表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

自宅で”3分除毛”できるスーパーアイテム

作者: 島 一守

前作「どうやら風魔法の力に目覚めたらしい」と

前々作「星空と角砂糖」と設定等のつながりがあります。


この一本だけでも成立するように書いていますが

宜しければ先の二作品もどうぞよろしくお願いします。

 「『自宅で”3分除毛”できるスーパーアイテム』っていう広告さ、誰が押すんだろうね」


 ふと思った事を口にしたが誰かに明確な答えを求めた訳ではない。


 「どしたん?気になる人でもできた~?」

 「そういう訳じゃなくてふと思っただけ。って何で気になる人って流れになるの」

 「そりゃ女の子が今以上に身だしなみに気を使うってのはさ~、そういうことじゃないの~?」


 ふーん、そういうものなのか。なんて思いながらスマートフォンの画面に並ぶ小説タイトルに意識を戻す。


 「それで、相手は誰なの~?」

 「え?相手?そんなのいないんだけど?」


 どうやらまだ話が続くと思われていたらしい。仕方ないので先の発言に至った理由を説明した。小説投稿サイトの小説一覧画面に出る広告。明らかに小説のタイトルとしては異質なその広告文は目に留まるが、その代わりに広告だとすぐ気付いてしまうのだから、本当に広告効果があるのか。特に意味のない疑問だ。


 「な~んだ、やっと(しずく)の浮いた話が聞けると期待したのにな~」


 その一言を残し美沙(みさ)は作業を再開した。




 夏休みも残すところ一週間程度となった漫画研究会(漫研)の部室で、部長の関屋(せきや) (しずく)は漫画も描かずにスマートフォンと睨めっこしていた。他人事のように言う事で罪悪感を消しているわけだが、つまりそれをしているのは私だ。

 それに対し副部長の築山(つきやま) 美沙(みさ)は遅れを取り戻すように製作に勤しんでいる。時折その長い髪をかき上げる仕草は男子生徒からすれば色っぽさを感じるのだろう。けれど私はそれよりも彼女の白いセーラー服の袖が鉛筆の粉で灰色に染まっている事の方が気になった。


 「それにしてもさ~、雫が小説にハマるとは思わなかったよ。そんなに後輩の一次創作が気に入らなかった~?」


 サボりの私を気にも留めることなく美沙は製作の手を止めずに聞いてくる。


 「その逆、むしろ気に入ったのよ。もちろん読ませてもらった時にはツッコミどころや色々思うところもあったけどさ、それでも初作品をストーリーから作ろうなんて見上げた根性じゃない?」

 「でもそのストーリーって元ネタがあるんでしょ~?二次創作と変わらなくない?」

 「元ネタってほどじゃないわ。同じ所なんて超能力バトル物っていう所だけね。おもしろいから美沙も読んでみる?」


 そういって借りたままの小説を鞄から取り出すが「そんな時間ないからやめとく」とそっけない返事をされてしまった。布教活動が空振りするのはよくある事だが美沙に振られるのは残念だった。

 そんなやりとりをしながら、日差しさえもゆったりと感じる夏の朝を二人きりで過ごしていたが、10時になろうかという頃に部室の扉が叩かれた。


 「あいてますよ~どうぞ~」と気の抜けた美沙の声が響く。彼女はそののんびりとした性格と喋り口調に反してよく通る声をしている。おかげで春の新入生勧誘には一役かってくれたものだ。内容が「出席不問だよ~本さえだせればなんでもおっけ~」なんてものじゃなければもっと良かったのだけど。


 「おはようございます関屋先輩、築山先輩。そういえば築山先輩はお久しぶりですね」

 「おひさだね~。こう見えても受験生だからね~雫と違って大変なのよ~」


 入ってきたのは一年生部員の朝倉(あさくら) 美花(みか)さんと、その付き添いの入福(いりふく) 大介(だいすけ)君だ。入福君は皆に大福と呼ばれている。察しの悪い美沙はずっとなんで大福なのかと思っていたらしいけれど「漢字で書いた名前の四文字の真ん中」というヒントでやっと気付いたらしい。そんな彼は漫研部員の朝倉さんの付き添いで部室に来るし、私達も基本的に来る者拒まずなので受け入れている。それに彼が居ないと朝倉さんは大人しすぎて意思疎通に困る時があるのだ。

