第5話:一目で20年後の未来だと見抜けなかったよ
ドアを開けると、目の前には幹線道路があった。
道路の向かいには、住宅とコンビニが見える。
多くの車がサーッと通っていった。どうやら近くには信号がないらしい。
みこと英利羽は外に飛び出すと、2人同時に両手を高く上げ、ぐっと伸びをしている。
太陽の光に照らされ、そよそよと吹いてくる風に、みこのポニーテールがなびく。
「私たち、外に出ていいの?」
真菜は俺に聞いてきた。
外出を禁じていたつもりはないのだが、そういえば、外出の仕方を教えていなかった。よく考えたら、実質外出禁止と同じことではないか。
「少しぐらいならいいよ。あまり遠くに行くなよ」
「わたしたち、子どもじゃないんだし」
英利羽は歩道を走りまわっている。子どもじゃないという言葉とは裏腹に、行動はまさに小学生さながらではないか。
3人ともはしゃぎ方は違えども、喜んでいることは伝わってきた。
3人の様子を見ていると、いろいろなところに連れていき、もっと3人の表情を見たいという気持ちが沸き上がってくる。
「とりあえず、今日は食料の買い出しついでに連れてきたのだから、あんまりふらふらするなよ」
俺はそういうと、玄関のカギを閉め、駅とは反対方向へ歩き出す。
幹線道路沿いに歩き、振り返ると、線路が見えてきた。
「今からスーパーに行こうと思うんだけど、何か欲しいものある?」
「今日の夕飯とか?」
真菜が少し考え込んで聞いてくる。
まあ、スーパーだから食べ物が基本だろうな……。
俺の後ろを真菜がついてくる。みこは英利羽とその後ろで話しているようだった。
みこが真菜のところまで走ってくると、
「みこは、何か冷たいものが食べたい!歩いていたら暑くなってきた」
3人が過ごしている部屋はずっと冷房が効いているから感じなかっただろうが、真夏なのだ。
一歩外に出れば、じめじめした不快な暑さを襲う。
今年の梅雨は、もうすぐ明けるとは聞いているが、そのあとは猛暑である。最近は塩尻にいても肌が焦げ付くように暑い。
「アイスとか食べたいなぁ~」
俺が返事しなかったため、無視されたとでも思ったのだろう。みこが俺に近寄ってくる。
「わかってるって。好きなのアイス選んでいいから」
「やったぁー!」
みこが両手を上げて喜ぶと、すぐに歩くスピードが落ちて、英利羽のもとに行ってしまった。
半袖であるが、紺のワイシャツを着てきてしまったがために、体の中が暑くなってきた。
早く冷房の効いたスーパーの中に入りたい……。
しばらく歩くと、スーパーにたどり着いた。
3人ともなんだかんだ暑かったようで、かなり汗をかいてしまっている。
持ってきておいてよかった。俺は3枚のハンカチをカバンから取り出した。
いつも不思議に思うのだが、蒸し暑い外から冷房の効いた中に入ると、汗がどばっと出てくる。あれはなぜなのだろう。
スーパーの中で必要なものを買いそろえた後、4人は買ったものを袋に詰めていた。
そこで、俺は思いついた。
「帰りに駅があるんだけど、そこに行ってみる?」
「みこは、もういいや。早く冷房の効いた部屋に帰りたい」
「私もパス」
なんだ、あんなに最初の方ははしゃいでいたというのに、もう真菜とみこはバテてしまったらしい。
「英利羽は?」
「こんなに暑いなんて……。これ以上歩いたら、わたし溶けちゃうわ」
「いや、これからどちらにしろ帰るんだけど……。もう十分、涼んだだろ」
3人とも初外出はこれぐらいでいいらしい。
行きでの元気はどこへやら、帰り道3人の足取りは重かった。
「遅いとおいていくぞ」
真菜もみこも英利羽も返事する元気さえないらしい。
やっと出発地点に戻ってきた。そこには、1階建ての小さい一般的な民家が建っていた。
おそらく通行人や道路を走る車からこの家を見たとしても気に留めようともしないだろう。
玄関を開けて4人とも中に入る。真菜もみこも英利羽も玄関で寝そべっていた。
少しすると、ある程度真菜は回復したらしい。真菜が起き上がってきた。
「そういえば、あんまり私たちの時代の車と変わらないのね」
「まあ外見はあんまり変わってないかな。でも、最近、高速でレベル5の自動運転ができる車が何台か発売されているよ。まだ、標準装備されているのはレベル3ぐらい」
自動運転車の話をしていると、みこが急に体を起き上がらせてきた。
「さっきからレベル3とか5とか言っているけど、なにそれ?」
「自動運転にはレベル0~5があって、レベル5が完全な自動運転なの。でも思っていたより、20年後でも進んでいないようね」
