第4話:Which way should I go to get to the truth?
「改めて、自己紹介するわね。わたしは芳乃牧英利羽よ。よろしくね」
「九十九里みこよ。とってもかわいいみこちって覚えt」
「真菜よ。山吹真菜。こちらこそ、よろしく」
「なんで、遮るのよ。やっぱり最初の印象は重要でしょ!」
「最初って……英利羽が目覚めたときから、もう結構時間経っているじゃない」
英利羽だけ知り合いがいない状況であるが、同世代で同じ境遇ということもあり、かなり打ち解けられていた。
英利羽は綺麗な金髪で、彼女は髪をよくツインテールに結んでいる。
英利羽は高校2年生。真菜が高1、みこが高3と考えると、全員学年が違う。
英利羽の高校は京都にある。もともと東京出身だったが、京都の神社やお寺、仏像などが好きで、京都の高校を選んだという。
そういうこともあり、高校では京都探訪同好会に入っていた。
京都探訪同好会の部員は3人と少ないが、部員の少なさゆえにいろいろなところに行きやすいという利点もあった。
普段の活動では、もちろん神社仏閣巡りもするが、一日中地図を広げて地形を観察していることも多い。
夏休みには合宿も行い、他の地域の神社仏閣をめぐっているという。
真菜は英利羽の部活について一通り聞いた後、気になったことを尋ねてみた。
「地図を見ているって言ったけど、具体的に何しているの?」
「フフフ、地図は一見神社とかに関係なさそうに見えるでしょ。たとえば、よく知られた清水寺。清水寺と言えば何が思い浮かぶ?」
「清水の舞台……?」
「そう!多くの参拝客が来るようになった清水寺は、一説には参拝客がたくさん入れるように舞台を広くしたといわれているの」
みこは清水の舞台を思い浮かべてみる。行ったことはないが、写真では見たことがあった。
「でも、それならわざわざ崖の上に作らなくてもよかったんじゃない?」
「そもそも、清水寺の名前の由来となった、音羽の滝っていう名水があるの。そこはちょうど断層によって作られた場所だから、清水寺が建つ山の斜面側に拡張することができなかったの」
「へえ、そうなんだ」
「こういうことを地図で見ることによって、確認することができるの」
真菜はかなり興味深そうに聞いているが、みこはあまりよくわかっていないようだ。
おそらく、日ごろの授業態度や成績の差が出てしまったらしい。
高校では、真菜の成績は学年トップであった一方、みこは赤点スレスレで留年を免れていた。
みこは英利羽と真菜がさらに話し込んでいる間、少し目線を部屋の方へ向けた。
すると、そこに4、5人ぐらいの黒い人影がみえた。なにか話しているようにも聞こえる。
「ねえ、この部屋に誠司とみこたち3人のほかにいる?」
「私はまだ3日目だからわからないけど、見たことないわ」
「なんか、私たちの部屋の前に何人かいたような気がするんだけど」
真菜と英利羽は視線を向けるが、そこには何にもない。
みこももう一度辺りを探してみるが、誰もいないようだった。
「気のせいじゃない?それか、誠司が部屋から一瞬出てきたのかも」
みこは少し怖くなり、誠司の部屋の扉をノックする。
誠司が中から答えたので、みこは聞いてみることにした。
「今部屋から出てきた?」
「いや」
「そう……。それと、ここに私たちのほかに誰かいることある?」
「そんなまさか。俺と真菜、みこ、英利羽しかいないよ。」
「そう」
みこは自分の席に戻った。2人はみこの気のせいと思っているらしいが、みこはやはりあの時誰かいたことを見たはずだと思った。
英利羽は誠司とみこの会話を聞いて少し考え込んでいるようだった。
軽く首を傾げると、英利羽は真菜と話の続きをし始めた。
しばらくすると、誠司が部屋から出てきた。
誠司はUSBのようなものを持っている。
「じゃじゃーん、これを使えば、俺のPCに入っているアニメを見ることができるようになるぞ」
「操作はこのリモコンでできるの?」
みこはリモコンを手に取り、待っていましたとばかりにテレビの電源を入れる。
テレビの右下の小さなライトが赤色から緑色に変わったが、画面には何も映らなかった。
