第8話:サムデイ イン ザ サン
「夏休みか……」
そう、俺は来る夏休みのため、計画を立てようとしていた。
貴重な夏休み、どうにか有効に使いたい。
何かいい案はないかと、ネットサーフィンをしていたところに一件のメールが届いた。
「ほう、新しい施設か……」
3か月前にオープンしたばかりのテーマパークらしい。メールには特別に招待券までついている。よし、ここにしよう。
自分の部屋から出ると、3人は中央の部屋で何か話しているようだった。
3人はここに来て、1か月以上も経っているが、やることは話すかアニメを見るか、読書するかぐらいしかない。
この前、3人が病院を訪ねて以来、勝手な外出はさせないようにした。
たまにスーパーへの買い出しに連れ出しているが、決まった場所に行くだけではつまらないだろう。おそらく退屈しているに違いない。
「よし、旅行に行こう!」
俺が急に声を出したせいか、3人はこちらを向いたまま固まっている。
「よし、明日旅行に行こう!」
「いや、聞こえてるってば」
英利羽がツッコミを入れた。大丈夫なようだ。理解はしているらしい。
真菜も話し始める。
「急に旅行って、病院はどうするの?」
「それは大丈夫。明日からお盆休みだから」
「でも、どこへ?」
「少し東京に用事ができたんだ。一緒に行ってみないか?」
「行きたい!未来に知っているところがどう変わっているか気になるわ」
みこが目を輝かせている。今年の夏はきっと楽しい夏休みにしてみせよう。
「どこ行くか決まっているの?」
と真菜が聞く。
「予定しているところはある。場所は行ってみてのお楽しみかな。かなり暑いと思うから、そのつもりで準備しておいて」
次の日、4人は塩尻駅へ向かった。
改札へ向かおうとすると、みこが不安そうに聞く。
「みこたち、切符もらってないけど、まさか取り忘れたなんてことはないでしょうね」
「ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっと待ってて」
俺は、そういうとスマホを操作した。3人のスマホに通知が行く。
「今はほとんどスマホで予約するから、話すの忘れてた。そのスマホを持っているだけで改札を抜けられるから」
みこはスマホで一応切符を確認しているようだ。
俺は、改札へ向かった。改札に何もタッチせずに通り抜ける姿を3人は不思議そうに見ていた。
「ほら、早く」
3人は、それぞれ改札をゆっくり通る。俺も最初はタッチレス改札を抜けるときは、引っかからないか心配になったものだ。
3人も無事改札を抜けると、ホームへ降りていった。
まだ列車は来ていないようだ。
今回、予約したのは11号車の8のC,Dと9のC,Dだ。今いるのは、先頭車両付近なのでかなり後ろへ歩かなければならない。
ホームの中央付近まで歩いてきた。まだ11号車までは距離がある。
みこは待合室の中をのぞいていた。
待合室には座っている人が2人だけいた。
「ほら、あんまりじろじろ見ない」
俺はみこにそういうとホーム上をさらに移動する。
11号車の乗車位置に着いた頃、ちょうどホームにアナウンスが流れた。
「♪まもなく一番線に列車が参ります。危ないですから黄色い線まで下がってお待ちください。……」
線路の先から、前面が黒い特急列車がやってきた。白く大きな車体が目の前に来たかと思うと、ブレーキ音が小さく響き渡る。夏の日の光に、特徴的な紫色が光っていた。
ドアが開くと、俺は荷物を持って列車に乗り込んだ。
3人は後に続く。
俺は列車の中央に向かうと、座席を回転させた。
大きな荷物を上に乗せ、フックに荷物をかけると真菜は俺の隣に、みこと英利羽は俺の前に座った。
発射音が鳴ると、ドアが閉まる。ため息のような音が鳴ったと思うと、ゆっくり列車が動き出した。
みこがそわそわと俺の後ろの方を見ている。
「どうした?後ろ向きの座席じゃいやなら、真菜と変わって。俺酔いやすいから」
「そんなんじゃないわよ。さっき待合室にいた2人が誠司の後ろに座ったから見ていただけ」
