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26.「【七星剣】で残りHP3割」は新人への洗礼

《表》


「まずは残りHPを3割まで減らします」


「ぴぃ!? 全然簡単ではないじゃないですか、やだ~~~!!!」


俺が簡単にレベルを上げる方法を説明しようとすると、モニカは可愛らしい悲鳴を上げてカルロスたちの背中に隠れてしまった。


うーん、まあ確かに俺たちみたいな野郎にとっては「足の小指を角にぶつける」程度の痛みとはいえ、なんとなく「いいとこのお嬢さん」って感じがするモニカにとっては激痛だろうしなあ……。


「騙されました! お兄ちゃんに騙されました! しかも本人はお店でのんびり接客業してるとかヒドくないです!?」


「あのクソ野郎……なんかやけに朝飯を美味そうに食ってると思ったら、そういうことかよ……」


「カルロスさんたちも何で教えてくれなかったんですか~!?」


「いや、あのクソ野郎がすっげぇイイ笑顔で見送りしてきた時点で予想はできたことだろ……」


カルロスたちは「あー……ちょっと待っててくれ」と言うと、何やらモニカとコソコソ話し始めた。どんな会話をしているのかよく聞こえないが、説得でもしてくれているのだろうか?


「ムリムリムリ! ムリですよ~! 大将さんがモンスターの攻撃を全部引き受けてくれるって言ったって、そのために残りHPを3割に減らすとか本末転倒じゃないですか~! てか、そんな大ダメージ食らったらショック死しちゃいますよ~!」


「しょうがねぇな……嬢ちゃん、いいことを教えてやる。先達からのアドバイスだ」


「カ、カルロスさん……! 何か大将さんを止めるいい方法を知ってるんですね!? さすがです!」


「立ったまま10秒ほど【気絶】しろ。そうすれば痛みはない」


「カルロスさんんんんん!?」


何やら掛け合い漫才をしているかのような声が聞こえてくる。なるほど、兄であるアーロンだけでなく他の仲間とも上手くやれてるみたいで何よりだ。


「だからそんな器用な真似が出来るのは兄貴たちだけだって言ってるだろ……。でも大丈夫だよモニカちゃん。オレも毎回【七星剣】食らってるけど、そんなに痛くないからさ」


「ほ、ホントですかチャーリーさん……? ウソじゃないですよね……???」


「もちろん。でも、毎回気づいたらなぜか10秒ほど時間が飛んでるんだよね」


「それは【気絶】してるだけなんじゃないですか!?」


「……まったく。(さっさと覚悟を決めてくれないかな)」


耳がいいのか、モニカたちの会話が聞こえているらしいルカが、やれやれといった様子で首を振っている。まあまあ、別にそんな急かすことはないだろ?


「へっ、情けねぇなテメェら。嬢ちゃん見とけよ、あんなもん屁でもねぇぜ!」


「おい馬鹿やめろ! 冷や汗ダラダラじゃねぇか!」


女の子(モニカちゃん)の前だからってカッコつけてんじゃねぇよ!」


「おう大将! まずはオレから逝くぜ! 嬢ちゃんに手本を見せてやろうと思ってな!」


しばらく待っていると、フランクリンがこちらに走り寄ってきた。どうやら渋るモニカを納得させるため、身体を張って安全を証明してくれるようだ。まったく、こいつの面倒見のよさにはいつも助けられるぜ。


「OK!(ズドン)」


「ぐわあああああ!!」


「「「ふ、フランクリーーーン!!」」」


「……理解しがたい。(そこまでして異性にアピールしようだなんて、やっぱり人間ってのはよく分からない生き物だよね)」


フランクリンはいつもより大袈裟にフッ飛んでいくと、ズシャアと音を立てて地面を滑り、そして10秒くらいしてからムクリと起き上がって足をガクガクさせながらモニカのもとへ戻っていった。なんだ? わざとギャグっぽく振る舞って緊張を解す作戦だろうか?


「こ、このように……人間ってのは……キャパシティを大幅に超えるダメージを負うと……自動的に【気絶】するように上手くできてるんだぜ……」


「嘘つくんじゃねぇよ……身体が【七星剣】食らい慣れてて条件反射でそうなるようになっただけじゃねぇか……」


「やっぱりあんなの食らったら普通は死ぬと思うんですけど!?」


「……じれったい。(今日は子豚のためにダンジョンに来てるんだから、四の五の言わないで欲しいな)」


と、痺れを切らした様子のルカが早足でモニカのもとまで歩いていった。うーん、手加減してやってくれよ?


