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12.「死ぬ前に回復すれば実質不死身」は狂人の発想

《表》


「よし、ノームは殲滅できたみたいだな。ああ痒かった……」


“痒かった? 【延焼】が「痒かった」だって? こ、この【化物】めぇ……!”


「すまんすまん。つい、いつも通り肩に乗せちまったよ」


モンスターどもの駆除を終えた俺は、ようやく【遺恨の槍】を背中のホルダーにしまい、状態異常を治療するために【治療薬】を頭から被った。うっかり燃えてしまったルカにも同じものを渡しておく。


「……で、これがノーム畑か」


集落の焼け跡を探索していると、中央に草が全く生えておらず土が剥き出しになっている場所を見つけた。


よく見れば土からノームの首がニョキッと生えていたので、試しにその首をはね飛ばしてみると、首から下に胴体はなく植物の根のようになっている。


「ほーん、確かにノーム畑って感じだな」


“ひぇっ……よ、よかった……ボクの首はちゃんとついてる……”


放っておくと新しいノームが生まれるだろうから、その前に目につく範囲のノーム(カブ)は首をはね飛ばしておくことにした。


「うぉっとぉ!?」


しばらくそうしていると、ノーム(カブ)じゃなくて人間の首が土の中から突き出ていたのを発見してしまった。いきなりそういうのを見せられたら普通に驚くからやめて欲しい。勢い余って首をはね飛ばしそうになったじゃねえか!


「……ノーム畑の肥やしにされた冒険者か」


冒険者になってからというもの、ダンジョンの道中で何度も無惨に打ち捨てられた死体を見てきたが……やっぱりこういうのは何度見ても慣れないな。


「……誰か、そこにいるのか……?」


「!?」


いや、死体じゃなくまだ息がある! 生存者だ! 俺は慌ててその場にしゃがみ込んで生存者の声に耳を傾けた。


「……俺以外の冒険者は……全員、腐り落ちて奴らの養分になっちまった……。……俺も、じきにそうなる……だから、その前に――」






「い や 呑 気 に 喋 っ て る 場 合 じ ゃ な か っ た わ !」


「ブホォ!?!?!?」


“いやこれトドメ刺したんじゃないの???”


俺は急いで【蘇生薬】を取り出して生存者に使った。一刻を争う事態だから顔にビンごと叩きつける形になったが許してくれ!


「オラッ【回復薬】! ……くそっ、HPが全然回復しねえ!」


「………………」


“うわぁ……白目剥いている……なにこれ拷問かな???”


この世界の人間はHPが0になるまでは欠損といった重傷を負わないが、HP0になってしまえば当然ながらその限りではない。


しかもHP0の状態で重傷を負うとHPの最大値が大幅に削られてしまい、【蘇生薬】で戦闘不能から解除しても全然HPを回復させることができず、しかも常にHPが減少し続けるらしいと聞いている。


HPが1でもあれば痛みからの保護機能が戻るし、HPがある間は一時的に怪我の進行を止める効果があると聞いているので無駄ではないだろうが……このままではずっとHPが減り続け、すぐにまた0になってしまうので根本的な解決にはならない。早急に病院での治療が必要だろう。


「待ってろ、いま助けるからな!」


「………………」


“もう気絶してるんだよなぁ……。元ノームのボクが言うのもなんだけど、たぶん殺してあげた方が彼のためだと思うよ???”


持っていた盾で周囲の土を掘り返し、生存者を引き抜く。彼は全身の皮膚が黒ずんでしまっており、生命の危機に瀕しているのは一目瞭然だった。彼を背負い、【脱出結晶】を地面に叩きつけてダンジョンから帰還すると、俺はギルドの窓口に駆け込んだ。


「ダンジョン内で生存者を発見しました! すぐに医者を呼んでください!」


「!? わ、分かりました! すぐに手配いたします!」


「しっかりしろ! すぐに医者が来るからな!」


「………………」


“これ、意識不明の重体ってやつじゃないの???”


ギルド職員たちが慌ただしく駆け回り、数分後にギルドに出張診療所を開いていた医者が駆けつけてくれた。


……しかし、その診断結果は残念なものだった。


「……すみません。この様子だと、彼はもう……」


「どうしてですか!? まだ息があるんですよ!」


「ヒェッ……い、いえ、その、彼の現在HPではすぐに0になってしまいますから、治療が終わるまでに力尽きて――」






「だったら治療が終わるまで【回復薬】を投与し続ければいいでしょうが!」


「ヒィッ!? そ、そんなに大量の【回復薬】はギルドに在庫がありませぇん!!!」


「じゃあ俺の【回復薬】を差し上げます! レベリング中についでに400個くらい集めたのがありますから!!!」


「緊急オペを開始しますぅぅぅぅぅ!!!!!」





“えー……なにそのトンデモ医療……。全身余すところなく切り刻むレベルの手術になるからって、出血死しないように全国からかき集めてきた輸血液を全部投入する、くらいには滅茶苦茶なこと言ってるよ???”


