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08 部屋と冷蔵庫と私

最初に冷蔵庫にメモを仕込んでから、だいたい2時間くらい経っていただろうか。 

ご丁寧なことに、4枚のメモ全ての上に、何かしらの物が乗っている。おそらくこれらが冷蔵庫の中の人(?)からの答えなのだろう。一つずつ確認していこう。


まず一つ目のメモは、食材の希望として「たまご」と書いたメモA。

メモAの上には緑色の布袋が乗っている。冷蔵庫から取り出して確認すると、やや大きめの巾着のような袋だった。ずっしりした重みがある。おお、これはちょっと期待できそう。

簡単調理食材のたまごがあれば、少なくとも目玉焼きやゆで卵が作れる。

フライパンがあれば、チャーハンくらいはできるかもしれない。わくわくしながら布袋を開けた。


「これは、食べられないやつかな……」


布袋の中には、確かにたまごが入っていた。一つだけ。

ただし黄緑色のまだら模様。大きさは直径20cmくらい。

たまごというよりも、小玉のメロンのようだ。

重さは、見た目通り、そこそこ重い。そして妙に生暖かい。


……これまだ生きてるんじゃない?


耳に当てる。中から(かす)かに呼吸しているような、生き物の音が聞こえる。


……うん、生きてる。


期待していただけに、上がったテンションががっくりと落ちた。

ノー受精卵。イエス無精卵。色白で、小さいけれどもクールな姿のあなたが欲しかった。

あるいはいっそのことメロンであって欲しかった。


たまごを布袋に戻し、冷蔵庫の上に置く。できれば見なかったことにしたい。

気を取り直して次へいこう。


メモB。「鍋と箸」の上には、茶色い小さな紙袋が乗っていた。

どう見ても鍋が入るサイズではないが、一応紙袋の中を覗き込む。


「? 何これ。何も見えない?」


紙袋の中には闇が広がっていた。何だこれ。

手を入れる。中をゴソゴソと(さぐ)ったつもりだったが、スカスカとした空気を(つか)むような、なんだか奇妙な空間がある。なぜか紙袋の内側に手が当たらない。

紙袋から手を抜き、えい、と逆さまにして、中身をひっくり返す。

一瞬の間を置いた後、床にゴツッと(にぶ)い音が響き、中から直径15cmくらいの銀色の片手鍋が出てきた。アルミ製かな? と思った直後、カンッカンッと鍋底が何かを弾いた音がした。

どうやら木製の箸が落ちてきたらしい。


「ドラ○もんのポケットかな……」


ずいぶんとお手軽なポケットですこと。無〇良品で売っていそうな紙袋なのに。。。

質量保存の法則はこの世界に存在していないらしい。

鍋と箸をキッチンの収納に仕舞い、冷蔵庫を再び開ける。残りのメモは2枚。


メモCには、「精霊さんの食べ物は何か?」という質問。

メモの上に乗っているのはダークグリーンの小さな封筒、ではなく、可愛くハートの形に折り紙された手紙だった。中の人の女子力が高い。


「これ開いた後、私は元のハート形に戻せるだろうか……」


ちまちまと手紙を丁寧に開くと、キラキラとした文字が手紙を離れてゆらゆらと空中に浮かんできた。おー、ふぁんたじー。


『あまい』「白い」<綺麗>【光】”明るい”{柔らかい}(透明)[優しい]〔楽しい〕~ねっちょり~『素敵』


コミカルな文字が、芋づる式に、ひとつながりに、ピロピロピロと繋がって、浮かんで、声にならない楽しそうな音になって、消えた。役目を終えた手紙もキラキラと光の粒となって消えた。


「うーん……。甘くて、白くて、ねっちょり……? お菓子かなぁ?」


マシュマロか何かだろう。たぶん。

せっかくなので、街で材料を見つけたら、何か作ってあげよう。私もお菓子食べたいし。


さて、いよいよラスト。最後のメモDですね。

「5000兆円」の上にはボロボロの小さな木箱。

まさかなー、と思いながら箱を開けると、しとしとと雨の音と、中には水色の雫の形をした折り紙。

これも丁寧に開く。

一言だけ文字が浮かび、音が浮かんで、消えた。


『ごめんなさい』


うん、知ってた。意地悪してごめんね。とてつもなく申し訳ない気持ちになった。

役目を終えた手紙はさらさらと霧のように消えた。

一瞬でも小切手を期待した私は本当にダメ人間である。本当に申し訳ない。


さて、改めて冷蔵庫の戦利品を確認する。

・アルミの片手鍋

・木の箸

・四次元紙袋(小)

・何かのナマタマゴ with 巾着

・ボロボロの小さな木箱(なぜか消えずに残った)


思いがけず鍋と箸が手に入った。期待していなかっただけに嬉しい。

さっそく冷蔵庫からブロッコリーを取り出して、塩ゆですることにした。

手紙の返事は時間がかかるが、デフォルトでチャージされる水と塩とパンとブロッコリーは扉を閉めるとすぐに出現する。在庫(ストック)の関係だろうか?


コンロに片手鍋を置き、水道のお湯をわかして塩とブロッコリーを入れる。

箸で適当につつきながら茹で、水を切る。

塩が乗っていたガラス皿にブロッコリーをのせ、かぶりつく。

焼いた時よりも茹でたときのほうが甘味が増し、やわらかくておいしい。焦げることもない。

ようやく食生活が原始人から弥生人くらいにレベルアップした。感動。煮炊きって大事。でも…


「……おいしいけど、たまごも食べたかったなぁ」


ブロッコリーはしょっぱい塩味がした。せめてマヨネーズが欲しい。




◇◇◇◇




「インフォメーションボード」より


■サービス利用情報(住民専用ページ)

・ルームクリーニングを行いました。

・冷蔵庫の補充を行いました。

・発注書をコンシェルジュサービスに転送しました。一部の内容を受領できませんでした。管理組合と今後の改善について検討いたします。

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