魔法使いと女戦士
3)
例えば、バッタやカエルを潰さないように掌で捕まえたとする。
逃げようとする彼らは手の中でジャンプするかもしれない。
しかし、それが手を突き破って出て来るなど想像ができるだろうか?。
しかしそれが起こったのである。
大蛇の口の中で全力で前方にジャンプした俺は、予想イメージでは2メートル程先に転がるはずが10メートルも先の大蛇の胴体の横まで飛び、なおかつ俺の目の前にあったであろう大蛇の下あご…俺の体より大きなそれをごっそり引きちぎって飛んでいたのだ。
物理的に塞がらなくなった三ツ頭の大蛇程ではないが、その場の3人とも開いた口が塞がらなくなっていたのは言うまでもない。
俺は何が起きたのかを知る為に脳細胞をフル回転させ周囲を確認し状況を把握する。
三ツ頭の1つが鮮血を吹き出しながらのたうち回り、魔法使いは口を開けたまま固まり、女戦士は俺を避けたのか右側に倒れていた。
「えっろ!!」
俺は思わず声をあげてしまった。
女戦士の乱れた髪、かすかな苦悶の表情で横たわる姿は実に色っぽく、それでいて下品過ぎない美しさがあり、さらに大迫力なのである。(全部がデカイから…)
当然のように俺の脳細胞の99%のリソースは女戦士の鑑賞に向かってしまった。残りの1%で状況分析というハードタスクを処理するしかないがそもそも1%残っているかも疑問である。
下あごのなくなった三ツ頭は血を吹き続け、叫ぶような呻きをあげ続けていた。
残りの2首は俺に対する警戒と強烈な怒りを剥き出しにしている。
「こえ~、ど、ど、どうしよう…」
と思いつつ、身の危険を感じているはずなのに視線は女戦士から離れられない自分は嫌いじゃない…。
大蛇の胴体がうごめく。
同時にその内部で鈍く赤黒く発光しているような部位がある事に俺は気付いた。
こ、これは…あからさまな弱点を見つけてしまったのかもしれない!。
と思う間もなく大蛇はもの凄い勢いで俺の周りを取り囲むように移動し、あれよあれよという間にとぐろを巻いた中心に俺は立たされた。
「…見えない……」
2人の、特に女戦士の安否が確認出来ないのが残念でならないが、今や確実に三ツ頭のターゲットは俺1人のようだった。
「これは…アナコンダ系のB級モンスター映画で見た事あるアレだ…。俺の体を締め上げて全身の骨を砕き身動きを封じてから頭をパクッと行くんだろうなぁ…」
俺のイヤな予感は当たるので間違いないと思う。
ズザザザザザ!!
次の瞬間、地響きとともに巨大な体躯が駆け出し俺を包囲する距離が縮まった。
『気を付け』の姿勢のまま全身の骨を砕かれるのも癪だから、とりあえず俺は例の弱点と思わしき部位にパンチを入れてみた。
と言っても動いている相手であり、暴力など大嫌いなおっさんが目をつむって闇雲に繰り出した拳である、効果などあるはずが…
『ジャアアアアアア!!!!』
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
上がったのは爬虫類の苦痛の咆哮、そして俺の驚きの絶叫…。
俺の拳は三ツ頭の巨大な鱗を引き裂き、胴体の内部へ突き刺さってしまったのである。
中の肉の感触が超生々しい!ドフドフ出て来るぬるりとした血液が気持ち悪い!そして以外に臭くない!
この時になって俺の片手にはビニール袋が握られている事を思い出した。
買い物から帰ったのがついさっきのはずなのに、もう遥か昔のような気さえして来た。
帰宅し鍵を開けたのは利き手である右手、ドアノブを回したのも右手…、その時から袋は左手で持っていたのだ。
その存在を今の今まで忘れていた俺は、もし利き手が左手だったなら袋ごとパンチしていたに違いない。
それにしてもなんだこの柔らかさは!
まるでチョコでコーティングされたケーキじゃないか。
表面が少し堅いだけで信じられない程に柔らかい。
さっきの下あごを引き裂いた時もそうだったが、こいつギネス級に超虚弱体質なんじゃねーのか?
