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06 共用部は契約に含まれないようです

外に出ようか悩みながら、しばらく様子を見ていたが、聞き取れた情報はわずかだった。

何しろマンションの上層は吹き抜ける風の音もあるせいで、階下の音が聞き取りにくいのだ。

はぁ、とため息をついて、一旦部屋の中に戻る。まさか引っ越し初日にこんな苦労をするとは思わなかった。


あまり気が進まないが、とりあえず外に出ることにした。

説得できるかわからないが、外壁を壊されたらたまったものではないし、一応ダフネ様の建築物なので、神の意志に反する行いになるのかもしれない。

神様は大事にしよう。というか神罰が怖い。


「そういえばまだ玄関から出たことないや。マンションの内側ってどうなってるんだろ」


玄関の内鍵を開けようとしたところで、この部屋の鍵はどこにあるのかと思い至る。

キーケースを探すと、シューズインクローゼットの中に、鍵を吊るしておくケースがあった。

ケースを開くと、中に深緑色の石がついた指輪が入っていた。指輪の細工には流れるような線と細かな花があしらってある。


「あ。これ、たぶんこの部屋の鍵だ」


直感的にそう思った。大きめの指輪なので、左手の親指にはめる。

ぶかぶかだった指輪は、親指に通すと輪の直径が縮み、私の指にぴったりとハマった。


靴を履いてドアを開け、部屋の外に出る。

マンションの内側には吹き抜けがあり、各階の安全柵で囲われている。

吹き抜けを見下ろすと、下には大樹が植えてあり、葉っぱや枝がキラキラと光っている。

おそらく、精霊の住んでいるマンションなのだろう。


(精霊専用マンション……かな?)


様々な色の光が宿っていて、まるでクリスマスツリーのイルミネーションのようだ。

階下で叫んでいた仕立てのいい服を着た男性の言葉を思い出した。


「光の精霊の住処、というのは、あながち間違いでもないかもね」


大樹を横目に廊下を通り、マンション内のエレベータを探す。

廊下の角にさしかかると、まさしくエレベータのような扉があった。


「これかな?」


扉の横のボタンを押す。開けゴマ。ぽちー


「…?開かない」


何度かボタンを押すものの、ボタンが光る様子もなければ、扉が開く様子もない。

エレベータは3基あるようだが、一つも動いている音がしない。何の反応もない。


「まさか、動かせない…?」


部屋の中で精霊が何か仕事をするときは、一瞬光ることを思い出した。

冷蔵庫を開くときは一瞬中で光っているし、水を出すときは蛇口が光る。

しかしエレベータの扉やボタンは光らない。つまり……


「精霊が、いないとか……? ううん、そんなはずはないよね……」


精霊がいない、という考えをすぐさま否定する。そこのクリスマスツリーは目にうるさいくらい光っている。

エレベータを動かすための条件を満たしていない、と考えるのが妥当だろう。


「部屋と、エレベータのちがい……。専有部と、共用部……?」


海が見えるタワマンの最上階に、猫と一緒に住みたい。ダフネ様はその願いをかなえてくれた。

それは間違ってはいない。海が見えない部屋でも精霊は働いてくれるし、猫はまだ部屋に存在しない。


「もしかして、共用部は、該当しない…?」


私の世界の知識がベースになるが、マンションにおいて専有部と共用部は異なる。

厳密にいえば、部屋の中は専有部、テラスや廊下は共用部となる。

共用部は『みんなで使う場所』だからだ。しかし、みんなが普通に使えて、私が使えない場所。

このマンションには、私以外に住んでいる人間はいない。しかし、精霊は住んでいる。

精霊みんなが使えて、私だけが使えないもの……。


「……魔法?」


私は精霊と契約していない。マイルームの精霊は、あくまでダフネ様の眷属だ。

つまり、魔法が使えない私は、共用部の備品であるエレベータが使えない可能性が高い。


「はぁ……ダンジョンでもあったのね……」


クワを持った中年男性の声が脳裏をよぎった。

地上100メートルの垂直移動を階段で行うのは、正気の沙汰ではない。

エレベータが使えない高層マンションは、もはや欠陥住宅である。


「早々に精霊と契約する必要がありそう」


私は階段を下りるのを諦めて、部屋に戻ることにした。決して面倒になったからではない。

体力的な事情を考慮したまでだ。対策を考えないと、この先もどうしようもない。

……面倒になったわけじゃないからね!


部屋の前に戻り、扉をあけようとドアノブに触れる。うん。オートロック。

扉の紋章の窪み、ちょうど覗き穴の位置に、親指の指輪をかざす。

どうやら高度な認証システムで判別しているようだ。登録した覚えのない秘密の質問が頭に響いた。


『問い。この部屋の主が女神ダフネ様へ献上した品を答えよ』


リップクリームです、と頭の中で答えた瞬間に、部屋の鍵が開いた。

指輪の鍵が盗まれても安心だけど、いちいち答えるのが面倒くさい。どうにかならないものか。


部屋に入り、靴を脱いで驚いた。

ベッドのシーツが正され、タオルが新品になり、備品の状態が整っている。

玄関を出てエレベータ前と往復しただけの、この超短時間にルームクリーニングが行われたようだ。


「ホテルかよ!」


思わず枕をベッドに叩きつける。ふっかふか! 最高!

ベッドのサイドテーブルにきちんと置かれたパンフレットを今一度めくり、エレベータ利用規約の記述を探す。


「どーこーだーどーこーだー。あった。22ページ」


見落としがないように、読み上げる。


「えーと、『※エレベータの利用には、風属性魔法のウィンドウォールが必要です。風の精霊との契約が必要となることがあります。魔法をご利用にならない場合は、階段がありますのでそちらをご利用ください。健脚スキルの利用をおすすめします。』」


エレベータを動かすためには、やはり魔法が必要なようだった。使えるようになるまでは階段で往復するしかない。


……健脚スキル、持ってますヨ。階段やだー。



◇◇◇◇



「インフォメーションボード」より


■お知らせ(住民専用ページ)

こんにちは、こちらは住民専用ページです。

契約者情報、ならびにルームサービスの状態がわかります。ぜひ活用してくださいね。


【サービス利用情報】

・ルームクリーニングを行いました

・冷蔵庫の補充を行いました


【契約者情報】

・種族:異世界の人間

・レベル:1

・体力:100(+300000補正)

・魔力:100(+300000補正)

・スキル:逃走、健脚、幸運、コミュニケーション、アイテムボックス。

・加護(適正):風神の加護、水神の加護、闇神の加護


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