第五話
「すみません、何から何まで、お世話になってしまって…。」
翌朝、まだ日も出てない早朝。
結局、晩ごはんと宿だけでなく、4人分の食料までいただいてしまった。
別れ際、お爺さんに改めて感謝する。
「いいさ。…村の連中が、間違って婆さんの分まで置いてったんだ。」
気を遣わないように、気を遣った言い訳までしてくれた。
「…本当に世話になった。今度、改めて礼をさせてもらうよ。」
「ハッ!わしが死ぬ前までにしてくれよ?」
「ははっ、じゃあ急がないとな!」
「わぁ!海!」
フィーネちゃんが、海を見てはしゃぎだす。
「すごい!本当に広い!」
「そうか…エルフは森の方の種族だったか。」
「じゃあ、初めて見るんだ。」
「うん!」
「遊ばせてやりたいところだが、生憎と追手が来てるんでな。出発するぞ。」
オッさんを先頭に、船に乗り込んでいく。
「すまんがキャロリン、頼んだぞ。」
「はいはい…責任が重いねぇ。」
そう言うと、キャロリン先輩が船を外側から押して進める。
「…相変わらず、凄い怪力…っておわぁっ!?」
陸を離れた途端、物凄いスピードで進みだす。
「落とされないよう、しっかり掴まってろよー!」
「オッさん、もっと早く言って!?」
「すごいすごい!」
「…あ、でも慣れたら案外楽しいかも?」
「うん!楽しい!」
「旅行じゃないんだが…まぁ、良いか。」
「魔法って、やっぱり便利ですね!」
「…そうでもないぞ。」
「えっ?どうしてですか?」
「確かに、魔法でできない事はない。が、現実はそうもいかない。」
オッさんの返事に、ますます分からなくなる。
「そもそも、魔法ってのは、『魔素』っていうエネルギーに命令して、無理矢理動かしたりする行為だ。
『魔素』は命令されれば、どんな物にも化けてみせる万能なエネルギーだ。
だが問題は、これを扱うのが、人間だっていう事だ。」
「…つまり?」
「クソほど効率が悪い。」
「えぇ…そうなんですか?」
「あぁ。例えば…人間が宙に浮くには、どうしたら良いと思う?」
「えぇ…そんなの、魔法じゃないと無理でしょ。」
「いや、ジャンプすればいいだけだ。」
「あ、一瞬でいいなら、確かにそうですね。」
「もしくは、2、3人で持ち上げればいい。」
「なるほど…それならもっと長く浮いてますね。」
「だが…魔法で浮かすとなると…たった一瞬だとしても、5、6人分の魔法が必要になる。」
「は?そんなに?」
「そうだ。人間が扱う場合はな。大体、人力の2倍の魔法使いが要るって言われてるくらいだ。」
「えぇ…。」
「それでも、人力じゃ不可能な事を成し遂げるには、魔法を使わざるを得んからな。
どんなに効率が悪かろうが、できないよりはマシってな。」
「そうなんですね…。」
「まぁ効率悪すぎて、出来たとしてもやらないのが魔法だ。
便利かと言われれば、間違いなく否だ。」
「じゃあ、今キャロリン先輩が押してくれてるのって…。」
実は相当な労力なのでは?