たしかに、俺も少し前まではもう少し早く実装されるかと思っていた。
ただ、レベル3なら運転したことがあるが、レベル3でもかなり運転が楽になったことは確かだと思う。なんか、この間のテレビでも自動車事故がここ10年は急減しているとは、言っていた気がする。
「まあ、俺は車に詳しくないからあんまりわかんないや」
とりあえず下手に聞きかじったことを言うよりも、わからないで流した方がいいだろう。
英利羽も動く気力が戻ってきたらしく、いつの間にか体を起き上がらせていた。
「よし、じゃあ帰るか」
同じルートを通って、4人は中央の部屋に戻ってきた。
「みこはもう疲れたわ。早くお風呂に入りたい」
「私も」
「真菜もみこもこう言っているし、もうシャワー入ってもいい?」
「いいよ」
俺が先に入ろうと思っていたが、まあいい。買ってきたアイスも溶けてしまうし、早く冷凍庫に入れなければ……。
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「今回は、彼らを助けようと思う」
小柄な少女は背の高い少年に話しかける。少年は答えた。
「この人たちって……」
「そうよ」
「わかった。とりあえず、まずは事が起こる前に調査しに行こう」
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3人がシャワーからあがると、次は俺の番だ。やっと汗を流せる。
シャワーから上がってさっぱりした気分でいると、英利羽がこっちを見ている。
シャワーから上がったばかりだからか、英利羽は髪を下ろしていた。
彼女の金髪はきれいでサラサラしている。なんか、触れたくなってきた……。
彼女の視線をかわしつつ、英利羽の後ろへ回ろうとするが、なぜかじっとこっちを見ている。それじゃ、俺が後ろに回り込めないじゃないか。
俺は、目線をそらし、テレビの方へ目を向けた。
どうやら、みこは『鈴木話』をみているらしい。
主人公のシングルファザー仙石が、息子の彼女、鈴木に恋をしてしまう話である。
最後は、仙石が鈴木を殺してしまうような、かなりドロドロしたアニメなのだが、寄りにもよってなんでこれを最初に見ているのだろうか……。
英利羽に目を移すと、テレビの方を見ている。今がチャンスだ!
英利羽のほうに近づこうと、一歩を踏み出した途端、英利羽はまた俺の方を見ている。
なんでだ……、君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
みこが俺の方へ振り向く。
「今、誠司なんか言った?活きのいい牡蠣のフライとか……」
「いやいや、何も言ってない」
つい、口をついて出てしまったらしい。それにしても、みこはここまでテンプレな聞き間違いをしてくるとは……。
「てんぷら?今日は天ぷらにするの?」
みこの聞き間違いには、逆になにか才能を感じる、あなおそろしや。
もうアニメがエンディングに入ってしまった。いっそのこと、英利羽に聞いた方がいいかもしれない。
「英利羽、何でさっきから俺の方を見てくるの?」
「いや、なんか誠司から変な視線を感じるし、それに……」
「それに?」
「言うか迷ったけど、言うわ。パソコンとかスマホとかをわたしたちも使いたいと思ったの。私たちの時代では使っていたし……」
「うーん、そうだな……」
みこがまた振り返った。
「なら、あの地下の部屋にあったたくさんのパソコンを一台もらっちゃダメなの?」
「そうだな……わかった、考えておく」
3人とも喜んでいるようだ。どうやって3人分そろえようか……。
実験室のパソコンなら、どうにか1台だけでも確保できそうである。
俺は、とりあえず実験室のシステムの見直しに行くのだった。
極秘調査報告書 5
『鈴木話』
少し話題を呼んだドロドロの恋愛を描いたアニメ。2028年夏放送。主人公、仙石秀之が息子、紀之の彼女、鈴木恵子を好きになることから始まる。鈴木は秀之の想いに気が付き、時間が経つにつれ、秀之のことが気になってくる。しかし、紀之との関係もあり秀之とは付き合えないと断る。秀之は紀之を応援しようと決断するものの、祭りの夜秀之と鈴木がキスをしてしまい、それを紀之が目撃してしまう。紀之は秀之を問いただす中、殴り合いのけんかとなり口を利かなくなってしまう。その後、鈴木を取り合い、駆け落ちや裁判など、波瀾万丈な展開が待っている。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)