第二話
「今日はマゲの仕事についていってくれ。」
翌日、オッさんにそう告げられる。
「マゲ…チョンマゲさんですか?」
あのファッション侍の人?
「あぁ。ひとまず、お互いに仲良くなるためと…色々勉強してもらうためだ。」
「…勉強ですか…。」
「そんなに難しい話じゃない。色々なモノを見て、色々な話を聞いて、お前さんが『どういう仕事をやっていきたいか』、考えるための勉強だ。」
「…えー…すでに難しいです。」
「おっと、話が長かったか。…まだまだ俺も、勉強が足らんな。」
「ペーカ殿、待ってたでござる!」
村の入口で、Tシャツ姿の侍…侍?に笑顔で迎えられる。
「…チョンマゲが無かったら、誰だか分かんないですよ?」
「ははは、このチョンマゲが、拙者のアイデンティティでござるからなぁ!」
「いや言葉遣い。」
それで良いのか侍?
「では早速、現場に向うでござる。」
そう言うと、何かの道具を少し積んだ、ほぼ空のリヤカーを引いて、村を出て行く。
「…そういえば、今日は何の仕事なんですか?」
「む、説明がまだだったでござるか。では、道すがら話すでござる。」
「お願いします。」
マゲさんの横に並び、ついていく。
「では今日の仕事でござるが…簡単に言うと、草毟りでござる。」
「草毟り…。」
また仕事にならなそうな内容だけど…。
「はは、心配なさるな。『ペーカ殿に頼む分は』、でござる。」
「それなら…いやそれでも草毟りて…。」
「改めて、今日の仕事は、この村唯一の道を整備する事でござる。」
「…道の整備…ですか?」
「そうでござる。この村は山の麓にござるゆえ、入口がこの道に限られているのでござるが…その道も、誰かが手入れしないと、すぐに草木に覆われてしまうのござるよ。」
「へー…でも、ハンターの仕事として、どうなんですか?」
「はは、ペーカ殿は正直でござるなぁ。もちろん、ちゃんとした理由があるでござるよ。」
「そうなんですか?」
「まず、この村が、他の村や街と遠く離れた、田舎だからでござる。」
「そうですね?」
でもそれと何の関係が…?
「遠く離れているゆえ、わざわざ専門の業者を呼びつけると、嫌がられる上に、高くつくのでござるよ。」
「めちゃめちゃ大人の事情!」
「それに、草木が生え過ぎてしまうと、野生の動物が、この道に顔を出したりして危険でござるからなぁ。」
「ちゃんとハンターの仕事だった!」
「村や人を守る事にも繋がるゆえ、ちゃんとした仕事として、依頼されるのでござるよ。」
そうだったんだ…。
「…でも、ハンターじゃなくても、村の誰かが、そういう業者になってたりしないんですか?」
定期的に必要なら、その方が良い気がするけど?
「それは難しい話でござるなぁ。」
「どうしてですか?」
「まず、コレで稼げるほど、いつもある仕事じゃ無いでござるからなぁ…ウチの村でやっていける職業では無いでござる。」
「そうなんですか…。」
「したがって、仕事ではなく、ボランティアとしてやるか…誰か便利屋にでも押し付けるか、になるのでござる。」
「ふーん…ん?今押し付けるって…?」
「おっと、失敬。依頼する、でござったな。」
ははは、と豪快に笑い飛ばす。
〜
「では、この辺りから始めるでござる。」
そう言うと、道端に停めたリヤカーから、ノコギリを取り出す。
「この辺りの木は、細い分、すぐに数が増えたり、伸び過ぎてしなってきたりと、面倒な種類でござってなぁ。」
文句を良いつつ、ギコギコとノコギリで木を切っている。
「…あの…一応訊きますけど…。」
「なんでござるか?」
「その腰に提げた刀は?」
Tシャツ姿でも、相変わらず刀を腰に提げていた。
「もちろん、ファッションでござるよ。」
「切る訳じゃないんですか…?」
「何を言うかと思えば…刀で木が切れる訳無いでござろう?」
「そうなんだけど!正論なんだけど!何か違う!」
「はは、すぐに慣れるでござるよ。」
そう言いつつ、Tシャツ姿の侍が、ノコギリを引いている。
「…コレに慣れて良いのだろうか…?」
疑問を抱きつつも、草毟りを始める。
「柵の周りを、特にお願いするでござるー!」
離れた場所から、指示が飛んできた。
「はーい!」
同じように、大きな声で返事をし、柵の所へ向かう。
この村唯一の道に、獣が入ってこないようにするための、簡易的な柵。
それも、野晒しなので、見るからにボロボロだった。
「それの修理も、今日の仕事でござるよ。」
こちらの様子に気付いたマゲさんが、切り倒した木を持って来た。
「ちょうど、木材が手に入ったでござるからなぁ!」
「なるほど。」
それも含めて、道の整備か。
「…え、二人で全部するんですか?」
隣の街まで、結構な距離があるんですけど?
