11.「故郷の畑に火を放つ」は鬼畜の所業
「盾二刀流【死中活】【シールドアサルト】強すぎん? 上層のボスがワンパンだったんだが」
「おかしいな……盾二刀流のためには【剣士】をマスターして両手武器二刀流を解禁する必要があるし、【シールドアサルト】は【騎士】を7割がたマスターしないと覚えないはずだけど」
「そら(序盤でそこまで【剣士】と【騎士】極めたら)そうよ」
「(※女の子が『変態だー!!!!』と叫んでる画像)」
「こいつ、プレイ時間がえげつないことになってるか、縛りプレイでパーティキャラ最低人数縛りしてるかのどっちかだな」
「どっちにしろ変態じゃん」
「それでも中盤以降は敵のAVDっていう大きな壁が立ちはだかるから無条件で【シールドアサルト】が最強ってことはないぞ」
――とあるSNSの書き込み
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《表》
「ところで、そろそろノーム畑がある場所に到達するよな」
“……いつも思うんだけど、主ってどこでそんな情報を仕入れてくるの? ボッチだよね?”
順調にダンジョン攻略を進めていた俺たちは、すでに15階層に到達していた。そして、15階層にはルカの故郷であるノーム畑と、その周りを囲うようにして集落が存在している。
もっとも、この世界ではマップに場所の記載がないところを見るにノーム畑は未発見のようだ。まあそれも無理はない。【アへ声】だとノーム畑がある場所へはサブイベントをこなさないと行けないようになっているからな。
そのサブイベントのタイトルは【ノームの依頼】。大まかな内容としては、ノームから依頼を受けて15階層に散らばっている新型ゴーレムのパーツを集めてくるという、いわゆる「お使いイベント」というやつだな。
ただし、依頼通りにパーツを集めてくると新型ゴーレムとノームの大群に襲われる。主人公一行をさんざん利用したあげく、「別に探してくれとは言ってない(※無言だから)」「お前がこっちのジェスチャーを曲解しただけだろ?」とでも言わんばかりに殺しに掛かってくるという、【アへ声】における人間とモンスターの関係性を垣間見ることができるイベントとなっていた。
ちなみに、このサブイベントは主人公の【スタンス】によって話の展開が微妙に異なり、最終的にどんな結末を選んだかが【善行値】に影響する。
【スタンス】というのはそのキャラクターの人間性を表現するためのシステムだ。別のゲームで「属性」とか「アライメント」とか聞いたことないだろうか。「NEUTRAL-LAW」とか「混沌・善」とか、ああいうのと似たようなシステムだな。
【アへ声】ではまず「冒険者としての【スタンス】」と称して【正道】【中道】【外道】の3種類でキャラクターが分類される。すなわち、
「勇者の遺志を継いでダンジョンに潜る者」
「日々の生活のためにダンジョンに潜る者」
「欲望を満たすためにダンジョンに潜る者」
の3種類だ。といっても、これはあくまで「冒険者としてのスタンス」であって善悪を表すものではない。
勇者の遺志を継いで世界に平和を取り戻そうとする者の中にはそれを為すことによって得られる名声や富が目当ての者もいるし、ダンジョン内で稼ぐ手段はモンスターの討伐から違法スレスレの初心者狩りまで様々だし、抱えてる欲望が必ずしも他人に害を及ぼすものであるとは限らない。
つまり、「最強になる」「ダンジョンを制覇する」という欲望のためにダンジョンに潜る俺は【外道】ではあるが「悪人」という訳ではないんだよ。本当だぞ?
善人か悪人かを決定するのは【善行値】で、ゲーム開始時に20からスタートしてそこから選択肢によって上下し、マイナスに振り切れると悪人、0~50で常人、51以上で善人として扱われる……という訳だ。たとえば今の俺の【善行値】は40なので、善寄りの中立だな。
ちなみに【正道】の場合は話の展開が「ノームが本当に悪しきモンスターなのかどうか見極めるため」となり、【中道】の場合は「目の前で宝石をちらつかされたから手伝う」となり、【外道】の場合は「ゴーレムに興味があるから見に行く」となる。
結末については、最後までパーツを集めるか途中で騙されたことに気づいた時に「やはりノームは悪! / テメェ騙しやがったな!」とノームを殲滅した場合は【善行値】に変動なし。途中で騙されたことに気づいた時に「パーツを破壊されたくなければ俺の要求を飲め!」と脅した場合は【善行値】が減少する。
これを踏まえた上で、俺の取る行動は1つだ。
「初手ノーム殲滅の後でパーツを集めてルカに直させる!!!」
“これで【善行値】減らないってマジ??? 神は寝てるの???”