 そして彼の言うとおり、私と美沙は高三だ。普通高三の夏と言えば受験の夏なんて言われる。これも何かの広告だった気がするけれど。しかし実際にそうだし、美沙はこの夏必死に勉強していて、今日は息抜き日として前から勉強は休むと決めていたらしい。しかし文化祭に出展する自身の作品が出来ていないとこうして部室へやってきて製作しているのだから息抜きになっているのかは疑問だ。

 もちろん部としては受験生にまで作品の出展を強制はしていないのだけど「高校最後の作品を作らないで引退できないよ~」という本人の希望もあったので私もそれを止めなかった。私も日程的に厳しくなれば作業を手伝う気でいるので未完成のまま出展という自体にはさせないつもりだ。


 「関屋先輩は教育大に決まっているんでしたよね。考えればあと半年もすれば部の引退どころか、学校で会うこともなくなるんですよね。寂しくなりますね」

 「わかる~わかるよ~!このたわわな双丘との別れは寂しいよねぇ~」


 そう言って私の胸を両手で持ち上げる美沙を睨むと「ごめんて~」と悪びれる様子もなく笑ってごまかした。その様子を見て反応に困っていた大福君は、背後に控えていた朝倉さんに全力でわき腹をつねられてその痛さにもだえていた。

 美沙の悪ふざけはいつもの事なので気にしないが、そんな後輩達を見ると幼馴染特有の距離感、もしくは空気感というのに羨ましさを感じる。もちろん私には友達がいない訳ではないし、慕ってくれる後輩や同じクラスの友人、部長会議で仲良くなった他部活の人たちもいる。けれどそれは幼馴染のそれとは違うし、悪ふざけをしてくる相手なんてのも美沙くらいのものだ。それは私が「クール系」「サバサバ系」「姉御系」「女王様系」などと呼ばれているせいだ。もちろん直接言われた事はないし、「女王様系」などと言われたならば、お望みどおり踏みつけた上で鞭の百叩きしてやろうと思う。 そんな私だからこそ、同姓の友達は多く居るが、異性の友達は少ない。そんな中で私に対して普通に接してくれるこの後輩君は私にとっては特殊な人である。

 今になって思えば高校デビューを間違えたなと、多少の後悔はある。伸ばしていた髪をばっさりとショートカットにして、メガネもコンタクトにした。アニメに出てくる少しバカっぽい明るい女の子を目指して、ヲタクオーラというのを隠そうとしたのだが、その結果は望む方向ではなかった。その失敗に気付いた私は開き直って漫研に入ったが、結局オーラの中和にはならず漫研の姉御という謎の地位に落ち着いたのだった。


 「あのっ……先輩……下書き見てもらえますか……」


 笑い話として十分な出来栄えの思い出に浸っていると、大福君というボディーガードをひとつねりでダウンさせたお嬢様、朝倉さんが蚊の羽音より小さいのではないかと思う声で話しかけてきた。この内気で気弱な一年生部員を私は気に入っている。なにせ「作品さえ出せば出席は問わない」というユルい方針にしか興味の無い新入部員達とは違い、夏休み中ほぼ毎日登校して活動を続けていたのだから。その上で初作品が完全一次創作だというのだから部長を任されている者ならば気に入って当然だろう。この子が部長になれば……と思ったこともあったが、性格的に部を引っ張っていけるタイプではないので、出展作品のクオリティ向上で部に貢献してくれる立ち居地になるだろうと思っている。


 「もう下書きできたの?早いわね。それと書き直しになってごめんね。前の分ほとんど完成してたのに」


 彼女の作品、さっきの美沙の話にあった「後輩の一次創作」がこれだ。この作品は完成が目前で私が書き直しを指示した。もちろん後輩いびりでもなければ嫉妬心からの書き直しでもない。内容に問題が出てしまったのだ。


 ボツになった内容は、簡単に言えば「風魔法を使えるようになった男子高校生、福神(ふくがみ) 圭介(けいすけ)が幼馴染の女子高生、薬水(くすりみず) 沙良(さら)と共に事件に巻き込まれる」というものだ。それ自体はよくある物語であるが、事件の発生場所が悪かった。

 その場所というのが図書室で、能力を暴走させた男子生徒がそこに居合わせた女子生徒を巻き込んだ上に、二人とも死亡する結末だった。そしてタイミングの悪い事に最近図書委員の女子生徒とその彼氏が失踪したのだ。その事件を受けて私は漫研の部長として作品の書き直しを指示したわけだ。

