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19.「ダンジョンに潜るのが趣味」は狂気の沙汰

《表》


「(主、待ってたよ。じゃあ行こうか)」


「うーん……やっぱりこうなったか……」


自室に戻ると、すっかりフル装備でダンジョンに行く準備を済ませたルカがいた。案の定、「休暇」の意味がよく分かってなかったらしい。


「いや、ルカはダンジョンに行かなくていいんだって。『休暇』だよ。『おやすみ』なんだ。のんびり部屋でくつろいで疲れを癒してくれていいんだからな?」


「(でも主はダンジョンに行くんでしょ?)」


ルカを再びベッドに座らせると、ルカは首を傾げて俺のことを指差した。いや、そりゃあ俺はダンジョンに行ってくるけどさ。新型ゴーレムのレベリングをしなきゃならないし。


「いやいや! だからルカはいいんだって!」


立ち上がろうとするルカを慌てて座らせようとするが、今度は頑なに座ろうとしない。うーん……なぜかは分からないんだが、最近のルカはますます俺から離れたがらないんだよな……。


俺がルカと同室なのもそれが理由だ。彼女(?)が少女の姿になった直後は別々の部屋にしてたんだが、しばらくすると朝になったら俺の部屋の前で待機するようになって、そのうち夜に廊下で寝るようになっちまったんだよな……。


朝起きて部屋の扉を開けたら目の前にルカの顔があったり、夜中にトイレに行こうと思って部屋を出た瞬間に暗闇の中でバッチリ目が合ったりして、何度も寿命が縮まりそうな思いをしたんだよ……。だから仕方なく俺と同室にしたという経緯がある。


別に【隷属の首輪】を使って命令してもいいんだが、やはり見た目だけとはいえ完全に人間の姿をした生き物を奴隷として使役することには元日本人として抵抗がある。


「……分かったよ。今日は俺も休む。それでいいか?」


ああ、もう、やりづらい……。こうなることが分かってたから、命令してもあまり心が痛まないモンスターを奴隷にしたはずなんだけど……どうしてこうなった?


俺は装備品を全解除して私服に戻り、自分のベッドに横になった。しばらくして俺に動く気がないと悟ったのか、ルカも私服に戻って自分のベッドにダイブしていった。


幸いなことに、ルカは女性としての感性を一切持っておらず、完全に価値観がモンスターのままだ。これで中身まで女性になられてたら俺の気が休まらなかったところだ。さすがに自室でまで気を遣いたくないからな。


とりあえずルカのことは犬か猫とでも思っておけば四六時中一緒にいても不快感はない。いや、本当に犬か猫みたいに扱っている訳ではないんだが、まあ、ものの例えというやつだ。というか犬や猫にしてはいささか危険な生き物(モンスター)だし……。


「……それにしても、休暇かあ」


俺にとってはこの世界の毎日は好きなことを好きなだけしていられる休暇みたいなもんだが、いざダンジョンに行けないとなると何をしたらいいものか……。


てか、アーロンに休暇を調整してもらった意味がなくなっちまったな。そりゃあアーロンと一緒に冒険するのも楽しいから、俺としてはパーティを組むのは大歓迎なんだけどさ。


「…………ん? どうした?」


「(主ー、暇だよー)」


そんなことをぼんやりと考えていると、ボスンという音とともに俺のすぐ隣でベッドが軽く沈み、雨上がりの森の香りが漂ってきた。まあルカが俺のベッドに腰掛けてきただけなんだけども。


「暇なのか? まあ俺も特にやることが思い浮かばないんだけどな」


「(ボクだってやることなんてないよ。今までノーム畑に尽くすためだけに生きてきたんだから)」


この世界に来るまでは休日に何をしてたんだっけな……。この世界に来てからまだ1年も経ってないというのに、冒険者生活が濃すぎて日本での休日の過ごし方なんて忘れてしまった。


もっとも、どのみちこの世界では文化が違いすぎて日本と同じように休日を過ごすことは難しいだろうけどな。スマホとパソコンがないだけでここまでやることが思いつかないとは……。


「……観光でもするか?」


ふと思ったが、今までほとんどの時間をダンジョン内で過ごしてきたため、俺ん家()の周囲とか、他にはギルドや宿屋、道具屋がある辺りしか、俺が住んでいるこの都市のことを知らないんだよな。