「ぴぃ……!? ル、ルカさん……な、なにかご用でしょうか……?」


「……礼儀は弁えてるみたいだね。(当たり前だよね、主の1番最初のパーティメンバーはボクなんだから。でもその態度に免じて手加減してあげる)」


──────────────────────

名称:一夜の夢

種別:道具

使用効果:2ターンの間、【睡眠】状態にする

説明:睡眠薬。健康被害はないので安心。強◯魔の心強い味方。

──────────────────────


「な、なんですかコレ……お茶、ですか……?」


「…………(※無言の圧力)」


「わ、分かりましたよぅ……飲みますよぅ……」


モニカはルカにティーカップを押し付けられて困惑した様子だったが、すぐに全てを諦めたような表情になる。気持ちは分からんでもない。あの闇みたいな黒い瞳でガン見されると結構ビビるんだよな……。


「いただきまーす……スヤァ」


「ひぇっ、一服盛りやがった……」


「あ、相変わらず容赦ねぇな……ルカの(あね)さん……」


「でも可憐だ……服とかコーディネートしてあげたい……」


「……心外。(ボクは『飲め』だなんて一言も言ってないよ。コイツが勝手に飲んだんだ。まったく、卑しい子豚だよね)」


ティーカップの中の液体をイッキ飲みすると、数秒後にモニカは昏倒。ルカはそんなモニカの服の襟を掴んでズルズルと引きずると、俺の前にべしゃりと放り投げた。いや、容赦ねえなあ……せめてもう少し手心とか……。


「ま、まあいいか……とりあえず【七星剣】」


「フギャッ!? ――ハッ!? 寝てた!? なんで!? ううっ、豚さんと間違えられてシメられる夢を見ました……」


モニカは「ピェ……残りHPが3割になってる……」と涙目になっていたが、チャーリーが慰めてくれているので彼に対応を任せ、俺は目的地へと続く扉の前に立った。


「よし、30階層のボス部屋に到着だ」


目的はもちろんモニカのクラスレベル上げだが、今回は【背信の騎士】ではなく、中層の【門番】である【背約の狩人】でレベリングしようと思う。


こいつは今の俺でも【背信の騎士】のようにワンパンとまではいかないため、比較的時間効率は悪いんだが……最近【遺恨の槍】の値段がどんどん下がっていて、ウチの店だけじゃなくあちこちで二束三文で叩き売りされていてな……。


つまり、【背信の騎士】の副産物がおいしくなくなってしまったので、【背約の狩人】の方で副産物を狙いながらレベリングしようって訳だ。


「さあ、行くぜ皆!」


勢いよく扉を開け放って部屋の中に突入すると、下層のボス部屋と同じく中央の床に描かれていた魔法陣がスパークし、女性の上半身と蜘蛛の下半身を持つ3mほどのモンスターが姿を現した。


他のゲームだと「アラクネー」とか「アルケニー」とかって名前で登場することが多いモンスターだな。【アヘ声】においては、高AVD(回避率)と拘束攻撃を兼ね備え、さらに蜘蛛の巣が張り巡らされた特殊なフィールドで戦うことを強いられるという、中層の集大成といった感じのモンスターだ。


パーティに【狩人】がいないと蜘蛛の巣に絡め取られてあっという間にパーティメンバー全員が【拘束】状態になってしまうため、火力でゴリ押しできた【背信の騎士】と違ってきちんと対策を取らないと敗北は必至の強敵だった。






“……オアッ……オ……(※白目)”


うん、まぁ、お前は強敵「だった」よ。でも過去形なんだ。すまない。


なんというか、物欲センサーに引っ掛かってしまったみたいでな……いまだにこいつの固有ドロップが手に入らないんだ。


「ということで、3人は()()()()()頼むわ。モニカとゴーレム(量産型)は俺の後ろへ。何でか知らんがこいつも動かなくなってしまったんだが、万が一があると困るからな」


「ピィ……こいつ『も』? 今、こいつ『も』って言いました……???」


「……どうせすぐ慣れる」


カルロスたちが慣れた様子で【背約の狩人】を迂回して(※蜘蛛の巣は撤去済み)、奴の背後に陣取る。そして武器を構えると――


「「「【フルスイング】」」」


ほぼ同時に武器を大きく振りかぶり、【戦士】のアクティブスキルである【フルスイング】を発動。3人の身体から赤いオーラが噴き上がり、【背約の狩人】の背中めがけて全力で武器を振り抜いた。


「説明しよう! ハンマーは装備するとHIT(命中率)が下がる代わりに非常に火力が高い武器種であり、それを【二刀流】することで火力は倍率ドン! 【死中活】を発動させることでさらに倍! そして【フルスイング】はHITが半減する代わりに単体高火力のスキルだ! HITは完全にクソザコナメクジになるが、背後からの不意討ちは確定クリティカル(必中効果あり)なので問題なし! あいてはしぬ!!!」


一撃で倒せないと言ったな。あれは本当だ。だが、一撃で倒せないなら6発ブチ込めばいいのである!


まるで車が勢いよく壁に激突したかのような爆音がほぼ同時に6回鳴り響き、【背約の狩人】は壁にめり込んでそのまま染みに変わった。いやあ、訓練されたハンマー部隊は見ていて爽快だなあ!