 もちろん本当に図書室でそんな事件があった訳ではないし、何よりその二人は遊びに行った先で失踪したらしい。そして私が初めて作品を見た時期や製作時間などを考えれば、その失踪した二人が元ネタとなっているわけではない事は明確だった。けれど作品は文化祭で公開される。ならばその二人の事件を元ネタにしても、急げば仕上げられるのでは?と疑われる可能性がある。そうなれば私が何を言っても言い訳にしかならない。それ以上にこんなことで優秀な部員をいわれの無い疑いに掛けたくなかった。

 だから私と作者の朝倉さんが話し合いをしてストーリーの改変を行う事になったのだが、その時にストーリーの原作者が大福君だと聞かされたのだ。そして私の疑惑は確信に変わった。主人公のモデルがこの二人だと。それを大福君に問いただすと、ものすごく恥ずかしそうに名前は朝倉さんが付けたのだと語ってくれた。自身をモデルにした幼馴染の女子高生は全然違う名前なのに、大福君がモデルの主人公は気付ける程度にしたのは何かの意図があるのか、もしくはちょっとしたいたずら心か。多くを語らない彼女の心境は分からないけれど、それを許してしまう大福君はとても優しい人なのか、もしくは彼女にだけ甘いのか……。



 話し合いの結果、舞台が図書室から体育館に変更、襲い掛かる本は各種ボールに変更、そして能力を暴走させた生徒と巻き込まれた生徒は死亡せず改心するという結末に変更された。これならば今後なんらかの事件があっても問題にはならないだろう。もちろん書き直しになるのは変わらないし、その労力を考えると朝倉さんにはとても悪い事をしたと思うのだけど。


 「うん、いい感じに出来てるわね。何か困ってる事とか手伝って欲しいことはある?」


 ぱらぱらと渡された下書きを見て、先の書き直しがあるとはいえこれが初作品だとは思えない出来栄えに驚いた。きっと今までも人に見せる事はなかったけれど、何枚も描いたり、いくつもの作品に触れて勉強してきたであろう事は見て取れた。

 ただ、主人公に襲い掛かるボールのシーンはスポ根マンガを手本にしたのか、特訓シーンを彷彿とさせて狙っていない笑いが取れてしまいそうだった。躍動感はあるし、何より本人がこれで行こうと思っているなら私が口を出す事でもないしね。


 「今は特に無いです……」


 どこから声が出ているのか分からないほど口も表情も動かないけれど、少なくとも今は私の出番はないようだ。それにしても、誰に対してもそうではあるのだけど私に対しては特にオドオドしているというか、怖がられている感じがする。それは私が部長だからなのか、それとも私の性格や噂を聞いているからなのか。まさか私の身体付きを見て格闘技経験者だってわかるほどのその道のプロだとか!?なんてのは冗談にしてもあまり好かれていないようで、少し寂しさを感じる。

 それでも前までは登校していても図書室で製作していたのを、ストーリーもできたからと大福君付き添いの条件で部室での作業に変わったのだし、少しづつ誤解を解いていけばいいかとポジティブに考えている。仲良くなる前には引退してしまっているかもだけどね。


 「あ、そうだった。大福君、前に借りてた本返すわね。あとその時言ってた文芸部に入るかどうかなんだけど、新ノ口(にのくち)部長には話通してあるから、その気になったら言ってね」

 「文芸部……ですか。あんまりガラじゃないと思うんですけど、相手の部長さんも今回の作品気に入ってもらえてるんですよね。もうちょっと考えてみます」

 「焦らないからゆっくり考えてくれていいよ。言い出したのはこっちだしね。その気があるなら漫研でも歓迎するよ?もちろん作品の提出は必要だけどね」

 「絵は文章以上に苦手なのでそれはやめておきます」


 残念、あっさりと振られてしまった。とはいっても本気で勧誘するつもりもなかったんだけどね。


 「でもさ~部活入ってるといいこともあるよね~。部長経験あれば雫みたいに推薦もらいやすかったりするし~」


 作業に戻っていた美沙が思い出したかのようにつぶやく。思わぬ助け舟だが、部長だからってだけで推薦貰ったわけではないんだけどな。それでも二年連続で部長やってる人っていうのは珍しいので全然関係ないとは言い切れないだろうけど。

 しかし当の美沙は助け舟を出したつもりはなかったようで、その続きは「受験生はたいへんだ~もう勉強したくないよ~」なんて話だった。本人はそういうが、今みたいに話を聞いていないようでちゃんと理解していたり、作業しながら会話を続けられるある種の器用さがあるので、本気になればすぐ結果が出そうだと私は思っている。