「(いいんじゃない? このまま主と一緒にぼーっとするのも悪くないけど、『冒険する』のが冒険者なんでしょ? ボクもダンジョンの外の世界は知らないんだ)」


ルカの反応も悪いものではないようなので、俺はいい機会だからルカと連れ立って色々と散策してみることにした。


「おお、こいつはすげぇな……まさしくファンタジー世界って感じだ」


「(『おとぎ話の世界』……? 主は時々ヘンなことを言うよね)」


ということで、いつものギルドへと向かう道ではなく、市街地へと続く道を進んでいく。すると、規則正しく敷き詰められた石畳でできた大通りに出た。


【アヘ声】において、この【冒険都市ミニアスケイジ】は、かつて勇者が拠点としていた集落を起源とする石造りの都市という設定だった。


それに違わず、この都市には石造りの家屋が立ち並び、しかして灰色一色ということはなく、地球では見たことがないようなカラフルな石や綺麗な模様の鉱石が建材として使われていたりして、俺の目を楽しませてくれた。


また、大通りには出店がいくつも出ており、雑貨や果物、中には怪しげなアイテムまで、様々なものが売られていて、店員の元気な声があちこちからしている。これぞ冒険者の街って感じの、活気に満ちた都市だ。


「(主、後ろから誰か向かってくる。たぶんコソ泥ってやつだ)」


「ん? 接敵の合図……? そこか!」


「……チッ!」


ただし、やはりここはエロゲ世界。治安は結構悪いようだ。キョロキョロと辺りを見回していた俺たちのことをいいカモだと思ったのか、何度かスリや当たり屋が寄ってきたことがあった。


まあ全て【狩人】のルカが察知して俺が【バンガード】と【フレンジーダンス】で避けてやったけど。いや、軽くステップ踏んだだけだぞ? さすがに人前で踊ったりはしない。


他にも、脇道の先にはいかにも強◯とかの犯罪現場になってそうな路地裏がいくつも存在しているみたいだ。というか実際に【アヘ声】にはそういうイベントがあるからな。


あと、確かに活気はあるんだけど……空元気というかなんというか、人々の顔にはどこか陰りがあるような気がする。治安の悪さが原因なのか、それとも世界が滅亡に向かっていることが原因なのか。


なんにせよ、「光と影」がある都市なのは間違いないだろう。


「(主、主! あっちにいい店があるよ!)」


と、ルカが俺の服の袖をクイクイと引っ張ってどこかを指差した。その先には……えっと、なんだあれ。畑の土とか、何かの資材とかが売られてるな。日本に存在しているものに無理やり当てはめるなら「ホームセンター」だろうか。


「(主! いろんな土が売られてるよ! 鉢植えもたくさん! ふふん、人間もたまにはいい仕事をするじゃないか! こういうところだけは評価してもいいかもね!)」


「えーっと……『農業者ギルド』?」


店の看板を見るとそんなことが書かれていた。ようするにアレか、冒険者ギルドの農家版か。日本で言うと協同組合みたいなもんか?


「オーケー、ゴーレムの修理を頑張ってくれたお礼だ。好きなもの買っていいぞ」


「(え、いいの? やったぁ!)」


表情は変わらないものの、ルカが内心ではおおはしゃぎしてるらしいことに気づき、俺は思わず苦笑した。他の建物や店も興味深そうに見てはいたが、ルカの食い付きが最もよかったのはこの店かもしれない。


まあ、まるでオモチャ屋でキャッキャと騒ぐ子供みたいで微笑ましくはあるんだがな。そんなことを思いつつ、俺はルカが熱心に腐葉土やら植木鉢を見比べているところを眺めていたのだった。



──────────────────────



《裏》


「(ふふ、早く咲かないかなぁ)」


その後、ルカは数袋の土と新しい植木鉢、そして花の種を買った。土の大半は自身の養分として消費しつつ、残りを花を育てるために使うことにしたようだ。


【狂人】に趣味を持つことを勧められた結果である。新しい植木鉢に種を蒔き、それを枕元に置いて飽きもせずに眺めている様子は、まるで初めて花に興味を覚えて親に栽培キットを買ってもらった童女のようでもあった。


それも仕方がないことなのかもしれない。今までノームとして生きてきたルカにとって、ダンジョンの外で人間のように振る舞って暮らすことは、何もかもが初めての体験である。子供のような反応になるのはある意味で必然なのだろう。


ちなみに、もとから持っていた植木鉢はルカの数少ない私物として大事そうに仕舞われている。主に初めて買い与えられた品だからなのか、それとも別の思惑があるのか。ともすれば、本人にも理由は分かっていないのかもしれなかった。