痛みに支配された三ツ頭の1つの頭が狂ったようにのたうち回り続けている。
そしてすぐに残り2つの尋常ならざる怒りの矛先が俺に向けられ、巨大な頭が2つ俺めがけて同時に飛んで来た。
…しかし、二発目の俺の拳はすでに放たれた後であり三ツ頭の弱点を貫き、内部にあった黒い石のような物体を引き抜いていた。
相手が超やわらか虚弱体質とわかればこんな物である。
巨大な2つの頭は力が抜けたようにあっさりと崩れ落ちた。
ズズン……と大地にわずかな振動を残し三ツ頭の大蛇は命の火を消したのである。
4)
「ほぁ〜……、驚いた……」
魔法少女が横たわる大蛇の上に立ち、俺を見下ろし呆れていた。
胴体直径が3メートル以上あるのにどうやって登ったのだろう?と思ったら、フワリとゆっくり下りて来たので、やはり見た目通りの魔法使いで魔法を使ったのであろう。
魔法で納得するのもどうかと思うが、こんな大蛇を俺が倒した事の方がどうかしてるので突っ込む事はしなかった。
一つづつ片付けて行くしかない。
「色々聞きたい事があるんだけど…」
魔法少女「それはボクのセリフだよ。…あんた何者? こんな…その…ルックスで、こんな強いなんて…。」
やはり俺を見る目が違う。なぜかモジモジしている…。
そこに女戦士が片足を引きづりながら近づいて来た。
「私の名はロティール、ロティーと呼んでくれ、ブレゼの戦士だ。
そっちはフリール、ブレゼの黒い悪魔と言われる大魔法使いだ。なぁ?、リーw」
「な!、何だよ!。変な事言わないでよ!」
「俺は…片桐利雄、まぁ…なんというか…会社員だ…」
見栄を張ってしまったぁぁ! 最低賃金で働くしがないフリーターなのにぃ! だってこんな美しい女性2人と会話出来るなんて人生初!。地に足を付けてる人間に見られたいだけなのです!
ロティー「カタギリトシオ…か。変わった名だな、それにカイシャイン…というのが何か知らぬが、生まれはどこだ? 東のスコール王国にお前のような美しい黒髪の男性がいると聞いた事があるが…その辺か?」
リー「いや、トッシーはこの世界の人間じゃないよ」
ロティー「!! 何!?」
俺「!! トッシー!?」
リー「魔族…って訳ではなさそうだからどこから来たのか判らないけれど、トッシーに精霊付いてるからね。」
ロティー「…精霊つきか…。そうか、リーは見えるんだったな…」
リー「そう、それでさっきは何とかしろと焚き付けたんだ。倒せると思ったからね」
トッシーなどと呼ばれた事がないのでなんとも面はゆい…、なんかの可愛いキャラクターみたいな呼び名にしか思えないので早々に苦情を入れ取り下げてもらわなければ…。
「なるほど、異世界か…。二人を見るに…ここはモンスターが闊歩する剣と魔法の世界ってところかな?、もしかしたら魔王とか勇者とかいたりして?…。
とりあえずトッシーはやめて欲しいなぁw、せめてトシでお願いしまーす」
ロティー「理解が早いな…。まさしくそうだ、ここは剣と魔法が支配する世界だ。魔王は10年程前に勇者が倒してしまったがな…トッシー」
リー「トッシーは理の外から来たみたいだね。精霊が付いたのもそのせい…彼らは珍しい物にしか興味を見せないから。」
こ、こいつら…人の話を聞いてないのか!?。
「…トシだけど。で…、何?その精霊って? 俺に付いてるの?」
体を隅々まで見回してみた。特にそれらしきモノは………いた。
頭頂部の髪につかまっていたそれは、身長10センチほどで薄羽蜉蝣のような柔らかそうな羽を持ち、優しい光で包まれた半裸の可愛い幼女…のように見えた。
「見える姿は人それぞれだゾ」
そいつが俺の目を覗き込みながらニヤリと笑う。
リー「あなたの頭のてっぺんに付いてるよ、ボヤッと光る羽の生えた丸い2つの玉。ボクに見えてるんだからあなたにも見えるはずだよ。トッC」