 そんな美沙とは正反対に、朝倉さんは話をしていても作業を始めると周囲が見えないように没頭するタイプのようだ。まったく会話に入ってこないし、何よりその作業の早さと躊躇いの無さを見ていると彼女の目にはすでに完成された原稿が写っているようだった。


 「さてと、いつまでも喋ってても終わらないし作業進めましょ。美沙、手伝える作業こっちに回して」


 そういうと美沙は私に頼める作業を指示してくれた。大福君も手伝うと言ってくれたけど、さすがに部員じゃない人に手伝ってもらうのもどうかと思うし、何よりさっき絵は苦手って言ってたので美沙から断られた。そしてしばらくは皆静かに作業していたので、部屋にはカリカリと筆を走らせる音と、大福君が読んでいる本のページが捲られる音だけが残された。

 ちなみに私は既に文化祭に出展する作品を仕上げてある。もし描きたい内容が浮かべばもう一本と考えているが、追加分を作るならオリジナル作品と思っているとなかなかいいアイディアも浮かばずどうしたものかと悩んでいるところだ。




 それから一時間ほどした頃、私の集中力は限界を迎えた。いや、実際にはもっと前に限界を迎えていたように思う。人間の集中力は15分程度で下がっていくと聞くし、それを考慮すれば頑張った方だと思う。


 「ちょっと休憩にしましょうか」


 急に発せられた私の声に美沙と大福君の視線が集まる。しかし聞こえていないかのように朝倉さんは黙々と作業を続けている。私達よりも早く始めているのにまだ集中できている彼女は本当に人間なのかと疑いたくなる。


 「飲み物買ってくるけど大福君何がいい?あと朝倉さんは何が好きかな?」


 筆が乗っている人の邪魔をしないのは鉄則だ。だけど根をつめるのも良くないので朝倉さんも休憩させようと思う。


 「あ、俺が買ってきますよ。先輩方は何が良いですか?」

 「気遣ってくれてありがとう。でも座りっぱなしだしちょっと動いた方がいいと思うのよね。それに先輩の厚意は黙って受け取っておくもんよ」


 先輩としてちょっと格好つけてみたけれど、彼は少し戸惑いながらも礼を言って送り出してくれた。美沙ははじめから私に行かせる気だったのが見え見えだったので連れて行くことにしよう。

 外へ繋がる引き戸を開けると膨張し切った空気がモワッと襲い掛かってきた。夏の終わりが近いとは思えない暑さに若干怯んだが、私たちは自動販売機を目指して歩み出した。


 「ねぇ美沙、結構作業も進んだし午後から久々にオタ狩りに行かない?」

 「行きたいけどさ~完成してないし今度いつ作業できるかも分かんないしな~」


 オタ狩りとはオタクを狩る不良行為ではなく、オタグッズを狩りに行くという意味だ。初めてその言葉を聞いた時に美沙が勘違いした事から二人の間では使っているが、知らない人に聞かれると誤解されそうだ。


 「なんでまた今日行こうとおもったのさ~?なにか欲しいものでもあんの~?」

 「欲しいものがあるわけじゃないんだけどね、せっかく勉強を休んでるのにずっと漫研に居るのもどうかと思ったのよね。それに朝倉さんは私が居ない方が落ち着くと思うし」

 「居ても居なくても作業に没頭してると思うけどな~。まっいっか、その代わり作業日程ヤバくなったらまた手伝ってね~」


 元々そのつもりだったけれど、なんの躊躇いも無くこんな風に人に頼みごとができるのは少し羨ましいと思う。私もこういう風になれたらもう少し回りの反応も変わるのかな。なんて思いつつ小銭を取り出し飲み物を買う。


 「私ミルクティーね~」

 「奢ってもらう気満々だったのね、まぁいいけど。大福君はフルーツオレで、朝倉さんにはイチゴオレって言ってたわね。私は何にしようかな」


 この暑さの中も練習に励む運動部員達の声を背に聞きながら私達はジュースを持って部室へ戻る。夏休みの学校は生徒だけでなく、教師もほとんど姿を見ない。そんな中なので美沙はあまり人に聞かせたくない噂話を語りだした。