「今の話は、あくまで人間が扱う場合だ。亜人種の場合は、また話が変わってくる。
一度に扱える魔素の上限も、魔素の変換効率も、種族によって全然違うんだ。」
「ふーん?」
「あんま分かってないな…そうだな…。
例えば、より大きな声で、より長く叫ぶとする。」
「はい。」
「人間じゃ、どう頑張っても、肺の空気の分までしか声を出せないな?」
「そうですね。」
「亜人種は、より肺が大きかったり、より少ない空気で声を出せたり…そもそも、呼吸しながら叫べたりするようなもんだな。」
「それは凄い。」
「あくまで例えだが、それくらい人間とは造りが違うんだ。」
「へー。亜人種って、やっぱ凄いんですね!」
「…まぁな。」
「いいなー。私も魔法使えないかなー。」
「じゃあ、おしえてあげよっか?」
ただのぼやきのつもりだったが、意外なところから返事がきた。
「えっ!?いいの!?」
「うん!」
「じゃあまずはね、人差し指をたててね。」
「うんうん。」
「こう!」
「わー!光った!」
「ね?」
「…うん、ありがとう。」
あ、駄目だわ、相手を間違えたわ。
完全に感覚でやる派ですやん。
「お姉ちゃんもやってみて!」
いきなり実践かー。
「…わー…できるかなぁー…。」
自分の人差し指を見つめる。
ちら、とフィーネちゃんの方を見ると…とても純粋な目で、こちらを見つめていた。
わー、期待されてるー。
もうどうにでもなれ、という気持ちの元、人差し指の先に光れと念じる。
「…お?なんかちょっと光ってない?」
とても小さく、弱い光が、指先に点いた…気がした。
「あれ、消えた。」
「あははー!お姉ちゃんよわー!」
フィーネちゃんに笑われる。
「あははっ!」
笑われた事より、笑顔になってくれた事がうれしくて、一緒になって笑ってしまう。
ー
「さて、到着か…キャロリン、お疲れさん。」
完全に日が登ってしまった頃、ようやく浜辺に着いた。
「本当よ。あー疲れたー。」
キャロリン先輩が、すぐにその場に座り込む。
「もう目的地なんですか?」
安心する反面、お別れしなきゃいけない寂しさを感じてしまう。
「いや、まだだ。今はガストーネ男爵領の外縁だ。
ここから、一度関所を通って、中心近くまで行く必要がある。」
「ひえー…まだまだ遠いんですね…。」
「とは言え、危険があるのは関所までだ。
そこをくぐってしまえば、何か問題があっても皇国や領主に責任を押し付けられるからな。」
「…なんか、思ってた安全と違う。」
「海路で来た分、追手は離せたが…さっさと行ってしまうに越した事はない。
…キャロリン、歩けるか?」
「無理ー。おんぶしてー。」
「…置いていった方がいいかもしれんな。」
「冗談だって…はいはい行きますよー。」
「あの…ちょっと思ったんですけど。」
「どうした?」
「最初から、どこか港とか…関所の内側に降りればよかったんじゃないですか?」
「…それは…ちょっと…大人の事情でな?」
「なんですか大人の事情って。」
「ただでさえ密輸に密航に密入国までしてんのに、そんな目立つ場所から行ったら…まず岸まで行けるか怪しいぞ。」
「本当に大人の事情だった…いやそれより今なんかヤバい単語が出ませんでした?」
「…さて、何の事やら?」
「いや今思いっきり密入国とかって…。」
「あー最近歳で耳が遠くてなー。
…それに、今からちゃんと関所を通って、ちゃんと入国するんだ。何も問題は無い。」
「えぇ…?」
「じゃあ行くぞ。すまんがキャロリン、もうちょっとだけ頑張ってくれ。」
「はいはい…。」
「…それこそ、魔法で疲れがとれたりしないんですか?」
「無理ではないが、意味が無いな。」
「魔法を使った人が疲れるから?」
「いや、そうじゃない。」
「じゃあなんでですか?」
「魔法は『魔素』に化けさせる物って言ったな?