玉に見えるのかー。幼女に見えるというのは内緒にしておこうー。
「あ、あぁ…、付いてるな…。丸っぽいの付いてる。これ…なんかありがたいのかな?それとも迷惑な感じなのかな? …トシだけど。」
リー「迷惑? まるで違うよ。こうして会話が出来ているのも彼の仕事だと思うよ。国が違っただけで言語が変わる、ましてや異世界の言語なんて通じ合うわけないからね。
精霊の常時発動の魔法の1種かもしれないけどボクにもわからない。
耳で聞いた言葉をトッCに理解させるだけでなく、トッCの話した言葉を周囲の人間にも理解させているのかな。音の届くすべてをカバーしてるとしたらなかなかの範囲魔法だよ」
俺「トシだけど…、なるほど口の動きと音が微妙に合ってない気がして来たな…。洋画を見てる時の吹き替え版みたいな感じか…。」
リー「付け加えるとね、選ばれし者にしか精霊は付かないという点では狂おしく妬ましいよ。でも同時にひたすら哀れむよ。彼らの別名は『小さな災厄神』と言うんだ。この星に大きな災厄が訪れる時に現れると言われているんだ。トッッッC。」
俺「…もう言いたいだけだろ?、トシだから!。」
リー「精霊が災いの元凶ではなく、いうなればただの予言者かもしれないのに『災厄神』なんて呼ばれて気味悪がられるのは甚だ気の毒だよね。そしてそれが付いたトッCもまた災いを呼ぶ男と気味悪がられるんだね。 (((*≧艸≦) ウフフ……」
俺「トシだけどさ…なんで嬉しそうなんだよ…。 支障がないなら別にかまわんし(幼女だし…)、同時通訳してくれてんならありがたい話だよ。 とりあえず、ここが異世界なのは理解したよ。 俺はあそこ…」
上空を指差した。俺が落ちて来た渦のある場所だ。
俺「あそこにある穴から落ちて来たようだ。 それでだ…なんで無傷なんだ?」
ロティー「確かに、遥か上…わずかだが何か歪んで見えるな」
リー「へ〜…、トッCの世界と繋がってるホールか…。興味深いな…」
精霊「私が答えてやるるゾ。」
俺「お?…精霊さんが教えてくれるって」
リー「むむ…、私には聞こえないんだが…」
ロティー「私もだ…」
精霊「トッCだけにしか聞こえないゾ。 その前にそのちっこいヤツ、相当ヤバいゾw。私の事堂々と2つの玉と言ったが…間違いなく下ネタゾw。」
2つの玉で下ネタと言えばアレしかない。
思わず俺はリーの顔を凝視してしまう。くりくりした瞳で首を傾げ、俺と目が合うと恥ずかしそうに可愛らしく笑っていた。
精霊「私は実体のない精神体のようなモノだからな、お前が蛇とじゃれ合ってる間にお前の世界をサクッと覗いて来たゾ。
まず…お前の世界とこの世界、理が大きく違うゾ。…まず質量が違うゾ。
同じ大きさの同じ物でもお前の世界の物の方が数倍質量が大きいゾ。
例えばお前の体重が70kgならば、この世界ではおそらく何倍もの重さになってしまうゾ。…もし10倍なら700kg?とか?」
俺「……は?…見た目とか同じなのに?」
精霊「分子、原子レベルで身が詰まってるって感じかの?」
俺「詰まり過ぎだろ…。 …いや、しかし、そしたら重過ぎて動けないでしょ?。 俺、普通に動けるんだけど…」
精霊「この世界の重力はお前の世界の何分の一というレベルなのだゾ。
それで重さを感じる事なくいられるのかもしれないんだゾ。」
俺「…………」
精霊「いざジャンプなどしようとしたら、思いのほか飛んでいたではないか? ここに比べたら遥かに重い重力の下で生活して来た体だからな、その力加減で体を動かすととんでもない身体能力が発揮されてしまうって訳ゾ。」
俺「……まじすか…」