「はは、心配なさるな。流石に今回は、全部ではござらんよ。」
「そうですか…!」
流石にほっとした。
「この辺りと、少し先の二箇所が依頼されている場所でござる。あとは…時間と気分次第で、適当にやっておけばいいでござるよ。」
「良いんですか…。」
「最低限、依頼されている分はやっているでござるからな。」
…まぁそれで良いならいいんだけど。
早く終わらせてしまおうと、再び作業に戻る。
背の高い草を引き抜き、一箇所にまとめていく。
ただただ単調な作業だ。
顔を上げれば、道を挟んだ反対側にも草むらが目に入る。
「…これは、一箇所でも大変かもしれない…。」
ただの草毟り。
間違いなくただの草毟りなのだ。
それゆえ、退屈で、気が進まない。
「…しかも暑いし、地味に疲れるし…。」
ブツブツと、愚痴がこぼれる。
「…まあ、頭使う仕事とか…命の危険があるよりかは、よっぽどマシだけど。」
昨日のように、バーゲストに追い回されるのはもうイヤだ…。
その想いが届いたのか、一箇所目は何事もなく作業が終わった。
〜
「いやー、やはり、二人だと作業が早いでござるなぁ!」
二箇所目に向かう道中、マゲさんが上機嫌に言う。
「雑よ…ペーカ殿を寄越してくれた事、オッさんに感謝でござるなぁ!」
「今雑用って言いました?」
事実そうなんだろうけど!
「…て言うか、感謝なら目の前の私にしてくださいよー!」
「はは、そうでござったな!感謝感激でござるよ!」
わざとらしく、大げさに感謝してくれる。
「という事で、ここも宜しく頼むでござるよ。」
マゲさんが指差して言う。
ここが二箇所目か。
「あれ?柵が倒れてますね。」
「まー、野晒しだと、そんなもんでござるよ。」
そう言って、再びノコギリを手にし、木を切りに行く。
「ペーカ殿、倒れてる柵をどかしといてもらえぬか?」
「はーい。」
返事をし、倒れた柵に手を掛ける。
ガサッ。
「…ん?」
正面の草むらから、音が鳴る。
…正面?
後ろを振り返ると、マゲさんがギコギコとノコギリを引いている。
という事は…。
恐る恐る正面を向き直すと、黒い何かが視界に入る。
「ちょっ…!?」
昨日の反省を活かし、気づかれないようにマゲさんの方へ急ぐ。
「ちょっと、マゲさん…!何か居るんですけどっ…!?」
黒い何かの方を指差す。
「む?…あれは…シュヴァルツェスシュヴァインでござる!」
「何それ強そう!?」
「直訳すると、黒い豚でござる!」
「大したこと無かった!?」
「ちなみに、ブラックボアの方が一般的な呼び名でござる。」
「じゃあ何でわざわざマイナーな方で言ったんですか!?」
「無論、格好良いからでござる!」
「んな事言ってる場合じゃ…って!やっぱり気づかれてますよ!?こっち来てますよ!?」
「ブラックボアは、猪によく似ているでござるが…体が大きく、黒いのが特徴でござる。」
「そんなもん見りゃ分かります!」
「あと、力が強く、好戦的でござる。」
「それって『危険』って事じゃ…ぎゃぁぁぁこっち来てるぅ!」
一目散に逃げ出す。
「逃げると余計に追いかけてくるでござるよ?」
言いながらマゲさんが並走する。
「それを先に言ってくださいよ!」
「ははっ、失敬失敬。」
「絶対わざとですよね!?」
村とは逆の方向に、道を全力疾走する。
「…そうだっ!マゲさんっ!格闘技が得意なんですよね!?」
なら猪くらい何とか…!
「あー…駄目でござる。」
「駄目なんですか!?」
「格闘技は人間限定でござるゆえ…獣はちょっと…。」
「何でハンターやってんのこの人!?」
「困ったでござるなぁ…コレを使わざるを得ないでござるか…。」
そう言って、腰の刀の柄に手を置く。
お、なんだ…やっぱり刀使うんじゃん。
「ペーカ殿、少し下がっておれい!」
猪を引き付けるように、大きな声で指示を出す。
「はいっ!」
マゲさんから離れ、後ろ姿を見る。
腰を落とし、左手で鞘を持ち、右手で柄を手にする。
その状態のまま、時が止まったように静止している。
その後ろ姿だけで、『凄い人なんだ』と実感する。
「秘剣…」
そこに、猪が突進してくる。
「鞘殴りっ!」
左手を離し、右手で掴んだ刀を思いっきり振り抜く。
「鞘ごと行った!?」
振り抜いた刀…の鞘で頭を殴られた猪が、横たわる。
その状態で、泡を吹き、手足を痙攣させている。
「まだ息がござるか…すぐに楽にしてやろう。」
害獣である以上、そうせざるを得ない…憐れみのような声色で、猪に語りかける。
近寄り、刀を握り直す。
ああいうの…介錯って言うんだっけ?
そっか…苦しませないように、刀を使うのか…。
両手で柄をしっかりと握り、刀を振り上げる。
「…ん?待って、ちゃんと鞘から抜いた?」
「ふんっ!」
声とともに、ドンッと鈍い音が響く。
「最期まで鞘ごと行った!?」
「ははっ、やはり鈍器は良いでござるなぁ。」
「とても侍のセリフじゃねぇ!」
静かになった道に、私の叫び声とマゲさんの笑い声だけが響いた…。
筆者「ギャグ書きたい」
筆者(現在)「あれ…必要な事を書くだけで埋まっていく…ギャグ入れる場所がない…」
友人「お前ギャグ向いてねぇわ」
ついつい余計な部分が気になっちゃうタイプです。