第七話
「うーん…。」
後日。
村のギルドで、病気関連の資料の目録を眺めていた。
「…なんだ?医者にでもなる気か?」
その様子を見たオッさんが、声を掛けてきた。
「いや、そこまでは考えてないですけど…。」
「じゃあギルドの資料なんか、役にたたんぞ?」
「そうなんですか?」
「ギルドのそういう資料は、学者向けなんだ。
だから一つ一つが高いし…何より、仮に病気や薬に詳しくなっても、病気を治したり手術をしたりは、できるようにならんだろ?」
「…そうですね。」
「それに、そもそも何の病気か、見当がついてんのか?」
「いえ…全く。」
諦めて、目録をゲラ子さんに返す。
「…やっぱ、お医者さんに診てもらうしか無いかぁ…。」
「まぁ、それが結局、一番安く済む方法だ。」
「そっかぁー…でも一番近い病院が王都でしょ?連れてくのもなんか不安だなぁ…。」
「は?一番近くが王都?どこの田舎に住んでんだ?」
「旧王都ですけど…?」
「あー、そりゃ駄目だ。ペーカ、今すぐ依頼をキャンセルしろ。」
「え?どういう事ですか?」
「…どっから説明したもんか…マゲは何も言わなかったのか?」
「無法地帯、とだけ…。」
「そうだ。無法だ。あそこに法は無い。」
「…つまり?」
「全員犯罪者だ。」
「えぇっ!?」
「そもそも、身分証が有効かどうか以前に、持ってるかどうか怪しい連中だ。
保険が無いどころか、そのまま逮捕って可能性もあるし…。
なんなら、連れて来た人間も、犯罪者の手引としてついでに逮捕だってあり得る。」
「そんな…でも、小さな子供も居るんですよ…?」
「だいたいマゲもマゲだ。なんで旧王都って分かってて連れてったんだよ?」
「おっと、こっちに飛び火でござるか。はっはっはっ。」
「犯罪者って…本当に悪い事した人たちなんですか…?」
「そもそも旧王都は立入禁止区域だ。出入りしたお前も、バレたら罰金だ。」
「…他には?」
「さぁな。何してるかなんか、知りたくもねぇよ。」
「じゃあ何で私は良くて、あの人たちは駄目なんですか!?」
「…将来性の話だ。お前は職に就いてるし、今日明日の飯を買える金もある。
だが、アイツらはどうだ?
今助けて、その後は?」
「…。」
「分かってるだろ?そういう事だ。」
相変わらず、オッさんの言う事は、嫌気が差すほど正しい。
「…なんとも、つまらん結末でござるなぁ。」
黙り込んでいると、マゲさんが口を挟む。
「ペーカ殿。一つ、よい事を教えてさしあげようぞ。」
「よい事…?」
「オッさんの知り合いに、病気に詳しい人が居るでござるよ。」
「おいマゲ!なんでそれ知って…いやなんで今それを言った!?」
「はっはっはっ。先日のお返しでござるよ?」
「クソッ。今度は俺が連れて行けってか?冗談じゃねぇ。」
「あの…。」
「駄目だ。」
「速っ…まだ何も言って無いのに…。」
「駄目だ。」
「…何で駄目なんですか?」
「何ででも。関わりたくないし、関わらせたくないからだ。」
「あんなにラブレターを貰ってたのにでござるかぁ?」
「ラブレターって?」
「アンナリーザ・バルジ。『魔法が使えない魔女』、でござったな?」
「えっ!?あの人がそうだったんですかっ!?」
言われたオッさんよりも、聞いてたゲラ子さんの方が驚く。
「…有名な人なんですか?」
「はっはっはっ。有名だったのは、十年近く前の話でござるゆえ、ペーカ殿は知らなくとも無理は無いでござる。」
「わ、私もまだ学生でしたよ!?」
ゲラ子さんが、なぜか慌てて謎の釈明をする。
「魔法が使えないながら、皇国第二機動隊の衛生兵長に抜擢され、更には、作った毒で一国を滅ぼしたとかなんとか…。」
「へー…凄い人なんですね…。」
よく分からんけど。
「まぁ流石に噂話は、大げさに言ってるだけでござるよ。
とにかく、病気や薬の専門家でござる。」
「オッさん…。」
「駄目だ。」
「なんでですか?」
「だから言っただろ?」
「そうじゃなくて!
目の前に死にそうになってる人が居て!
助ける手段もあるのに!
なんで駄目なんですか!?」
「助ける意味が無いって言ったろ?未来が無い。」
「人の命が掛かってるんですよ!?人の命を選べるほど偉いんですか!?」
「お前だって、『目に入った』って理由でその依頼人に肩入れしてるだけだ。
視界の外にも、死にそうな連中なんか山ほど居る。」
「だからって…!」
「ペーカ。大人になれ。」
「…最初から何もせずに諦めるような大人にはなりたくありません。」
「…言ってくれるなぁ…。」
「…それで?『大人』は子供のワガママに、どうするつもりでござるか?」
「チッ。はいはい分かった分かった、連れてきゃいいんだろ連れてきゃあ。」
「オッさん…!?」
「ただし、一つだけ約束しろ。」
「…なんですか?」
「依頼が済んだら、二度と依頼人と関わるな。」
「どうしてですか?」
「お前の事だ。どうせズルズル面倒を見る気だろうが…お前はアイツらの何なんだ?
