スラム街№1
「これはここを根拠にして…」
「最近できたパンケーキ屋さんに…」
夢を見るたびに出てくるのは私の前世ともいえる記憶だ。
私は華、スラム街に住む多分八歳の少女。前世では大学に通う一般家庭の女子大生だった。
記憶を取り戻したのはついさっきで、きっかけは靴磨きで手に入れたパンを口に入れたこと。意味の分からない取り戻し方だ。
普通こういうのは劇的な何かがあって思い出すものではないのか、いろいろと言いたいことはあるが今言えるのは前世を思い出したからといって今の私にできることはない。
私は今八歳で、居るところはスラム。当たり前に一文無しだし、本に出てくるような転生スキルなんて全くない。
前世の知識を生かして活路を見出そうにも21世紀の世界とここの世界は多く違う。私の世界はスラム街に限られているから正確なことは言えないが、ここは古代の中国のような気がする。
服や建物すべて中華風だし、風の噂で纏足がどうのこうのと聞いたから間違いないと思う。
話は戻してそんな昔の中国では21世紀の知識なんて何の役もたたないし、大学も法学部に通っていたから何一つ使えない。
物語のヒロインなら知識を使って世界革命とかありそうだが食べ物を得るのに必死なこの状況で革命ものくそもない。私の状況は簡潔に言って絶望的ってやつだ。
前世の記憶を持っていようがなかろうかと関係なく絶望的で何より前世の記憶があったほうが今の生活がつらくなった気分だ。
前世で大学に通っていた一般家庭とはいえ毎日ご飯は食べていたし、清潔感あふれる生活をしていて、家族もいた。
今の私には清潔なベッドはおろか、毎日の食事なんてものもいし、家族もいない。物心がついた時には既に一人で、スラム街に住む私をかわいそうに思ったいろいろんな人に育ててもらった。
育ててもらったとはいえ、たまに食事をくれるぐらいで、五歳ぐらいから私は靴磨きなどをして食事を手に入れていた。
今日の靴磨きによって手に入れたのはパン三つと赤いリボンだ。稀に見る豪華な報酬だ。私はリボンで髪を束ねて、パン一つを手に取り御婆の元へ向かう。
御婆は私を育ててくれた中で年長のお婆さんで、スラムでのまとめ役みたいな人だ。スラム街の奥の奥、どことなくうす暗い家に御婆の住処がある。
「御婆、御婆」
私は声を出しながら、扉を開けるとゆっくり椅子に座った御婆がこっちを見る。その目は年老いたお婆さんとは思えないほど鋭く、どこか殺し屋を思わせる。
「何か用かい?」
「パンを持ってきたんだ。良い客にあたって、手に入れたんだ。」
本当なら三つとも食べたいが、ここスラムで生きる残ることを考えると一つ残して御婆に渡したほうが賢明だ。御婆にこうやってご飯を持っていけばたまに新しい仕事や客、いろいろな情報が入ってくる。
「良いパンじゃないか。なかなか良い客にあたったんだね。それにしてもなんだい、頭につけているの。もしかしてあんた、食い物をそれにしたんじゃないんだろうね。」
「まさか。これも同じ客に貰ったんだ。」
知識を思い出した今、私の精神年齢は8歳ではなく20歳なので多少着飾りたいという気持ちはあるが、そんなのはご飯の大事さにかなわない。
八歳の子供にとって生き残るために着飾ることは、まったく必要ない。
「変わった客だね、まぁ構わんが。最近、妙な恰好をした男たちがうろうろしているらしい。気をつけな。」
「…わかった。」
このスラムに妙な恰好をしている奴なんて大量にいる。人身売買なんてしょっちゅうあるし、奴隷狩りもある。スラムのまとめ役の御婆が妙な男なんているからには、そんな奴らよりヤバい奴らがいるということだ。
すなわちそれは気を付けなければヤバいということだ。
御婆の言葉に嫌な予感がして、知らず知らずに私はため息を吐いた。




