呪いのラジオ
夏休みなので部屋を片付けていたところ、古いラジオを見つけた。
昔ながらのよくある形のラジオ。シルバーの本体はホコリで汚れて少し黒ずんでいたが、ボタンを押すと、かろうじてノイズが流れてきた。
電池を入れ替えてみたが、相変わらずノイズばかりを放つので、僕はこのラジオを諦めた。
いつのことだったか、かつて近所に住んでいたおじいさんが引っ越す時に、僕にくれたラジオだった。もらった時から少し汚れていたので少々ためらったが、「大事にしてくれ」と言われて断るに断れず、受け取った。
当時はきちんとラジオが流れていたものの、ラジオにあまり興味がなかった僕は、すぐに使わなくなってしまった。
おじいさんのことを思い出していた。猫が好きで、近所の野良猫にエサをやっているのが塀の隙間から見えることが多かった。優しそうな人ではあったが、僕はあいさつくらいしかしたことがなかった。
だから、ラジオをもらったのには少し不思議な気持ちがしていた。
おじいさんのその後は知らない。かなり高齢のように見えたので、もう亡くなっているのかもしれない。
見栄えのしないラジオではあったが、猫に囲まれたおじいさんのほのぼのとした光景がほほえましく思えたのもあって、デスクの端になんとなくディスプレイしてみた。片付けの疲れもあって、そのまま僕は眠ってしまった。
ラジオに呼ばれた。
いや、そんなはずはないのだが、そんな気がして僕は目を覚ました。どのくらい眠っていたのだろうか、部屋は薄暗くてじめっとしている。外は風が強く吹いていて、今にも雨が降り出しそうだ。
デスクのライトをつけて、ラジオを見つめる。特に変化は見当たらない。しかしその時僕はどういうわけか、ラジオが帰りたがっているような気がした。ラジオを手に取り、家を出た。
湿った風が吹き付ける中、僕は誰もいないその家を訪ねた。当たり前だが門が閉まっていて、庭にすら入ることができない。とりあえず、低い塀の上にラジオを置く。
「ニャー」。びくっとなって足元を見ると、数匹の猫が僕の周りに集まっていた。猫好きの僕としてはありがたいことではあるが、この薄暗い雰囲気の中では少々の不気味さを覚えざるを得なかった。猫たちは、塀の上に乗りたがっているように見えた。
何かの気配を感じた。塀の中?それとも。
「あんた、何やってるの?」また僕は、びくっとなって振り返った。母が車から顔を出して呼んでいる。「雨が降りそうだから早く帰らないと。乗りなさい。」そう言われて、僕はラジオを手に取ると、母の車に乗った。
猫たちはこちらを見てニャーニャー鳴いていた。塀の中の、ぼうぼうに茂った雑草が風に吹かれて激しく揺れている光景を見つめながら、僕は帰路についた。
どうしてこの時、ラジオを持って帰ってしまったんだろう。
家に帰ってきて、突然背筋が凍るように冷たくなった。家庭の温かみを感じて、改めて先ほどのおじいさんの家の不気味さを思い知ったのかもしれない。とにかく、もうあの家に行くのはやめよう。
テレビでは夏休みらしく、怪談番組が始まった。幽霊を目撃した女性が、霊能者と一緒に一晩祈り続けて難を逃れたという話だった。僕も、お祓いしてもらったほうがいいだろうか。
母に、今日あったことを相談してみた。半信半疑で聞いていた母だったが、実際にあの家にいた僕の姿に何か心細さと気味の悪さを感じたと言い、「せめて今日一晩、仏壇のある部屋で寝てみたら?」と提案された。
仏壇のある部屋も、ご飯をお供えする時以外に出入りしないので昔から少し怖さがあった。しかし、今日のあの家と比べればいくぶんマシだと言い聞かせ、仏間で眠ることにした。
夜中の12時。ラジオを仏壇に供え、ろうそくの火をつけ、お祈りした。やり方が合っているかは分からないが、数珠を握って目をつむり、一生懸命に祈った。
静まり返った和室に、ジジ…とろうそくの燃える音がする。
外は相変わらず、強い風が吹いている。
空気が湿っている。雨が降っているのかもしれない。
目を開ける。
…ろうそくが異様に減っていた。まっすぐに伸びていた白いろうそくが、どろどろに溶け、いびつに歪んでいる。また背筋が凍った。冷静になろうと努力しても、変な汗がだらだらと流れてくる。
眠れるわけがなかった。僕は無駄かもしれないと思いつつ、仏壇に向かってすがるように必死に祈った。
一晩祈り続ければ、あのテレビ番組の女性のように救われるだろうか。でももし、仏様より強かったら…?そんなことを考えながらも、とにかく祈った。
ガバッ!
突然、後ろから何かにしがみつかれた。右腕は完全に封印され、肩に生ぬるいものがのしかかってくる。
殺される。
“それ”には、明確に手があった。僕の腹に手指が当たっているのがはっきりと分かる。でも、何をしようとしているのかは分からない。
大声を出して、母に助けを求めたかった。しかし、声が出ない。体が重くてのどが詰まり、声が出ないのだ。
それでも僕は、必死で声を出そうとした。かろうじて動く左手で、壁を叩こうと手を伸ばす。届かない。
「あ…あ…ああああああ!」
声が絞り出た。
その瞬間、目が覚めた。朝だった。
シャっとふすまが開き、母が現れる。
「あんた、どうしたの!大丈夫?苦しいの?」
ふと我にかえると、汗がびっしょりで頭がクラクラしていた。顔色が悪いと言われる。しかし、体には特に異常はなかった。
「あんな家なんかに行くから、変な夢でも見たんでしょう」
夢…?そうかもしれない。しかし。
仏壇のろうそくは、やはりいびつに曲がっており、どろどろに溶けたまま固まっていた。勝手な想像だが、かなり強い呪いがこのラジオにあって、侵入を許してしまったものの、かろうじて仏様が守ってくれたのだろう。
仏壇に祀られている祖母と父に感謝した。
風は、やんでいた。
後日、近所の大きな寺にラジオを持ち込み、お祓いをしてもらった。どんな呪いが込められているのかは謎のままだが、これ以降、怪異に悩まされることはなかった。
突然のもらいものには、ご注意を。