25.「子豚を出荷」は兄鬼(あにき)の所業
《表》
【先輩】……生きてたんだなあ……よかった……あんなに楽しそうに笑って……ああ、本当に、よかった……。
ウルフカットにした藍色の髪。切れ長の瞳ということもあって一見するとクールな印象を受けるも、親しい相手には童女のような笑みを見せる、その姿。
ゲームで見た時よりもあどけない顔だったし、髪も短めだったけれど、俺が「推し」の姿を見間違うものか。
一緒にいた赤髪の少年と緑髪の少年に見覚えはなかったが、恐らくは設定上の存在だった【先輩】の幼馴染たちだろう。彼らこそが【先輩】のかつてのパーティメンバーであり、彼女を命と引き換えに守り抜いた真の勇者たちということか。
だが、この世界ではそんなことにはならない。彼らの死因となった【フェアリークイーン】はもういない。【先輩】と彼らは、これからも一緒に笑顔で冒険を続けていくんだ。まるで一枚の絵画のような、あの尊い光景は守られたんだ!
あの光景を見られただけでも、この世界に転生できて本当によかったと思う。この世界に来てから初めて「神様」に感謝した気がする。まあ俺は気づいたらこの世界にいたから、本当に俺を転生させた神様的な存在がいるのかは知らないけども。
それでも、俺はこの幸運に感謝を捧げたかった。
「……むう。そんな訳の分からない奴の話より、ダンジョン攻略が優先」
「ああ、分かってるよ」
ルカに言われて、ようやく表情を引き締め直す。
できることなら、あの尊い光景をずっと観ていたかったが……そういう訳にもいかないな。このままじゃ本当に不審者になっちまうというのもあるが……なにより、俺には俺のやりたいことがあるのだから。
「やー、おかえり大将。どうしたんだ? なんかやけに嬉しそうだな?」
「……そんなに分かりやすかったか?」
「そりゃアンタともそれなりに長い付き合いになりつつあるからな。宝箱からレアアイテム見つけた後はしばらくそんな感じだし……いや、もしかしたら今日はそれ以上か?」
そうしてギルドで野暮用を済ませて店に帰ると、アーロンが声をかけてきた。ううむ、表情を引き締めたつもりだったが、どうやら俺はまだ浮かれているらしい。でも、今日くらいは見逃してくれると嬉しい。
「まあ、何て言ったらいいか分からねえけど……俺の恩人と同じ魂を持った子を見つけたっていうか……」
「……あー、なるほど?(これはいよいよ大将が『復讐者』だって噂の信憑性が増してきたか?)」
変な説明になってしまったが、他にいい表現が見つからなかったんだよな……さすがに「ゲームの推しキャラとリアルで会話できたんです!」なんて言う訳にもいかないし。
と、そんなことを話していた時だ。店の扉が開き、来客を知らせるために取り付けてあった鈴がカランカランと鳴った。どうやらお客様がやってきたようだ。どれ、たまには俺も接客をしようじゃないか。
「こんにちは~。お兄ちゃ~ん、カワイイ妹がやってきましたよ~って――」
「いらっしゃいませぇぇぇぇぇ!!!」
「ピェッ!?!?!?」
俺は笑顔で元気よくお客様に挨拶した。今日は機嫌がいいということもあって、いつもの10割増しの笑顔でお出迎えだ。
「く、くくく……ダメだ、堪えきれねぇ! わははははは!!!」
……すると、アーロンに爆笑されてしまった。なんだよ、笑うことはねえだろ! ちょっと勢い余って大きな声を出しすぎただけじゃねえか!