『魔素』は化けてるだけで、『魔素』のままなんだ。」
「…つまり?」
「時間が経てば、『魔素』に戻る。
だから傷を塞いだとしたら、また傷が開く事になる。」
「えぇ…意味無い…。」
「その場しのぎにはなるがな。傷を塞ぎ続けたいなら、『魔素』に命令し続けなきゃならん。
だから魔法は、傷を塞ぐより、傷を付けることに使われるんだよ。」
「そうなんですね…。」
出来たとしてもやらないのが魔法…その意味がなんとなく分かった気がした。
「とにかく、歩くしかない。日が落ちる前に関所を通らないと、流石に厳しいぞ。」
「…関所まで、あとどれくらいあるんですか?」
「ここからだと…昼には着くだろう。」
「じゃあお昼ごはんは、皇国で食べられるんですね!」
「心配するのはそこか。」
「大事ですからね!フィーネちゃんは何が食べたい?」
「んーと、お肉!」
「いいね!お腹空いてきた!」
「…ペーカ。忘れた訳じゃないよな?」
「…分かってます。でも、関所を通ったら急がなくてもいいんでしょ?」
「ったく…物は言いようだな。…そうだな…着いたら、飯くらい食って行くか。」
「本当!?やった!」
「…いいの?オッさん。」
「今更だろ。ほら、さっさと行くぞー。」
「はいはーい。」
ー
「まって。」
しばらく歩き、街道に出て少しした頃。
急にフィーネちゃんが声をかける。
「…どうしたの?」
「…たくさん人がいる。」
「クソッ!待ち伏せかっ!」
「えっ!?でも追手は引き離したんじゃ?」
「追手はな!別動隊だ!クソッ!」
「たくさんって、どれくらい居るか分かる?」
「…たくさん。」
「少なくとも、護衛付きの商隊でも無事では済まんだろうな。子供一人に…一体いくら掛かってんだよ…。」
「どうするんですか…!?」
「どうするもこうするも…キャロリン、動けるか?」
「…流石に無理だろうね。命が掛かってんのに見栄は張れない。」
「中央はまず無理だろうな…横にどれだけ網を広げてるか…クソッ、悩むな、動け!右に迂回するぞ!」
そう言って走りだす。
「まず近くの連中を振り切るのが先だ!モタモタしてると囲まれる!そうなりゃもう無理だ!」
「でも、目的地から遠くなるんじゃ!?」
「そうだよ!だがここで死ぬよりマシだろ!」
「他に入口は?」
「あったら待ち伏せなんかされてねぇよ!」
「…じゃあ、行くしかないんじゃない?」
「オイオイ…死ぬ気か?」
「…全滅よりはいいんじゃない?」
「冷静になれ、キャロリン。」
「冷静になるのはそっち。逃げたとして、その後どうするつもり?」
「…クソッ!キャロリン、先頭を頼む!ペーカ、その子を抱えて走れ!」
「えっ!突っ切るんですか!?」
「それしかねぇ!後ろは見るな!」
そう言うと、オッさんがクロスボウを構える。
すると直ぐに、人の集団が見えてくる。
「アイツらは足止め役だ!囲まれる前に、突っ切るぞ!」
「オッさん!横からも来てる!」
「クソッ!増援が速過ぎる!」
「…ここをとおるの?」
「あぁそうだよ!」
「あの人たちがじゃま?」
「そうだ!…っておい、何する気だ?」
「どいて。」
フィーネちゃんが一言発するだけで、風が巻き上がり、砂を巻き込みながら集団へ飛んで行く。
そのまま、進路上の全てを巻き込みながら進み、通った跡を更地にしていく。
「…マジかよ。」
「すごい…。」
「行こう?」
「あ、あぁそうだな!よし、今のうちだ!」
綺麗になった街道を、全力で走る。
「凄いよフィーネちゃん!…フィーネちゃん?」
抱え上げたフィーネちゃんに声を掛けるが、返事が無い。
「寝てるみたいね。…そりゃ、あんだけ強い魔法を使えば疲れるからねぇ。」
「…関所が見えてきたぞ!」
「もう!?すぐそこだったんだ!」
「俺たちが絶対通る場所だからな。近くには衛兵も居る。とにかく近付け!」
「まだ走るんですかー!?」
ひぃひぃ言いながら走って行くと、関所からぞろぞろと衛兵たちが出てきた。
「止まれ!」
こちらの様子に気付いて、警戒しながら道を塞ぐ。
「いやー、助かったぜ衛兵さんよ。賊に追われててな。」
「何の用だ?」
「ギルドの依頼だ。『荷物』の輸送。」
「証明を出せ。身分証もだ。」
「はいはいどうぞ。…俺たちは賊じゃねぇよ。」
そう言って、それぞれ身分証を出して衛兵に見せる。
「…この依頼人…って事は、お前たちが?」
「何の事だ?」
「いや、こっちの話だ。今案内する。」