 「ねぇ知ってる?街外れにある神社の森って幽霊が出るらしいよ。それでその幽霊が夜な夜な人を攫っていくんだって。だから絶対に夜にその森に近づいてはいけないとか、最近の神隠し事件もその幽霊のせいだなんて話があるらしいよ」


 小声でいかにもな雰囲気をかもし出しつつ語る美沙だが、この手の話はよくある怪談話だ。けれど最近は失踪事件が多く、例の図書委員の失踪だけでなく天文部員とその顧問も失踪している。そのため学校内でも昔からある怪談話と合わさった噂や、もしくは異世界転生小説を真似た噂が流れている。もちろん私はそういうオカルト話は信じるタイプではないし、そんな噂を流すのを楽しむような趣味も無い。


 「幽霊ねぇ……そんなものが居るのなら今頃この世界は幽霊だらけと思うのよね。だって古代人の幽霊の話って聞かないじゃない?それとも幽霊にも寿命があって、古い幽霊は自動的に成仏してしまうのかしら?」

 「雫にはユーモアが足りないなぁ~。こういう話を楽しめないと一次創作は難しいんじゃないかな~」

 「ユーモアがあってもそのネタで創作するのは不謹慎だと思うしやめておくわ」


 そんな他愛ない話を廊下に響かせながら私達は部室へ戻ってきた。けれどもし本当にそんなオカルト話が実際にあったら……。待っているはずの後輩達が忽然と姿を消していたら……。私は幽霊よりも、大切な人たちが突然居なくなる事のほうが何十倍も怖くなるのだった。


 「たっだいま~!ジュースのデリバリーサービスだよ~!!」


 無駄に元気な美沙の声が不安に押しつぶされそうな私の代わりに部室に響いた。その背中を追う私はここを立った時のままの後輩達の姿にほっと胸をなでおろす。「おかえりなさい」と迎えてくれる事がこんなに嬉しいとは思わなかった。私にとっても怖い話はやっぱり怖いんだな、なんて当たり前の事に今更気付いたのだった。そんな心情を悟られないように私は話しかける。


 「それにしても朝倉さんの集中力はすごいわね」

 「えぇ、邪魔すると危ないので気付くまでそのままにした方がいいと思いますよ」

 「そうは言っても飲み物もぬるくなっちゃうし、何より冷房がかかっているとは言え水分補給しないのはよくないわよ」


 私がそう言いながら朝倉さんの作業している机をドアをノックするようにコンコンと叩く。その音に反応したのか、もしくは振動で手元が狂わされたのかは分からない。けれどガバッっと顔を上げ私を睨む。その顔は今にも襲い掛からんとする猛獣のようで、いつもの大人しい朝倉さんとは似ても似つかないものだった。けれどすぐにハッと我に返ったのか、小さく「ごめんなさい」と言っていつもの様子に戻った。


 「集中してたのにごめんね。飲み物持ってきたから休憩しましょ」


 彼女は小さくコクリと頷くとイチゴオレを受け取った。


 「関屋先輩すごいですね……朝倉を起こしただけじゃなく暴れさせないなんて」


 大福君は心底驚いているようだった。何をそんなに驚いているのか聞けば、彼女は集中している時には対象物を物理的に遠ざけるくらいの事で無いと反応しないらしい。その上で無理やりそんなことをしようものなら暴れだすらしいのだ。確かにさっきの様子を見ればそんな話も納得なのだけど、その姿を見ていない美沙にとってはにわかに信じられない事だったようで「話盛りすぎだよ~」なんて言っていた。知らないとは幸せな事だ。そしてそんな話をされている朝倉さんは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしてうつむきながらゆっくりとイチゴオレを飲んでいた。その姿はにんじんをちびちび齧るウサギのようでとても可愛らしいものだった。


 「あ、そうそう。私達午後は行くところがあるから、二人が帰るときに部室の鍵を返しておいてくれる?」

 「お二人で出られるんですか?仲がいいですよね」

 「まぁ長い付き合いだからね。部室は夕方まで居ていいけど朝倉さんは没頭しすぎて時間を忘れないよう注意してね」


 そう言い残すと私達は後輩二人を残して帰り支度を始めた。






 「ねぇ知ってる?この地下街を造る時に地面を掘ったらね……」


 私達はいわゆる”ヲタク街”に近い地下街のハンバーガー屋で昼食をとっていた。そんな時にまた美沙の噂話が始まったのだ。「地下街を掘った時に」に続く言葉なんて大抵人骨が出たとかであって、その続きが墓場であったか、戦場であったか、もしくは処刑場か、それくらいのレパートリーである。