「おう、ただいまアーロン。買い出し終わったぜ――って、いらっしゃいませこんにちは!」
「H&S商会へようこそ!」
「気になる商品がございましたらお気軽に店員にお尋ねください!」
「ピィィィ!? か、囲まれた!? たすけてお兄ちゃん!!!」
「お、お前、なんてタイミングでウチに来るんだよ! やっぱ『持ってる』ぜお前! わははははは!!!」
いかつい野郎どもに囲まれたからか、お客様はすっかり萎縮してしまっていた。うーん、失敗してしまったな……やはり慣れないことはすべきじゃないか。お客様には申し訳ないことをしてしまった。
「……ん? 『お兄ちゃん』?」
なんてことを思っていたのだが、やってきた少女はなにやらアーロンと親しい様子だった。
「あー、笑った笑った。ま、そういうこった。こいつが俺の妹のモニカだ。ほらモニカ、まずは挨拶だぜ?」
「ピェ……モニカですぅ……」
やっぱりそうか。思った通り、彼女がウチで働きたいっていう例の妹さんだったらしい。……うーん? なんか、彼女のことどっかで見たことあるような気がするな。でも、いつぞやの子とは体型が違うし、別人だろうか。
「おやおや、可愛らしい妹さんですね。改めてようこそモニカさん。私はハルベルト。お話はアーロンから聞いていますよ。長旅でお疲れでしょうから、ひとまずは部屋でお休みになってください」
「(イヤァァァァァ!? なんでか分かんないけど喋り方が怖いぃぃぃぃぃ! てか『話は聞いてる』ってなに!? 何を言ったのお兄ちゃんんんんん!?)」
「アーロン、部屋まで案内してあげてくれ。積もる話もあるだろ?」
「あいよー、そんじゃお言葉に甘えて。ほら、いくぞ」
長旅による疲れか顔色がよくないのを見て、俺はアーロンに彼女の世話を任せることにした。仕事の話は明日からでもいいだろう。
「それじゃ、今日は臨時休業だ! 歓迎会の準備をするぞ!」
「……あー、なるほど。だいたいの事情は分かったわ」
「強く生きろよ、アーロン妹……」
「歓迎会かぁ、とりあえずケーキでも焼こうか?」
俺は夕飯を豪華にすべく、さっそく3人組が買ってきたものも含めて冷蔵庫の備蓄を確認しに行くのだった。
──────────────────────
《裏》
「…………」
「分かった、分かった。悪かったって」
無言でポカポカと殴ってくる少女――モニカに対し、アーロンは悪ガキのような笑顔で誠意のこもってない謝罪をした。それを見て無駄を悟ったのか、モニカは振り上げた手を下ろしてジト目で兄を見る。
「……お元気そうで何よりですね、お兄ちゃん」
半分は皮肉だが、もう半分は本心だった。妹は妹なりに、この人間不信で他人と深い関係を築くことができなかった兄を心配していたのだ。
子供の頃から家族の前でしか心からの笑顔を見せず、家から出た途端に貼り付けたような笑みを浮かべていた兄。そんな彼が、近況を知らせる手紙に「友人たちと店をやってる」と書いて寄越したのを見て、モニカは我がことのように喜んだ。
今まで「同じパーティの奴」とか「パーティリーダー」といった言い回しばかりで、頑なに「友達」や「仲間」といった表現を使おうとしなかった兄が、初めて「友人たち」と手紙に明記したのだ。
そして、先ほどの【狂人】たちとアーロンのやりとり。人前であんなにも爆笑している兄の姿を見たのは、生まれて初めてのことかもしれなかった。
それに気づいた時点で、モニカは【狂人】に対して抱いていた猜疑心をかなり薄れさせていた。
最初は「ぶっちぎりでイカれた奴」と元チンピラ3人衆に囲まれてビビり散らかしていたモニカだったが、こうして兄と2人で話している間に冷静さを取り戻したことで、【狂人】に対する評価が変わったのだ。
出会った時は何を考えているのか分からなくて逃げ出してしまったが、兄にこれほどよい影響をもたらしてくれた人なのだから、きっと悪い人ではないのだろう、と。
もとよりモニカは人を信じやすい質である。しかも怖がりではあるが、恐怖が長続きせず、しばらくすればコロッと忘れてしまうような図太い性格の持ち主だ。それが少女の長所でもあり、短所でもあった。
「お兄ちゃんも成長してるんですね」