俺が何度も詰め寄ると、医師はようやく重い腰を上げて治療に取りかかってくれた。


まったく、【回復薬】をケチるとか何を考えてやがるんだ! 人の生死が懸かってるんだぞ! ふざけてる場合か! なんだよ「在庫がない」って!【回復薬】くらいもっと常備しとけよ!


というかギルド専属の【聖術士(ヒーラー)】とかいるんじゃないのか!? 【回復薬】がないなら回復魔術を唱えさせ続けるしかないだろ!


あとはギルドの方で冒険者の協力を募るとか! 色々とやりようはあるはずだろうが!


“【回復薬】を常用する冒険者なんて主以外に見たことないから需要が少なくて在庫がないんだと思うし、たぶんギルド職員も他の冒険者も「拷問」には加担したくないんじゃないかなぁ……”


「よし、決めた。今日は【回復薬】を集めるために上層をマラソンするぞ! スライム狩りだ!」


俺が貸りてる倉庫の中にある備蓄は、たしか正確な数は432個だったと思うが、それで足りなかったら困るからな。それに、【回復薬】はいくらあっても困らない。余ってもまたそのうち俺が使うし。 


“またスライムかぁ……可哀想に……。というか、見ず知らずの人のためにそこまでする?”


む……なんだよルカ、その目は。さては「放っておけばいいじゃん」とか思ってるな?


()()()()()()()()()()()()()()()()()? 【回復薬】を集めてくる()()で目の前の命が助かるならさ」


“【回復薬】を集めてくる「だけ」、ねぇ……。主にとっては片手間にできることでも、他の人にとっては命がけなんだよなぁ……”


そりゃあ俺だって「外国の貧しい子供たちのために募金を!」とか言われても実感が湧かなくてスルーしちゃうかもしれないし、かといって目の前で自動車に轢かれそうになっている人のために道路へ飛び出せるか? と言われると自信はない。


でも、目の前で線路に落ちた人がいたとして、そして自分のすぐ近くに電車の緊急停止ボタンがあったら、それを押すくらいのことはさすがに誰だってするだろ?


むしろ「緊急停止ボタンを押すことで俺に何か得があるのか?」とか言ってる奴がいたらドン引きだよ! 押すくらいしてやれよ! 別に難しいことは言われてないんだからさあ! それで目の前でグモッチュイーーンされたら絶対トラウマになるし、遺族にもすんごい怨まれるぞ!


「ほら行くぞ! もしも『あと数分【回復薬】を届けるのが早かったら助かっていた』みたいな展開になったらどうすんだよ!」


“うーん、主はその善意をモンスターにも分けてあげれば丁度いいんじゃないかなぁ……”


俺はダンジョン入口にトンボ返りすると、ダンジョン上層8階層へと駆けていくのだった。



──────────────────────



《裏》


青年が目を覚ますと、そこは真っ白い部屋の中だった。


「……ここは、どこだ……? 確か……俺は――」


まともに思考できたのはそこまでだった。自分が()()()()()()()思い出そうとした瞬間、青年は激しい吐き気に襲われて咳き込む。


彼はノーム畑に生き埋めにされ、ゆっくりと腐敗させられていく自身の身体に絶望しながら、ただ死ぬのを待つだけだった。


痛みはなかった。しかし全身の感覚もまた存在していなかった。すでに自身の首から下は腐り落ちて消滅しているのではないかという恐怖は、どんどん青年の精神を追い詰めていく。


気が狂いそうになる時の中で、外部からの刺激は聴覚と視覚、そして嗅覚だ。これらを失えば青年の意識は完全なる闇に落とされ、やがて精神を崩壊させるだろう。それが分かっているからこそ、青年はそれらを追い求めた。自己を保つために追い求めざるを得なかった。


だが、それすらもノームが用意した悪辣な罠であった。


聞こえてくるのは、自分より先に生き埋めにされたであろう冒険者の呻き声。見えるものは、腐り果てて崩れ落ちる誰かの頭部。そしてその残骸から漂う腐臭――


そのどれもが、青年から正気を奪っていく。それでも耳を塞ぐことはできない。目を逸らせない。鼻を摘まむことも不可能だ。物理的に不可能であるし、たとえ可能であっても、それによって意識が闇の中に沈むのは耐えられない。


……そして、ついに自分の息遣い以外の音が消えた。この場で生きている人間は自分だけだ。視界は霞んで見えなくなりつつあるし、嗅覚も利かなくなってきた。しかし、それらが完全に途絶えるよりも先に、とうとう青年の精神が限界を迎えてしまう。