精霊「あんな高い所から落ちて地面に叩き付けられても、地面の方がお前の体より柔らかいから平気だったんだゾ。あの大蛇もしかりゾ」
俺は足下の石を拾い上げてみた。
指先で摘み少し押してみる。…確かにグミのような柔らかさを感じる。
ほんの少し指に力を入れてみると、パキッとひびが入り、簡単に割れてしまった。
精霊「なにげないアクションで周囲を簡単に破壊するという事を忘れちゃいかんゾ。
例えばあの2人に何かしたたそうではあるが…軽い握手で相手の手をグチャっと握りつぶしてしまわんようになw…。あと、ここでは自分の体重が700kg程あるという事も忘れるなよw」
俺「………」
どさくさに紛れてロティーにおさわりしようという小さな夢を打ち砕かれ、俺の目は死んでいたようだ。
リーとロティーが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
俺「…だ、大丈夫…。何でもない。俺は何と言うか…チート級の肉体を持っているらしい。 近寄る物すべてを傷つけるナイフのようなw…」
自傷気味に笑う俺の話を聞いた2人の顔はなぜか輝いていた。
精霊「…それとな。そういう事だからこっちの世界の物があの渦を通ってお前の世界へは行けないゾ。おそらく文字通り肉体がペシャンコになるゾ。
まぁ、お前以外はあの渦を超えられないと思うが…そこのチビが興味本位で何かしないように釘は刺しておくんだゾ。」
俺「…りょ、了解…。」
俺「…あそこの渦はやはり俺のいた世界と繋がってるっぽいが…、世界の理が違い過ぎてこっちの世界の人間は行けないってさ。肉体がペシャンコになるそうだ。」
リー「ムムム…」
俺「質量の違いで俺は重くて堅いんだって。さっきの大蛇をヤれたのもその為だって。」
ロティー「ほほぉ…重くて堅いのか…、試しに全力で殴ってみていいか?」
リー「あぁ、ボクもだ!。高レベル魔法使っていいか?、異世界人にどの程度ダメージ入れられるのか知りたい!いや、知っておく必要がある気がする!」
俺「何でだよ!、怖すぎるわ! それより!…さっき俺なんで怒られてたんだよ!」
前のめりだったリーが、まるで冷や水をかけられたようにシュンとなった。
ロティー「話すと長くなるが…、私達は賭けをしていて、負けたのはトッCのせいだとリーが思っているからだ…な。」
リー「その通り、トッC…あんたのせいでボクは賭けに負けたんだ。とりあえず上半身裸になってボクに詫びを入れてもらいたいもんだ!」
俺「い…意味がわからないのだが…」
ロティー「あの三ツ頭の大蛇はトッCが取り出した『魔障石』を飲み込んで巨大化凶暴化したんだ。魔障石は自然界にある物ではないからそれがなぜ?というのはあるが、とりあえず私達の目的は大蛇を倒し魔障石を取り出す事だった。」
俺「ほぉほぉ」
ロティー「私はぶった切って取り出すと提案した。さすれば半日もかけずに仕事が終わるからな。しかしリーは眠らせて転移魔法で内部から取り出すと言い出した。」
リー「そもそもあの蛇はこの森の生態系の頂点なの!いわゆるヌシだよ。簡単に殺してしまう訳にはいかないでしょ!?」
ロティー「…というのは建て前で、生体内部にある魔障石にピンポイントでの転移魔法が有効か実験したかったのだ。」
リー「ま、まぁ、そういう側面もあったのは認めよう…」
ロティー「私達はたった2人だがパーティでありリーがリーダーだ。リーダーに意見はするが決定には従う。しかし半日で済む仕事に数日かけるというのは納得が出来ない。
そこで今回は賭けをしたんだ。 大蛇を眠らせて取り出しに失敗してしまった場合は仕方がないにしても、もし大蛇を眠らせずに殺した場合は…何でも1つ言う事を聞くとw。」
リー「ぐぬぬ…」