「    」


「……あ、子豚も白目剥いた。(【砂城の心(豆腐メンタル)】だなぁ……)」


「うーん、やっぱり固有ドロップ品が出ねえなあ……。ここはいったんボス部屋を出て入り直すか? そうすればきっとドロップ確率が上がるはず!」


「……そんなことしても確率は上がらない。(ドロップが渋いからって変な宗教を始めるのやめてくれない???)」


「そんなことはない! やはり【再入場教】……【再入場教】こそ唯一無二の真理……ッ! ……たぶん」


俺はいつでも味方を庇えるように、また、いつでもドロップ品を回収できるよう身構えつつ、壁の染みを量産する作業を眺めたのだった。



──────────────────────



《裏》


「………………」


「痛い痛い。やー、無言の肩パンはやめろって……くくく……」


ハイライトのない瞳で帰還した妹を肩を震わせながら出迎えた兄に対して、モニカは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の兄をはっ倒さなければならぬと決意した。


モニカには頭のいい人の考えが分からぬ。モニカは商家のニートである。秘蔵本を読み耽り、美味しいものを食べて遊んで暮してきた。けれども邪悪に対しては人一倍に敏感であった。


「で? この数週間でどれくらいクラスを極めたんだ?」


「…………【修道僧】に【商人】、【魔術士】、あと【剣士】。杖を【二刀流】して【死中活】発動しながら威力を上げた魔術を唱え、魔術が使えない場所ではアイテムを駆使して戦う構築だそうです」


「な? 簡単にレベルが上がっただろ?」


「~~~ッ! 肉体的には楽でも! 精神に! 多大な負荷がかかるんですよ~~~ッ!!!」


「わははははは!!!」


ついに怒りを爆発させたモニカが、両腕をグルグル回しながらポカポカとアーロンの背中を叩き始める。ぶっちゃけ全然痛くないので、モニカの逆襲はアーロンを爆笑させただけであった。


「笑い事じゃないんですよ! 可愛い妹がヒドイ目に遭ってるのに~!」


確かにモニカは砂の城みたいなメンタルの持ち主である。ちょっと触っただけで簡単に潰れてしまうが、バケツに砂を詰めてひっくり返すだけで簡単に再建できてしまうが如きお手軽メンタルである。しかし、だからと言って好き好んでメンタルブレイクしたい訳ではないのだ。


「まーまー。でも、本当に【七星剣】以外の攻撃は一度も食らわなかっただろ?」


「それは……そうですけど……」


【狂人】はどれほど信じがたいようなことでも全て有言実行してみせた。ここ数週間で何度もボス部屋まで行ったが、道中で本当に【七星剣】以外のダメージを食らわなかったのだ。


しかも、冒険者が何年も掛けてようやくたどり着けるような、上位の冒険者並みの強さにあっさりと到達してしまったし、貸し出される装備品だって(見た目はともかく)性能自体は上位の冒険者のそれに引けを取らない。


また、減らしたHPもダンジョンを出た直後に回復魔術で全快してくれるし、給金だってちゃんと支払われるし、なんなら場合によっては手当てだってつく。何だかんだできちんと体調面も精神面も気遣ってもらえるのも悪い気はしない。


ダンジョンに入る度に【七星剣】をブチかまされるのと、戦闘風景が控えめに言って精神的ブラクラであること以外、不満らしい不満が思いつかないのだ。


「でも、その例外で全部帳消しなんですよ~~~!!!」


「わははははは!」


「だから笑い事じゃないんですよ~! 人の不幸を笑うなんてヒドいです! バカバカ! この(オーガ)! 悪魔(デビル)! えーっと、えーっと……このバカ!」


「くくく……罵倒のレパートリーそれだけかよ……」


それを聞いてぷくーっと頬を膨らませたモニカに「それ以上顔が丸くなったら本当に子豚になっちまうぜ?」などと言いそうになるのを堪え、アーロンは平謝りを始めた。


このへんでからかうのをやめておかないと、本気で拗ねてしまってしばらく口をきいてもらえなくなる。今までの経験上、アーロンはそのあたりの引き際を弁えているのだ。


「やー、分かった分かった。じゃ、お詫びとしていいものをやろう。俺も愛用してる装備品だぜ?」


「……いちおう聞いてあげます。なんですか?」


「【気絶耐性】を下げる効果がある装飾品だ」


「どうしてみんなして【気絶】を勧めてくるんです???」


アーロンが渡してきたのは、装備してもデメリットしかないハズレアイテムであった。モニカはまだからかうつもりなのかと思ったが、アーロンの目がマジなのを見て、スン……と真顔になってしまった。


「…………ありがたくもらっときます」


結局、モニカはそれを受け取ることにした。よく考えたら意外と有用なアイテムなのでは? と思い至ったらしい。こんなものがありがたがられるのが「【狂人】一味」という職場なのであった……。

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― 新着の感想 ―
アイスティーしかなかったけどいいかな?(困惑)
芥川龍之介御大がいい仕事をしているなぁ。
[良い点] 追いついてしまった... くっっそ面白いのでこれからも更新頑張ってください!応援しています!
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