「――――」


ふと、誰かの声が聞こえたような気がした。いやきっと幻聴だろう。それでも構わない。もうすぐ俺は死ぬ。だが、そうすれば自分はノームどもの養分としてその生を終えることになる。せめて人間として死にたい。それが青年の最期の願いであった。


「だから、その前に」


殺してくれ。青年はそう言おうとして――






「い や 呑 気 に 喋 っ て る 場 合 じ ゃ な か っ た わ !」


「(いってぇぇぇぇぇ!?!?!? し、死ぬぅぅぅぅぅーーー!!!)」


ものすごい衝撃と共に、今まで生きてきた中で1度も感じたことがないようなすさまじい痛みが頭頂部を襲ったことで、それまで考えていたことが全部ふっ飛んだ。単純な暴力(痛み)を前にすると、人間は何も考えられなくなるのである。


「(ゲェーーーッ!? 【黒き狂人】ンンンンン!?)」


……そして【蘇生薬】によって一時的に視界が晴れた青年が見たものは、鬼のような形相でビンを振りかぶる「ぶっちぎりでイカれた奴」の姿であった。


「オラッ【回復薬】!」


「(あががががが…………)」


再びやってきた頭頂部への痛みによって、青年はそれまで頑なに手離そうとしなかった意識をあっさりと手離した。


ついでに言うと、心を守るために防衛機制が働いたのか、ここ数週間の記憶が全部消し飛んだ。


それが結果的に青年の廃人化を防いだ。ショック療法もいいところであったが、精神崩壊する直前で何も考えられなくなるほどの痛みを与えて思考を強制終了させ、それ以上なにか考える前に記憶を消し飛ばしたからだ。あと少し遅ければ、青年は植物人間のような状態でこの場に横たわっていたことだろう。


「――って、ここは病院じゃないか」


【狂人】の顔(なんかやべぇの)を思い出しそうになって吐き気に襲われた青年だったが、しばらくすると吐き気は治まり、自分が今いる場所がどこなのか理解した。


だが、なぜ病院にいるのかが分からない。ダンジョン中層に行ったところまでは覚えているが、それ以降の記憶が全くないのだ。


分かることは、いまだに頭がジンジンと痛むということだけだ。てかマジでいてぇんだけど? 大丈夫? 頭頂部ハゲてない???


「(まあ、病院にいるってことは、大方ダンジョンで何かヘマをやらかして勇者様(お人好しの冒険者)にでも助けられたんだろうが……)」


「ん?」


と、ここで扉をノックする音が聞こえた。さっきまで意識不明の患者だったから医者なら黙って入ってくるだろうし、知り合いは無遠慮な野郎どもばかりなのでバカ丁寧にノックなんてしないだろう。


もしかして俺を助けた奴だろうか? そう考えた青年は入室を許可した。


「失礼いたします」


声からして男だな。さて、いったいどんな優男が顔を出すのやら。などと思っていると――


「よかった、目を覚ましたんですね」


「(ゲェーーーッ!? 【黒き狂人】ンンンンン!?)」


残念! 青年を助けたのは勇者様(お人好しの冒険者)ではなく「ぶっちぎりでイカれた奴」だったのだ!


「いやはや、本当によかった。あなたを見つけた時はもう手遅れかと思いましたよ」


「アッハイ……それに関してはマジでありがとうございました……」


助けてもらったことに関しては純粋に感謝しつつ、相手がよりによって何を考えてるのか全く分からない奴だったせいで完全に思考停止してしまった青年だったが、そんな彼をさらなる驚愕が襲った。


「俺を助けるために……【蘇生薬】1個、【脱出結晶】3個、そして【回復薬】を556個も使った……だって……?????」


雑談みたいな感じでどうでもよさそうにサラッと言われたので聞き逃しそうになったが、運悪く彼の耳はその発言を拾ってしまう。


「(つまり、なにか? 俺は知らん間にあの【黒き狂人】から膨大な借金を背負うことになっていて、その総額は――)」


「…………クゥーン」


「うわっ!? ちょっ、どうしたんですか!? メ、メディーーーック!!!」


1度に色々なことがありすぎてキャパシティーオーバーしてしまった青年は、再び意識を手離したのだった……。

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― 新着の感想 ―
両ひざを広げて中腰になり両手をキツネにしてから顔と一緒に両腕を広げ真上に仰ぐ! 「Foo(↗)! レベルアップがきんもちいいぃぃぃぃぃ!!!」のポーズ!<想像>
[一言] 大丈夫大丈夫!ちょっと狂人とパーティー組んで狂人ムーブするだけで直ぐに貯まるレベルの借金だって!
[一言] 世界は狭いですねぇ…
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