11 図書室と二人目の女神
気を取り直して、ユーイに図書室を案内してもらう。
図書室はおよそ24畳。広めのレンタルスタジオくらいの大きさの部屋に、本棚が点々と配置されていて、落ち着いた雰囲気だ。壁沿いに一人掛けのソファーと丸テーブルのセットがいくつか並んでいる。グループ利用もできるように、大きな机が1つある。
図書室にドアはなく、住民であればだれでも入れるらしい。書籍の持ち出しは禁止だが、図書室内でならいつでも好きな本を自由に読んでいいとのこと。飲食は軽食のみ可能だが、本を汚さないように気をつける必要があるとのこと。そりゃそうだ。
本のジャンルは「精霊と暮らす」「生き生き子育て」「ペットの飼い方育て方」「おいしい野菜の育て方」「精霊と働き方改革」「精霊恋物語」「女神に好かれる食べ物100選」「素敵な家具の作り方」「タワマン旅行記」といった何とも言えないコーナーばかりだった。魔法の使い方や契約についての本はなさそうだ。
どうやら生活を豊かにするような内容の書籍が多いようで、やや精霊寄りのチョイスとなっているようだ。もう少し人間寄りの内容の本が欲しい。
外部提携している書店があり、毎月一回本の入れ替えがあるようで、もし読み続けたい本があったらコンシェルジュに預けておけば入れ替え対象にはならないそうだ。
ユーイは私が来るまでかなり暇だったようで、質問があればなんでも答えますよ、とにこにこしている。
優しそうな人で良かった。……ん? 人か?
「あの、失礼かもしれないのですが、ユーイさんは人間なのでしょうか?」
「人に見えますか? それはよかった。残念かもしれませんが、私はダフネ様の眷属・地精霊のヴィスタノームという種族の者です」
「地精霊ですか……」
やっぱり精霊だった。それにしては吹き抜けのクリスマスツリーの仲間には見えない。
地精霊というやつがそうなのか、ヴィスタノームという種族がそうなのか。いずれにせよ、人間の姿のように見える。そういえば、パンフレットには風の精霊が常駐、という旨が書いてあった気がする。
「ええと…、ダフネ様は風の女神様だったと思いますが、ユーイさんは風の精霊ではないのですか?」
「はい。私はもともとは大地の女神ガイア様のもとにおりましたが、今は風は女神様に仕えています。それに、今は精霊が少々不足しておりましてね。コンシェルジュの業務は交互におこなっているのですよ」
人手不足は精霊の世界にもあるらしい。タワマン管理の仕事なんて増やしてしまって申し訳ない。
「地精霊はどこかの大地にとどまることが多いのですが、私の種族は少し変わり者でしてね。ヴィスタノームという種族は旅行が大好きな生き物なのです。ダフネ様についていけば、色々な場所を見ることができますから」
「そうなんですか」
「他の女神様にお仕えする同族も多いですよ? まぁ、今はどう頑張っても大地の女神ガイア様に仕えることができないのですがね……」
ユーイは少しさみしそうに答えた。何か事情がありそうだ。
しんみりしてしまったので、話題を変える。
「ええと、あの木で光っている子たちとはずいぶん違うんですね。人っぽくてびっくりしました」
「ふふ、この姿はダフネ様の計らいと、この家がずいぶんと大きいからですね。
私は本来はもう少し小さな姿をしているのですが、守護する家が大きいので、このように大きな姿をしているのです」
「なるほど……」
「塔に住む者で大きな姿をしている者がいると聞いたことがありますが、まさか自分がこのような姿になるとは思ってもみませんでした」
ふふ、とユーイが楽しそうに笑う。イケおじの笑顔プライスレス。
精霊の外見は種族的な要因に由来するようだ。
「人のような姿の存在は、他にもいるのでしょうか?」
「ええ。何人かおりますよ。彼女もそうですね」
いつの間にか、壁沿いの一人席に女の子が座っていた。
髪は栗色のウェーブがかかった長髪のポンパドールで、刺繍の入った白いヴェールを被っている。
足元が見えないくらい丈の長い紺色のドレスを着ていて、ドレスには同色の色で細かな刺繍が入っている。
座ったまま無言でこちらにぺこり、と会釈をしてきたので、こちらもぺこりと会釈を返す。
……どうも。
「彼女は知の女神、メティス様です。すみません、少々無口なのです」
「へっ?女神様?」
まさかの女神様だった。ぱっと見幼女にしか見えない。
「本や知識が大好きなのです。異世界の話をするときっと喜んで頂けますよ」
「そうですか…」
黙々と本を読んでいる。
なんでタワマンのライブラリーで本読んでるんだろ……。
そういえば、とアイテムボックスに入っているファイルの存在を思い出した。
……中に入っている教本を差し上げたら喜ばれそうだな。自動車運転教本だけど、一応この世界にはなさそうな物だし。まぁ、取り出し方がわからないのだけど。
思っていることが伝わったのか、女神メティス様が椅子から立ち上がり、こちらに来る。
「アイテムボックス、本の気配」
「ええと、スキルのことですよね? あるにはあるんですが、アイテムボックスの使い方がちょっとわからなくて……」
「部屋のインフォメーションボード、見てない?」
「インフォメーションボード?」
テレビの形をしたあの掲示板だろうか? きちんと見てはいなかった。
「スキルと使い方、書いてある」
盲点だった。書いてあったのか…。
「教えてあげる」
「へっ?」
そう言うとメティス様は手のひらをちょいちょい、と動かし、私にもっと近づくように促す。メティス様の前にしゃがむ。
メティス様の右手の手のひらが顔の前に。嫌な予感。
「ええと…?」
「えい」
右手の中指を左手で弾くスタイルで、ビシィッと一発デコピンされた。
「いったあああああああああああ!!!」
効果はばつぐんだ。なぜ女神様ズはデコピンしてくるのか。デコピンされたところがジンジンする。
「叩き込むのが一番早い」
それは言葉のあやでしょう。物理的に叩き込まれるのは慣れていないのだ。むしろ出ちゃうぞ。中身が。
「大丈夫。そんなに痛くないはず」
「……いや、痛いですよ。かなり痛いです。脳みそ出るかと思いました」
「そう? …ごめん?」
「いえ、大丈夫です……せめて予告してください」
「善処する」
ユーイがくすくすと笑っている。こいつ実は性格悪いだろ。
「できるようになったはず。やってみて」
確かにやり方はわかった。
叩き込まれた知識を頼りに、空間と空間の隙間に手を入れ、取り出したい物をイメージする。掴んで引き抜く。自動車学校の教本が出てきた。
「おお、出てきた」
「それは、何の本?」
「ええと、面白いかは分かりませんが、自動車という異世界の乗り物の乗り方と、交通規則が書かれた教本です」
本をメティス様に渡す。興味津々のようだ。ぺらぺらとページをめくり始める。
私は試しに、持っていた金のりんごとジャムの瓶をアイテムボックスに入れたり出したりしてみる。
なんだか不思議な感覚だ。収納したいものに触ることでしまうことができるようだ。
何度か奇妙な感覚で遊んでいると、メティス様が本から顔を上げ、真剣な目でこちらを見つめてきた。
「……どうしましたか?」
「この文字…読めない……」
女神様が涙ぐんでいる。
教えます!教えますから!!泣かないで!!




