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巫女姫と銀の  作者:
舞台『巫女姫と銀の獅子』
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第四幕:巫女姫とわたしの家

 あるところに、戦うのが大好きな王さまがいました。王さまはとても強く、欲望も人一倍強い人でした。

 あれが欲しい、これが欲しい、と目につくもの全てを力づくで自分のものにしてゆきます。物も、人も、国もです。そうして全てを手に入れた王さまに、逆らえる者は誰一人としていなくなったのです。


 それでも王さまは満足できません。他に何か手に入れられるものはないだろうか、と考えに考えた末、彼はとんでもないことを思いついたのです。まだ手に入れていないものがある。それは、神と神の土地だ、と。


 王さまは大軍を引きつれて、神さまの元へと攻め入りました。ですがどんなに王さまが強くとも、どんなに兵の数が多くとも、所詮彼らはただの人なのです。神さまに叶うはずもありません。


 王さまの軍勢はなす術もなく敗れ去りました。神さまは烈火のごとくお怒りになり、王さまに罰を与えました。


「お前には決して消えることのない私の怒りと闘争心を植え付けてやろう。これでお前の好きな戦いをこの世が果てるまで続けるがいい」


 王さまの心は、人々への怒りと戦いへの渇望でいっぱいになりました。そして身体を恐ろしい化け物へと変えられてしまったのです。


 怒りの化身となった王さまは、周辺諸国を荒らし始めました。人だった頃よりも数段と強く、歴戦の戦士すらも適いません。沢山の人々が死に、屍の山が築かれました。


 そんな絶望の中、王さまに立ち向かう者が現れたのです。王さまの息子である兄弟です。


 無理だろうと誰もが思いました。名の知れた勇者たちですら叶わなかったのです。たった二人で何ができるというのでしょう。


 ですが兄弟は激しい戦いの末、見事王さまを止めることに成功しました。彼らにはちゃんと策があったのです。それは神から得た許しでした。王さまの呪いを彼が受け継ぐという条件で、神さまは二人に王さまを止める方法を教えたのです。


 かくして兄は王さまと同じく、恐ろしい化け物へと。弟は兄の怒りの対象となり、永遠の苦痛を味わう責を。罪を受け継いだ兄弟を見届けると、神さまは地上から消えてしまいました。


 罰を負った兄弟は苦しむはずでした。ですが兄はとても自制心が強く、自分の心をちゃんと抑えることができたので、弟を襲うようなことはありませんでした。その上、狡猾な一面もありましたので、この力を利用して国々を支配してやろうと考えたのです。


 心優しい弟は兄の行為にとても心を痛めました。神の罰をこんな事に利用してはいけない、これ以上人々を苦しめてはいけない、と。

 悩み苦しんだ末、弟は密かに呪いを解く方法を探し始めました。そして彼の努力は実り、兄を解放するための方法を探し当てたのです。

 呪いを解くためには、弟の心臓が必要でした。彼は躊躇うことなく自らの心臓を取り出しました。

 するとどうしたことでしょう、身体が塵となって崩れ始めたのです。弟は兄を頼むと言い残し、信頼できる友人に全てを託して消えてなくなってしまいました。


 兄を取り巻く神官たちは慌てました。せっかく自分たちの国が一番強くなろうとしているのに、ここで兄の呪いを解かれては大変です。焦った彼らは弟の友人を殺してしまいました。そして心臓を隠し、弟の呪いを子羊に受け継がせました。


 こうして彼らの国はこの世で一番強い国となったのです。





 世界が平定されると、神官たちは次第におごり高ぶるようになりました。この世で一番凶悪な化け物の命を握っているのです。無理もない事でしょう。見かねた兄が口を出せば、神官たちは