ロティー「あの蛇は警戒心が極めて高い。私達2人に気付いたら戦闘になるか隠れてしまうかどっちかだ。仕方がないので丸2日かけて罠を張り、いざ追い込もうとしたその時に、トッC…お前が大騒ぎを起こしたんだw」
俺「丸2日!?………し、知らなかったけど…なんかゴメンw…」
ロティー「ここの地下は大蛇の巣穴になってるんだ。おそらくトッCが地面にクレーターを作った近くに今の時期なら卵があったのかもしれない。もの凄い地震だったから巣穴も崩れ潰れていたりするのかもしれないが、とにかく三ツ頭は攻撃だと思って激怒し…私達の計画はパーになったのだよw」
俺「賭けに負けて怒ってたのねw…、な、なるほど〜w」
リー「トッCのせいだぞ。いいから上を脱げ。それから下だ。なんなら手伝ってやっても良いんだ……ぞ…」
周りの冷たい視線に気づき尻すぼみになったが、なんだか俺の思っていた美少女像とだいぶ違うような気がして来た。
ロティー「ゴホン…。しかしトッC、お前は運がいい。その魔障石は本来この巨体の中心にあったはずなのだ。」
俺「へ〜…、なら手が届かなかったのか…」
俺は魔障石とやらをしげしげと眺めた。明るい光とは違うドス黒い光が包んでいる。先ほど赤みがかって見えたのは体内にあったからだろうか?
リーが不安げに俺を見ている事に気付き、俺は石を…慎重に手加減してリーにそっと放り投げた。
リー「あぁぁ!」
手加減したのだが、チビのリーの頭を超える暴投になってしまった。プンプンしながら転がった石を回収したリーはそそくさとバックにしまうと俺に一礼をしてみせた。
ロティー「最初に左の頭に大ダメージを与えたからだ。こいつは1体のようだが3体であり1体だ。魔障石は左の一体の修復で左側に寄ったのだろう。手の届く場所に移動させたのが勝因だ。」
俺「でも、悪い事したかな…。眠らせて取り出してもらえば殺さなくて済んだかもしれないのに…」
ロティー「いや、石を取り出せば今みたいに死ぬのは判っていたんだ。気にする事はない」
俺「…は? 簡単に殺してしまうにはーって言ってなかったっけ?」
リー「簡単には殺さず、実験した上で勝手に死んでもらいたかったのだよ。言わせんなバカ。」
俺「……ひどい!!、なんかスッゴいヒドい!!」
ロティー「ブレゼの黒い悪魔だからなw…」
リー「ふん!」
俺「あとは…アレだ。…そのぉ…聞き違いだったら恥ずかしいんだけど、俺の事いい男とか言ってなかった?」
ロティー「あぁ、言ったな。 貴族系の超イケメンじゃないか。わ…私はドワーフ族のようなガチムチストロング系のイケメンが好きだからな!、むしろお前はリーのど真ん中じゃ…あぁ!」
リーがロティーに襲いかかった。口を封じたいようだがじゃれ合ってるようにしか見えない。
リー「ち!違うぞ!、ボクはそんな事で胸がときめいたりする乙女じゃない!。ボクが愛してやまないのは黒魔術だけ!!。それだけだー!!」
どういう事なんだろー?……
この世界では俺はイケメンなのだろうかぁ?
にわかには信じられない、いや信じる事など出来る訳がない。
さては…賭けに負けたとか言ってたからな、その腹いせに俺を調子に乗らせて笑うって魂胆だな…。まぁいい、乗らなきゃいいだけの話だ。
ロティー「ところでトッC、これからどうするんだ?」
俺「ん? あぁ…そうだな、……どうしようか?」
俺は上空を見上げた。
俺が落ちて来たと思われる穴がいまだに存在している。
今日明日はバイトが休みだからいいけど明後日から行かないといけないし、もう一度あの穴をくぐって帰れるもんなら帰りたい…。
そういえば重力低いんだっけ、ジャンプして届いたりしないかな?
俺「とりあえず帰れるもんなら帰りたいし、試してみる」
俺は左手のビニール袋を置いて精一杯のジャンプをしてみた。
ドン!