……ただ、「ガーデニング」と言えば聞こえはいいが、土弄りを趣味とすることは「ノーム畑に奉仕する」という種族(ノーム)としての本能の延長とも取れる。


いくら童女のように見えたとしても、本質的には決して人間ではない。そのことを忘れてはならないだろう。


「それじゃあ、そろそろ寝るぞ。おやすみ」


「(おやすみなさい!)」


男が灯りを消すと、ルカはようやく布団に潜り込んだ。ただ、興奮冷めやらぬ様子であり、瞼が落ちるのには時間が掛かるだろう。


「(…………?)」


そのせいなのか、ルカはなんとなく寝返りを打って男の方を見た。そして、男が上半身を起こして窓の外を見ていることに気づく。


「(…………ッ!)」


その瞬間、ルカの頭の中が真っ白になった。月だ。また男が夜空に浮かぶ月を見ている。


「(い、イヤだ!!! ボクを置いてかないでよぉ!!!)」


「う、うわっ!? な、なんだ!?」


半ばパニック状態になりながらルカは男に飛びつき、男の頭をかき抱いて布団の中に引きずり込んだ。とにかく男に月を見るのをやめさせ、月から遠ざけようとした結果である。


ルカにとって、「月を眺める男の姿」はトラウマになりつつあった。ついこの前までは月が出ていると不安になって眠れなくなってしまい、男が健在であることをいち早く確認するために男の部屋の前で待機するようになっていたほどだ。


そんな時に男にパーティから外され、周囲に誰もいない状況で黙々と独りゴーレムの修理作業をこなすのは、本人にとっても想像以上のストレスになっていたらしかった。


また、独りでたくさんのゴーレムを修理するとなると作業量自体もかなりのものであり、終わりの見えない作業、そして「これが終わらないと主と一緒にいられない」という状況は確実にルカの精神を削っていたようだった。


「お、おい、どうしたんだよ?」


が、そんなことなど全く知らない男は、当然ながらいきなり「モンスターに拘束」されたことで混乱した。真っ先に自分のステータスを閲覧し、HPやMPが減っていないこと、何も状態異常が付与されていないことを確認すると、ひとまず緊張を解いてルカに話しかける。


「(――――)」


が、ただでさえ断片的にしか考えを読み取ることが出来ないというのに、今のルカの思念波はノイズが酷く、そのせいで考えていることが全く読み取れない。本人がパニック状態でまともに思考できていないのが理由なのだろう。


「…………」


「(あっ……)」


悩んだ末、男はルカの背中に手を回し、泣く子をあやすように背中をさすった。


男は今までルカのことを拒絶こそしなかったが、「相手は根本的に人間とは相容れないモンスターなのだから、絆されてはならない」と考え、受け入れもしなかった。


が、これ以上そんな態度を取り続けていると、ルカの様子はどんどん悪化するのではないか、と悟ったようだ。


「…………主は、ボクを置いてどこかへ行っちゃうの?」


しばらくそうしているうちに、まるで発作でも起こしたようだったルカの様子が落ち着いた。すると、今まで断片的にしか聞こえていなかったルカの声が――いや、()()()()()()()()声を、男は初めてはっきりと聞いた。


「……いや。もしルカに()()()があるなら、たとえ俺がどこか遠くへ行くことになったとしても、君も一緒に連れていくさ」


ルカがただのノームからここまでの変化を遂げたのは間違いなく自分の影響なのだから、その責任は果たすべきなのだろう。


ルカが自分と共に最強を目指す(生きる)ことを望む限り、どこまでも共に歩もう。


そしてその果てに、もしもルカが人間に力を振りかざす存在に成り果てたのならば。誰かに被害が出る前に、この手で討つ。男はそう決意したのだった。


「……約束。いつまでも、一緒」


「ああ、約束しよう――






ただし、君が俺と同じ道を歩む限りは、だからな? 君がたとえ最強のモンスターになっても、ヨソ様に迷惑かけるつもりなら、どんな手を使ってでも止めてやるからな」


「えっ、なに!? なんでそんな話になったの!? やめてよ、主が『どんな手を使ってでも』とか言い出したら本気で怖いんだけど!? 迷惑なんてかけないよ!」


そういう悲劇みたいなのはゲームとかだからこそいいのであって、現実ではノーサンキューである。ルカには普段から口酸っぱく言い聞かせようと【狂人】は心に決めたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 意思ある者として確と認めて向き合ったから翻訳機能が完全に働いたのか… 多分主人公以外の他の人には無言のジェスチャーするだけの声が出ない人扱いなんだろうな
[良い点] おお、とうとう会話が 互いの絆が深まった証であり、これによって更に相互理解が進みますます絆が深まりそうですね! ……店長with店員さんもそうだけど、この手の好感度存在するゲームだと、パ…
[良い点]  やっと本当の意味で向き合う事ができたんか。  意思疎通がより正確になるな。
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