第三話
「じゃあ今日は、キャロリンと一緒にお仕事だ。」
次の日、オッさんにそう言われる。
「まぁ順番的にそうですよね。」
「キャロリンはお前さんと同じで、頭よりも体を動かす方が好きなタイプだ。そういう意味でも、俺らよりも勉強になるだろうな。」
「よろしくぅ、ペーカちゃん!」
キャロリンさんがひらひらと手を振って、迎えてくれる。
「は、はい!よろしくおねがいします!」
声が格好良いし、それに似合った短い髪、高い身長に、女性だと分かっていてもドキッとする。
「フフッ…そんなに緊張しなくていいよ?ちゃんとアタシが守ってあげるから。」
「キャロリンさん…!」
以前の二人がアレだったせいで、余計に格好良く見えてしまう。
「あー、あと…それに『さん』は付けなくていいよ。」
「へっ?」
「…あっ、言ってなかったっけ。アタシの名前はキャロライン。キャロリンはオッさんが付けたアダ名だから。」
「そうだったんですか!」
「そうそう。…ま、こっちの方が呼び易いし…アタシとしても、変にかしこまられるより良いからね。」
「キャロリンさんっ…!」
格好良い…!
「あはは、だから『さん』はいらないって。」
「でも…。」
格好良過ぎて、アダ名でも呼び捨てるのが申し訳なく感じてしまう。
「じゃ、じゃあっ!『先輩』って、呼んでも…いいですか…?」
「ペーカちゃん…。」
自分で言い出したのだが、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
「…やべ、可愛過ぎる。オッさん、この子貰っていい?」
「…いいけど、ちゃんと面倒見るんだぞ?」
話を振られたオッさんが、諦めたように言う。
「いや、いいんですか?」
ゲラ子さんがちゃんとツッコんでくれる。
「なにー?ゲラ子、妬いてるの?」
「妬いてません!」
「どっちでも良いから、早く仕事に行ってくれー。」
「はーい。」
オッさんに言われ、ギルドから出る。
「…そういえば、今日の仕事は何ですか?」
散歩に草毟りときて…今日は何を仕事と言われるのか…。
「今日は『魔獣狩り』だよ。」
「魔獣狩りっ!?」
「そう。魔力を持って産まれた、危険な野生動物…『魔獣』の駆除だよ。」
「…本当ですか?」
「本当だよ。」
ついに来た、憧れの『狩り』。
しかし、昨日とその前と、現実の怖さを経験してしまったため、喜びよりも、恐怖が勝っていた。
「…フフッ。そんなに怖がらなくても、アタシが付いてるから、大丈夫だよ。」
「先輩っ…!」
「という訳で、行こっか。」
村の外へと、昨日整備した道を歩いて行く。
「…で、どこに行くんですか?」
「海の方。エレフシナって漁村。」
「海って…ここ、山ですよね?」
ここ…ナクルの村は、アスタナ地方のナクル山の麓にある村だ。
「そう。だけど、この辺りには、ここしかハンターズギルドが無いからね…。必然的に、アタシたちが呼び出されるのさ。」
「…仕方がないとはいえ、不便ですね。」
「ギルドがあるだけ、まだマシさ。」
ギルドが無い所は…どうしてるんだろう?
産まれも育ちもこの村だったペーカには、想像がつかなかった。
だから、訊いてみることにした。
「あの、ギルドが無い所は、どうしてるんですか?」
「そうね…大きい所だと、国が兵士や学者なんかを抱えてたりするね。小さい所は…今みたいに、他所から呼びつけるか…自分たちで何とかするか、じゃない?」
「へー、そうなんですね。」
「まーこういう話は、アタシよりもオッさんの方が、詳しいよ。」
「そうなんですか?」
「そうそう。アレでも、その『大きい所』から来た人だからねぇ。」
「そうだったんですか!?」
「あははっ!ま、今はただのおっさんだからねー。」
そんな風に、たわいない話をしながら歩いていると、キャロリン先輩が急に道を逸れて薮に入って行く。
「先輩?どこ行くんですか?」
「アタシの家。」
「家?村の外にあるんですか?」
「そうだよ。ついて来て。」
先輩の後を追い、薮に入って行く。
そうして、少し歩いた先に、滝に出た。
「おー!滝だ!」
「そ。ここがアタシの家。」
「…え?」
「ここ…って、滝しか無いですけど…。」
「そう。この滝壺がアタシの家。」
「え?」
「あれ?言ってなかったっけ?アタシ『セイレーン』だって。」
「…そう言えばそうでしたね。」
見た目が普通の人だったので実感が持てず、すっかり忘れていた。
「あはは!ま、忘れられてるって事は、それだけアタシも人間に溶け込めてるって事だね。」
さすが先輩、前向きに捉えてくれた。
「じゃ、元の姿に戻るから。…見ても驚かないでね?」
「はいっ!」
『セイレーン』の元の姿…実物を見た事が無いので、おとぎ話の人魚を想像する。
…が、先輩の皮膚が溶ける様に消えていき、代りに水色の鱗に覆われた肌が出てきた。
手足がヒレのようになり、全身が鱗に覆われ、顔は人のままだが、青白くなっていた。
「…って、服は!?」
