01 気づいたら草原にいました
どこやねんここ。
あまりに突拍子もない事態に、思わず偽関西弁になってしまった。
私、御園春香は呆然として、目の前に広がる草原を見つめていた。
気づいた時には、膝下までうっそうと生えた葦のような植物の上に立っていた。
……北海道かな?
いや、北海道にしては道も、牛のような家畜も見当たらない。
そもそも、農地のように手入れがされているようには見えない。
一瞬、祖母の住んでいた田舎を思い出すが、ここまで山や建物が見えない開けた場所は見たことがない。
「まさか、異世界……?」
どうやら異世界召喚というやつに巻き込まれた、らしい。どうしてこうなった。
見渡す限り木々と草原。
誰一人いない。
動物もいない。
山もない。
川もない。
まずくない?
「はぁ~~~~~……。嘘でしょ……」
深い深いため息をついた。
どうしてこうなったのか、この状況に至るまでの記憶を探る。
御園春香。18歳。受験も終わり、春から大学生、の予定だった。
高校の卒業式直前、大学入学前のぽっかり空いてしまった期間で、自動車の運転免許を取ってしまおうと自動車学校に通っていた。
今日は運転実技の実習だった。
4人乗りの教習車、高速道路の運転実習。私の他には先生1人、同じくらいの年齢の学生が2人。
天気はよく晴れていて、サービスエリアで交代しながら運転して、その帰り道。
後部座席に2人、私は助手席にいて、運転は先生がしていた。先生がマニュアルのギアを変えようとしたタイミングで何気なくルームミラーを見たら、突っ込んでくる1台のトラックが見えた。教習車が押し出される形でガードレールに突っ込んで、高架下の田んぼに車ごとFlyHighジャンプ。
うん、思い出した。
「怪我とか、は、大丈夫そうかな……?」
これは夢の中なのだろうかと、試しにぺちぺちと自分の頬をたたく。
「うーん、夢では、なさそう」
夢は自覚すると覚醒するけれど、覚醒するような兆しも気配もない。
風の冷たさや草のにおいは間違いなく現実のものだ。
身の回りを確認する。幸いなことに、着ている服は土で少し汚れているくらいで、破れたり穴が開いたりといったことはなかった。
「はぁ、どうするかな……。あ、ファイル見っけ」
近くに落ちていたファイルケースには、自動車学校の教本、ノート、挟んでいた3色ボールペン。
他に役立ちそうなものはないかと、スカートのポケットを探ると、わずかな小銭と学生証が入った財布、お気に入りのリップクリーム、そしてスマホが出てきた。
う……充電もあんまり残っていない。というか、今時オフラインで使えるアプリなんてほとんどないわけで……。
当然のように圏外マークが表示されている。GPSも拾えていないようだ。
どこかに通信しようとすると、長い待ち時間の末、エラーが表示された。
ため息をつき、諦めてスマホの電源を切った。
一応食糧や道具がないか探してみるが、ポケットに飴なんて気の利いたものは入っていないし、煙草を吸うわけでもないからライターなんて入っているわけもない。
水は、周囲に山が見当たらないので、おそらく川もないのだだろう。
山のないところに川はないのだと、沖縄に住んでいる親戚がそう言っていた気がする。
「詰んだ……」
まさか、何の準備もなしに、いきなりサバイバルをする羽目になるとは思わなかった。
もう少しのんびりした平和な日常を満喫したかった……。
そういえば、今は何時なのだろうかと、スマホに表示されていた時間を思い出す。
16時頃のはずだが、体感している今の時間は、なんだか違うように感じた。
空を見上げると、日はそこそこ高い。お昼過ぎくらいだろうか。
「……とりあえず、人か、街を探さないと」
まずは道を探すことにした。運が良ければ誰か通るかもしれない。
草をかき分けてウロウロするが、人の通りそうな道は草が邪魔で見えない。
「うーん、草が邪魔……。あの木の上なら見えるかな?」
数百メートル離れた場所に、ぽつりぽつりと何本か木が立っている。
回収したファイルを片手に、木のある場所まで移動することにした。
膝まで伸びている草をファイルで払いながら、おっかなびっくり、木の根元まで歩く。
スニーカーを履いているとはいえ、整地されていない場所なので足元が悪い。
ようやくたどり着いた木を下から見上げると、幹の低い位置にそこそこの太さの枝が生えていた。
登ろうと思えば、なんとか登れそうな雰囲気だ。試しに登ってみる。
「よいしょっと」
持っていたファイルを木の根元に置き、幹の窪みに手にかけて、精いっぱいの力を振り絞ってよじ登る。木登りなんてするのは小学生の頃以来だ。
やっとのことで枝に腰掛け、一息ついて袖で額の汗をぬぐう。
息が落ち着き、ようやくきょろきょろと辺りを見回した。
「……お。道発見」
それほど遠くはない場所に、そこそこの広さの農道のような道があった。
農道の道沿いによくよく目を凝らすと、地平線の向こうにうっすらと建物のようなものも見える。
おそらく町のような場所まで続いているのだろう。
「道沿いに歩けば、人がいる場所まで行けそう。よかった」
ほっとした。町まで行けばどうにかなるだろう。
再び、幹の窪みに足をかけ、木を降りる。登るときより降りる時の方が怖いので、慎重に降りる。
根元に置いたファイルを拾い、農道へと向かう。
農道まであと100メートルほどのところで、草の中でガサガサと、何か動くものが見えた。
「……何かいる?」
何だろうと目を凝らす。そこそこ大きい生き物のようだ。犬だろうか?
生き物の存在をようやく認識すると、脳裏に語学テキストのような不自然なやりとりが浮かんだ。
あれは何ですか?
あれは羊です。
あの羊には角が1本あります。
羊はまっすぐ走ります。
そうですか、ごきげんよう。
理解した直後、血の気が引いて、さーっと青ざめる。
「ごきげんようではない」
一本角の羊がイノシシの如く襲ってきた。嘘でしょ。一目散に逃げだした。
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