 「遺跡だったらしいの」


 私はつい「は?」と気の抜けた反応をしてしまった。いや、考えてみれば遺跡ってことは古墳とかそういう話で結局人骨が~とか幽霊が~と続くだけなんだろうけど。


 「その遺跡っていうのがね、ダンジョンだったんじゃないかって言われてるの。それを地下街にしたから今でもホントにダンジョンみたいで迷うでしょ?もちろん壁なんかを付けて電線とか色々を通してはいるらしいんだけどね、基本的な形は当時のままなんだってさ。」


 オカルト話じゃないみたいで良かったのかな?変な噂話には変わりはないんだけど。


 「それで?美沙にしてはめずらしくウンチクを語りたかったの?」

 「その話には続きがあってね、遺跡をそのまま使ってるから誰もこの地下街の本当の形を知らないらしいの。だから見覚えの無いドアがあってね、それをくぐると遺跡に繋がってるんだって。それでそのまま迷って行方不明になった人が例の神隠し事件の被害者なんじゃないかって噂なの」


 結局オカルト話か!というツッコミを入れておくべきかもしれないけれど、美沙がそういう話が好きなのは知っているし、何よりまた創作のネタになればと思って話している事はわかっている。いつもならこんな話は私が「噂話嫌いなんだよね」で切り上げるのだから、そういう反応をされるのを知っている美沙がわざわざ話す理由はそれしかない。それでも一言言わないと気が済まないのは私の悪いところだろう。


 「見知らぬドアって従業員用ドアとかじゃない?」

 「やっぱり雫にはユーモアセンスがないね~」


 分かっている。分かっているけれど改めて言われるのは少し悲しいものだ。やはり私にはそういうセンスがないのだろうか。マンガをストーリーから創るにはそのセンスを磨くところからはじめないといけないのかもしれない。


 「やっぱ雫にはファンタジー向きじゃないからさ、恋愛モノとか目指してみればいいんじゃない?ほら、さっきの店員さん結構格好良かったよ」

 「え?全然顔見てなかったや……どんな人だった?」

 「名札に『堀口』って書いてあったし出る時見てみなよ。なんかサッカーとかやってそうな感じの人だったね~。これが運命だったりして~?」


 美沙はそういいながらも悪戯っぽく笑う。もちろん私が色恋沙汰にうつつを抜かすような人でないことは知っているのだから、これは冗談とからかいが混ざった話である。でも美沙が格好いいって言うなら相当ハイレベルだと思うので、運命なんてものではないと思いつつもチラ見くらいはしようと思い店を出た。確かにイケメンではあるが、それ以外の感想は出なかった。





 その後はぶらぶらと同人誌やフィギュアでできた迷路を転々とし、ゲームセンターの取れもしないぬいぐるみが飾られた貯金箱にたっぷりと貯金したりと、実に高校生らしい遊びをした。美沙は娯楽に溢れた雑居ビル群を見るやいないや、駆け出してしまうほどだった。それほどまでに今まで真面目な受験生をやっていたのだろう。今日くらいはめを外したっていいだろう。


 楽しい時はすぐに駆けてしまうもので、そうこうしているうちに空は茜色に染まりつつあった。


 「そろそろ帰ろうか」


 その言葉に美沙は名残惜しそうに街並みを見つめる。夏休みという事もあって旅行者らしき人たちや、夜まで遊び続けるつもりの人々を眺め、私達はまだ完全に自由を手にできていないのだと思い知らされる。けれど女子高生二人で夜遊びするにはこの街は少しばかり物騒だというのも理解している。本物の”オタク狩り”が出るという話も何度か聞かされているのだから。


 「そうだね~今度来るときは朝倉さんたちも誘ってこようね~」


 また明日からの日常を思うと気が重いのだろうけど、次に来る時の事を考えれば少しはマシになるのだろう。「そうだね」と小さく呟いて私達は歩き出した。





 「美沙、気付いてる?」


 私は他の誰にも聞こえないよう小声で確かめる。美沙は小さく気付かれないよう頷く。先ほどから人々の雑踏とは違う異質な、明らかに私達についてきている気配がある。ここで取るべき行動はどれか、それは私が決めるべきだろう。