どこまで責任を持てる?」
「それは…。」
「仲が良くても他人は他人だ。
人生まで背負うんじゃねぇ。
だから依頼が終わるまでの関係だ。」
「…。」
「これが約束できなきゃ、連れて行けねぇ。」
「…わかりました。」
ー
「…着いたぞ。」
船に揺られた先は、皇国の港だった。
「こっちだ。はぐれるなよ。」
さっさと歩きだすオッさんの後を、慌てて追いかける。
少し歩いた先、崖の上に一件だけ、ぽつんと屋敷が建っていた。
港町にはずらりと建物が並ぶ中、一つだけ明らかに離れた位置にあるそれは、まるで隔離されているようだった。
「少し距離があるが…アレだ。」
「あ、やっぱりそうなんですね。」
そのまま、真っ直ぐに屋敷へと向かう。
「…お前は余計な事は喋るなよ。」
事前に、オッさんに釘を刺される。
「アイツは魔女だ。魔法が使えないだけで、人間じゃない。…そう思っとけ。」
ー
「…おや?おやおや。
誰かと思えば…オッドくんじゃん?」
屋敷から出迎えたのは、私より少し年上な感じの女性だった。
服はぶかぶかな物を着て、髪は伸びきったものを適当に結んでいるようで…一目で『だらしない』と思った。
「で、何の用?」
「あー…ちょっと頼みがあってな…。」
「何?お金?」
「違ぇよ、困ってねぇよ!」
「じゃあ何?私の手紙よりも大事な話?」
「うっ…そりゃ…悪かったって。」
「本当にそう思ってる?返事が一通も来てないんだけど?」
「えっ?一通も出してないんですか?」
思わず口を挟んでしまった。
「…あれ?この子は?娘?」
「ちゃうわ!そこまでオッサンじゃ…待て、ペーカ今いくつ?俺今年いくつになるっけ…?」
「もう十分オッさんじゃん。」
「ま、いいや。とりあえず上がりなー。」
そう言って、だらしないお姉さんが屋敷の中へ消えて行く。
「…はいはい、お邪魔しますよー。」
それにオッさんが続いて行く。
「あっ、はいお邪魔します。」
遅れないように、その後に続く。
ー
「で。改めて、何の用?」
案内された部屋に入り、座ると直ぐに尋ねてきた。
「栄養剤をくれ。人間用のだ。」
「病院にでも行けば?」
「…ちょっと他の症状が分からんからな。あと適当に、鎮痛剤と解熱剤も出してくれ。」
「何で要るの?」
「…仕事で使うんだ。」
「『仕事』ねぇ…じゃあ、代わりに何してくれるの?」
「何、ときたか…。」
「お金には困ってないからね。」
「医者に高い金払って買った方がマシだったか?
でもそれも俺の自腹だろ?
それはそれで嫌だなぁ…。」
「じゃあそんな仕事やらなきゃいいのに。」
「いや…それは…そうなんだが…。」
「あの、私の仕事なんです。」
「ペーカ!」
「オッドは黙ってて。
…そうなんだ。で、どんな仕事?」
「えっと、旧王都に親子が居て…母親が病気で、生活に困ってるんです。」
「ふーん?」
「子供もまだ小さくて、お母さんと別れるのは可哀想だから…。」
「それはいいから、仕事の内容は?」
「えっ…?」
「…アンナ、今のが仕事だ。」
「は?」
「…。」
「あっはははっ!オッドの新しい仕事って、ベビーシッターだっけ?それとも孤児院勤め?なんか悪い宗教でも始めたの?」
「帰るぞ。」
「あぁ、待った待った。薬なら出したげる。
ただ、そっちの仕事を手伝うんだから…こっちの仕事も手伝ってよ。」
「仕事って…何を?」
「私は薬を出してそっちの仕事を手伝う。
だからそっちはオッドが私の仕事を手伝う。対等でしょ?」
「何が対等だっ!たった二人のために、いったい…!」
「じゃあ、いいの?」
「オッさん…。」
「…分かった。やればいいんだろ。」
「ふふっ。じゃあ、はい。」
お姉さんが、その辺の棚から、小包をポイポイと投げてくる。
「嬢ちゃんは、それ渡すだけでいいよ。経過観察はオッドがやるから。」
「はぁ。」
「オッドはしばらく借りるから。もう行っていいよ。」
「…はい。ありがとうございました。」
なんだか、取っ付きにくい人だなぁ…。
ー
そのまま、旧王都の、依頼人の元まで向かった。
「すみません、居ますか?」
家を訪ねると、また小さな子が出迎えてくれた。
「おねえちゃん!」
私の事を覚えてたのか、パッと笑顔になる。
「うん。ちゃんと薬、持って来たよー。」
「ほんと!?」
「本当本当。有名な魔女さんが作った薬だよ。」
「すごい!」
「はい、これ。」
小包を渡すと、直ぐに奥へと走って行った。
「…さて。」
名残惜しいけど、オッさんとの約束だ。
薬は渡したから、依頼はおしまい。
経過観察はオッさんがするって言ってたし…。
あとは、心残りを増やさないように、さっさと帰るだけ。
…そうだ。
病気が治れば、きっと元の生活に戻れるだろう。
そして、旧王都の外で会えばいいんだ。
「…またね。」
それだけ言い残し、その場を後にした。
作者「いいセリフを思いついたんだけど、どういうシーンで使ったらいいかなぁ?」
友人「どんなセリフ?」
作者「優しい言葉が欲しいだけなら、お家に帰ってママにでも頼みな!
…あぁ、もうママは死んでるんだっけか。
じゃあすぐにでも会わせてやるよ!
…って言うセリフなんだけど…。」
友人「仮にもギャグ路線なんだから、どんなシーンでも使っちゃ駄目だろ。」
作者「ド正論。ぐうの音も出ねぇ。」
今日も平常運転です。