地面を蹴った瞬間、土煙が舞い上がり地面が割れた。そして俺は上空20メートルあたりで一瞬無重力を感じ、そのまま落ちた。
「おっ…!おっ…! おぉ〜〜!!」
ドーン!!
バランスを崩しながらも両足で着地する事に成功したようだ。
セルフ絶叫マシンじゃないか。苦手な…というか一緒に行く人もいないから乗った事がないので『推定』苦手系アトラクションだ。これはアカン。しかも上空の穴までまるで届いてないし…。
リー「おぉ!!、す、すごいな!、アサシンでもこんなジャンプ出来るヤツはいないぞ!」
ロティー「素晴らしい!!、あと何が出来る、もっと見せてくれ!」
興奮気味のお二人はハァハァいってるんですけど…。
俺「全然届かない……。 …そうだ、魔法は? 魔法で俺をあそこまで飛ばす事はできないか?」
リー「ふむ、空の上などやった事がないけど転移魔法で行けるんじゃないかな? ボクが行った場所しか転移出来ないから、最初にフライで飛んで転移先を決め…、トッCを転移させ……」
俺「……そのまま落ちてきそうだな…」
リー「そうだね……。穴の上側もトッCの世界と繋がってるなら落下で穴をくぐれそうだけど、下側しか繋がってないなら、空の上で…落下する前にジャンプして穴をくぐるしかないよね。できる?」
俺「出来るか!」
リー「なんだ、できないのか…。 それなら、一縷の望みにかけて穴の上に転移してみる?」
俺「………う、うん……」
失敗したらまたあの高さから落ちる事になるのかと思うとゾッとしたが、チャレンジする価値はあるだろう。
リー「どうしようかなぁ……」
リーが俺の顔をニヤニヤと眺めている。
リー「さっきの魔障石のお礼として足りない位楽な仕事だけど…、なにかご褒美的な物があるとボクのやる気が起きるんだけどなぁ……」
俺「………ぬ…脱ぐ?…とか?…」
1000%間違いなくこれを期待してるだろうと思ったらその通りだった。
リー「まじで!、いいよ!、トッCがそう言うなら止めないさ!、ボクが見守っててあげるから好きなだけ脱いでくれ!」
リー、さらにロティーも鼻息を荒げ俺を凝視している…。
ぽっこり腹の出ただらしないおっさんの体を見てどうしようというのだ…。
訳がわからんが仕方がない、俺は上着とTシャツを脱ぎ上半身をさらした。
リー「ハァハァ…、み、見てよ…、あの栄養過多なお腹…若くしてこれって上級貴族にしか許されない罪深い美しさだよね…あのRに顔を埋めてみたいよぉ…」
ロティー「う、うむ…、プヨっとした肉体は私の趣向とは方向性が違うのだが…、この貴族的肉体美であの強さと身体能力というのは…なんというギャップ萌え…ハァハァ…」
俺「………お…お前ら……」
そしてリーはにこやかに上空へ飛んで行った。
俺「便利なもんだねぇ〜」
ロティー「…おい、トッC…」
俺「ん?」
ロティー「…かかかか体に、さ、触ってもいいか?、べべべべべ!別に性的な意図がある訳ではなく、純粋に戦士としての興味からだからな!」
俺「…さ、触る位なら…… あ、そうだ。俺超重いらしいんだけど、ついでに持ち上げてみてくれないか?」
ロティー「…むはぁ!、いいのか!、持ち上げるとなると両手で掴まねばならんのだぞ!その肉体を!剥き出しになった男の裸体を!」
俺「……お前ら2人揃ってなんかおかしくないか?…」
ロティー「な!、何を言うか!…、うん、わかった!お前の頼みだからな!任せてくれ!持ち上げてみよう!」
ロティーの大きな手が(体がデカイから相対的に手もデカイのであって、決して手だけがデカイのではない)ためらいながらゆっくりと俺の肌に触れた。
……ちょ、超柔らかい……。
たぶん俺の体がこの世界で堅くなっているから柔らかく感じるのだろう、手がこんなに柔らかいなら他の部分は一体どんな事になってしまうのだ!
