09 警備員と螺旋階段
塩茹でブロッコリーを食べ終わり、グラスの水を飲む。空になった食器と鍋を洗う。
スポンジと洗剤を探したがなかった。仕方なくハンドタオルを使う。
使い終わったハンドタオルはそれほど汚れていないが、とりあえず洗濯機にポイ。
流石に夕飯もパンとブロッコリーは避けたい。
欲を言えばお肉とかも食べたい。せめてもう少し調味料が欲しい。
……マヨネーズがあればなぁ。可能なら醤油とケチャップ。あと出汁と味噌。うん、欲しい調味料多いな。
階段の昇降をしないといけないので気が進まないが、仕方がないので外に出ることにする。
20階の階段は辛いが、風魔法の会得方法がわからない以上、歩くしかない。
出かける前に窓から外をチラ見する。
……大丈夫かな。あ、何か光った。
少し気になったのでカラカラカラとバルコニーの窓を開け、身を隠しながら下の様子を覗き込む。
さっきよりも人、増えてない? ……ええと、100人以上は居るかな。なんだか音楽のライブ会場を上から見ているみたい……。
下から威勢のいい声が聞こえてきた。
『我が熱き血潮より生まれし炎よ、盟約の名のもとに責務を果たせ! 封印されし扉を薙ぎ払え!! ハァッ!!』
マントを羽織った茶髪の青年が掛け声とともにかっこいいポーズで手をかざすと、周囲の空気が炎の塊となり、マンション入り口の自動ドアに直撃した。バシィッという音ともに炎は弾かれたが、ぬるい熱気が最上階のバルコニーまで上がってくる。
「うわ~……、ドン引きだよ」
ダンジョンに挑む勇者のようだ。正直よそでやってほしい。
できるだけ外から見えないように部屋の中に戻り、カラカラカラと窓を閉め、バルコニーの鍵をかける。
部屋の玄関まで移動し、玄関前のインターホンモニターをカチカチ切り替えて、外の様子を探る。
1階のエントランスロビーの様子が映った。
……うん、めっちゃ平和。
モニター越しに見える自動ドアの外が、チカチカと光っているが、屋内への影響はないようだ。
2階までなら下りても大丈夫だろう。おそらく外からも見えないと思われる。
自分には屋外の野次馬をどうこうできるとは思えない。
屋外に出るのはあきらめて、2階にあるらしい自販機と図書室を探すことにした。
鍵と手荷物を確認し、玄関で靴を履く。戸締りの最終チェック。
「窓ヨシ!玄関ヨシ!鍵ヨシ!金ナシ! オッケー!!」
外に出ようと玄関扉をガチャリと開く。開けた瞬間、木材でできた人形と目が合った。
「…………グルルルルルルゥ」
斧を持っている。認識して2秒でバタンと勢いよく扉を閉め、内鍵をかける。
…………。
…………。
…………。
…………何あれ。
ブンブンと頭を振り払い、フリーズした思考を追い払う。
インターホンモニターで玄関前の様子を伺うと、先ほどの人形の首のあたりに、キラキラとした精霊の光が見えた。
なるほど、なるほどね。なーるほど。あれがゴーレムさん。あー、なるほど。うんうん。ゴーレムさん。お隣さんですね。はいはい。ええ。
「めっちゃ怖えよ…………」
お隣さんめっちゃ怖え。何あれ。斧持ってるんだけど。
ちょっと待って。え? 斧? 普通斧とか持ってなくない? ご家庭にもないでしょ? ここタワマンだよ? 必要ないよね。なんで持ってるの?
「は~~~~~~」
深く息を吐いて、なけなしの勇気も全て吐き出す。家を出るだけで既に泣きそうだ。
しかしこうしていても自販機は来てくれない。
……………もうちょっとだけ、がんばろ。
マヨと醤油とケチャップと味噌と出汁のためにも。
5分待機し、インターホンモニターで玄関前に誰も居なくなったことを確認する。
……玄関前、ヨシ。
勇気を出してもう一度扉を開ける。今度は誰もいない。
おそるおそる玄関を出ると、吹き抜けの大樹の綺麗なイルミネーションが視界に入り、少し安心する。
マンションの中はとても静かだ。
何か機械が動いているような音が遠くに聞こえる。どうやらエレベータが動いているようだ。
先ほどのゴーレムと相乗りになるような事態は避けたいので、階段を探すことにする。
エレベータの後ろにある階段マークのついた扉があったので開く。
扉は、吹き抜けに面した螺旋階段に続いていた。大樹をぐるっと囲んでいるようだ。
下が見えるのでちょっと怖いが、階段の横幅が大きいので落ちることはないだろう。
コツコツコツコツコツコツ……。
階段に足音がコツコツ響く。できるだけ下を見ないように、大樹を見ながら階段を下りていく。
ふと、大樹の光が7種類あることに気づいた。
赤色、青色、水色、ピンク、紫、オレンジ、そして緑。
風の女神ダフネ様の周りで光っていたのは緑の光だったから、おそらく緑は風の精霊だろう。
……水道を使うときは水色の光だから水の精霊、赤色は火の精霊かな。オレンジは光の精霊? ピンクと青と、紫は何だろう。
光の強さもまちまちだ。この中では緑の光が一番多くて一番強い輝きを放っている。
しばらくすると、階段の横の柱が目に入った。よく見ると8という数値が刻まれている。8階だろうか。
窓がないため外の様子がわからないが、だいぶ降りてきた気がする。
……もう少しかな。
階段の音がコツコツと響く。2階に着いた。
思ったよりも疲れていない。おそらく健脚スキルのおかげだろう。常時発動しているようだ。
いつゴーレムと遭遇するのか、内心穏やかではなかったが、結局誰ともすれ違わなかった。
階段横にはフロアへとつながっている扉があった。
◇◇◇◇
「インフォメーションボード」より。
■公開ページ
・不審者目撃情報
「火属性魔法でマンションの外壁を攻撃する不審者がいるようです。
マンション内で見かけましたら、速やかに警備員かコンシェルジュまでご連絡下さい。
また、マンション内は警備員が巡回していますのでご安心ください」