第6話:少女たちは、新しいおもちゃを手に入れる!
ある日、エレベーターで地下2階に向かった。手にはもろみのモニターやキーボードなどを抱えている。重いし、持ちにくい……。
3人は中央の部屋で談笑しているようだった。
3人の中央に、パソコンを置くと、とりあえずテーブルに手をつき、一息ついた。疲れた……。
3人とも驚いているようだ。英利羽は俺の方に向き、
「これって、わたしたちが自由に使っていいパソコンってこと?」
「そう。一応下のやつを持ってきた」
英利羽は喜んでいる様子だ。早速、コードをつなぎはじめている。
しかし、みこは少し不満そうだった。
「あの部屋は暗かったからあんまり見えなかったけど、思っていたよりなんかフツーのパソコンって感じ……。」
「フツーじゃダメなのか?」
「いや、未来のパソコンって、もっとなんかスゴイ機械っていうのを想像していたから……」
「なんかスゴイって、あいまいな……。まあ、このパソコンは、かなり古いパソコンを中古で安く買い取ったものだからね。」
みこは明らかに期待外れという顔をしている。
そんな顔されたってなあ、せっかく持ってきてやったのに……
「それに、実験室のシステムの中の末端からとってきたんだから、しょうがないだろ」
俺も少しヤケクソになったのか、ボソッと言い訳をしてしまった。
みこは、小さくうなずきながら、パソコンの方へ目を向ける。
しょうがないなあ、と思われているようで、腹立たしい。
英利羽はテーブルの端にパソコンを設置し、電源を入れて、早くも起動させていた。
真菜は英利羽の後ろで画面をのぞき込んでいる。
おなじみの起動音が聞こえると、ユーザー画面になった。
「ユーザーどうするの?わたしのアカウント作っていいの?」
英利羽は作る気満々といったところだろう。俺は承諾した。
英利羽が早速アカウントを作りあげて、何ができるか見ているようだ。
「これ、Wifiはどれ?clinic-wifiとdirector-wifi、new-wifiがあるけど。それに、パスワードは?」
「はいはい、ちょっと待ってて」
俺は自室に戻り、パスワードが書かれた紙を持ってくる。
「Wifiはnew-wifiを選んで、パスワードはこの紙を見ればわかると思う」
英利羽は、目にもとまらぬ速さのタイピングで、入力していった。
みこも真菜の隣で画面をのぞき込んでいる。
しばらく3人はパソコンをいじっていたと思うと、みこは2人から離れ、俺の方に向かってきた。
「スマホの方は?まだ?」
「もう少し待ってくれ。スマホは新しく注文しているから」
「やったぁ、今度こそ新しいやつだ」
みこはなんか新しくて「なんかスゴイ」スマホが来ると思っているらしい。
3人に新しく買い与えるのだから、機能が制限されていて安いものなのだが……。
スマホが来た時もまたみこが不服そうな顔をすることになるだろう。
数日後、3人のためのスマホが届いた。
今回俺が買ったスマホは、まあ普通のスマホだ。
つまり、2017年にもあったであろう、ある程度の重さのあるスマホだ。色はパステルカラーのブルー、イエロー、ピンクを買った。
実は、このスマホは小学校低学年の子どもに初めて持たせるスマホである。
そのため、見た目以上にかなり機能が制限されている。
たとえば、コンテンツの制限はもちろん、事前に登録したwifiのみが使え、それ以外の環境では、俺のスマホの回線を使う。
通話、メール、チャットは俺と3人の間のみ可能で、俺のスマホの回線を使うときは、すぐに使用制限ができるというものだ。
スマホの外見をみて、最初はみこも満足そうにしていた。
しかし、かなり制限された機能のことを聞くと、みこはまた不満そうな顔になってしまった。
「みこのプライバシーとか、ないじゃん」
「いや、じゃあ3人分の携帯料金払うっていうのか?これ3台だけでもかなり高かったんだぞ」
「まあ、そうだけど……」
今回はみこも納得してくれたらしい。
実はそんなみこも喜びそうなものがある。3台買ったことによって、ARグラスが1個プレゼントされたのだ。
このARグラスを使うと、画面を見なくても通知が表示されたり、ナビを使うときに道案内が表示されたり、万歩計や心拍計などヘルスケアの機能も付いている。
さすがのみこも、これには喜んだようだ。1台しかないが、早速みこがARグラスをかけてみて、いろいろな機能を試している。