「そんなにその2人が気になるのか?」
「このみこに匹敵するほどにすごいきれいな髪をしている女の子だったから……」
俺は振り返ってみた。後ろの方に、艶やかで綺麗な髪が見える。
A,B側の座席に座っているようだが、窓側の人の顔は見えない。
通路側の席には、北アルプスの山々にかかる新雪のような真っ白な髪が見えた。
彼女の長髪はまるで重力がないかのようにふんわりとしていて、枕にしたいと思わせるほどだった。
窓からさす暑苦しい日の光が、彼女の髪に当たると、あたたかな日差しを照り返す冬の雪山を想起させた。
彼女の毛先は、黒い線の模様が入っている。きっと畳の上に座ると、扇のように美しく等間隔な模様がみられるだろう。
彼女が気が付いて、こちらを見る。俺は視線を逸らそうとするが、夕日のように鮮やかな赤いリボンが俺を惹きつける。
さらに彼女の目は、太陽の光を燦々と浴びたみかんのようなオレンジ色をしていた。
俺の隣の真菜が、腕を引くと、俺は現実世界に戻ってこられた。
「誠司にも、あんなかわいらしい子がいればね……」
みこがおちょくるものの、俺はうまくつっこむことができない。
しばらくたつと、3人は楽しくおしゃべりしている横で、俺は夢の中へ落ちていった。
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「ちょっと、誠司。誠司ったら」
「ん?ん……ん」
真菜が呼んでいるようだ。もう朝だろうか……。
「起きなさいってば……。もう着いたって言ってるの」
今度はみこか……。ハーレムっていうのはいいなあ……。
頭を何かで叩かれる。目を開けてみると、列車は駅に到着していた。
3人は荷物をまとめて、俺を早く立たせようと引っ張っている。
「ごめん、ごめん」
俺は、すぐに準備を終えると、列車から飛び降りた。すると同時に、清掃員さんたちが列車に乗り込む。
「ホテルはどこなの?」
と真菜が聞く。
「ホテルじゃない。こっちにも俺の家があるから、そこに泊まる」
「どこよ、それ」
「まあ、ついてきな」
駅を出ると、バスターミナルへ向かった。そこには黒くてシャープなデザインのバスが来る。
3人は見たことがないらしい。
「これ、私たちが知っているバスと違うのね」
「結構前から走っているバスだよ。バスは基本的に水素バスに変わったかな。何台かはもう自動運転らしいよ。まだ乗ったことないけど」
3人は目を輝かせている。特に英利羽は東京に来たのは小さい頃以来だろう。
バスが発車する。4人はバスに揺られて、俺の家へ向かったのだった。
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予備校の教室で、誠司は授業中に返却された自分の答案を見ていた。
また答案はかなり赤く染まっていた。
誠司は帰ろうとしている神野先生の元へ行く。
「先生、今日の英作文の解答を見てほしくて」
「ああ、君か。よし、いいだろう」
先生の見た目や話し方ではかなり高齢であるように見えるが、実はそこまでの年ではない。
しかし、彼の落ち着いた声の中にも鋭い指摘があり、それが生徒からも評判がよかった。
受験を間近に控えた誠司には不安があった。
神野先生は少ししわがれていて、どこかやさしさと安心が感じ取れる声で話す。
彼の声を聞くと差し迫ってくる不安が和らいだのだった。
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極秘調査報告書 8
スーパーあずさ(E353系)
2017年から営業が開始された車両。この車両に誠司と真菜、みこと英利羽が乗車した。車両前面が黒く、白い車体に引かれた「あずさバイオレット」という紫色のラインが特徴的。2037年になると、新型車両に順次交代されていった。2039年にラストランが実施され、多くの人々に見送られた。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)