第3話:みこ参上!
「さあ、そろそろ時間だ」
俺は真菜の部屋の扉をノックする。
「わかったわ」
俺は真菜を引き連れて、エレベーターに乗った。
エレベーターのB1とB4を同時に押す。
すると、エレベーターは閉まり、動き出した。
「みこがいるあの部屋は、地下何階なの」
「それはヒ・ミ・ツ!」
「はぁ?」
「すみません……」
俺がせっかくかわいくしてみたというのに、はぁ?で返されたのは心外である。
ふざけたのは失敗だったようだ。
エレベーターの空気が耐え切れないぐらい重い。早く着いてくれ。
エレベーターが開くと、俺は実験室の空気を吸い込んだ。
外の空気ほど澄んでいないが、エレベーターの中よりはましだ。
この部屋には、多くのパソコンが置かれていた。
2日前、真菜が目覚めた台のある部屋とパソコンが置かれたこの部屋はガラスで仕切られているため、中がよく見える。
そのガラスの前には、少し大きめのスクリーンが置かれていた。
そこには、みこと英利羽の状態が表示されていた。オールグリーン、良好らしい。
真菜はそのスクリーンを覗き込んだ。
「この芳乃牧、えいりは?って書かれているけど、他にいるの?」
「英利羽。実は、みこの覚醒後、数時間で起きると思う人だよ」
「そう、今日は二人もいるのね」
真菜はスクリーンをしばらく眺めた後、急に俺の方に顔を向けた。
「そういえば、あなた、わたしのこと真菜とか、みことか呼ぶことあるけど、どこかで会ったことある?」
勝手に名前で呼んでいたことがばれていたらしい。
いっそのこと認めてもらう方がいいかもしれない。
「いや、ないんだけど……。名前で呼んじゃ、だめだったかな……」
「……まあ、私のことは勝手にしていいけど、みこには確認とってね」
「そうするよ……」
一応、認められたってことでいいのか……。
そうこうしている間に、そろそろみこが覚醒しそうである。
俺は、スクリーンのところにあるパソコンを操作する。
すると、機械によって、『アリの卵のようなもの』が真菜の寝ていた台に運ばれてきた。
その中には、黒髪の小柄な少女が入っていた。
「そうだ、みこの服を先にちょうだい」
「えっ」
「ほら、早く」
「わ、わかった」
急いで、みこの服一式を持ってくると、真菜に渡す。
受け取ると、すぐに真菜はガラスの部屋に入ろうとした。
「いや、まだ入らないで」
真菜が部屋に入ってないことを確認すると、俺はパソコンのEnterキーを押す。
すると、『アリの卵のようなもの』がはじけ、中から大量の液体が流れ出た。
液体が台の下にある排水溝へと流れゆく。
みこの体の上を液体が流れ落ちていく。
「はやくみこを拭かなきゃ、かぜ引くかもしれないわ」
「いや大丈夫、自然に落ちたり、乾いたりするから待っていて」
数分間、二人の間に沈黙が流れる。
ほとんど液体はみこの上から消え去っていた。
スクリーン上では、みこの状態は良好だ。目が覚めてくれ……。
みこの体は順調に覚醒へ向かっているようだ。おそらくもうそろそろだろう。
「もういいよ、まだみこには触れないで」
真菜はみこに近づくと、手を合わせて拝んでいる。
モニターによると、もう目覚めるだろう。大丈夫だ。
「ん、ん……」
「みこ!みこ、わかる?」
「?真菜?……なんでここに……」
真菜の時よりも意識がはっきりしているようだ。成功だ。
みこを前に服を持ちながら、真菜は俺の方を見てくる。
「ああ、もういいよ。触れてもいい」
真菜は、みこに抱きついた。みこは状況がわかっていない様子だ。
状況説明は真菜に任せた方がよいだろう。
見ず知らずの俺よりも、信頼できる真菜と話した方が不安にもなりにくい。
俺はそっとその場を離れ、今度は英利羽を迎える準備に取り掛かった。
しばらく待って、実験室に戻るとみこはもう立ち上がっていた。
みこと真菜は話し合っている。少し不安はあると思うが、みこは落ち着いているように見えた。
俺は2人に近づいていった。
2人はこちらに目を向ける。
「この人が湊誠司さん。町医者だそうよ」
「よろしく。誠司とでも気軽に呼んでね、みこ」
「この人、なぜか名前で呼びたがるんだけど」
「よろしくお願いします。みこって呼んでくれていいですよ。」
俺は名前で呼ぶ許可をもらった。これで正々堂々と真菜、みこと呼ぶことができる。
みこは真菜と少し話すと、俺の方に向いた。
「そういえば、ここってどこなんですか?」
「そうそう、私もそれ聞いてない、どのあたり?」
そういえば、まだ真菜にも言っていなかった。
はぐらかしていたわけではない。本当に忘れていた。
「長野県の塩尻だね」
「長野?てっきり私、東京の中だと……」
よく考えてみると、確かにそうだ。