 「走るわよ!」


 声と共に私達は駆け出す。人の波を掻き分け、ぶつかりそうになりながらも駆ける。しかし前方には運悪く、私達を足止めせんとする赤信号が立ちふさがる。


 「こっち!」


 その声と共に路地へ駆け込む。それなりの人出があるのだ、路地に駆け込んだ姿を見られなければどこへ行ったかわからなくなるだろう、。そういう判断であったが、どうやら運は私達に向いていなかったようだ。


 「いってえな!どこ見てんだ!」

 「ごめんなさいっ、急いでたもので……」


 路地に入ると三人の男がいた。そのうちの一人にぶつかってしまう。とっさにあやまったものの、その男達の姿はどう見てもガラのよいものではない。さらに周囲には多くの酒の空き缶と、タバコの吸殻。こんな人けのないところでわざわざ宴会をするような人がいるだろうか。その状況から考えるとそれが見つかると問題になる年齢か、もしくは吸っているものが”普通のタバコ”ではないかのどちらかだろう。私は美沙の腕を引いて少し距離を取った。


 「ほう、なかなかの美人さんがそっちから来てくれるとはねぇ。お兄さん嬉しいなぁ」


 かなりの量の酒を飲んでいたのか、顔を赤らめた男は私達ににじり寄ってくる。こうなると引き返して大通りに戻るべきか、しかしそれは私達を付回している何者かに鉢合わせる事になる。どちらにしろいい結果にはなりそうもない。


 「そう怖い顔すんなよ。別に痛めつけたりなんてしないさ。ちょっと俺たちと遊んでくれりゃそれでいいからよ」


 男はその下品な顔をより気持ち悪いにやけ面に変えて迫ってくる。明らかに普通ではない反応に危機感を覚える。隣をみれば怯え切った美沙の姿が映る。そんな美沙を私の背に隠し、男達を睨み返す。


 「そういう反抗的な態度もいいけどさぁ、せっかくの美人さんが台無しだぜ?」


 そう言うと男は私の手首を掴み、引き寄せてきた。咄嗟に私は掴んだ男の手の小指を掴み、無理やりに引き剥がす。力が弱くても指だけならば掴めるし、それを普通は曲がらない方向に全力で曲げられるのだ。これにはどれだけ屈強な相手であっても怯む。ましてやこんな所でたむろしているような”対象法の対処法”を知らない相手なら十分有効だ。


 「いってぇ!お前何しやがる!!」


 胸ぐらを掴まれるも、その腕をしっかりと固定して体ごとひねってしゃがむようにすると男は背中から地面に叩き付けられるよう倒れた。


 「お譲ちゃん、なかなかやり手のようだけどそこまでにしておきな」


 その声に振り向けば、そこには美沙の首元に冷たく光るナイフを突きつけたもう一人の男がいた。


 「ちょっとばかり護身術を齧っているようだけどな、あんまり調子に乗るのはよくねぇぜ?大事なお友達がいる時なんかは特にな」


 勝ち誇った顔のその男はニヤニヤとしながらも続ける。


 「俺たちもそこまで鬼じゃねぇ。そうだな、今日のところは有り金置いていけばそれで手打ちにしてやるよ。それでまた酒飲んでこの事は忘れる。悪くねえだろ?」


 こうなるといくら私が対処法を知っていたとしても意味が無い。あきらめて持っているものを全て差し出すしかない。私は財布を取り出そうと鞄を開けた。


 「か弱い女の子にカツアゲするとはなかなかのクズですねぇ!」


 その声と共にキィィン!!と金属同士がぶつかる音と共にナイフが地面に突き刺さっていた。ナイフを持っていた男はというと、手首を押さえ痛みに耐えているようだっだ。


 「さぁ、先輩!逃げますよ!!」


 私は何が起こったのかも分からず手を引かれる美沙と共にその場を後にした。そしてさっきの私を脅していた男の姿を見ると、手首に一筋の傷を負っていた。「何をしたのだろう、何かを投げた様子でもなかったのに」そう考えながら私達は大通りへと逃げ延びた。

 そこで待っていたのは、大きなクマのぬいぐるみを抱えていた朝倉さんだった。


 「とりあえずここまで来れば大丈夫でしょう」


 ハァハァと息を切らす私達とは違い、大福君は顔色ひとつ変えず暴漢たちから逃げきった。確かに私や美沙は体力があるとは言えないけれど、どうして平然としていられるのだろう。


 「で、どうして俺たちから逃げたんですか!?それに男三人を相手になにやってるんですか!なにより自分の立場分かってます!?大学の推薦受けてるんですよ!?こんなのばれたら推薦取り消しですよ!?」