「まだ入れなくてもいいんだけど……。まあとりあえず……」
誠司はそのUSBをテレビの裏に差し込む。すると、テレビにはファイルの一覧が現れた。
ファイルは6つあった。1つのファイルが1シリーズになっている。
真菜はテレビ画面を見た後、誠司の方に振り返った。
「これ全部、アニメ?ほかの番組とかないの?」
「実は、これ録画したものをダビングしたUSBなんだよね。俺さ、アニメしか録画していないから、他の番組ないんだ。だけど、他のアニメならもう少しあるよ」
誠司の部屋にあるテレビには、実は普通のテレビ番組が映る。
今期もアニメを5本と、ドラマを6本見ているが、ドラマはリアタイで見てしまうこともあり、録画した深夜アニメしかレコーダーには残っていなかった。
みこはファイルを何個か開いて、中身を見ている。
「みこは結構アニメとか見るから、当分の間はこれで満足だけれどもね」
「なら、よかった」
誠司は、3人が仲良くやっている姿を見てほっとしたのか、自室に戻っていった。
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その夜、3人は一緒にお風呂へ向かった。
パジャマは部屋に何着か置いてあり、サイズもぴったりであった。
誠司は3人に、お風呂場の近くにある洗濯カゴに洗濯物を入れておけば、明日までには洗って返すと言ってあった。
そのため、洗濯物などの心配はいらないらしい。
お風呂場にある洗濯機は、2017年にも見かけそうな普通のドラム型洗濯機であった。
3人は服を脱ぎ、洗濯カゴに入れると、洗い場へと進んだ。
英利羽が少し真面目なトーンで話し始める。
「少しわたし気になることがあるの」
2人は英利羽の次の言葉を待った。
「誠司の説明に2人は、何か変なことがあるって思わなかった?」
真菜とみこは顔を見合わせるが、2人とも首をかしげるばかりだった。
「まず、なんでこの施設には誠司一人しかいないのか。普通、そんな大災害の治療だとすると、多くの人が治療に当たっているはずだと思わない?」
「たしかに」
真菜は首を縦に振った。英利羽は続ける。
「それになぜその治療に、ただの町医者が関わるのか。それもたった一人で」
英利羽はさらに誠司のおかしな点をあげていく。
「ほかにも、なぜ私たちは20年も時間が経っているというのに、20年前の若い容姿のままなのか。これも変だと思わない?」
「……治療のために、冷凍保存していたとか?」
みこは考えてみたが、自信はなさそうであった。
「さらにほかにも変なところがあるの。南海トラフ地震の場合、ここ塩尻市の方が東京よりも揺れが大きいはず。それにそもそも、なんで私たちは2017年の夏頃までしか記憶がないの?2018年の記憶が全くない」
真菜とみこはまた顔を見合わせることしかできなかった。
英利羽は2人の様子をうかがっている。しかし真菜とみこは口を開くこともなく、手を動かし始めるのだった。
しばらくの間、3人は誰一人口を開くこともなく、ただタオルで体を洗っている音だけがお風呂場に響いていた。
真菜が桶でお湯をくみ、体についたボディーソープを落とす。
お湯が床にたたきつけられる音が響いた。
真菜の体からお湯が流れ落ちると、彼女は英利羽とみこの方へ向いた。
「わからない……。そもそも本当にここは2037年の世界なの?私たちは結局何を、誰を信じればいいの?」
英利羽は少し目線を落とすと手を止め、真菜の方へ向いた。
「わたしにもそれはわからない。誠司の言っていることが真実で、おかしな点はあるけれども、気のせいってことかも。ほかに理由を知らないだけかも。それでも、盲目的に信じて疑わないことと、そのことを疑いながら確信していくのでは、ワケが違う。」
みこは急に立ち上がると、シャンプーの付いた髪のままお風呂のドアを開けた。
「それなら、誠司を問いただせばいいだけのことよ」
「待って」
英利羽はみこを制止する。みこを洗い場まで引き戻し、ドアを閉めさせた。