俺は最初からノームどもが人間を騙す気マンマンってことを知ってるし、原作知識が間違ってないことはルカにそれとなく聞いて確認済みだ。そして俺にはゴーレムを悪用して他人に迷惑をかけるつもりなどこれっぽっちもない! だからこれは悪行ではないのだ!
「まあ、そういう訳なんだが……ルカ」
“皆まで言わないでよ。かつての同族と敵対することを躊躇するくらいならさっさと自害を選んでるよ。もう後戻りできる時期なんてとっくの昔に過ぎてるんだ”
俺が「これから君の故郷を襲撃するけど、君はそれでいいのか?」と聞こうとすると、その前にルカはこちらを制止するように掌を見せた後、肩を竦めてみせた。まるで「皆まで言うな」とでも言いたげだ。
「本当にいいんだな?」と確認を取ってみても、力強い頷きが返ってくるだけだった。どうやら故郷に未練はないらしいが……なんだろう、他のノームからイジメでも受けていたんだろうか。
「なるほど、そういうことなら遠慮はいらないな! それじゃあノーム畑を焼き払うぞ!」
“だからって思うところがないワケじゃないんだけどなぁ……”
「見えた! 入口だ! オラッ【弐の剣】!」
ルカと同じミディアムショートの茶髪が見えた瞬間、俺は【弐の剣】をブッパした。本来ならこいつに話しかけることでイベント開始なのだが、時間の無駄なのでキャンセルだ。
“……ん? あれはなんの光――ぎゃわわぁぁぁッ!?”
ルカと同じ顔をしたノームが無表情のまま宙を舞い、HPが全損してダンジョンに溶けて消えていく。【アへ声】において雑魚敵として登場するノームはキャラグラが3匹で1組になっているので、単体だとHPは3分の1なんじゃないかと推測していたが、どうやら正解だったようだ。
「確かこのへんに……あった!」
“怖いなぁ……だから何で隠し通路の場所とか知ってるのさ。やっぱりボクの思考を読めたりするの? だったら変に気を回したりせずに普段からボクの要望とか読み取って欲しいかなって”
ノームの背後の茂みを調べてみれば、そこにはノームの集落へと続く獣道があった。俺が先陣を切って進んでいき、後ろからルカが浮遊しながら俺に続く。
“なっ!? まさか侵入者――ぎゃわわぁぁぁぁぁッ!?”
“貴様、裏切り者――ぎゃわわぁぁぁぁぁッ!?”
“悪いけどボクはもうノームじゃないんだ”
増援を呼ばれる前に道中のノームを蹴散らし、集落へと突入した俺たちは、電撃的に集落を制圧しにかかる。今回は時間との勝負だ。ノームに統率された動きを許すと厄介なので、その前にケリをつけておきたい。
“おのれ! 畑の肥やし風情が! 我らを偉大なる大地の使者と知っての狼藉か!”
“貴様らは我らに頭を垂れて慈悲を請うべき存在であろう! さすれば我らの糧となる名誉を与えてやるというのに……この、下郎がァ!”
“イタタタ……アイタタタ……。以前のボクもこんなのだったかと思うと、やんなっちゃうなぁ……もぉー……”
まずはゴーレムを起動される前に全て破壊する。こいつらはノームと違ってダンジョン中層のモンスターに相応しい強さなので、この状況でまともにやりあうのは避けたいところだ。
“次、あっちの方。で、そこに隠してあるゴーレムで最後のはずだよ”
“ゴーレムが……!? こ、この裏切り者めぇぇぇぇぇ! 貴様、覚悟はできているのだろうな!?”
しばらくルカのナビゲートに従ってゴーレムを破壊して回っていると、ルカがサムズアップしてきた。「今ので最後」の合図だ。
“貴様は火炙りの刑に処したのち、残った灰はダンジョン下層の海に撒いてくれる!”
“二度と母たる大地の御許へ還れると思うなよ!”
“うーん、以前のボクだったら「極刑なんて嫌だ! 許してください!」って泣き叫んでたかもしれないけど……今じゃ全然恐ろしくないなぁ。もっと酷い末路を辿ったモンスターたちを嫌というほど見てきたからかな? あと、覚悟する必要があるのはキミたちの方だと思うよー?”