「服?鱗が服みたいなもんじゃん?」
「いやまぁそうかもしれないんですけど!」
「アタシらは水の中で生きる種族だからねぇ。見られても大丈夫なように進化してるのさ。」
「いやそういう理由!?」
確かに、人間で言えば裸の状態だが、セイレーンは鱗に覆われているうえ、泳ぐのに邪魔になるのか、胸も消えていた。
「…こうなると、男か女か、本当に分かんないですね…。」
「あははっ!よく言われるよ!」
「…って言うか…。」
「ん?」
人魚を想像していたが…どちらかというと、半魚人みたい、と思ったが…。
「いえ、なんでもないです…。」
さすがに口にはしないでおいた。
「その割には残念そう…あ、ひょっとして人魚を想像してた?」
が、すぐにバレた。
「…それは…なんか、ごめんね?」
しかも謝られた。
「…とりあえず、行こっか?」
気まずい空気を変えるように、そう切り出してくれた。
「行くって…ここから海に?」
もう嫌な予感しかしない。
「そうだよ?」
「…一応、理由を訊いても?」
「ん?泳いだ方が速いじゃん?」
「知ってた!知ってたよ!それ先輩だけです!人間には無理です!」
「え…そうなの…?」
「そうですよ!?」
「え…じゃあどうしようか…陸路だと、海に着く頃には日が暮れちゃうな…。」
「…なんか、足引っ張ってるみたいですみません…。」
「いやいや、いいよ!ペーカちゃんに見てもらうのが、今日のアタシの仕事だから!」
「そうなんですか?」
「そうそう。だからついてきてもらわないと、意味がないからね…そうだ!おんぶして泳ごっか!」
そう言って背を向ける。
「いや背中!ヒレ!」
が、背中には立派な、一際大きなヒレが生えていた。
「…あ、そっか…ダメか…。」
本人も忘れてたようだ。
「…じゃあ前に抱えよう!」
「なるほど…それなら…って、私人間だから、息もたないですよ!?」
「大丈夫大丈夫!魔法で息できるようにしてあげるから!」
「わー便利。」
「じゃ、行くよー!」
がっちりと、背中から抱きつかれる。
鱗だからか、想像以上に硬く、体温も低いようだ。
そんな事を考えていると…。
「え?」
ふわっと足が地面から離れる。
ドボン!
音をたて、水中に落ちる。
「ちょっ!?いきなり!?…あ、凄い。息だけじゃなく、ちゃんと喋れる。」
「あ、口は開けない方がいいよ?」
「え?何でですか?」
「舌噛むと危ないからねー。」
舌噛む?
疑問に思いつつ、口を閉じると…。
「うわぁぁあああ!?」
ものっすごいスピードで進み出した。
怖い。
普通に怖い。
何が怖いって、無理矢理引っ張られてる状態なのと、抱えられてるので、川底ギリギリを通ったりするのだ。
「ぎゃぁぁぁあああ!」
『歩くより速い』…その時点で、警戒するべきだったと、強く反省した。
〜
「じ…じぬがどおぼっだ…。」
水から上がり、海水と弱音を吐く。
「あははっ、すぐ慣れるよ!」
慣れたくない…素直にそう思った。
「…あと、私ずぶ濡れなんですけど…。」
「え?…あ、そっか。」
「やっぱり忘れてる!」
「あはは、ごめんごめん。アタシの場合、服も擬態の一部だからねぇ。」
そういうと、鱗がみるみる皮膚と服に覆われていき、最初に会ったときの人間の姿になった。
「擬態だったんですか!?」
「そうそう。人間に見えてるだけ。実際は鱗のままだよ。」
「そうなんですね…。」
「…あれ?なんか疲れてる?」
「…いえ。」
疲れてる、というよりも、振り回され過ぎて、テンションが保たなくなってるのだが…。
「大変!速く仕事を終わらせなきゃ!すぐそこだから、ちょっと待ってて!」
そういうと、先輩が洞穴の方へ走って行く。
待っててとは言われたももの、一応後を追って洞穴を覗くと…。
「オラァッ!」
ドンッと鈍い音が洞穴の中に響く。
バウバウと、犬のような鳴き声が、負けじと鳴り響く。
「…えぇ…?」
キャロリン先輩が、野犬の群れと、素手で格闘していた。
先輩が噛まれると、ガチッっと硬い音が鳴る。
噛まれたまま、手足を振り回し、野犬たちを岩壁や地面に叩きつけていく。
「凄い…!」
凄い力技だ…!
もうちょっと魔法の一つでもあるのかと思いきや、本当に物理である。
そんな事を考えているうちに、野犬が全て動かなくなっていた。
「村が近いからねぇ〜。畑を荒されたりしてたんだって。」
今頃説明しながら、こちらへ戻ってくる。
「…いやそれより!野犬振り回すって、すごい力ですね!」
「まぁ、セイレーンだからね。」
「セイレーンって、そんな筋肉質なんですか!?」
「あぁ、セイレーンに限らず、魔力を強く持った生き物はだいたいそうだよ。」
「そうなんですね…。」
確かに、色々勉強になった。
とりあえず、私には真似できないということ。
「さて、じゃあ、帰ろっか!」
そう言って先輩が、さぁ来いと両腕を広げる。
それに、笑顔で返す。
「いえ、帰りは歩きます。」
先の展開が、クソほどリテイクくらいました。