「信頼できる味方がいないこの状況で、行動を起こすのは危険だわ。慎重に行動した方がいい。まだ、わたしとみこはここで1日も過ごしたことがない。真菜でさえ、たった3日目だというのよ。少なくともわたしたちが勘づいていることを悟られない限り、すぐに誠司がなにか危害を加えることはないと思う。誠司と一緒に行動して、様子をうかがうことが最善だと思うわ」
「私もそれでいいと思う。少なくとも、今の私たちに行く当てはないのだから」
真菜が英利羽に同調したことを見て、みこも無理に今動こうとすることはやめた。
みこが英利羽にふと思った疑問を投げかける。
「それなら、英利羽はみこたちのことだって信用してないってこと?」
「完全に信用していると言ったら、ウソになると思う。ただ、こんな話を2人に打ち明けるぐらい、かなり信用しているつもり。信じてもらえないかもしれないけれど」
「私は英利羽のことを信じるわ。だれかを信じてみないと始まらないわ」
「ありがとう、真菜。とりあえず、わたしはわたし自身の記憶と真菜とみこの記憶だけを信じようと思う。もし、いずれほかの人に会うことがあったとしても、わたしたちのことを安易に話さないようにした方がいいと思うんだけど、2人はどう?」
「「わかった」」
みこと英利羽が目覚めたこの日の風呂場での会話は、当分は3人だけの秘密ということになった。
誠司のことを3人はあまり信用しなくなったものの、その代わりに3人の絆は深まったようであった。
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夕暮れ時、塾の先生とある浪人生が、もう誰もいなくなった予備校の教室で向かいあって座っていた。二人の間には、添削されて赤くなったノートが置かれていた。
「いいかい、この内容説明問題は85%ぐらい取れている。しかし、その次の問題の和訳は……ボロボロだな」
「それがよくわからなくて……」
「松本くん、いいかい。この和訳の難しいところは、このカンマの位置による修飾関係を見極めることが大事なんだ」
その先生は、問題のところに線を入れて説明していく。
少しずつ説明している間に、その生徒は少しずつうなずく回数が増えていった。
「わかったかい?またわからないところがあったら、いつでも質問に来なさい」
「ありがとうございます。神野先生」
「ぜひ松本くんに響明大学に入ってほしいんだ。そこの3年生にはうちの息子、邦宏もいる。きっと松本くんと仲良くなれるだろうから」
「はい、がんばります」
夕日に背中を照らされながら、その生徒は教室を出ていった。
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次の日の朝早く、誠司は3人を地下1階に連れてきた。
そこには、部屋というより狭く暗い通路があった。
通路は黒い壁紙で覆われ、床は冷たく硬そうな黒い石でできていた。
通路は二つに分かれている。一つは階段が上へつながっていた。
みこは身をかがめて、階段の先を見ようとするが、ライトが付いていないため、暗くてよく先が見えなかった。
誠司は階段の方ではなく、平坦でまっすぐな通路のほうへ進んだ。
しばらく、歩くと少し広い空間に出た。
そこには、重そうな黒い鉄の扉があり、誠司はそこに持っていたカギを差し込む。
その扉を開くと、目の前にはベージュ色の壁紙が張ってあり、床はフローリングである西洋風の部屋が現れた。
目の前には木でできた階段があった。4人はそこを上っていく。
階段の目の前には、一般的な家庭の玄関が現れた。
誠司は玄関の扉に手をかけると、力を少しだけ入れ大きく開いた。
その先はとても明るく、真菜はまぶしくて一瞬目を瞑ってしまったのだった。
極秘調査報告書 4
響明大学
日本にある総合大学の一つ。かなり広い敷地を持ち、学部を12個もつ。各分野で研究に力を入れており、様々な実績がある。政府や企業とも数多くの共同のプロジェクトを立ち上げている。そのため、大学所有の敷地以外にも各地に付属の研究所を持つ。湊誠司の母校。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)