ルカはそのまま指を下に向けて他のノームたちを煽り始めた。同族と仲が悪いらしい、というのは本当だったみたいだ。それで故郷を焼くのに同意するのはどうかと思うが、まあそのあたりはモンスターゆえの価値観か?
「よし、そろそろ頃合いだな! ルカ! 手筈通りに!」
“はいはい、分かったよ”
ルカがあらかじめ渡してあったビンの口に火を着ける。そう、【火炎ビン】である! 説明不要の投擲用アイテムだ!
“き、貴様、正気か!? ノームが大地に火を放つなど……人間の奴隷となったことでイカれたとしか思えん!”
“まっ、ある意味そうかもねー……でも他人に指摘されたら腹立つなぁ”
それを見たノームが後退る。無表情ではあるが、さすがに自身の弱点に対しては本能的な恐怖があるらしい。
そう、ノームの弱点は「炎による攻撃」だ。炎属性の範囲魔術を使えばまるで蚊柱に殺虫剤を掛けたかのようにバタバタと死んでいく。
また、【延焼】という「数ターンの間身体が炎上してHPが減り続ける」状態異常に対する耐性が皆無のため、付与が確定成功する。さらに【アへ声】では【延焼】状態の間は「転ぶ」「叫ぶ」といった無駄行動でターンを消費するAIが組まれているという徹底ぶりだった。
そして、【火炎ビン】は炎によるダメージの他に【延焼】状態を付与する効果がある。あとは分かるな?
“あ、そーれー”
“や、やめろぉぉぉぉぉ!!!”
そして、ルカが投げた【火炎ビン】が放物線を描いて落下し、目標へと着弾した。
俺に。
“………………はっ?????”
「隙ありィ! 【参の剣】ッ!!!」
“ギャバァーーーーーッ!?”
「説明しよう! 【延焼】とは、その名の通り『燃え広がる』状態異常である! つまり今の俺に接触したノームは問答無用で【延焼】状態になる!!!」
より詳しく言うと、「隣接する仲間」か「近接物理攻撃を与えた敵」か「近接物理攻撃をしてきた敵」に接触判定が行われ、低確率で【延焼】が移るのだ。
そしてノームには【延焼】耐性がなく、【参の剣】は全体攻撃ではあるが近接攻撃扱いだ。あとは俺自身の【延焼】耐性を「無効化は出来ないけど効果は薄い」状態まで上げてやれば――
“ぎゃわわーーーっ!”
“ぎゃわわーーーっ!”
“ぎゃわわーーーっ!”
“はははっ、みーんな同じこと言ってるよ。……結局、ボクらノームは主の言うようにただの「働き蟻」にすぎなかったってことか……”
まあ、結果はご覧の通りだ。【アへ声】プレイヤーの間では【焼き畑農業】【惨の剣】【炎の息吹・惨ノ型】などと呼ばれていた経験値稼ぎ方法である。この世界においても、【延焼】耐性のおかげで全然HPが減らないし痛みも「まあちょっと痒いかな?」って程度なので、こちらにデメリットはほぼない。
まあ例によって【参の剣】の効果が現実仕様に変わっていたり、倒してもノームが無限湧きしたりはしないといった違いはあるが……そのあたりはルカを【参の剣】に巻き込まないよう遠くの方から【火炎ビン】を投げさせたり、経験値稼ぎではなく殲滅手段として使うなどで対応することにした。
“……ボクは違うぞ。主と一緒に、絶対に「特別な存在」になってやる。このまま無価値な存在で終わるなんて、絶対に――”
「Foo(↗)! レベルアップがきんもちいいぃぃぃぃぃ!!!」
“だから温度差ァ!!! どうせそんなこと考えてるんだろうなとは思ってたけど、いちいち口に出さなくていいからッ!!!”
「よし、じゃあさっそくその最新型のゴーレムとかいうのを見に行こうぜ!」
“あっつ!? ちょっとぉ! 火だるまの状態でこっち来ないでよ! というかさっさと火を消せってば! なに? もしかしてわざとなの? だ か ら や め ろ っ て 言 っ て ん だ ろ !”
俺はまだノームの生き残りがいないか警戒して【延焼】状態はそのままにしつつ、疲れた様子で飛んでいたルカを肩に乗せ、集落の奥へと進んでいくのであった。