第九話
「おはよーございまーす!…ってあれ?」
朝、いつものようにギルドに顔を出す。
が、居たのは魔女さんだけだった。
オッさんはまだ帰らないとして…。
「他の人は?」
魔女さんに尋ねる。
「さぁ?」
興味無さそうだった。
こちらを見向きもせず、ただ黙々と何か…ビンを火に掛けたり、粉を混ぜたりしていた。
「あ、ペーカさん。おはようございます。」
魔女さんの様子をなんとなく眺めていたら、奥の扉からゲラ子さんが出て来た。
「良かった…二人きりじゃなかった!おはようございます!」
心の底からホッとした。
「ところで、他の二人は?」
今度はゲラ子さんに尋ねる。
「マゲさんもキャロリンさんも、お仕事に行ってますね。」
「そうですかぁ…どうしよ…私一人でできそうな依頼ってあります?」
「ありますよ。…ただ、本当におつかいみたいな内容になりますけど。」
そう言って、手に持っていたリストを渡してくれる。
「おつかい…まぁ今までの仕事よりもマシな気がする…。」
内容は様々だが、『危険だから専門家に頼む』感じのものから、『やりたくないから、金を払って押し付ける』感じのものまで、思いの外沢山あった。
「家事代行まで…ってなにこれ報酬高っ!?」
「あー…それはちょっと特別というか…。」
「なんかヤバイやつですか?」
「あはは。思ってるような、危険なやつじゃないですよ。依頼元もしっかりしてるし。」
「じゃあなんでただの家事で、こんな額に?」
「まぁそれは…実際行ってみれば、分かりますよ。」
「そうですか?」
なんだかよく分からないけど…。
「とりあえず、行ってきます!」
「…わぁお。」
地図を頼りに、依頼者の元へ辿り着くと、想像以上に立派な屋敷だった。
とはいえ…。
周りの住宅よりも一回り大きい程度で、警備も見当たらず…貴族にしては寂れた印象で、庶民にしては無駄に大きな家、といった感じだ。
コンッ!コンッ!
「すみませーん!」
とりあえず、入口のドアをノックする。
それから少し待つと、ドアが開いた。
「はいはい…どなたですか?」
中から出て来たのは…お婆さんだった。
家政婦の格好をしていて、どこか疲れた様子だった。
「あのっ!私っ!依頼を見てきた、ギルドのっ!」
初めての自分一人の仕事、という事で、思わず緊張して片言になってしまう。
「依頼?」
「はいっ!コレの!」
慌てて依頼書を出して見せる。
「…あー、コレねぇ!はいはい、じゃあ今日はよろしくねぇ!」
分かってもらえたようで、にっこりと笑顔で迎えてくれた。
「はいっ!よろしくお願いします!」
「じゃあついて来てね。まずは洗濯物からだね。」
そう言って、屋敷の中へ招かれる。
とりあえず、言われるまま、お婆さんの後をついて行く。
「はい、コレ持って。」
お婆さんに、抱えきれないほど大きな洗濯桶を渡される。
「…コレ、使うんですか?」
嫌な予感が、思わず口に出る。
「もちろん。じゃあ行くよ。」
洗濯物の山を抱えたお婆さんが歩き出す。
それに置いて行かれないよう、必死に桶を持って、ついて行く。
〜
「ふぅ。」
桶を下ろし、一息つく。
屋敷の長い廊下を歩き、裏庭まで運ぶ事になった。
なかなか良く働いた。
うん、頑張った。
「はい、じゃあコレが洗い物ね。」
目の前に、白い布の山を、ドンと置かれる。
ですよねー。
「はい…頑張ります。」
まぁ、桶の大きさから考えて、コレくらいは来るか…。
諦めて、空の桶にバケツで水を入れる。
裏庭が、洗い場の横で助かった。
「よっこいしょ…っと。」
私の桶の前に、お婆さんが別の洗い物を持って腰をおろす。
「お婆さんも一緒に洗い物ですか?」
「そうよー。…あれ、まだ名前も聞いてなかったかね?」
「そうですね。」
「あらごめんねぇ!バタバタしててつい!私はエルマね。お嬢ちゃんは?」
「はい!私はペーカです!」
「じゃあペーカちゃんは、そっちのシーツをお願いね。」
そう言って、白い布の山を指さす。
あの山は、全部シーツだったのか。
「毎日交換しないといけないんだけど…これだけ大きいと、洗うのが大変でねぇ。サボっちゃうとすぐ山になるの!」
それでこんなに…。
「あ、まだ持ってきてない分もあるから。」
ゲラ子さんが、『ちょっと特別』だと言っていた意味が、ようやく分かったのだった。
〜
「この年になるとねぇ、もう体力がねぇ…。ペーカちゃんは今いくつ?」
「二十です!」
「か〜二十歳か〜…私にもそんな頃があったな〜。」
洗い物をしながら、エルマさんとお話をする。
「さて、そろそろお昼ごはんの準備をしようかね。ペーカちゃんも一緒に食べる?」
「はい!ありがとうございます!」
「じゃあ準備できたら教えるね。」
「はーい!」
そんな感じでお昼ごはんまでご馳走になって。
「客間の掃除もやっちゃおうか!」
その後も色々仕事をやって。
「あら、もうこんな時間!ペーカちゃん、今日はありがとね!」
すっかり夜になってしまっていた。
「それとも泊まっていく?」
「いえ!今日は帰ります!」
また仕事が増えるのではと危機感を覚え、すかさず断った。
「あら、そう?じゃあね〜!またおいで〜!」
「はーい!」
元気に挨拶を返し、屋敷を後にした。
とても疲れたけど…エルマさんとも仲良くなったし、なんだかんだ楽しかったな。
「…また行きます!」