ロティー「…す、スゴい…。歴戦の戦士でもここまで堅い肉体を持った者はいないぞ…。鋼の肉体などと言うけれど、それすら生温い…触れただけでわかる…圧倒的な防御力の高さ…そして内に秘めた暴力的なパワー…」
ロティーの表情が完全に女の顔になっている…。
これはヤバい、超セクシーでこっちまで興奮してしまうではないか。
ロティー「よし、持ち上げるぞ……、 フン!!」
俺は動かず身を任せた。
ふにふにとした柔らかい両手が俺の体を掴み、全身に力を込めるロティーの筋肉がモリモリと盛り上がった。
わずかに体が持ち上がったようだが、俺の足が地面から離れる事はなかった。
ロティー「…驚いた。重いなんてモノじゃない。」
リー「おい、この野郎。ボクが1人で働いてる時になに乳繰り合ってやがるんだ。秒で殺すぞ。」
上空からリーが戻って来た。
俺「いや!、俺の体が重いって言ってたからさ、持ち上がる物か試してもらったんだよ!、…いやぁw、持ち上がらなかったね〜、ろて………」
ロティーが頬を赤らめ満足げなうっとりした笑顔で目をそらす…わざと勘違いを誘発させる態度に違いない。
リー「ぶ、っ、こ、ろ、す…」
俺「お前も触っていいからー!、ホラ、遠慮なく、俺を持ち上げてみなよー!」
リー「フン!そんなことでボクの機嫌が……」
俺はジッとリーを見つめた。
背筋に凍る物を感じながらイケメンっぽく見つめてみた。
自分でも気持ち悪いが吐き気を押さえて二重になった気分でリーを凝視した。
すると、みるみるリーの頬が赤く染まり高揚して行くさまが手に取るようにわかった。
リー「…そ、そんな目で見つめられると…なんでも許しちゃうじゃないかぁ…しょうがないなぁ、触るだけで勘弁してあげるよ」
躊躇なくリーの手が俺の股間に伸びてきた。
俺「そこじゃないだろ!」
思わず突っ込みでペシッと叩きたくなったが自重した。危ない危ない…。
そしてリーは俺に対し魔法をかけることになる。
リー「え〜っと、穴の近くまで行って来たよ…。…ボクはトッCの世界には行けないみたいだった。穴のそばでさえ危険を感じたね、うん、まじでヤバめw。ぶっちゃけ近寄れなかったw。」
俺「何もしてないだろうな?……」
リーが不自然に目をそらし作り笑顔でキョドっている…、コイツ…絶対何かしたな。
リー「あ…穴の上、5メートルくらいの所に転移させるから、うまい事穴をくぐってね」
俺「ったく…さらに上かよ…。 …まぁ、わかった」
リー「じゃいくよ」
そう言うとリーは表情を変えずにボソボソと独り言のように言葉を唱え始めた。
魔法の詠唱だろう。ほんの数秒後、手にした杖の先がぼやんと輝き出し、周りの空気がひんやりと冷たくなった。
そしてリーがその杖を俺にかざすと同時に俺の体がフワリと浮かんだ気がした。
あ、買い物袋置いたままだった…と一瞬思ったがもう遅い、100円ショップで買った物だしまた買えば良いと身構えていると…
…と…………
何も起こらなかった。
俺「?」
リー「おや?」
ふと気付くと俺に付いた精霊がクスクスと声を殺して笑っていた。
リー「どうやら魔法が効かないみたいだね。これは素晴らしくも難儀な事態だ」
俺「知ってたなら教えてくれよ」
俺は精霊に向けて言ったのだが、リーが知らなかったよと答えたので精霊との会話はなかなかめんどくさい。
精霊「私はお前に付いてるが別にお前の保護者じゃないゾ。なんでもかんでも説明してもらえると思うな、むしろ気分屋さんなんだゾ。
それに今のは聞かれなかったからなw、もっとも聞かれてたとしても答えは『おそらく』が付いてたゾ。お前が私の機嫌を取って、私を上機嫌にさせてくれていれば『おそらく魔法は効かないだろう』と答えてたゾ」
俺「…わかったよ、あとで機嫌を取らさせてもらうよ……、って精霊に言ったんだからな!」
