スコーン騒動
たまたま立ち寄ったスーパーで、見かけないお店が出店していた。
……へえ、期間限定の焼き物専門店か。
ショーケースを見ると、美味しそうにつやつやと輝くスコーンがずらりと並んでいる。
紅茶にチョコチップ、抹茶にプレーン、イチゴにバナナ…けっこう種類があるな。
焼きドーナツやパイなんかも並んでいる、パン屋さん?ではないみたいだ、ああ、イースト使わない系のものが集まっているのかな。
「お母さんスコーン好きでしょ!買ってけば!!」
「うーん…好きだけど、今さっきラーメン食べたばっかじゃん…入んないよ…。」
ちょっとタイミングが悪かったなあ、ちょうど今しがた、腹が減ってたまらないという家族の意見を聞き入れて、少し早めのお昼ご飯を食べてしまったところなのだ。
「別に今すぐ食べなくてもいいじゃん!お父さん横のドーナツ食べたい!買っちゃお!!」
「あたしも食べる!フレンチクルーラー三種類全部ね!!」
「ミートパイ買ってもいい?」
パンパンの腹を抱えている人々が、満腹である事実をまるで気にせず…買っとるがな!!!
「あんたら…すごいな…もー、じゃあ、私も…プレーンのやつ一個買うか……。」
袋いっぱいにいろんな焼き物を買わせていただいてですね。
「うーん、ウマー!さっきのお店さあ、ここら辺にしかないよね、見たことないし!」
「うちのあたりにもできればいいのに!あたし毎日買ってもいいわ!これめっちゃうまい!!」
「かなりおいしい。」
狭い車の中には、香ばしいような、甘ったるいようなにおいが充満している。
……ついさっき買ったばかりの焼き物を頬張る、実に食欲旺盛な皆さんがおりましてですね!!
なんでこの人たちはこうも貪欲にカロリーを体内に取り入れてしまうのか……。
「なくていいよ!こんなに毎日買い込んでたら…予算が!エンゲル係数が!」
今日たまたま、遠くに住む親せきの家に行った帰りに通りがかっただけだったりするので、あのスーパーに立ち寄ることはおそらく、もう、ない。
全国チェーンではなさそうなので、あの焼き物店と出会う事はないと思われる……。
……なんか人が食べてるのを見てたら、いや、美味しく食べてる雰囲気を感じたら、自分もおなかが減ってきたな。
袋の中から、自分の買ったスコーンを取り出して、一口食べてみる……。
……うん?
なんか……思ってたんと……ちゃう……。
私はこう、みっちりと小麦粉が圧迫された感じのスコーンが好きだったりするのだけど。
なんて言うんだろう、ふわふわしていない、サクサクしていない、みっちりと小麦粉とバターが練り合わさったような、重量感のあるスコーンが好きなんだよね……。
しけったビスケットっぽい、紙粘土みたいに重みのあるずっしりしたスコーンが好きであって……。
…このスコーンは、しっとりとしてはいるけれど、やけにこう、空気を含んでいるというか…ぼろぼろとこぼれるというか……。
おなかが空いているわけじゃないから、美味しく感じないのかもしれない。
二口ほどかじったところで、食が進まず、食べかけのまま袋に戻す……。
……。
なんか、口の中が、バサバサするなあ……。
食感が、非常に…よろしく、ない。
「ねえ、ちょっとサービスエリア寄ってよ、スコーン食べたら口の中がぱさぱさしてさあ……。」
「オッケー、じゃああのサービスエリア寄ろ、ついでに牛串かお!!」
「あたしソフトクリーム食べよ!!」
「焼き椎茸が食べたい。」
サービスエリアまであと12キロか、そんなことを思っていたら。
……?
……なんか、口の中が。
ギシギシ?ビリビリ?
なんだろう、口の中に違和感が……。
……気になり始めると、すごく気になる!
「ねえ…なんか、口の中が、変……、ヤバイ、アレルギーかも?さっきのスコーン、何が入ってたんだろう……。」
私は地味に生卵のアレルギーを持っており、焼けていない生地を食べたりして派手に蕁麻疹ができたりすることが何度かあった。
……ちょっと怖いな、この違和感は、なんとなく、身に覚えが、ある。
「なに、かゆいの?ブツブツとか出た?」
「いや…出てない、でも口の中が変、何だこれ…。」
アナフィラキシーの可能性もある、ちょっと状況を見極める必要がありそうだ…。
サービスエリアに入って、お茶を飲みながら様子を見る……。
瞼に腫れはない、腕にも顔にも変色は見られない、息苦しさはないけど、お茶を飲んでも口の中がやけにざわざわしている。
なんだろう、もしかしてスコーンに何か悪いものでも入っていたんだろうか。
例えば、賞味期限切れの卵を使ってあるとか。
例えば、廃棄する予定の小麦粉が使われているとか。
例えば、発酵した牛乳を間違えて使ってしまったとか。
ヤバイ、もしかしたらあのスコーンには、毒が入っているのかも…。
例えば、スコーンを製造している人に快楽殺人者がいて、おかしな薬剤を練り込んだとか。
例えば、スコーンを販売していた人が人格破綻者で、さりげなくおかしな薬剤を表面に塗り込んだとか。
例えば、スコーンを並べた人がおかしな犯罪組織に属している人で、注射器で毒物を混入したとか。
「どうしよう、警察出動案件かもしれない…私が意識失ったら、後のことは頼んだ、あの店で買ったスコーンが怪しいって言ってね?!」
お茶を飲み飲み、家族に訴える……。
「そんな大げさな!なに、どれを食べたらそうなったの、ちょっと出してみ!!」
食べかけのスコーンを旦那に差し出す……。
「ええー、ちょっと調べるから!なに、どうおかしいの、かゆくないの?口の中の違和感?」
なにやら娘がスマホで調べてくれている……。
「大丈夫?」
息子が心配そうにこちらを伺っている……。
ああ、なんで私だけがこんな目に、いや、家族が無事だったんだから、それでいい……。
グビリとお茶を飲み干して、テーブルの上に突っ伏す……。
「お母さん!これじゃないの!!なんかベーキングパウダーに反応しやすい人がいるって書いてある!!」
「ええ?何それ……。」
娘が調べてくれた情報によると。
どうやら、ベーキングパウダーに過剰に反応する人ってのが、一定数いるらしい。
ベーキングパウダー?
そういえば、親が作ったパウンドケーキは……、いつもこんな感じに、食後に違和感があったような、気が……。そうだ、一言美味しくないと言ってしまって、ひどく怒られて…それ以来作ってもらえなくなって……。
だけど、自分で作るパウンドケーキとか、蒸しパンとか、シフォンケーキとか、ベーキングパウダーを入れてもこんな風にはならなかった気がする。
……配合の割合とか、ビミョーに違うんだろうか。
「じゃあ、異物混入事件とか、アレルギーでは、ない?」
「ないんじゃない!まあ、心配なら食べるのやめとけば!」
口の中の違和感は、いつしかすっかり消え失せていたものの。
私は、すっかり食欲が失せてしまったわけですよ。
……しかし。
「ねーねー、あっちにクレープ売ってる!買お!」
「タピオカ飲みたい。」
「お父さん草餅買お!」
家族はみな、相も変わらず、食欲旺盛だったというお話です……。