04 最上階2LDK+WIC+SIC+家具+精霊
「うふふ、気に入ってくれたかしら?」
ダフネ様はにこにこしながら楽しそうに言った。
バルコニーで足を震わせながら、なんとか答えた。
「ソウデスネ。トッテモ素敵デスゥ」
ダフネ様はとても嬉しそうだ。心なしか、ちょっとドヤ顔だ。おそらく最高傑作ができたのだろう。
そんな顔で聞かれたら、褒めるしかないじゃない。
「そうそう、猫?とかいう小さな獣だけど、ごめんなさいね。この辺りには住んでいないみたい。
見つけたときにこの契約の魔石を使うといいわ。まぁ、合意が得られれば、だけど」
そう言うと、ダフネ様は深緑色の石がついた耳飾りを一つ渡してきた。
「あとは大丈夫そう?」
「ハイ。アリガトウゴザイマス。。。」
「うふふ。久しぶりに、とっても楽しかったわ。そろそろ行くわね。また遭えるといいわね」
「ハイ」
ダフネ様が地上100メートル上の空中でくるくると回る。
周囲を風がキラキラと舞い、光に包まれると同時に、姿が消えていった。
◇◇◇
タワマン最上階のバルコニーで茫然としたまま、何分経っただろうか。体感的には2時間くらい経ったような気がする。
はっ、と正気に戻ったころにはすっかり日が落ちていて、辺りを夕闇が包み込んでいた。
「疲れた……」
カラカラカラ、とテラスの窓の引き戸を開け、屋内に入る。
外の風をずっと浴びていたせいか、屋内はとても暖かいように感じた。
「あ、寝室だ……」
テラスは寝室とつながっていた。キングサイズの無駄に大きいベッドがある。
ふらふらとベッドに倒れこむ。残念ながらスプリングは、効いていない。
藁のような草のようなものでできているのか、ボスっという鈍い音がした。
ベッドからは、ほんのりとハニーフローラルの香りがする。リップクリームの香りをよっぽどお気に召したらしい。
顔だけをむくりと上げて、部屋の中を見渡す。
ご丁寧なことに、ベッドサイドのテーブルにはパンフレットが置いてあった。
寝そべったままパンフレットを手に取り、屋内と見比べながら内容を確認する。
2001号室。最上階の20階にある南東向きの角部屋。
間取りは100平方メートルの広い2LDK。
バリアフリーの広めの玄関。
シューズインクローゼット・ウォークインクローゼット付き。
床は木材のフローリングと、一部が石膏のような白い石。
広めのお風呂と清潔なトイレ。
備品は冷蔵庫、洗濯機、コンロ、ベッド、シーツとかタオルとかのリネン、寝間着用のガウン、スリッパ、薄型テレビのような形をした掲示板(インフォメーションボード)。
そしてなぜか猫草。他にも何かありそうだ。
天井を見上げるとシャンデリアっぽいライトと、空調のシーリングファンがくるくると回っている。
電気ではなく光の精霊と風の精霊がエネルギー源らしい。
そう、これは、あれだ。
「モデルルームかよ!」
思わずツッコミを入れてしまった。私が昔見学したモデルルームの記憶から事細かに再現したのだろう。女神様がドヤ顔になるのもうなずける。
ベッドにきちんと座りなおし、気力を振り絞って立ち上がる。
念のため、部屋の設備が動くか確認して回ることにした。
トイレは水洗式のようだ。
流すためのレバーを押すと、便座が淡く水色に光って水が流れる。
普通に使えるようなので、ちょっと安心した。トイレットペーパーも設置されている。
キッチンに移動する。
流し台にはきちんと上水道のレバーがついている。レバーを押すと、蛇口が淡く水色に光って、水が出る。お湯も出る。
水がどこから来てどこに流れていくのかは知らないが、おそらく水の精霊が頑張ってくれているのだろう。ありがたい。
冷蔵庫を開けると、淡い緑色の光が庫内を照らした。
中には水の入った白い陶器のワイングラス。
庫内に直置きされたパン1斤。
平たいガラスのプレートに盛られた塩。
そしてブロッコリー。何でブロッコリー?
キッチンに食器棚はあるが、食器がない。なんというか、色々と惜しい。
「女神のセンス、わからん……」
食材を目にしたからか、おなかがきゅうううと鳴った。
空腹を満たすため、冷蔵庫のパンと水をありがたく頂戴する。
水は無味無臭の軟水。パンは少し硬いが、ほんのり甘くておいしい。
半分は明日の朝ごはんにしようと思っていたが、食べきってしまった。
ブロッコリーを塩ゆでしようと思ったが、鍋がないので焼いて食べることにした。
フライパンもないのでコンロで直火調理である。塩をふってかぶりつく。ブロッコリーうまい。
一息ついて、ワイングラスをキッチンで軽く水洗いし、なんとなく冷蔵庫を覗き込むと、いつのまにかパンと水と塩とブロッコリーが補充されていた。
「どこに繋がっているんだろう……」
どこでもドア、いや、四次元ポケット? 精霊が補充してくれているのだろうか?
いずれにせよ、ビタミンとミネラルと食物繊維が不足している。あとタンパク質。
「食材リクエストの手紙を置いたら補充されてたりするのかな……?」
肉か魚か卵、醤油と味噌とお茶、あと皿と箸とコップが欲しい。可能なら各種調味料。
しかし買い出しをしようにも、財布には小銭しか入っていない。
そもそもこの世界で向こうの世界の小銭は使えるのだろうか。
街までかなり距離があるので、そもそも街に辿り着けるのかも怪しい。
ぐるぐると自問自答してたが答えは出ない。
空腹が満たされたせいか、猛烈に睡魔が襲ってきた。
……お風呂は、明日入ろう。
洗濯機に着ていた衣類を放り込み、ウォークインクローゼットに入っていたガウンに着替える。
ガウンからはカモミールの香りがした。
ふかふかのベッドに吸い込まれる。
周囲には草原しかないため、外は暗く、このタワマンの住民は私しかいない。たぶん。
当然、明かりが点いているのは自分の部屋だけである。
「外から見たら、灯台みたいに見えるのかな……」
静かな夜だった。
「……明日は、街へ行って…フライパンと鍋……買わないと……」
長い一日を終え、私は眠りに落ちた。
この時はまだ、このタワーマンションが重大な構造的欠陥を抱えていると知る由もなかった。