「逆らえばお前を殺してやるぞ」


 と、脅して苦しめてきます。兄は怒りました。ですが彼の怒りは、呪いのせいで哀れな子羊へと向けられてしまいます。彼は必死に自分を抑え、とある計画を立てました。


 そしてある日のことです。兄は子羊を(そそのか)して、一人の青年を自らの部屋に招き入れました。


 青年は奴隷でした。故郷を滅ぼされた彼の心は、神官たちへの怒りに満ち、己のような野心も抱いてもおりました。

 彼ならば自分の計画に打ってつけだと兄は心の中で笑いました。そして青年に囁きます。


「復讐する力が欲しければ、神官どもから心臓を奪ってくるのだ」


 力が欲しくてたまらなかった青年は、その申し出を受け入れてしまいました。友人と共に命からがら心臓を盗み出し、兄の前に差し出します。兄は青年に問いました。


「我の与える力は呪い。呪いは理性を奪う。苦しみが永遠に続くとしても、己の望む未来の為に自らを律する自信と覚悟はあるか?」


 青年はこの申し出を受け入れるだろう。そして彼がこの国に君臨するだろう、と兄は考えていました。


 兄は腐敗した神官たちを見限ったのです。この青年に国をくれてしまえばいいと思っていたのです。それも神官たちの最も嫌う奴隷に。これが兄なりの復讐でした。


 思った通り、青年は頷き、呪いを受け継ぎました。すると青年の身体が見る見るうちに、化け物の姿へと変わってゆきます。

 力を得た青年は、神官たちを皆殺にして復讐を果たすことが出来ました。


 全てを見届けた兄は満足そうに笑い、青年の友人にひっそりと告げました。


「もしも彼の者が理性を失い厄災を及ぼすようになったら、この心臓を与えるのだ。終わりを望む時もまた然り」


 そうして友人に心臓を託し、兄は塵となって消えたのです。


 友人は誓いました。彼が理性を失わぬよう、彼が終わりを望む時まで、ずっと共にあり続けようと。


 こうして化け物となった青年は国を治めました。傍では彼の善き友人が支えとなり見守り続けています。きっと心臓だって使われることはないでしょう。


 わたしたちがその役目を忘れぬ限り、平和な時はずっと保たれるのです。




「……というわけで、その心臓が我が家に祀られているんですよ。祖父によるとその友人というのがわたしたちのご先祖様だと言うので。まあ作り話だとは思いますが。心臓といってもただの赤い石ですし、何といってもその石にまつわる内緒の話は沢山あるので」

「……それ見たいな。今からリノスの家に行きたい」

「え? 今からでございますか?」

「そう、だめ?」


 シシア様の頬には赤みが差し、瞳がきらきらと輝いていらっしゃいます。夢見る少女のように期待と喜びに溢れた面差しでございました。

 わたしは嬉しくなりました。今の話を心底楽しんでくださった様に見えたからです。喜びに浮かれたわたしは、シシア様のお願いを受け入れました。


「何の変哲もない石ですよ。でもシシア様がお望みになるのなら喜んで」


 

 家に着くと、両親は驚きつつも喜んで出迎えてくれました。ですが祖父母は喜びませんでした。何故か沈んだ表情でシシア様に頭を垂れます。


「心臓を見せてほしいの」


 それだけシシア様が言うと、祖母が心得たように小さな箱を差し出しました。シシア様は嬉しそうにそれをお受け取りになります。

 中を開くと、真っ赤な石が収められていました。そして何気ない所作で、シシア様が中の欠片を掴もうとなさいました。するとどうしたことでしょう、触れた指先と石の欠片が粉々に砕け散ってしまったのです。


「シシア様!」


 わたしたちは悲鳴に近い叫び声を上げました。恐怖に顔を引きつらせるわたしたちとは対照的に、シシア様のお顔は喜色満面でございます。


「大丈夫。これ以上は触らない。でも私はこれが欲しいの。お願い」

「シシア様がそれをお望みならば、お持ちください」

「そんな! シシア様にそのような危険なものを!」


 思わずわたしは抗議の声を上げました。このお方にもしものことがあったらと思うと、いてもたってもいられなかったのです。

 シシア様は静かに微笑み、わたしの肩に手を乗せました。


「大丈夫だよ、リノス。だから石を持ち出すことを許してほしい」


 シシア様にそう言われれば、もうわたしは何も言えませんでした。


 ご自身の身体を害するようなものを喜んで欲しがるなんて。もしや今までの毒も、自らの身体に効くものを探していたのではないだろうか。伝説の武具も同じ理由で……。


 笑みを湛えているシシア様からはそのような気配は微塵も感じられません。ですがこのお方は、あの神から与えられる暴虐を数百年に渡り耐えてきたのです。疲れ果てて、正気を失ってもおかしくはありません。


 悲しいかなそれを選択なさっても、わたしに止める術はないのです。帰り際、祖母からもきつく言い渡されました。シシア様が何を選んでも見守るだけに止めなさい、と。


 あんな昔話、しなければ良かった。シシア様は大丈夫だろうか。


 不安と後悔を胸に、わたしはシシア様と共に神殿へと向かったのでございます。

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