その夜、俺は自室のベッドの上で寝転んでいると、俺のスマホがピロリンッという通知音を鳴らした。
「げっ、あいつらずっとチャットしているのか……」
その通知によると、3人は今日一日でチャットを100件以上しているらしい。
3人は初めてスマホを買ってもらった子供のように、すぐに話せるというのにもかかわらず、チャットに夢中になっているようだ。
しかし俺のスマホでは、3人のチャットの中身までは知ることができない。惜しいなぁ……。
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「松本くんって神野さんとかなり仲良いよね?」
「そうそう。俺とくにぴょんは……」
「くにぴょん?」
「ああ、あいつ、神野邦宏でしょ。邦宏だから、くにぴょんって呼んでる。くにぴょんも俺のこと、せいにゃんって呼んでるんだよ。変なあだ名だろ?」
「神野さんって5年生でしょ?どこで知り合ったの?」
「いや、予備校時代にさ、親しくしていた先生がくにぴょんの父親だったんだよ。それで、知り合ったっていうわけ。だからまだ知り合って1年もしてないんだよね」
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ある日朝早く、仕事の支度をして、自室から出ると英利羽がテーブルでコーヒーを飲んでいた。まだうまく目が開けられないようで、大きなあくびもしている。
「あれ、こんな朝早くにどうしたの?」
「いや、誠司に聞きたいことあってさ」
「なに?」
「今日、3人で地下1階から外に出てもいい?」
彼女のモミジのようにきれいな赤い瞳を潤ませて、こちらを見てくる。
忙しい朝の時間に、面倒なことを聞いてくる。
考えるのも面倒くさくなってきたので、あんまり考えもせず了承してしまった。
自室にあるカギを渡す。
彼女はチャットに何か書き込むと、英利羽の自室へ入っていった。
俺はエレベーターに乗ると、地下1階まで上った。
3人と外出するときに使った平坦な道ではなく、階段となっている方を進む。
階段を上がると、白い鉄の扉があった。
俺は、その扉の近くの壁にあるボタンを押す。
すると、壁の中の方で歯車が動くような音がし、最後にガシャンという少し大きめな音がした。
扉はゆっくり開いていく。この階段が暗いせいか、急に目の前が明るくなっていくので、いつも少しくらくらするのだ。
目がちょうど順応し、院長室が見えてくるようになったころ、扉が完全に開ききった。
俺は院長室に入ると同時に、その扉はまた少しずつ閉まっていく。
扉が完全に閉まると、ただの真っ平な漆喰の壁になった。
さあ、今日も始めるか。まだ病院には看護師さんたちは来ていない。
休憩室に赴き、俺はコーヒーを一杯淹れた。
体の中が温まり、体も頭も冴えてきた。
もう一杯コーヒーを注ぐと、俺は院長室に戻った。
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昼過ぎ、3人は中央の部屋で話し合っていた。
「かなり前に、外出したことあったでしょ?」
と英利羽は始める。
「うん」
「でも、あの時、わたしたちがいるこの部屋がどこにあるかを突き止めることができなかった。今日は、それを突き止めたいと思う。それに、誠司が今何をしているのかも気になる」
「たしかに」
「でも、どうやって突き止めるの?」
とみこが言う。英利羽は自分のスマホを取り出す。
「このスマホの中に、方位磁石入っているよね?」
「うん」
「あの地下一階の通路をこれで方位を調べながら、歩数で距離を測る。そうすれば、わたしたちがいる建物がなにかぐらいはわかるはずよ」
2人は大きくうなずいている。作戦を立てた3人は地下1階へ向かった。
極秘調査報告書 6
ARグラス
2037年のARグラスは様々な種類に発展していた。現実世界と仮想世界の境界がかなり分からなくなるほど高度なARグラスも発売されていた。一方、ホログラムによって小型化をしたスマホを使ったグラスなしのARもあった。山吹真菜や九十九里みこ、芳乃牧英利羽が用いていたARグラスは一番簡易なもので、現実世界に画像を重ねて表示するのみのグラスである。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)