と一切の躊躇なく言ってのけるほどの人間関係を冒険者になる前から構築していたからに他ならない。
逆に言えば、それができたからこそ、彼らと同期の冒険者たちとは比べものにならないほどの力を得たとも言える。他のパーティだとこんなにも上手くはいかないだろう。
「………………ほう」
だが、いくら中層でも十分通用する力を持っていたとしても、彼らはまだまだ経験が浅い。ゆえに、彼らは自分たちのことを見つめる人影に気づけなかった。迫り来る災厄を察知することができなかったのである。
「なんて……なんて素晴らしい……!!!」
「……主、気持ち悪い。(ボク知ってるよ。こういうのを『不審者』って言うんでしょ?)」
彼 ら は ス ト ー カ ー 被 害 に 遭 っ て い た 。
【狂人】と偶然レベリングの場所が被ってしまったのが運の尽きである。何の覚悟もしていない時に「昔からの推し」と「新しい推し」を見てしまった「ぶっちぎりでイカれた奴」は、それはもう気持ち悪い不審者ムーブをかましていた。
「急に話かけたらまた怖がらせてしまうかもしれない」という気持ちと、「でも推しの活躍を近くで見たい」という気持ちがせめぎ合った結果である。
普段の【狂人】であれば前者を優先して黙って立ち去っているところであるが……この男、推しからしか摂取できない栄養を突然過剰に供給されたがゆえに、思考回路がショートしていた。
「特化型スキル構成……戦闘中の役割分担……! 原作知識もないのに、彼らだけで考えたってのか……! 素晴らしい……素晴らしいぞ!!!」
その結果が「感動のあまり小刻みに震えながら満面の笑みで称賛の言葉を垂れ流す」という不審者ムーブであった。テレビのモニターやパソコンのディスプレイの前でやるなら問題ないが、実在の人物の目の前でやるのは普通に通報ものである。
「……いい加減にして。(ほら、さっさとレベル上げに戻るよ。ボクらにとってはそっちの方が重要なんだから)」
「うぐ……わ、分かってるよ……」
ルカに服の裾をぐいぐい引っ張られてようやく我に返った【狂人】であったが……ふと、男の視界の端を何かが過った。
『クソが……! 許さねぇぞ豚どもが……!』
それは、【キラービー】の巣から逃げ出してきた、生き残りのフェアリーだった。ただ、生きているとは言っても見るも無惨な姿であり、ほとんど魔術と執念で無理やり動いているような状態だ。
『このまま終われるか……! 豚どもにとびきりの「礼」をしてやらなきゃ気が済まねぇ……!』
すでに死に体の羽虫を突き動かしていたのは、人間への怨念であった。せめて一矢報いてからでないと死にきれないという、言ってみれば死に場所を求めているようなものである。
羽虫どもが今まで人間にしてきた所業を考えると逆恨みもいいところであるし、しかも人間全体を恨むのは八つ当たりでしかないのだが、人間を「家畜」としか見ていないフェアリーにとってはこれが当たり前の思考なのだ。
『へっ……ちょうど油断しくさった豚どもが3匹……!』
そして、この羽虫が目をつけたのがレオンたちであった。死にかけであるがゆえに気配が微弱だったせいか、索敵を担うアリシアがこの羽虫のことを全く感知できていない。
とはいえ、この羽虫に大それた力などない。【フェアリークイーン】であればともかく、しょせんは【アヘ声】で雑魚敵として登場していたようなモンスターである。
【マジックゴーレム】はおろか、羽虫どもが運営していた魔術研究所すらも徹底的に破壊し尽くされている今、こいつにできることといえば、せいぜい不意討ちでちょっとした手傷を負わせることくらいだろう。それが終われば勝手にくたばる程度の力しか残っていないのだ。
「この死に損ないがあああああああ!!! また俺から奪うつもりかああああああ!!!」
「えっ、なに!?」
「この声……まさか?」
「あっちの方からだ!」
……が、そんなことは【狂人】には関係なかった。男にとって、「フェアリーが」「【先輩】に襲いかかる」などというのは許されざる大罪である。
【アヘ声】をプレイしていた頃のトラウマがフラッシュバックしたことで瞬時に頭を沸騰させた男は、雄叫びをあげながらフェアリーに突貫。【死中活】を始めとするありったけの強化を自身にかけると、アホみたいな威力に跳ね上がった【シールドアサルト】をフェアリーの背中に叩き込んだ。
『ミ゛ッ゛』
背後からの攻撃はクリティカルである。哀れ、羽虫は何も成すことができず無価値なまま粉々になってしまった。
「無事か……ッ!?」
「えっ!? は、はい! なんともないです!」
「そうか、よかった……本当に……」
そして、駆けつけてきた3人の無事を確認すると、男は心の底から安堵したようにため息をつき――ようやく自分のしでかしたことを自覚して顔面蒼白になった。
「(や、やっちまったああああああ!?)」