東京に住んでいたというのに、いきなり長野で目覚めるというのも謎なことだろう。
「なぜ、みこたちは塩尻に来ているの?東京は今でも回復していないとか?」
「そうでもないかな。ただ、何でだろうな。俺に聞かれてもわからん」
頼りないと思われるのはまずい。人の印象は最初が大切だと聞く。
ここは別のことを切り出した方がいい。
「そうだ。こんなところでは、何だし、とりあえず真ん中の部屋に行こうか」
「真ん中の部屋?テレビのある?」
「そうそう」
とりあえず、2人をエレベーターで上に上らせた。
みこは、まだ不思議に思うことがあるらしい。当然と言えばそうなのだが……
「みこが今いた場所は何階だったんですか?」
また、この質問だ。さっき真菜では失敗したから、今度はどう答えようか。
ここは、素直に「それは教えられません」だろうか。それとも、正直に「地下6階です」だろうか。いや、さすがに自由に出入りされたら困る。ここは逆に、みこの性格を考えて……。
「ヒ・ミ・ツ!」
「「はぁ?」」
「すいません……」
デジャビュかよ。さっき見たよ、この流れ。真菜はこっちにらんでいる気がするし。
怖いわ。この2人、怖いわ。もうこれ封印した方がいい。
次は殴られて、気絶でもさせられそうな気がする。
この視線が痛い状況を真菜が破ってくれた。
「でも、そういえばさっき、下りるときにB4のボタンを押してなかった?地下4階じゃないの?」
「だから、それはさっきも言ったように、ヒ……」
2人の視線に俺は殺気を感じた。封印したはずだが、つい口をついて出てしまったんだ。
許してくれ。だから殺さないで、2対1は卑怯だぞ……
「だ、だから、あの部屋に自由に出入りされると、いろいろ精密機器もあったりするから……ねぇ」
「最初から、そういえば……」
はい、そうですね。ごめんなさい。
この2人には、どんな人間にうつっているのだろうか。
たぶんふざけるのが似合わないくせに若い子にうけると思ってやってしまう、中年のイタイおじさんといったところだろうか。もう一度、やり直したい……。
地下2階に着いた。俺はもう2人から逃げ出したい。
俺のもろいガラスのハートが粉々に砕け散ったようだ。
みこには、真菜がいるから大丈夫だろう。
「さっき言った英利羽も今日中には目覚めると思うんだけど、2人とも一緒に来る?」
「私はそうするわ」
「みこも」
俺は自室の中に閉じこもった。時間が俺の砕けたハートを治してくれるのを待つしかない。
数時間経つ。もうそろそろ、英利羽が起きる時間だ。
2人は、まだ中央の部屋にいるのだろうか。
真菜とみこはテーブルのところで話し合っていた。目覚めたときよりも、かなり落ち着いたと思うが、不安がまだまだあるのかもしれない。
「時間だよ、さあ下の階に行こうか」
真菜とみこもすぐについてきた。もしかしたら、英利羽について気になるのかもしれない。
真菜とみこはお互いをよく知っているが、英利羽は赤の他人だ。受け入れてくれればいいが……。
エレベーターに乗ると、みこが自分の部屋はどこか聞いてきた。
「みこの部屋は真菜の隣。つまり左から3番目の部屋。作りは一緒だから、特に困ることもないと思う」
「真菜から聞いたけど、あのテレビ、何も見られないじゃない。なんか見るものないの?」
「そうだな……。なんか用意しておこう」
2人のおかげもあってか、英利羽も無事に目覚めることができた。特に、何か手伝ってもらったわけではないのだが……。
ただ、やはり同年代の女の子同士、不安を共有する効果はあるらしい。みこも英利羽も、真菜ほど精神的な負担は軽いように見える。2人とも英利羽を受け入れてくれてほっとした。
地下2階の居住スペースでは、英利羽には残りの1部屋、一番右の部屋を与えた。
英利羽もいれば、しばらくの間は会話に尽きないかもしれないが、みこから注文されていたテレビで見られるもの、考えておかなければ……。
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何者かが話し込んでいる。
「監視対象だ。注意しろ」
「おい、新人。Invisible modeが解けているぞ」
「すみません」
「こちらに気が付かれたらどうする。二度と間違えるなよ」
ゆらゆらと蜃気楼のように彼らはぼやけて、消えていった。
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極秘調査報告書 3
山吹真菜:識別番号Ⅱ35J20370703
15歳相当。湊誠司によって、……(以下、機密レベル5に該当するため、閲覧は制限されています。)
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)