「我が妹は想像以上に横に成長していたぜ」
「むっ、デリカシーがないのは相変わらずですか」
「俺は『デリカシーがない』んじゃなくて『遠慮がない』だけなんだ」
「【家族にこそ礼を尽くせ】という諺を知ってます???」
兄妹の気安いやりとりを経て、ようやくモニカの表情に笑顔が戻る。それを見て、彼女を呼んだのは間違いなかったのだろうとアーロンは確信した。
兄も兄で、妹の性格を見越して彼女を店に招いた。いや、自分が大変な目に遭っている間にニート生活を満喫していた妹に対して静かにキレていたから、というのもあるにはあるのだが。
恐らく、彼女が働くようになるのに必要なのは切っ掛けだ。妹はすっかり堕落してしまったものの、それでも、自分のためではなく誰かのためであれば立ち上がれる人間なのは変わっていないとアーロンは信じている。
そのため、【狂人】に対する恐怖心さえ何とかすれば、あとは得意の口先で丸め込んで恩返しのために働くことを了承させるだけだ、というのがアーロンの思惑であった。
【狂人】のもとで働いた経験は今後の人生で役に立つことだろう。この先、別の仕事に就くことになったとしても、「あの時の苦労に比べれば」と踏ん張れること請け合いである。
……この青年、他人が妹を騙すのは我慢ならないくせに、自分が妹を騙す分には一切の躊躇がないあたり、相変わらずイイ性格をしている。もっとも、本人は「嘘は言ってないぜ? ただ、言ってないことがあるだけだ」などと言い放つのだろうが。
ちなみに、【狂人】の一味になってからというもの、アーロンの舌先はさらに回るようになっていた。放っておくと明後日の方向にカッ飛んでいく【狂人】をなんとか軌道修正しようとしてきた、彼の涙ぐましい努力の結果である(※修正できたとは言ってない)。
そんなアーロンに舌先三寸で言いくるめられた結果――
「では、新たな仲間の加入を祝して!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
「……はいはい、乾杯乾杯」
あっさりと【狂人】たちに気を許し、ノリノリで乾杯に応じて幸せそうにご馳走を頬張るモニカの姿があった。
「ケーキおいしいです~! これ誰が作ったんですか~?」
「おっ、嬉しいねぇ。そいつはオレの自信作でな」
「すご~い! チャーリーさんってば、見掛けによらず家庭的なんですね!」
「へへ、そうかい? 照れるなぁ」
「うーん、この一言余計な感じ……アーロンの妹なだけあるというか」
「……度し難いなぁ。(この子豚、頭フェアリーとしか思えないんだけど。本当にコイツ役に立つの?)」
順調に外堀が埋まっていくのを見てニヤニヤするアーロンに、それに気づいて「出荷のために肥えさせられている子豚」を見るような目をモニカに向けるカルロスとフランクリン。ルカは一歩引いた所からモニカを眺め、【狂人】とチャーリーだけが平常運転だった。
「分かりました! 任せてください! 大丈夫です、私だって元冒険者ですから! 実は、私ってば大将さんよりちょっぴり冒険者として先輩なんですよ? えっへん!」
「おお、そうだったんだな。それじゃあモニカ、明日から頼りにさせてもらうぜ!」
そうして宴もたけなわといった頃には、モニカはすっかり【狂人】一味に馴染んでしまい、調子に乗って店員になることと一緒に冒険に行くことを安請け合いしてしまった。
「や~、私にお任せあれ! ですよ! ……な~んて、今じゃ完全に大将さんにレベルとか追い越されちゃってますけどね」
「やー、それなら大丈夫だ。実は簡単にレベルを上げる方法があってな。俺たちは皆それで強くなったんだぜ?」
「えっ、そんな方法があるんですかお兄ちゃん!? やった~! ありがとうございます!」
「……本当に度し難い。(まぁボクは構わないんだけどね。この子豚、意外とメンタル強そうだし。長持ちするんじゃないの?)」
なんかもう可哀想になってくるくらい、あっさりと「天国への特急券」と勘違いして「地獄への片道切符」を手にしてしまったモニカ。
彼女の絶叫がダンジョンに響き渡るまで、残された時間はあとわずかなのであった……。