さて困った。
リーとロティーに魔法以外の方法で上空まで行く手段を考えてもらったが芳しくなかった。
例えば大型のドラゴンや翼のある召還獣に乗ってというアイデアがあったが、俺が重過ぎて無理かもしれないし、そもそもドラゴンや召還獣が手元にいないのでそれを引き入れるのに早くても数ヶ月かかるというのだ。
あるいは奴隷を雇い巨大な塔を建立して足場を作る…って何百年かかるんだって話だ。
俺は明後日までに帰りたいのに…。
ロティー「そろそろ日が落ちて来る。私達は近くの街に宿を取っているんだが、そこで今後を話し合わないか?」
リー「そうだね。ボク達は丸2日森に籠ってたから早くお風呂も入りたいし温かいご飯も食べたいんだ。トッCが良ければ一緒に行こうよ」
俺「……嬉しいけど、悪くないかな?……ほら、俺この世界のお金も持ってないし…」
リー「まぁ、さっきの魔障石を譲ってくれた分でお釣りがくるからさ、気にしなくていいよ」
俺「アレ、そんな価値のある物だったの? いったいいくらだよ!?」
リー「やだなぁ、男が細かい事気にする物じゃないよ。ホラ、行くよw」
ここに1人取り残されてもどうしようもない。
手元には百均で2千円近く買った便利グッズ、財布、鍵、スマホ…。
この世界の右も左も分からない現状ではこの2人を信じて頼るしかないのは明らかだ。
俺は肩を落としながらリーの後に続いて歩き出した。
そこでロティーが足を引きずっている事に目が止まった。
ロティー「大丈夫だ、さっきトッCが蛇の口から飛び出して来た時に避けきれなかった自分のミスだ。予告もなしに飛び出したトッCのせいじゃないし、あと少し左に飛び出さなかったトッCのせいでもない。」
思いっきり俺のせいじゃないか…。
俺「おんぶ、とかしようか?」
ロティー「な!!!!」
リー「……まさかロティーを担げるの?…成人男子3人分以上あるのに…ちょ、ちょっと見てみたいかも…」
ロティー「……で、できればだっこ……」
ロティーは恥ずかしそうに消え入る程の小さな声でなんか言った。
俺「え?」
ロティー「……お姫様だっこ……」
俺「は?」
さっき俺の体を触り、出来ると踏んでリクエストしたのだろう。
しかしこの巨体に見合わず可愛らしい事を言い出すとほっこりしつつ、柔肌を手で触る事を許された事に俺は密かに興奮していた。触れる事が大勝利でありおんぶでもだっこでも正直どっちでもいいのであるw。
俺「さっきも言ったけど掴んだりできないし、急な動きでぶつけたり出来ないのでゆっくり動くからね」
ロティー「…お、お願いします……」
差し出した両手にロティーが乗るように寄りかかり、俺はゆっくり持ち上げた。
右手が太ももの下を、左手が腰あたりを支え、ロティーの右腕が俺の背中に回っている。
前方の視界がほとんど遮られてしまったが、俺にはせいぜい小学生の子供位の重さにしか感じなかった。
太ももがエグい程に柔らかい…。掌を動かせないのが残念でならない。
ロティー「…重くない?…あ、歩ける?」
俺「前が見にくいから歩きにくいけど…全然軽い」
ロティー「んはぁ!!、か、軽いなんて!!、子供の頃から一度も言われた事のない夢の言葉!」
リー「ずるいぞ!、ボクも歩きたくない」
と言ってリーが俺の肩に飛び乗って来た。
やはりエグい程に柔らかいリーの太ももが俺の両頬を挟む。
股間が後頭部に当たってると思うと感慨深いが、当たってもいいはずの胸の膨らみが感じられないのが残念であった…。
俺「…ど、どっちに進めばいいのかな?」
リー「あっちだ」
こうして俺達は近くの街とやらに向かう事になった。
次で主人公がイケメンという謎が解けます。
&物語の本編となる部分が幕を開けるーー
…のかな?