「まぁご丁寧に。…案内?」
「あぁ。依頼人の所へな。」
「…こっちに来てるのか?」
「あぁ。途中で賊に遭ったと聞いて、居ても立っても居られなくなったんだと。
…まったく、おかげで護衛の仕事まで…っと悪い悪い。聞かなかった事にしてくれ。」
そのまま後ろを付いて行き、関所を抜けてすぐの所で待たされる。
「…飯を食う余裕はなさそうだな。」
予想外に早まった別れに、気持ちが追いつかない。
「ガストーネ卿、こちらです。」
衛兵に案内されながら、小太りしたおじさんが出て来た。
装飾の多い格好をしており、髭が生えた顔は、怖そうな感じがした。
「…『荷物』は?」
「こちらに。悪いが起こしてくれ。」
オッさんに言われ、少し気が引けるがフィーネちゃんを揺すって起こす。
「…んー?…ごはん?」
「…ごめんな。ごはんはもうちょっと後だ。」
「おぉ!無事だったか!」
おじさん…ガストーネ男爵の大きな声に、全員が驚く。
「さ、こちらに!」
早く寄越せと手招きするが、フィーネちゃんが私の足にしがみつく。
懐いてくれて嬉しいが、そうも言ってられない状況に、どうして良いか分からず立ち尽くす。
すると、見かねたオッさんが、フィーネちゃんの前に屈んむ。
「…ごめんな。俺たちは家族じゃないんだ。」
「…うん。」
「キミの新しいお家に、この人たちが連れてってくれるから。」
「…さよなら?」
「…そうだね。」
「いやっ!」
「嫌って言われてもな…。
…そうだな…『また明日』だ。」
「またあした?」
「そうだ。俺たちは家族じゃないが、友達だ。
また明日会えばいいさ。」
「友達?」
「そうだ。」
「またあした、会える?」
「…そうだ。」
そう言うと、私の足から手を離し、男爵の方へ歩いて行く。
「…フィーネちゃん!」
思わず呼び止めてしまった。
もう、どうする事もできないのに。
「また明日!」
「うん!またあした!」
また明日。
そう、また明日。
明日言えばいい。
話したかった事、聞きたかった事。
だから今日はお別れしよう。
そう、自分に言い聞かせた。
ー
ご飯を食べた後、ギルドへ向かった。
仕事の報告を済ませたオッさんが、何か別の紙を持って戻ってきた。
「もうすぐ定期便が出るらしい。それに乗るぞ。」
「ん?今度はどこに行くんですか?」
「どこって…帰るに決まってるだろ。」
「え?今日は泊まるんじゃないんですか?」
「何を言ってるんだ?観光でもしていく気か?」
「そっちが何を言ってるんですか!『また明日』って、約束したじゃないですか!」
「…あの子にはもう会えん。」
「は?意味が分からないんですけど?」
「分からなくていいし、知らなくていい。」
「そんなの、納得できる訳ないじゃないですか!」
「…じゃあ言うが、あの子は奴隷だ。どういう扱いを受けるかなんて、飼い主次第だ。
あの領主が神様にでも見えたんなら、扱いにも期待できるだろうよ。」
「…嘘、ついたんですか。」
「あぁ。」
「分かってて嘘ついたんですかっ!」
「あぁそうだよ!」
「本気で信じてくれてたのに!騙して心が傷まないんですか!?」
「…傷む心があるなら、最初からやってねぇよ。」
「このっ…!」
「やめな!二人とも!…オッさんも、大人なんだからその辺にして。」
「キャロリン先輩は何も思わないんですか!?」
「ごめんねペーカちゃん…。会えないって言うのは、アタシも同意見。」
「そんなっ…!?」
「それに…アタシは、汚れ役をオッさんが買ってくれて安心してた、卑怯者だから…。」
「…。」
分かっている。
もう頭じゃ分かっている。
オッさんが正しい。
ただ、気持ちが落ち着かない。
だとしても、もっとやり方があったんじゃないか。
騙す必要はなかったんじゃないか。
「…ご飯、一緒に食べたかった。」
突然、自分の口から言葉が溢れ落ちた。
「また海にも行きたかった!一緒に遊びたかった!」
「…そうだな。」
「じゃあっ!」
「それでも、だ。…それでも…ここでおしまいなんだ。」
言葉が途切れた。
言葉にできなかった想いが、涙になって溢れてくる。
ただただ、それを流し続けた。
この日やるべき事が多すぎて、ちょっと長くなっちゃいました。
魔法の設定は省くべきだったか…?
しかし、間がもたんぞ…。
という訳で、ちょっぴりビターなお話でした。
私はこういう、誰に当たっても仕方ない、どうしようもないお話が大好きです。
ではでは、また次回!