 「えっ……っと。ついうっかり?」


 急にまくし立てられた私にはそう答えるしかなかった。


 「というか私達のあとをつけてたのって大福君だったの!?」


 大事な事に気付いた私は逆に言い返す。付きまとわれていなければあんな路地に入る事もなかったのだから一言言いたくもなる。それになんでここにいるのかも聞かねばなるまい。


 「あっ……いやそれはですね、えっと……」

 「私が先輩達がどこに行くのか気になったから付いて行こうって言ったんです……」


 私の問いにどう答えるか口ごもる大福君の代わりに答えたのは、クマの盾に守られるような体勢の朝倉さんだった。


 「もしかして、お昼からずっと?」

 「はい……付けまわしてすみませんでした……」


 さっきまでの勢いが嘘のように縮こまる大福君を見ているとこれ以上の尋問は可哀想になってきた。けれど同人誌を買いあさっている姿や、ゲーセンでUFOキャッチャーに悔しがる姿、もしかしてハンバーガー屋で店員がカッコイイとか言ってた所も見られてしまったのだろうか……ものすごく恥ずかしい。


 「はぁ……まぁいいわ。今度からは一緒に来ましょう。私達もボディーガードが居たほうが安心だしね」

 「そうだね~大福君ありがとうね~」


 怯えていた美沙はやっと落ち着いたようだった。私は美沙が怪我をしていないか確認をした後、もう厄介ごとに巻き込まれる前にさっさと帰ろうと駅へ四人で向かった。その道中で美沙は朝倉さんの持っているぬいぐるみに興味をもったのかツンツンとぬいぐるみごと朝倉さんをつつくものだから、朝倉さんが気遣ってぬいぐるみを美沙にプレゼントしようとしていた。その様子に「ぬいぐるみが可愛いんじゃなくて~朝倉さんがかわいいな~って思ったんだよ~」なんて答えていた。美沙って妹が欲しいとか思ってたのかな。ちなみにそのぬいぐるみは大福君がUFOキャッチャーで取ったものらしい。


 「それじゃ俺たちは歩いて帰るのでここで失礼しますね」

 「うん、それじゃまた明日。あと……今日はありがとう」


 なんとなく言いそびれてしまった言葉。なんだか今さら言うと恥ずかしい。「もう無茶な事はしないでくださいね」なんて言いながら手を振ってくれる彼。なんだかその姿を見送るのが少し寂しく感じた。



 電車に揺られているととても長い一日だったと今日を振り返る。でも今日あったことを美沙と話す気にもなれずなんだか気まずい沈黙が街並みと共に流れていった。


 「大福君さ~、かっこよかったね~」



 「ねぇ美沙、除毛剤って高いのかな?」

はじめましての方ははじめまして。

初めてじゃない方はいつもありがとうございます。

島 一守です。


今回書くにあたって前作「どうやら風魔法の力に目覚めたらしい」にちょい出演の関屋先輩が「私を出せー!メインでだせー!!」と訴える幻聴に陥りまして…どういう展開にしようかと迷いつつ、迷走しつつ、助走を付けてジャンプした結果こうなりました。


 どうしてこうなった!?


最初は関屋先輩も能力に目覚めてバトル!なんてのも考えたんですけどね。それって前作と変わらないですからね。ちょっと違った方向に迷走したんですねきっと。


あらすじでぶっちゃけちゃってますが、なんだか色々と考えてる関屋先輩ですが、美沙にとっては明らかに恋する乙女の反応だったんでしょうね。もう10行目あたりで「しずく、大福君、すきー」って言ってたらそれで終わってました。そして俺自身もラブ米なんていうものを唸りながら書くことも無かったと思います。


 っていうかこれってラブコメなんですか??


ラブコメの定義は分かりませんが、多分好きッてことに気付くまでのお話なんでそうなんじゃないですかね?違いますかね?まぁいいか。



ってことであとがきさえも迷走していますがここまで読んでいただきありがとうございました。

次回も短編です。多分今回出てきた中の誰かがまた主役にしろアピールしてくるので誰が出るか楽しみです。(俺自身が)


9月8日(土)に投稿できるよう頑張りま~す!  (カズモリ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 淡い恋愛模様。 [一言] 主人公が地の文でもサバサバしてたので彼女の恋愛感情には最後らへんでようやく気付きましたw あとがきで仰ってる「10行目辺りで美沙が爆弾を投げ込むパターン」もそれは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