男からしてみれば、自身の行動は「ストーカーがいきなり訳の分からないことを叫びながら目の前でスプラッタな死体を生産した」である。「やっちまった」どころの話ではない。
そんなもの、通報されて憲兵に突き出されても文句は言えない完璧な不審者ムーブである。アリシアたちにバッチリ顔を見られているので、シラを切ることも不可能だろう。完全に詰みである。
そんな感じで頭の中が真っ白になっている【狂人】であるが……アリシアたちから見れば、また違った風に見えていた。
「(この人……こんなにHPを減らしてまで俺たちのことを助けてくれたのか……?)」
「(この御仁、『また俺から奪うつもりか』と言っていたな……)」
「(この人、やっぱり……)」
アリシアたちは【狂人】からストーカー被害を受けていたことなど全く気づいていないし、羽虫の存在にも気づいていなかった。男が【死中活】を発動させるために自傷したことなど知らないし、羽虫が最初から死にかけだったことも知らない。
彼女らが見たのは、「HPをすり減らしたモンスターに、同じくHPをすり減らした男がトドメを刺した」という光景のみである。なので、彼女たちにはまるで男が死闘の末にモンスターを討ち果たしたようにしか見えなかった。
また、彼女たちにとってこの男は「死んだ姉(および実の姉のように慕っていた女性)の教えを受けていたかもしれない人」である。
そんな男が「また俺から奪うつもりか!」などと叫びながらモンスターと死闘を繰り広げ、自分の治療そっちのけで真っ先に3人の無事を確認して安堵のため息をついたのだ。
つまり、3人から見た男の行動は、「先輩を目の前でモンスターに殺されており、先輩の大切な人であったアリシアたちまでもがモンスターに殺されそうになっている場面に居合わせたため、命を懸けてそれを阻止した」といった風に見えてしまっていたという訳だ。
全 方 位 勘 違 い で あ る 。
「………………」
「あっ、ちょっと……!?」
男は3人に背を向けると、【脱出結晶】を取り出した。ギルドに帰還して潔く自首するつもりである。
男は前世の記憶から「ストーカー被害に遭った」と通報するのは勇気が必要な行為だと思っているので、「こんなことで3人の手をわずらわせる訳にはいかない」と明後日の方向に気を回したがゆえの行動であった。
これに慌てたのは3人の方だ。この男は大半の時間をダンジョン内で過ごしているため、会おうと思っても会えない人物である。……会いたくない時に限って遭遇する人物でもあるが。
無言で去ろうとしているあたり、この男はお礼を受けとるつもりはないのだろう。ここで逃がしてしまえば、きっと一生お礼を言わせてもらえないのではないか。そう考えたアリシアは、とっさにいつもの口調で男を呼び止めた。
「待ちなさい! 話はまだ終わってないわよ! あなたには伝えたいことがたくさんあるんだから!」
「…………ッ!? (そ、それは【先輩】の説教に対して主人公が『選択肢:逃げる』を選んだ時に聞ける台詞!? 2周目で改めて聞くと『私が生きてる間に色んなことを教えておきたい』という【先輩】の真意に気づけるという名台詞じゃないか! まさか生で聞ける日が来るなんて!?)」
「えっ……?」
こんなことで呼び止められるとは思っていなかったアリシアであるが、この男には効果覿面である。【アヘ声】における【先輩】の名言を生で聞いたことで、男は全身を硬直させてしまい、【脱出結晶】を取り落とした。
「……ふっ。なるほど、この御仁にもヤンチャな時期があったということか」
「あー……うん。アリシアの声って、姉さんそっくりだもんな。俺もよくああして怒られたよ……」
そんな男の様子も、3人の勘違いを助長した。この男も自分たちと同じ様に『姉』に叱責されていたから、『姉』とそっくりな声で同じ様に叱責されると、条件反射で硬直してしまうのだろう、と。
これにより、3人は男に対して一気に親近感を持ってしまった。何を考えているのか分からないこの男が、実は過去に自分たちと同じ様に叱責されてシュンとしていたのかと思うと、なんだかおかしくて仕方がなかったのだ。
「ふふ……【脱出結晶】は没収です! せめてお礼くらいは言わせてください、『センパイ』!」
「えっ」
「一緒にメシでも食いに行きましょう、『センパイ』! 俺たちが奢りますから!」
「えっ、えっ?」
「遠慮しないでください、『先輩』。僕らは貴方に色々と助けられましたから。さぁ、お連れの方もご一緒にどうぞ」
「ええ……???」
結果、推しから断罪されるどころかフレンドリーに話しかけられて混乱した男は、思考回路が完全に停止して流されるままに彼らと一緒に食事することを約束していた。
「…………はぁ。(なにやってるんだか)」
唯一、ルカだけが「どうせ主のいつもの奇行が変な勘違いを生んだんだろうな」と、正解にたどり着いていたのだった……。